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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

鶴開渠

正式名称は知らないが、僕にはそう読めるその名は鶴開渠のお話。

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西金沢駅と金沢駅の間。
新幹線工事に湧く建設現場の下を潜り抜けたところにそれはある。
ぽっかりと口をあけた小さなトンネル。
自転車を押すだけでも狭く、最近の若い人出れば背もつっかえそうなブツである。
北陸本線の下をくぐるそれを開渠(かいきょ)と呼ぶ。
国鉄ではこのような小さな道を跨ぐ線路を橋梁とせず開渠と呼んでいた。
開梁ではないことに注意。
ちなみにそれより少し大きなものをカルバートと呼ぶ。


P1250865.jpg

この開渠は二部から構成されている。
南側つまり上り本線側はレンガ積みで、北側の下り本線側はコンクリート造りである。
なので、上の写真は北側から南側を撮影したもので、それより一つ上の写真は南側の入り口から北側を撮影したものである。
二部構成の理由は明白で、北陸本線は単線で開業し、のちに複線電化が行われたからである。
天井には片側のみ蛍光灯が設置されている。
両側につけるほど幅が広いわけでもないし、そもそもそれだけでも窮屈である。
レンガ積みのほうは石の突起が左右合計4つ突き出ている。
もしかしたらかつてはこの上にレールが載っていたのかもしれない。


P1250866.jpg

接合部分である。
レンガ積み部分はすぐに終わり、ほとんどはコンクリートに覆われている。
下り本線側を支えるコンクリートは普通の橋梁の形をしているように見える。
何故その間に少し深みと傾斜をつけたかは謎である。
開渠を支えるコンクリートの根入れ、つまり基礎の深さは天端から4.06mだという。
レンガ部分には存在しないが、コンクリート部分には銘板が存在する。
岐工管理とあるので岐阜工事局の受け持ち担当である。
施行は名工建設が行っている。
名工建設は鉄道建設出身の地方ゼネコンである。
工期は1959年10月から12月。
同区間の複線化が完了したのは翌年の9月である。
銘板には「鶴開渠」とあるので、おそらくそれがこの開渠の名前なのだろう。


P1250867.jpg

レンガの部分と築堤の盛り部分。
築堤の端は石などで固められている。
反対側は新線であるためコンクリートと築堤である。
これが開業時からあるものかは不明。
若干レンガとの間に隙間ができている。
この盛の上には鉄製の橋が架かっており、保線作業員用の通路として使われている。
レンガはイギリス積みである。
路線開業時の1898年頃に設置されたのであろう。

古いもののはずであるが、レンガ、コンクリート共に比較的綺麗な状態である。
文化遺産を見るのも面白いが、こういった端々に残る建築物を眺めるのも面白いものである。

撮影日 2012年10月24日(すべて)
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  1. 2012/11/12(月) 23:53:10|
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