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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

松任工場の屋根

JR西日本金沢総合車両所松任本所は、元々は金沢にあった工場を松任へもってきたものだ。
昭和10年以来さまざまな車両を修繕あるいは製造した。
工場は3棟からなり、東から順番に1、2と番号が振られている。
昭和初期からあるだけあって、建物は古く、それぞれに特徴がある。


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もっとも東側にある第1、第2、第3主棟。
連結器だったりばねだったりが置かれているところだ。
2、3主棟は明り取り窓の三角のでっぱりが特徴的である。
写真の真上は延長されたらしく屋根は平たいが、奥は明り取り窓の三角部分が突き出ている。
建物の妻面も窓は大きい。
古い棟は設計時明り取りを重視したのであろう。
屋根はI字のRを描いたフレームで支えられている。
古い棟と延長部ではリブの多さやRが異なっている。
上部には古い電柱によくあるガイシと枠が取り付けられており特徴的だ。
奥の釣りクレーン用のレールはリブのある梁に乗っているが、手前側にはない。
写真は貨車修繕を担当する第3主棟である。


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第4、第5主棟である。
台車やモーターを扱っている。
明り取り窓は第3主棟などと同じように三角形の屋根がとんがっている。
この棟では屋根は太い部材で支えられておらず、細いフレームで組まれている。
他の棟に比べるとやや貧弱な印象を受ける。
昔の工場のつくりといったところだ。
梁はリベット打ちとなっている。
側窓は昔の工場に良くあった長方形の窓ではなく上側にCがついているタイプだ。
ただガラスはなくトタンでふさがれている。
クレーンは2.8tと3tであまり重いものは吊れない。
国鉄浜松工場製のクレーンもここについている。


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第6、7主棟である。
鉄道イベントでは車両吊り上げでおなじみの場所だ。
3つの建物の中ではもっとも近代的に見える屋根を持っている。
三角形の屋根に少しだけ明り取り窓がついている。
TOMIXの車庫はまさにこんな構造であった。
屋根自体は細いフレーム材で支えられている。
妻面の屋根部はほぼすべて明り取り部になっている。
クレーンのレールはリベット打ちの桁を使っている。
この場所のクレーンは10tクレーンで他よりも大きい。
柱はトラス構造である。
いずれの建物も内部塗装はうすいグリーンで統一しているようだ。

撮影日 2017年08月27日(すべて)
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  1. 2017/08/30(水) 23:07:28|
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留置415系の塗装剥がれ

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かれこれ留置されて2年が経過する松任の415系。
部品取りにされているのか何なのか、役目は不明だがたまに移動している。
流石にかなり色あせてきた。
最近、ついに側面の塗装がゴッソリ剥がれてきた。
松任工場の公開でその姿を見た人も多いのではないか。
普通の塗装は亀裂が入ってはがれてくるが、この塗装はべろんと紙の様に剥がれている。
その下から覗くのは懐かしの旧七尾色である。
あかね色塗装はシールのような塗装だったのだろうか。

撮影日 2017年08月27日
  1. 2017/08/29(火) 23:38:19|
  2. 475/413/415
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平成29年金沢総合車両所一般公開

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JR西日本金沢総合車両所、松任工場の一般公開が行われた。
今年はJR30周年とあって、尼崎以前ほどではないがそれなりに気合の入った雰囲気であった。
入ってすぐの通りでは、おなじみの軌陸車の展示のほか、683系の展示が行われた。
車掌体験のために置かれているものの、幕は定期的に回され、さまざまな行き先を見ることが出来た。
目玉としてはプレートをつけたトワイライト塗装のEF81-43である。
日本海とトワイライトエクスプレスのヘッドマークを掲出していた。
トワ側には撮影スペースが設けられ、列に並ぶが、記念品をもらうことが出来た。
但し一日中順光側は日本海のほうであった。
突端のおなじみの展示スペースではキヤ143が展示された。
その横では一巡1時間と言う真夏の鉄道部品市が開かれ、広島地区サボのほか北陸新幹線の時刻表が売られた。


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屋外ではトラバーサーの実演、屋内ではクレーン実演がおこなわれた。
いずれも展示対象は521系であった。
同じスペースでは分解中のキヤとDE15を一度に見ることが出来た。
残り少ないDE15の活躍時期を考えるに、この展示を見ることが出来るのもわずかであろう。
ほかに撮影スペースとして681系が展示されたほか、あい鉄の521系が整備中で見ることが出来た。
また、珍しくホキが整備中であった。
松任工場で貨車の修繕が見られる機会は少なく、もはや数少ないJR西日本の貨車のみが対象となったため貴重である。
工場内では食品の販売が行われ、地元から複数店舗が参加した。
糸魚川市や白山市の宣伝、JR西日本商事のグッズ販売は外であった。


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技術的なものとしてはおなじみとなった枕木の入れ替え作業や、軌間測定、踏切の展示が行われた。
工場内ではモーターの展示、台車の展示がおこなわれた。
台車の展示はいつものように超音波探傷や研磨が内容であったが、道順の関係か例年より人が少ないように思えた。
今年は30周年とあって、パンフレットの配布のほか、記念の看板が掲示された。
おなじみのヘッドマーク展示も特別な板に展示された。
子供向けとしてスタンプラリーのほか、ペーパークラフトの配布が行われた。
ほかにミニキハ40での撮影やミニ北陸新幹線の乗車が加賀庭園の裏で行われていた。
資料館には早速解体予定の車両のプレートが展示されており、なんともいえない気持ちになった。


