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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

越中宮崎駅のコインロッカー

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今はあいの風とやま鉄道になった元北陸本線越中宮崎駅。
信号所として生まれたのに駅信号機がない駅である。
暖かい時期になると観光案内所が解説されるが、冬は無人である。
この駅にコインロッカーが設置されている。
珍しいのは無料だということである。
100円は必要だがあとになって戻ってくる。
このサイズのコインロッカーが駅にあるのに無料というのは珍しい。
かわりに24時間以内の制限が設けられている。
海水浴や観光の途中に荷物を預けるためというわけだ。
真新しいもので、中型が6個、スーツケースも入る大型が4個となっている。

撮影日 2018年02月26日
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  1. 2018/02/28(水) 23:06:13|
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糸魚川バスのがんばろう糸魚川マスク

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頚城バス系の糸魚川バス。
塗装は頚城バスとほぼ一緒なので路線とバス形式でしか見分けがつかない。
糸魚川は一年前の大火で大きな被害を受けた。
いまだ市街地には空き地も多い。
このとき、がんばろう糸魚川ということで、さまざまなキャンペーンが行われた。
現在も継続して行っているものもある。
糸魚川バスではバスのフロントにマスクをつけて啓発している。
全車ではないが、旧型車にも取り付けているようだ。
一年という時間を感じさせるくらい、ちょっと汚れてきている。
元の画像の形式の問題なのか、画像は荒くジャギが見えている。

撮影日 2018年02月26日
  1. 2018/02/27(火) 23:47:56|
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親不知駅の蛍光灯

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旧富直線の区間では最後のほうに完成した親不知駅。
明治の駅が多い北陸本線だが、ここは大正の駅である。
今は無人駅だがロケーションから今も鉄道マニアに愛されている駅である。
木造の作りが若干現代ナイズされているのだが、好ましい雰囲気である。
ところでこの駅の待合室にある蛍光灯はちょっと特殊な吊り方がされている。
普通は天井へ直に蛍光灯が設置されるのだが、ここでは吊られている。
吊られているものもたまにはあるが、斜めのものはあまりない。
蛍光灯の土台も一般的なサイズなのだが蛍光灯自体は延長されており長いタイプだ。
意匠にこだわりを感じる。
いつからあるかはわからないが、さびからしてかなり前からあるのだろう。
木造の天井に後付の配線がよく見える。
ビス埋めされた丸いものが見えるが、それがかつてのライトのあった場所だろうか。

撮影日 2018年02月26日
  1. 2018/02/26(月) 21:22:57|
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富山地鉄の踏切警報機更新

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一方向を照らす我々おなじみの踏切警報機に、LED式の全方向警報機が導入されてから結構経った。
JRや大手私鉄はこの更新にかなり積極的で、JRなど人通りの多い踏切や見通しが悪いところはほとんど更新された。
他方、地方鉄道はなかなか更新がはかどっていない。
富山地方鉄道屈指の自動車通行を誇るここ草島東線踏切では、一部が全方向警報機に取り替えられている。
各鉄道で導入が始まったかなり早いうちに取替えが行われた。
但し片側一つだけである。
この踏切は通常位置に縦二個、道路をオーバーする位置に二個の警報機が設置されている。
そのうちの一番低いものだけが更新された。
そしてそれっきりである。
予算の問題なのだろうが一個だけ更新して効果はどのくらいのものなのだろうか。
川を挟んでのところに路地があるのでそこからは見えやすくなったのかもしれない。
出来た当時は地方鉄道らしい過渡期を感じたのだが、他は寿命がくるまで更新しないのかもしれない。

撮影日 2018年02月21日
  1. 2018/02/22(木) 23:43:12|
  2. 地鉄
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NTTのトキ鉄開業対応

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北陸新幹線開業により平行在来線が第三セクターになりもうすぐ3年が経過する。
いまだ北陸本線、信越本線時代の名残を残す看板や表記が多く存在する。
鉄道そのものも、今でもJRの表記が残っていることもある。
鉄道に直接関係しないが、NTTの公衆電話はボックス内に設置場所の記載がある。
緊急時に場所がわかるようにしてあるのだ。
ジュースの自動販売機と同じような感じである。
写真は市振駅前のものだが、ちゃんとえちごトキめき鉄道の文字が入っている。
ということは駅前にあった公衆電話は一通りこうやって更新したのだろう。
住所変更があったわけでもないのにこんなところまで気づくとはマメな感じがある。
駅名だけでなく会社名まで入れるなどなかなかしっかりしている。

