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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

動橋に残る木製電柱の跡

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かつては通信線として木製の電柱が線路沿いに立てられていた。
たくさん通信線が付いているやつをハエタタキと呼ぶマニアは多い。
また架線柱としても木製電柱が多く使われていた。
しかし近代化に伴って劣化する木製電柱は姿を消した。
ローカル民鉄には木製の架線柱が現役のところもあるが、JRの通信線などは残っていない。
動橋駅の福井よりはカーブになっており、有名撮影地である。
何か来るときはいつも道に人が居るのであるが、ここに電柱の根元が残っている。
通信電柱なのか架線柱なのかは不明だが、北陸本線電化の際は鉄骨かコンクリート製の電柱を使ったので、それ以前のものであろう。
勿論切り取られているが、何故か根元が残っている。
普通はすべてなくなっているのだが、複線化のときにでも残していったのだろうか。
なぜか線路用のゴムシートが載せられている。

撮影日 2017年09月23日
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  1. 2017/09/28(木) 22:59:00|
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加賀笠間駅のホーム端

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加賀笠間駅は他の北陸本線の駅同様、7両以上の列車が停車できないようにされている。
もう二度と特急列車は停めないし、臨時や団体も運行しない、というわけであろう。
ジョイフルトレインがどこの駅からでも出せた時代ではもう無いのである。
そんなわけでホーム端は保守が旅客用と比べ放棄されている。
金沢方のホーム端である。
元は島式だったようだが今は片面ホームの扱いである。
線路があった時代の名残としてか、スロープ部がトラ塗りされてる。
今ははげてしまって黄色しか残っていない。
ホームに対して斜めに塗られていたようだ。
ホーム端には近年になってフェンスが設置されたが、ほどなくして6両対応ホームに切り替えられたので、あまり意味はなかった。

撮影日 2017年09月24日
  1. 2017/09/27(水) 23:37:30|
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JR西日本金沢支社013

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JR西日本金沢支社013は保線車両である。
いわゆるホッパ車で砂利を積んで走る。
夜中の列車が居ないときにバラストと呼ばれる砂利を線路に撒きにいく。
保線専用の車両なので貨車ではなく車籍も無い。
封鎖されたときのみ本線を走ることが出来る。
製造メーカでは鉄製トロと呼んでいる。
製造はヤマナカ鉄工でL5型というらしい。
JR西日本の保線車両に良くあるグレーと赤の塗り分けである。


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車体の重心は低くホッパもあまり大きくは無いがそれで十分なのであろう。
機関車を含めて3両で置かれており、この013はしんがりを勤めるようだ。
大型のLEDライトが取り付けられ、作業時に周りを照らせるようにされている。
安全に配慮しているのか、デッキは手すりだけでなく樹脂板か何かが貼られている。
下に吊ってあるのはメガホンかと思ったがライトのようだ。
バラストを大量に落とすのだから汚れていそうなものだが、意外と下回りも綺麗である。
塗装されてから時間がたっていないのかもしれない。
駅留置中だが手羽止めはついていないようだ。
平成9年ごろの導入車と見られる。

撮影日 2017年09月23日(すべて)
  1. 2017/09/26(火) 23:54:33|
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加賀笠間駅東口改築工事

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加賀笠間駅の東口駅舎が工事中である。
東口はかつてレールがあったところに増設されている。
何度か仕様の変更があり、今は無人の駅舎となっている。
鉄道車両の座席をベンチ代わりに使う駅としては北陸本線最後である。
今回、北陸新幹線工事の影響で、駅舎にも工事がおこなわれることとなった。
用地買収の手間を省くためか、白山総合車両基地よりも敦賀方面はしばらく北陸本線のすぐ横を通る。
東口駅舎もそのルート上にあるらしいが、その関係で工事となったようだ。
駅舎は向かって右手に新しく建設されている。
今の駅とほとんど高さは変わらず、あまり立て替えの意味はなさそうであるが、何かあるのだろうか。
工事は10月までだが、現在の駅舎は今月中まで使用の予定となっている。
中の座席もおそらくそれまでであろう。

撮影日 2017年09月24日
  1. 2017/09/25(月) 23:53:57|
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白山総合車両所一般公開2017

