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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

3.16改正ポスター

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今年もダイヤ改正の時期がやってきた。
JR西日本の各駅には、ダイヤ改正のポスターが掲示されている。
大きな駅ではポスターのほか、ダイヤ改正のリーフレットも配布されている。
夕方時間帯の席の取りにくさからか、上野発のかがやきが新設されることになった。
またサンダーバードが再び増便という形になる。
おはようエクスプレス系が敦賀まで延びるのも面白いところである。
リーフレットのほか、ネットでも情報を見ることが出来る。

撮影日 2019年02月23日
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  1. 2019/02/28(木) 23:42:15|
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ワム84684

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とある場所に佇む国鉄有蓋貨車ワム80000。
屋根のリブ形状が変更された第二次量産型である。
製造時期的に一番よく見かける廃車体である。
この個体は倉庫として運用されてるようだ。
目立った改造は施されていない。
白いペンキで塗ったような感じがあるが、全部ではないようだ。
車体番号は読み取れるが、検査類は腐食していて読み取れない。
銘板類は確認できなかった。

撮影場所 石川県河北郡
撮影日 2019年02月24日
  1. 2019/02/27(水) 23:53:08|
  2. 廃車・廃コン
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小松駅東口駐車場無料化

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小松駅の東口ロータリーの端には有料駐車場があった。
駅のすぐそばなのでどこの駐車場よりも高かった。
30分までは無料で、主に送迎や切符の購入のために利用されていた。
最近、清算機が撤去され、台座だけになった。
送迎者用の駐車場として解放することになったようだ。
ただ、普段から狭く利用者の多い駐車場だけに、利用者の民度が気になるところだ。
松任駅のように普段から長時間利用者が大半で普段使えないようなことにならなければ良いが。

撮影日 2019年02月23日
  1. 2019/02/26(火) 23:47:25|
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駅案内ディスプレイの更新表示

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最近北陸の無人駅には案内用のディスプレイがついた。
これで遅延情報の類が簡単に分かるようになった。
今でもどの列車がどのくらい遅れているのかや乗換えの状況については分からないが、多少安心は出来る。
このディスプレイ、更新表示が出るときがある。
写真がそれで「お使いのiPadでiOS12.1.4をお使い~」というわけだ。
どうやらこれはiPadを箱に閉じ込めているようだ。
JR西日本では近年自動放送ツールが導入されたかと思えば実はタブレットにマイクを近づけているだけというのがあったが、そんな感じなのか。
駅の大型ディスプレイでもたまにこうなっているのを見かける。
こうなったときは誰が直してあげるのだろうか。

撮影日 2019年02月24日
  1. 2019/02/25(月) 23:44:05|
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ワム73221

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とある場所に佇む国鉄有蓋貨車ワム70000。
車輪を切り取られ、倉庫として転用された姿である。
ただ草に覆われており、本当に倉庫として使われているのかは不明だ。
打ち捨てられてしまったかのようだ。
元は黒い塗装のはずだが、茶色にリペイントされている。
表記類はまったく読み取れない。
かなり劣化してからリペイントしたらしいが、その塗装もまたひどく劣化している。
ワム70000は有難いことにシャシに番号が振られていることが多い。
おかげで番号の特定は出来る。
検査などについてはさっぱりわからない。
光線具合で特徴的な扉のストッパーが目立つ。

撮影場所 石川県鹿島郡
撮影日 2019年02月24日 
  1. 2019/02/24(日) 21:17:35|
  2. 廃車・廃コン
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小松駅東口バス停移動

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JR小松駅の裏側である東口。
こちらは表側には停まらない大型バス用のバス停がある。
北鉄バスやジャムジャムの夜行はこちら側に停車する。
他に企業の送迎バスもここに停車する。
このバス停は2月26日より移転となる。
移転先は小松大学の裏側である。
平たく言えば駅から少し遠くなってしまう。
小松大学はどこ?という話だが、旧駅前大和の跡地に出来た公立大学である。
なおイオンに向けて運行されている旭観光の送迎バスは変わらず東口発着となる。

撮影日 2019年02月23日
  1. 2019/02/23(土) 22:37:12|
  2. バスとか
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福鉄尾灯の中

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福鉄161-2は保存されているが、機器類が破壊されており状態が悪い。
写真の尾灯も外側のレンズ、中の電球ともに壊されている。
161は尾灯が交換されており、現在のものは急行灯兼用の角型タイプである。
角型の尾灯としては神戸電鉄の1500や京成の3500などが思い出されるがちょっと違うタイプかもしれない。
1984年の小糸製作所製である。
中には挿入部が二箇所あり、尾灯と標識灯を電球で変えていたことが分かる。
樹脂製の挿入部は古めかしいが、この時代でもまだまだ普通の存在だったようだ。