撮影日 2018年02月16日
  1. 2018/02/21(水) 23:35:08|
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牟礼駅のストーブ

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若干難読な牟礼駅。
信越本線の駅だったが今はしなの鉄道北線の駅である。
今も昔っぽい雰囲気がちょっと残るが、窓口もちゃんとある駅である。
冬場はこれがないと死んでしまうストーブが設置されている。
ありがちな配置だが、準備は万端である。
まずかなり頑丈な柵がついている。
金属製のパイプを溶接したもので容易に破壊すら出来まい。
銀色だがさび止めの赤色が見える。
中にいるのは普通のストーブだがこれはどうやって搬入するのだろうか。
夏場もこのまま置いてあるのか。
電源コードにもこだわりを感じる。
なんと床下這索になっている。
完全に電源を要する石油ストーブ専用の設計である。
ここまでこだわる何かがあったのだろうか。

撮影日 2018年02月17日
  1. 2018/02/20(火) 23:19:00|
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地鉄常願寺川橋梁の橋脚

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沿線屈指の名撮影地富山地方鉄道常願寺川橋梁は昭和6年に開業した区間に含まれる。
時代柄コンクリートを使った橋脚である。
丸っこい今の時代に続く変哲の無いありがちな橋脚だ。
この場所を模型化する人はたまにいるが、橋はグリーン橋脚はグレーと余りこだわりはないらしい。
ということで橋脚をじっくり眺める。
何本もあるが一番撮影の合間に見やすいP=3とチョークで書かれた電鉄富山方から数えて3本目の橋脚である。
ここには鉄骨タイプの架線柱がくっついている。
よく見ると結構ヒビだらけになっている。
縦よりも横に多いようだ。
型枠の跡から縦方向に型枠がついていたことがわかる。
橋の真下はさびが落ちている様子が見えるが、全体的に斑模様である。


180218hashi2.jpg

ぐっとカメラを寄せたところである。
表面に大粒の砂利は無い。
バカッと割れた先には砂利が見える。
万葉線の橋梁と比べればそんなにひどい劣化具合でもないように感じる。
白い筋が入っており、補修なのかそれともこんな風にひびが入るのか。
詳しくは無いがパイプのようなものが見える。
水抜きにでも使うのか検査の後に埋めたのか。
こんな小さな範囲でも色は一つではなくばらばらである。
グレーや茶色のほかに白も混じっている。
撮りに行ったときは曇りだったが、晴れだとまた見え方が違うのであろう。

撮影日 2018年02月18日(すべて)
  1. 2018/02/19(月) 23:53:50|
  2. 地鉄
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市振駅の立ち入り禁止張り紙

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市振駅はえちごトキめき鉄道の新潟県最西端である。
かつてはJR西日本北陸本線の駅であった。
第三セクターになっても、駅のたたずまいは余り変わらない。
駅は昔ながらの木造で、駅本屋のホーム側のひさしは大きい。
駅事務室は人が入らなくなって久しいが、勿論今でも部外者は立ち入れない。
ここにJR時代から残る張り紙がある。
ありがちな、一部分だけを消してあるものだ。
多分、かつては糸魚川地域鉄道部とでも書いてあったのだろう。
糸魚川地域鉄道部は北陸新幹線の開業とともに消滅した。
大糸線の運用は別管理になり、北陸本線はそもそもなくなってしまった。
だから今はこうして消されているのだろうが、なぜ糸魚川だけは残っているのだろうか。
こうなっても、糸魚川を残す理由があるのか、あるいはこだわりがあるのかもしれない。

撮影日 2018年02月16日
  1. 2018/02/18(日) 20:44:32|
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IRの点字運賃表

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IRの駅に点字の運賃表が設置されている。
今時バリアフリー化はどこでもやっていて、無人駅でもそれは同じだ。
このタイプの運賃表はJRにももちろんある。
ここ栗から駅にも設置されている。
ただIRしかないこの駅ではとても不自由な感じだ。
なんといってもIRに所属する駅の分しかない。
4駅分だけなのである。
津幡で乗り換える七尾線は勿論、元北陸本線の富山方面や金沢以西も記載されていない。
車内でお尋ねくださいといえばそうなのだが、メインターゲットは目の見えない人であるし、なかなか不親切である。
ちなみに券売機では富山や加賀温泉といったJR、あい鉄の行き先も販売している。

撮影日 2018年02月15日
  1. 2018/02/15(木) 23:55:03|
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埋まった動橋駅駐車場