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JR西日本北陸新幹線の車両基地である白山総合車両所で一般公開が行われた。
もはや恒例行事となっている車両基地の公開である。
今年はJR30周年と言うことで、出入り口には30周年の装飾が施された。
やや子供向けの展示が多く、マニアックな展示は控えめの感があった。
会場アクセスは駅からとシャトルバスとなっていた。
駅には特設窓口が設けられた。
販売される切符は車内の端末と同じであったが、列車番号のない金沢新幹線車掌区の乗車券を発行していた。
駅から会場までは警備員が配置されスムーズな動きであった。
シャトルバスは北陸交通が運行し、エアロバスが使用された。
総合車両基地側の乗降場は新幹線延伸工事の事務所であり、やや貴重な経験である。


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見学物としては車両上げやトラバーサの移動があった。
安全配慮によりクレーン式でなくなった車体上げは、北陸周辺ではまだここでしか見られない。
トラバーサは車両の出し入れから始まる手の込んだものであった。
保線車両と除雪車が展示され、除雪車は運転台に入ることが出来た。
営業中とあって、工場の中で見られる編成はごくわずかであった。
工場奥では物品販売が行われたほか、地元白山市などのPRがおこなわれた。
ここでもなぜか広島のサボを持った人を見かけたがそんなに余っているのだろうか。
子供向けの体験としてお仕事体験があったほか、軌道自転車、スタンプラリーが行われた。
晴天であったため、屋上からは眺めの良い景色を見ることが出来た。
ルート指定は特になかったが、車体下見学をすると、自動的に外に出るルートになるようになっていた。
展示にはW2編成が供されていた。

撮影日 2017年09月24日(すべて)
  1. 2017/09/24(日) 19:52:06|
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新動橋駅の遺構

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新動橋駅は北陸鉄道山代線の駅で、動橋駅のまん前にあった。
動橋駅前信号から動橋駅にアプローチする今のメインストリートはかつてのレール跡である。
廃止時期が昭和50年代以前であるため、遺構はあまり残っていない。
しかし駅前にはわずかながらに遺構が残っている。
写真は動橋駅前すぐの場所である。
良く見るとはがれたアスファルトから道路とは異なる方向にコンクリートが残っているのが分かる。
方向からして駅中央部に近いところの基礎と思われる。
構造物が消えて場所の特定が難しいが、かつての駅舎が今の保線用の入り口と隣接していたことを考えると、露出した基礎は駅舎の中央と見ていいだろう。
かつての駅舎は今の道路と同じ方向に駅前の斜めで設置されており、頭端式であった。
駅舎の向かって右側端は、今電柱が立っている位置だったと思われる。
その位置関係からして、現在の公衆電話と新動橋駅前に存在した電話ボックスはほとんど同じ位置にあると推測される。


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もうひとつ遺構らしきものがJRの敷地内に眠っている。
動橋駅の国鉄貨物時代の側線にあった車止めとは異なる形状のコンクリート製車止めと思われる塊である。
コンクリートの塊にボルトが打ち込まれているが、かつては枕木などがバッファとして取り付けられていたと推測される。
方向からして新動橋駅の車止めとして使われていたと推測されるが、資料が今手元になく、またネット上でも車止めを撮影した写真がないため断定は出来ない。
あるいは国鉄の何かで使われたものがこの妙な場所に放置されたのかもしれない。
もし車止めだったとしても、かなり低い場所にあったように見える。
ボルトに六角と四角が併用されているのも珍しい。
基本的に近くにあった構造物は解体されているが、これだけ国鉄の敷地にあったので残されたのであろう。
写真右に木造の電柱が写り込んでいる。
車止めとの整合性が取れないが、電柱の移設で説明できると考えられる。
曲がりが同形状の木造電柱が駅前にあったと古写真で確認できるが、駅前の位置はJR敷地で不変であるため、駅舎の消滅とともに電柱が移設されたと推測される。
あるいは昭和40年代末であったが、何らかの事情で木製電柱を追加したのであろう。

撮影日 2017年09月23日(すべて)
  1. 2017/09/23(土) 23:53:10|
  2. 廃線など
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壁に刺された犬釘