撮影日 2019年02月17日
  1. 2019/02/22(金) 23:56:20|
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能美根上駅のコンコース

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比較的新しい橋上駅舎の能美根上駅。
冷たい感じの他駅に対し、比較的凝ったつくりをしている。
階段部は間接照明を多用し、暖色系の照明を使っている。
線路上のコンコースは、パテーションを使って二つに仕切っている。
人の流れを駅利用と通過に分けるためだろうか。
こちらはスポットライトを配置している。
茶系の内装材だが、駅改札類の配置は他の駅と変わらない。

撮影日 2019年02月10日
  1. 2019/02/21(木) 23:57:47|
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北鉄の速度観測標

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北陸鉄道石川線のレール沿いに、あまり見ない標識がついている。
「速度観測標」と書いてある。
JRをはじめ他社でも使われている速度標識とは別物のようだ。
同じ場所で上下方向に向けて設置されている。
減速や力行を示す標識を持つ鉄道もあるが、これはメーターを見ろということか。
石川線は鶴来と野々市の間はほとんどが直線で、スピードを出しやすい。
かつては準急もあったのでスピードを出しすぎないためであろうか。

撮影日 2019年02月16日
  1. 2019/02/20(水) 23:51:37|
  2. 北鉄
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モハ3751

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石川県加賀市にある旧大聖寺川の遊覧船乗り場に、北陸鉄道モハ3751が保存されている。
末期まで生き残った北鉄鋼製車両の一つで、昭和26年廣瀬車輌製である。
基本的には遊覧船の待合所となっているが、ボランティアの詰め所にもなっている。
ここに設置された頃は車輌の姿が見えるようになっていたが、今はご覧の通りである。
屋根が増設され、正面に野菜売り場が出来たので、車両の姿は綺麗に見えない。
冬の時期は封鎖されており、中に入ることは出来ない。
屋根の下にあるとはいえ、塗装は段々痛んできている。
運転席などはマスコンが残るが、方向幕は抜かれている。
非常に細い道の途中にあるので、簡単には出せないだろう。

撮影日 2019年02月17日
  1. 2019/02/19(火) 23:31:32|
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白山手取川ジオパークのHM

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近年の北鉄石川線の電車はヘッドマークがつきすぎてもはや付いていない列車のほうが珍しい。
貫通扉のある車両やフックのある車両はそれぞれ取り付け方法があるが、7200のようなのっぺらぼうな車両は取り付けられない。
なのでステッカーが使われる。
ステッカーは剥がすのが大変で跡が残るのであまり使われないイメージである。
手取川ジオパークは長く使うつもりなのだろう。
写真は7202と7212のコンビに装着されているものである。

撮影日 2019年02月16日
  1. 2019/02/18(月) 23:54:55|
  2. 北鉄
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モハ161-2

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福井鉄道モハ161-2は福井鉄道生え抜きの車両で、昭和8年製である。
元々はデハ21という名前だったが、何度も形式が変わっている。
戦災を生き延びたものの、昭和23年の福井地震に伴う火災に遭い全焼する。
しかし車両としてはその籍を残したまま修理され復活し、のちに連接改造されて平成9年まで活躍した。
その後モハ161-1と161-2はそれぞれの場所に保存され、連接ではないかつての姿に復元された。
そしてモハ161-2は下馬中央公園に保存されている。
この公園の名前はあまりなじみがないが、アートラボ福井という愛称のある福井市美術館の横である。
国道8号線からでは福井県産業会館が目印だ。


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屋根がついた状態で保存されており、北陸としてはいい環境で保存されている。
ただし状態はあまりよくない。
尾灯は破壊されておりガラスはなく、ワイパー類も欠損している。
何を思ったのか台車は砂利で埋め尽くされている。
山側の窓はアルミサッシ化されているが、反対側はまだ木製のままだ。
数年前に手入れをされたらしいが、すでに塗装は色を失いつつある。
おかげで落書きがよく目立つ。
写真は連接時代くっついていた側である。
復元は完璧というわけではなく、申し訳程度にライトがついているのと、ただ取り付いただけの連結器がある。


本日、弊ブログの総アクセス数が40000を越した。
厚く御礼申し上げる。

撮影日 2019年02月17日(すべて)
  1. 2019/02/17(日) 21:33:37|
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四十万の廃橋桁