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56豪雪以来の大雪である。
平成18年になんとなく気象庁の名づけた豪雪よりもよっぽど豪雪である。
そんな大雪からも石川県側は徐々に開放されつつある。
動橋駅は鉄道用地を利用した月極駐車場がある。
駅の正面向かって右手と、正面にある。
送迎者用の駐車場は無い。
作ると一日中停められてしまうからだろうか。
大雪の影響もあってか月極駐車場はごらんの有様である。
まったく除雪をしていないということは、お客様は諦めろということなのか。
特に張り紙も何もされていない。
ちなみに駅前は除雪されていたが駐車スペースは埋まっていた。
実は誰も使っていないのだろうか。

撮影日 2018年02月11日
  1. 2018/02/14(水) 23:47:58|
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こまつ木場潟EV充電器

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8号線近くにある小松市の道の駅こまつ木場潟。
石川の8号線沿いはこの周辺のみトイレや駐車場が充実する。
店舗系の道の駅で、交通情報はほぼ無い。
食堂と直売所があるが、営業時間が終わると建物が閉まってしまうので、自販機とトイレのみの道の駅になる。
道の駅の端っこに、EV充電器がある。
今年のようなガソリン制限すらあるようなとき、電気自動車は強い。
ちなみに小松市内でも給油制限が行われている。
充電器は2台あり、無料である。
この雪だが除雪もされている。

撮影日 2018年02月11日
  1. 2018/02/13(火) 23:12:19|
  2. 道・橋・隧道
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UR29A-5022

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コキ104に乗る私有コンテナUR29A。
これはUR29AのなかでもJOTの私有コンテナである。
白いシンプルなコンテナに青いJOTの文字が入るが、上には青いラインもある。
総重量13.5tのちょっと大きめなコンテナだ。
もういないコキ50000搭載禁止コンテナで、ちょっと高い。
ダイヤ型のステッカーを剥がした跡がある。
他におなじみのエコレールマークもついている。
上部クレーンフックの下と、上部中央に赤いステッカーがついている。

撮影日 2018年02月11日
  1. 2018/02/11(日) 23:57:38|
  2. 貨物
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積雪時のレール

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最近よく止めるとはいえ、ある程度までJRは頑張る。
雪がレールの高さを超えても積もるとどうなるのか。
写真のような感じになる。
線路の中央部はスノープロウに削られて平らになっている。
フランジ部は余り削られず、巻き上げられた雪が詰まるようだ。
写真は踏切の上だが、車両外側のレール部も結構削られるらしい。
削られた雪は車両の外側に巻き上げられていく。
こうして列車通過後は写真のような姿になるが、2、3分もすればまた埋まってしまう。
この日、夕刻には列車がほとんど動かなくなっていたようだ。

撮影日 2018年02月5日
  1. 2018/02/05(月) 23:58:08|
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動橋駅の跨線橋端部

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動橋駅には古レール製の跨線橋がある。
北陸の駅では戦前から跨線橋があった駅と、戦後の高速化で跨線橋が付け足された駅がある。
動橋駅は前者で、温泉街のターミナル駅として、立派な跨線橋を備えていた。
駅裏からは戦時統制で北陸鉄道になった片山津線が延びていた。
いつからかは不明だが少なくとも終戦の頃には国鉄駅の駅舎から国鉄の跨線橋を通って片山津線に乗るようになっていた。
なので動橋駅の3つあるホームのうち一つは北鉄片山津線用だったのである。
1965年に片山津線が廃止されてさっさと遺構は解体されてしまった。
空き地だった駅裏もそのうち住宅街になり、かつての面影は無い。


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戦前からある跨線橋は近代化に伴い架け替えられたところが多い。
その時代のものは古レールではなくコンクリートというのが一般的だ。
とすれば、動橋駅の跨線橋はいつごろのものなのだろうか。
旧片山津線側の跨線橋端部は窓が無い。
ということは、ここより先にも片山津線用の跨線橋が延びていたということなのだろうか。
しげしげ眺めてみたが、床はコンクリートか何かのようで、切断されたようには見えない。
古い写真では跨線橋は木製だったようだ。
今はボードか何かが貼り付けられているので、新しいものか、あるいは木製板を更新したのだろう。
60年代に古レール製の跨線橋を新しく作り直したのかというと微妙だ。
もし当時からある跨線橋なら、片山津線動橋駅の唯一の遺構である。

撮影日 2017年02月04日(すべて)
  1. 2018/02/04(日) 23:55:16|
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