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福井鉄道水落駅の近くに小さな跨道橋がある。
ここには橋台が二つあり、鯖浦線と福武線が独立して乗換駅を持っていた時代の水落駅の遺構である。
そんな時代からある跨道橋をくぐる道だが、広い構内を有した水落駅の端っこでもあった。
この道は高低差の激しいこの周辺を切りとおしとなっている。
擁壁は古く、福井鉄道、旧国道8号線とも石造りである。
コンクリートの橋と石造りのよう壁と言う組みあわせは、昭和の特徴的なつくりだ。
この場所の石造りの擁壁になぜか犬釘が刺さっている。
写真のような色具合だとなんだか間違い探しのようだが、確かに数本刺さっている。
これは旧国道の壁だが、こちらにも刺さっている。
かつて水落駅の側線があった場所側だけでなく、反対の武生側にもさしてあるのだ。
これを踏んで上に上がって行けということなのだろうか。
中にはこの役目から脱落して地面におちているものもあった。
妙な犬釘である。

撮影日 2017年09月17日
  1. 2017/09/22(金) 22:19:43|
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江端駅のコンクリート製の遺構

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福井鉄道江端駅にはパークアンドライド用の駐車場がある。
駐車場なのだが場所は非常に狭く、電柱を縫うようにして入るしかない。
3ナンバーのギリギリサイズの車は入れないだろう。
元々は駅舎などの鉄道施設があった空き地を駐車場に転用している。
この駅には2006、7年ごろまで開業時のものと思われる変電所が立っていた。
いかにも戦前の雰囲気を残す古めかしい建物だったが、武生側に新しい施設が出来て解体された。
その横にその名残を残すコンクリート壁が残っている。
1940年代の航空写真を見ると変電所の横にまでホームがあり、写真の遺構はホームらしくもあるが、今のホームと場所が異なる。
かつてのホームが撤去されたのを機に、変電所横の柵のために作られたのだろうか。
今のホームは低床化されてはるものの石造りで古く、移動したとは考えにくい。
遺構は大粒の砂利が混じっており、かなり古いものと思われるが、削り取られたかのようにこれだけが残っている。
かつての変電所は今の地面より高い場所に盛られていたので、その盛り土のカバーだったのか。
あるいはホームだったのを潰して、今の位置にホームを移した際に残されたのか。

撮影日 2017年09月17日
  1. 2017/09/20(水) 23:57:23|
  2. 福鉄・えち鉄
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水落駅の古レール上屋

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福井鉄道福武線にある水落駅。
かつては鯖浦線との連絡駅でもあった。
今は鯖浦線はなく、駅舎は消え、広い構内は駐車場になった。
その中で残る上屋は古レールを使用している。
上屋はごく標準的な構造で、ほとんどが古レールで作られている。
塗装は場所によって肌色であったりグレーであったりするが、剥げて久しいのであまり手入れはされていないようだ。
中央には待合室が取り付けられている。
こちらも丸い鏡やむき出しのベニヤなど時代を感じさせるつくりである。


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上屋で特筆されることは、レールのほぼすべてに刻印が確認できることだ。
普通、刻印は塗装で隠れていたり、あるいは現役時のさびなどで判別不能なことが多い。
しかしここでは写真のようにG.H.H 1922の文字が鮮明に読み取れる。
ほとんどすべてのレールはG.H.Hの1921年か1922年のものである。
この周辺ではあまり見ないドイツ製のレールである。
旧鯖浦線の鯖浦電鉄は1926年、旧福武線の福武電鉄はその翌年に開業しており、その時代のレールと思われるが、若干年数に開きがあるのは気になるところだ。
なおほとんどがG.H.H製だが、ひとつだけこれまた北陸ではあまり見ないS&M製のレールも使用されている。
こちらは1924年の製造である。
開業時に海外レールしか使わなかったのかと思いきや、他の柵では丸Sマークもあるため、たまたまG.H.Hを集めてつかったようだ。

撮影日 2017年09月17日
  1. 2017/09/17(日) 22:28:20|
  2. 福鉄・えち鉄
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鯖江駅の乗車位置表示

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北陸の駅も近代化が進み、ほぼすべての駅に乗車位置表示がセットされた。
色は乗り入れる列車によって各駅異なるが、大体白か青色というところである。
鯖江駅では、鯖江駅オリジナルの乗車位置表示が導入されている。
アライグマかと思っていたがレッサーパンダらしい。
駅のポスターに名前が貼ってあり、メガメガというらしい。
レッサー関係ない。
近くの西山動物園のレッサーパンダをキャラクターとしたようだ。
乗車位置表示にご当地キャラクターを組み込んでいけば、なかなか面白い観光宣伝になりそうである。

撮影日 2017年09月08日
  1. 2017/09/13(水) 23:05:04|
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旧国道156線飯島橋