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北陸鉄道石川線の四十万駅はかつて交換駅だったが今は棒線になっている。
駅舎もなくなり待合室と自転車小屋だけだ。
替わりにその敷地を生かして保線用具置き場と月極駐車場になっている。
枕木などはかつて線路のあった本線横に置かれているが、駐車場の裏手にも鉄道用敷地がある。
こちらには橋げたが放置されている。
石川線では小さいとも大きいともいえないサイズのガーダーである。
H鋼にボルト締結されたどこにでもありそうな橋げただ。
赤色の塗装もよく見るタイプである。
側面から見ると中には木や釘が入っているので今まではどこかで使われていたのだろう。
銘板はないがそこまで古いわけでもなさそうだ。
用水などの改修でお役御免になり予備役になったのだろうか。

撮影日 2019年02月16日
  1. 2019/02/16(土) 23:20:06|
  2. 北鉄
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UT13C-8008

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富山県の鉄道貨物輸送も大分減り、今では高岡よりも富山にいるほうがよく貨物を見られるくらいになってしまった。
UT13Cは日産化学工業の所有する私有コンテナである。
日産化学は速星に工場を持ち、高山線唯一の貨物列車はこの工場とを往復する。
同社の私有コンテナはいくつか種類があるが、このUT13Cは濃硝酸専用である。
搭載はコキ100系列に限られ、速星駅~川崎貨物駅の限定運用である。
重量は24.0tとなっている。
化成品分類番号は侵84となっている。
色はシルバーのはずだが、曇り空と汚れでなんともいえない色になっている。

撮影日 2019年02月04日
  1. 2019/02/15(金) 23:18:21|
  2. 貨物
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えち鉄の丸太

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えちぜん鉄道のあわら湯のまち駅の側線近くに、丸太が置かれている。
多分、かつては架線柱だったのだろう。
直径はそれに近いものであると思われる。
普通は撤去されたあと処分されるのだが、何故かここに残されている。
のみならずやはり丸太を加工した立派な台座もある。
現行のコンクリート架線柱とワイヤーよりも線路外側なのでレールへのアプローチ性は悪い。
鉄道沿線に梯子や竹を置いてある場所は見るが、丸太はあまりないのではないか。
一体何に利用するのだろうか。

撮影日 2019年02月09日
  1. 2019/02/14(木) 01:47:32|
  2. 福鉄・えち鉄
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寺井駅電化工業専用線跡

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今は能美根上駅と名前を変えた北陸本線寺井駅。
この駅からかつて東へ電気化学工業へのセメント引込み線が延びていた。
比較的後年まで残ったが、青海駅のセメント取り扱いの中止により、この引込み線も存在意義を失った。
それからまた長くレールが残されてきたが、これも切断されてしまった。
今も敷地の中にはレールが残り、これは他の同じ運命を辿った専用線と違うところである。
外から見られるのは近くの踏切までである。
ポイントは撤去され、JRと線路は繋がっていない。
手前に延びているレールはかつての待避線で、駅舎改築まではレールが残されていた。
今は途中までが側線として残るのみである。

撮影日 2019年02月10日
  1. 2019/02/13(水) 23:55:05|
  2. 廃線など
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大聖寺川の行き場なき小橋

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いにしえの道をトレースした国道305号線は大聖寺の町を抜けると県境を目指し福井の三国へと進んでいく。
大聖寺城の横は関と名前が残る通り関所が置かれていた。
その山を抜けると道は大聖寺川に沿って北潟湖へと向かう。
その途中に小さな橋が架けられている。
銘板はなく、名前は分からない。
ほとんどがガードレールで塞がれており、自動車は物理的に入ることが出来ない。
アスファルトは敷かれているものの、大分痛んできているようだ。
この橋を渡りきると工場があり、道はまっすぐにあるものの工場の敷地となってしまう。
人が立ち入ることは出来ない。
川沿いに道はあるが、細い人しか通れない道である。
何の橋なのだろうか。


190209hashi2.jpg

古い航空写真を見ると謎が解けてくる。
もともとは対岸の本村という集落にアクセスするための道だったらしい。
大聖寺の関所からカーブを抜けて川沿いに達したとき、この橋を渡れば直線で集落に向かうことが出来る。
その後道沿いに工場が出来、いつしか工場が巨大化して道を飲み込んでしまったようだ。
車の時代になり、べつに直線でアクセスできなくとも困ることでもなくなったのだろう。
壊れた端の部分から丸鋼が波のない古い時代のものと分かる。
一方欄干の間は鉄なので、めったやたらに古い橋というわけでもないようだ。
昭和23年の航空写真には既にこの場所に橋が映っているが、先代の木造橋の可能性もある。
不思議なのはこの行き場のない橋に補強を加え、いまだ維持しているということだ。
近くに公共施設があるとか福祉的な理由なのだろうか。

撮影日 2019年02月09日(すべて)
  1. 2019/02/12(火) 23:53:21|
  2. 道・橋・隧道
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第一井田川橋梁の鉄道省銘板

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高山本線の富山側は当時飛越線と呼ばれていた。
高山線と呼ばれるのは後のことである。
大正に入ってやっと全通した北陸本線の発展とともに富山県では私鉄が開業していく。
高山本線が富山駅から越中八尾駅までレールを延ばしたのは昭和に入ってからのことである。
当時の開業区間に含まれる第一井田川橋梁には、富山県では珍しい鉄道省の銘板が残っている。
鉄道省は大正から戦中にかけて存在していた。
富山での国鉄線はほとんどが明治時代に開業し、また昭和の高速化で橋梁が架け替えられている。
このため鉄道省銘板は高山線など一部にしかない。
この橋では目で見える位置に銘板がある。
残念ながらペンキを重ねすぎて読み取りにくい。
旧字の鉄道省が左から書かれているのが読める。
一番上の左は大正十五年、右端は1927だろうか。
その下は製作会社の名前があるようだが株式会社の先は読めない。

撮影日 2019年02月04日
  1. 2019/02/11(月) 23:13:11|
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能美根上駅の鉄柵

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能美根上駅はちょうどレールがカーブしたところにある。
このカーブの内側に沿ってずっと鉄柵がついている。
丸パイプを組み合わせた鉄道柵は北陸ではあまり使われておらず、これだけ長く続いているところはそうない。
背が低いこの柵は今時のJRが付けたがらない古い時代のものである。
よく見れば根元の付け方に違いがあるなど興味深いところもある。
今のレールよりも内側にオフセットしているのはかつて待避線がさらに内側にあった名残である。
引込み線を有し、待避線もある駅ではそれなりの柵を用意したのだろうか。
すでに劣化が進み、黄色のペイントこそ残っているものの、腐食して壊れているところが多数ある。
新しい柵になれば、大人の背丈よりも高いものに変えられるであろう。

撮影日 2019年02月10日
  1. 2019/02/10(日) 23:48:48|
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あわら湯のまち駅のホームの反り

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えちぜん鉄道あわら湯のまち駅は旧芦原駅で、国鉄と京福の駅であった。
駅舎は1975年に京福がメインで作った駅である。
駅のホームはいつごろのものかは不明だが、少なくとも'75年よりも前の古い木造である。
鉄骨の変わりに古レールが使われている。
このホーム上屋だが、端に行くほどせりあがっている。
雪の対策などでわざとこんな形の建築にしたのか。
それとも経年劣化などでこんな形になったのか。
地震なども考えられるがなんともいえない形である。

撮影日 2019年02月09日
  1. 2019/02/09(土) 23:55:21|
  2. 福鉄・えち鉄
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新高田き電区のトンネル

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北陸新幹線高田トンネルは上越市の端っこにあるトンネルだ。
東京側の出口は日本スキー発祥の地に近い。
トンネルの出口付近には新高田き電区がある。
あまり聞かない名前だが、電源周波数の切り替えをするところである。
北陸本線の場合は直江津駅だった。
新幹線の場合はトンネルの中で行う。
このため、き電区が設けられている。
上越妙高駅よりも西側なので、上越にあるがJR西日本の施設だ。
この横にはフェンスに囲まれたトンネルがある。
未成線かと思うような姿だが、これが作業溝となっている。
この中にケーブルを通して、切り替え地点まで繋がっている。

撮影日 2019年02月03日
  1. 2019/02/08(金) 23:49:25|
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めぐーる号ステッカー

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白山市の運営するコミュニティバスめぐーる号。
専用塗装のリエッセ・ポンチョが用意されているが、一般の車も入る。
伝統的に古い車が投入されてきた。
今入っているのは59-545である。
ナンバーが石川22き952といまだ22ナンバーを維持する古参車である。
普段は車庫で寝ているがたまに活動しているのであろう。
このごろは暖かいが、スコップをインパネに立てかけて臨戦態勢である。

撮影日 2019年02月02日
  1. 2019/02/07(木) 23:37:04|
  2. バスとか
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新西金沢駅の広告看板