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関西電力鳩谷発電所のすぐ横に、その橋は架かっている。
新道とほとんど距離は離れておらず、道幅の狭さから旧道となったようだ。
飯島橋は昭和30年の架橋で、国道156線の整備とともに生まれた橋だ。
発電所に絡んだ川なので水がさぶざぶ流れている。
この橋は今では珍しくなった鉄製の欄干を持っている。
一部に鉄を使うものは今でも残っているが、柱以外はすべて鉄というのは珍しい。
銘板のある柱より道路側にも同様の意匠の柵が張られているのもあまりない形式だ。
道路から見るとどこまでが橋なのかちょっと分かりにくい。
銘板のひとつは「放水路」とされており、川の名前の代わりにつけたのだろうか。
道側の橋はグレーだが、桁はかなり白っぽい。
すでに壁面は崩壊が始まっている。
現在の橋は昭和58年に架橋されており、「新飯島橋」の銘板が貼られている。
ただし国道の看板では「飯島橋」となっている。

撮影日 2017年09月03日
  1. 2017/09/12(火) 23:57:26|
  2. 道・橋・隧道
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北鯖江駅の灰皿

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北鯖江駅は鯖江駅の隣にある無人駅である。
駅裏は企業が立地しているので跨線橋で専用の出入り口が作られている。
正面は昔ながらの駅舎である。
いかにも昭和30年代というたたずまいだ。
無人駅になって久しいが、駅としての設備はそこそこ残っている。
今時分煙が流行っているが、そんなことはおかまいなしに灰皿が駅舎の裏に設置されている。
今ではめったに見ない珍しいタイプの灰皿だ。
パイプと丸い壷を組み合わせただけの古い形のものだ。
他の駅には残っておらず、もしかしたら貴重なのかもしれない。
風で飛ばないようにするためか、紐で固定されているようだ。

撮影日 2017年09月08日
  1. 2017/09/10(日) 23:43:09|
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鯖江駅跨線橋の旧塗料

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鯖江駅の跨線橋は、昔のタイプである。
古レールのフレームで、通路は狭く、そして窓は上にしかない。
この跨線橋は古くからあったが、かつてはグリーンの塗装だった。
北陸にはグリーン塗装の跨線橋がいくつかあったが、今は白系の塗料で塗られている。
鯖江駅もまた今は白に塗られている。
このごろさびが出てきて徐々に塗装が剥離してきたが、その後ろに緑色の塗料が見えている。
コンテナグリーンに近い薄い緑色である。
鉄道車両ではたまにあるが、駅構造物の旧塗装が剥離して見えることはあまりない。
跨線橋をじっくり眺めると、いくらか露出しているようだ。

撮影日 2017年09月08日
  1. 2017/09/09(土) 18:09:48|
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城端線120周年スタンプラリー

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城端線では開業120周年を記念していくつかの企画が行われている。
城端線は中越鉄道時代の1897年に開業し、翌年に国営の鉄道が高岡を通っている。
したがって県内で一番早く開業した区間だ。
もっとも開業した区間は福野~黒田で、氷見まで延びたのは大正時代に入ってからである。
そんなわけで120周年を記念していくつか催しが行われている。
駅にのぼりが立っているほか、講演会が企画されている。
その一環としてスタンプラリーが開催されている。
城端線とはいっているが対象は氷見・城端線である。
期間は10月31日まで。
押す場所は11箇所あるようで、用紙は駅に置かれている。
そろえると鉄道グッズやご当地の景品が当たるらしい。
ちなみに戸出駅はイタズラで用紙にスタンプが押しまくられていて使い物にならなかった。

撮影日 2017年09月02日
  1. 2017/09/06(水) 23:59:14|
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北濃駅にある戦前のレール

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長良川鉄道北濃駅は1934年に国鉄越美南線として開業した。
島式ホームの駅本屋と反対側が1番ホームとなっている。
2番ホームもあるにはあるが荒れ果てていて列車が走れる状態ではない。
旅客ホームとして1番ホームが使用されているが、ここでは戦前のレールが今も使われている。
写真は1番ホームのホームスロープすぐのところにあるレールである。
製造は1934年となっている。
見えにくいが棒は一本なのでおそらく1月である。
同年8月に北濃駅は開業しているので、当時新品で導入した可能性が高い。
マルエスマークの八幡製鉄所製である。
かつては機回しもしていたのでこの上に何度も車両が通ったはずだが、たいした速度でもないので磨耗していないのだろうか。
こんな場所のレールを変える必要はないので、これから先廃線までずっと頑張り続けることであろう。

撮影日 2017年09月03日
  1. 2017/09/05(火) 22:55:50|
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国道156線旧帰雲橋

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御母衣ダムとその下流にある鳩谷ダムの間に帰雲という場所がある。
かつてここには帰雲城という城があったが、土砂崩れにより一夜にして城の人々ともども地中に没したという話がある。
国道156号線としては比較的平坦なこの道の途中に、帰雲橋がある。
156線は昭和20年代後半に二級国道指定を受け、その後整備が進められた。
荘川以南のベースは戦前の100万円道路であろうが、近代化されたトンネルや橋の多くが昭和30年代のものである。
昭和20年代まで道路ではなく道だったこの地域も、昭和30年代に入ってモータリゼーションを迎える。
廃橋はその時代に生まれたようだ。
富山側からこの橋にはアスファルト舗装された道が分岐している。
この時代にありがちなうすいセンターラインもそのままに残されている。
電柱が横を通っており、この補修のためもあるのだろう。
左が現在の橋となっている。


170903kaerikumo1.jpg

橋は短スパンのPC桁で構成されている。
全部で6桁あるようだ。
特徴的な造詣の欄干がついており、これもコンクリートだ。
生憎銘板は取り去られて現存しないが、前後の道路からしても昭和20~30年代の整備であろう。
割れたコンクリートからはあまり大きな粒は見られない。
全体的に白っぽいコンクリートである。
鉄筋は異型ではなく丸筋である。
経年劣化か、桁が少しずれている箇所もあるようだ。
だが現在使われている帰雲橋と比べ、コンクリートの劣化にあまり違いはない。
橋脚は御母衣ダムの底に沈んだ橋と似た形状である。
同一業者の施工だろうか。


170903kaerikumo3.jpg

橋の中央部にはなにやら妙な線が引かれている。
何処かで見たような気もするのだがなんだったか思い出せない。
舗装された道は草生しているが岐阜方面へ続いている。
だが橋を渡りきったところでチェーンで封鎖されている。
どうせなら橋ごと封鎖したほうがトラブルは少なそうなのだが。
新橋は昭和50年に竣工しており、旧橋は20年ほどしか使われなかったと思われる。
156号線近辺は、旧橋・トンネルの名称に新を付け足す場合が多いが、この橋は新橋も帰雲橋である。
旧橋の名称は帰雲橋ではなかったのかもしれない。

撮影日 2017年09月03日(すべて)
  1. 2017/09/03(日) 23:53:23|
  2. 道・橋・隧道
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倶利伽羅駅のスズムシ2017

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富山石川県境の倶利伽羅駅。
無人駅だがよく手入れされた駅である。
今年はスズムシが登場した。
ICカード対応で駅舎が狭くなったせいか、駅舎横のベンチに置かれていた。
たっぷりのナスを与えられ、元気に鳴いている。
ただ、しずかな駅舎内ならいざ知らず、外ではすでにさまざまな虫の音が響いており、あまりすずむし!という感じではない。
人が通らないところにおいてあるので、けっこう鳴いてくれる。
通りがかりの目を避けたいのか何なのか、なぜか石川観光のチラシが放り込まれていた。

撮影日 2017年09月02日
  1. 2017/09/02(土) 23:54:21|
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富山地方協力本部のティッシュ

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自衛隊イベントと言えば自衛隊勧誘である。
いつの時代も自衛隊は人手不足らしく、いつも勧誘をしている。
このごろ公務員人気ですさまじい倍率と聞くが、幹部候補だけの話なのだろうか。
自衛他の勧誘を受ける受けない関係無しに、イベントに行くと自衛隊オリジナルのティッシュをくれた。
迷彩色のティッシュで、自衛官募集のいつもの文字が入っていた。
どこでも同じものを配っていたのだが、このごろ富山協力本部はオリジナルデザインのを配布し始めた。
以前はグリーンのみの迷彩だったが、茶色も混じる迷彩となった。
富山地方協力本部の文字が入って富山専用のものとなっている。
ちょっと力を入れ始めた感じで、今年はいろいろなところで配っていた。
  1. 2017/09/01(金) 23:06:16|
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