190202nisikan.jpg

北陸鉄道石川線新西金沢駅。
石川線ではそこそこな規模の駅だがほとんどの時間は無人である。
この駅は他駅と違って、ちょっと立派な広告板がついている。
駅舎の中には張り出しにアクリル板をつけた広告がある。
古い駅によくあった、電照式の広告板と見られるが、点灯している気配はない。
撮影時既に周囲は暗くなっていたが、駅舎の明かりだけである。
今時はそういうことをしないのだろうか。
あるいは張り出し風だが実は中は空なのか。

撮影日 2019年02月02日
  1. 2019/02/06(水) 23:20:53|
  2. 北鉄
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願海寺第二踏切の木製柵

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願海寺第2踏切はあいの風とやま鉄道線小杉~呉羽にある。
特に変哲もない冬季封鎖されてしまう小さな踏切だ。
周囲は田んぼとも住宅地ともいえるような田舎らしい風景である。
この踏切には踏み切り柵がついているが、道路側の柵は現在では珍しくなった木製柵である。
JR管轄の北陸本線を含めても木製の踏切柵が残る踏切はかなり珍しい。
レール側の柵は他の踏切と同じコンクリート製に取り替えられている。
木製柵は海側、山側の両方に一つずつある。
写真は海側で、山側と違い下側の横棒も残っている。
当時は黄色と黒のトラ塗りにされていたことが分かる。
廃枕木を使用しているようだ。
この踏切はLED全方位型の警報機ではなく従来のタイプが残っており、その点でも珍しい。

撮影日 2019年02月04日
  1. 2019/02/05(火) 23:12:33|
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中土駅の駅ノート

190203ekinote.jpg

大糸線中土駅は大糸線JR西日本管内最後の駅である。
隣の南小谷駅はJR東日本の管轄だ。
新潟では新幹線を除きJR西日本の管轄は糸魚川~中土だけになってしまった。
中土駅は無人駅で、メインの国道からも外れた旧道沿いにある。
消防団と建物を共有しているので、バスで来ても駅はどれ?となってしまう。
島式ホームだが生きているレールは1本のみだ。
この駅に駅ノートが設置されている。
いつもの大学ノートで、ペン類も常備されている。
バックナンバー類も置かれているようだ。

撮影日 2019年02月03日
  1. 2019/02/04(月) 23:54:40|
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信濃川田駅の保存車解体準備

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長野電鉄旧屋代線信濃川田駅は駅舎がバス待合所に転用される一方、一部のレールが残され車両が留置されていた。
保存対象は小布施にあった保存車両や須坂にあった車両などである。
一部は引き取り先を見つけられ、また一部は解体された。
現在はモハ1003と2001+2051+2002の4両が残る。
これらの車両も活用先なしということで解体が決定した。
これで信濃川田駅に留置されていたすべての車両の処遇が決まった。
車両は既に塗装が剥離し痛々しい姿だが、駅ノートなどから解体を知り多くのマニアが訪れていることが伺えた。
まだ外からは解体の状況は見えないが、2000系A編成は既に解体準備が始まっており、車内の座席等々が撤去されている。
側面からは車内に積み上げられた座席や部品類が見える。
一部銘板類が撤去されており、盗難かあるいは販売目的で取り去られたと見える。
今年度中に解体という話もあり、あまり猶予はないようだ。
ここでの車両保存は7年弱であった。

撮影日 2019年02月03日
  1. 2019/02/03(日) 23:05:45|
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更地になった石動駅旧駅舎

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橋上駅舎化したあいの風とやま鉄道石動駅。(リンク
これにより旧駅舎は用済みとなり、解体工事が始まった。
さっさと解体が始まったのは、この駅舎跡地を図書館にするためである。
工事が進み、あっさり更地となってしまった。
現在駅舎は完全になくなり、古い跨線橋だけが解体を待つ状態である。
跨線橋も周囲は封鎖され、足場が組まれている。
これで北陸本線時代の名残はホームくらいになってしまった。

撮影日 2019年02月02日
  1. 2019/02/02(土) 23:29:40|
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最近の北陸のきっぷ入れ

kippu18.jpg

定期的にバージョンアップする切符入れ。
最近はこんなタイプの切符入れである。
長距離客のほとんどは北陸新幹線かサンダーバードを使うと見え、その二つの写真が配置されている。
特急はサンダーバードとのみ書かれ、カラーリングはもちろん新塗装である。
貫通面で、こちらの顔のほうがメジャーということか。
しらさぎやその他特急はもうない。
北陸新幹線は西側のW7系が書かれている。
種別や愛称は描かれていない。
おなじみ青色の入れ物で、バックはサンダーバードらしいラインが入っている。

  1. 2019/02/01(金) 21:25:04|
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