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今年は松任工場の保存機関車である2272が、汽笛が鳴るようにされた。
コンプレッサを使って実際に汽笛を鳴らしている。
プロ曰く本物と音が異なってしまうそうだが、雰囲気は満点であった。
一方同じ保存車両のキ209はボロボロのままであった。
展示車両として、国鉄急行色のクモハ475が引き込まれていた。
鉄道博物館に入ることもなく、同僚も皆解体されてしまった。
この編成のみが生き残ったが、今後はどうなるのか心配である。
クモハ以外の475や廃車待ちの415系、ローズピンクのEF81やDE10は展示はされなかったが、機関車は適度な間隔で留置されていたため、駐車場から良いアングルで撮影できた。
ただ、留置車両の中で最古参であったDD15-11は片キャブを残して解体中であった。

撮影日 2017年08月27日(すべて)
  1. 2017/08/28(月) 23:58:47|
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加賀温泉駅工事中

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加賀4温泉の玄関口である加賀温泉駅。
大きな駅ではないが、北陸新幹線敦賀延伸の暁には新幹線駅が設置される予定である。
この工事のため、駅舎の使用に変更が生じている。
現在の駅の南側に新幹線駅を設置するため、当該地にある現在の駅舎は邪魔になる。
そのため、駅舎の南側に駅設備を移して運営している。
今までの駅はラッチなどの設備を取り外し、目隠しをして通路としている。
列車から降りて地下道を歩くと、かつての改札口のあとを見ることが出来る。
写真は駅を出てすぐのところである。
新幹線駅の部分では工事が始まっていて、北鉄の車庫も撤去されてしまった。
かつて駅舎のあった場所はがらんどうとなっており、今後工事の本格化に伴い撤去されるものと思われる。

撮影日 2017年08月20日
  1. 2017/08/26(土) 23:50:24|
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DM-5135

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とある場所に佇む私有コンテナDM-5135。
日本通運、日通のコンテナである。
ペリカン便のマークでおなじみの青と黄色のデザインだったが、この個体は黄色で塗りつぶされている。
日通のDMKコンテナは青色なので、それと逆の色にしたとかそういうのだろうか。
段々とペンキが剥離して、ペリカンが浮かび上がってきているようだ。
ペンキが塗ってあると言うものの、かなりさびが出てきている。
下部の差込口の下にも台座のようなものが増設されている。
段上げの必要があったのかもしれない。
北陸では日通系の施設以外でDM系の廃コンが置いてある場所はあまりない。

撮影場所 富山県富山市
撮影日 2017年08月15日
  1. 2017/08/25(金) 23:51:39|
  2. 廃車・廃コン
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C56-129

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飯山線飯山駅正面を出て左へ歩いた先に、蒸気機関車C56が保存されている。
昔はぼろぼろの状態だったのだが、何年か前に塗りなおされた。
公園に置かれているよくある保存機関車である。
運転台へ上がれるように階段がついているが、周囲は柵で覆われている。
アスベスト対策やあるいは事故防止だろうか。
写真は妙なアングルだが、すぐ目の前に電柱があり、あまりいいアングルの写真が撮れないようになっている。
正面のハンドルは紛失している。
旋回窓の周囲も白色で別の板がついているのだろうか。
正面のプレートはレプリカなのか真新しい感じがある。
なんだか微妙に傾いているが、現役時代の形式写真を見るとこれもまた傾いているので実は当時を再現しているのかもしれない。
車両の下には丸太が格納されている。
腕機式信号機や、羽根つきのポイントが一緒に保存されている。

撮影日 2017年08月14日
  1. 2017/08/24(木) 23:59:12|
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ワム282160

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とある敷地に佇む国鉄有蓋貨車ワム80000。
走行改良を施されたワム280000番台である。
ワム280000はJR化後も残り続けたものと、製造後10年程度で廃車にされてしまったものがいる。
この個体は後者の様だ。
ここにきてそれなりの年月がたっているはずだが状態は良い。
海風もあるはずだが車体はひどく錆びておらず、屋根の白い塗装もそのままだ。
検査などは車体と同色のペンキで塗りつぶされている。
昭和56年3月から57年9月まで郡山工場、59年2月まで新鶴見の文字が見える。
関東で活躍した車なのだろうか。

撮影場所 富山県富山市
撮影日 2017年08月15日
  1. 2017/08/23(水) 23:48:19|
  2. 廃車・廃コン
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29600動輪

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敦賀駅の前には29600の動輪が保存されている。
昭和の時代に駅前に設置されたのだが、駅の工事で移動させられていた。
台座を残して動輪は居なくなっていたが、リニューアルされて戻ってきた。
29600は9600蒸気機関車の201番目である。
東北や九州で活躍し、北陸とは縁がなさそうなカマだ。
同じ29600の動輪が新大阪駅にも保存されている。
以前はかなりさびていたが、このたび綺麗に塗りなおされた。
動輪のタイヤ以外は分厚い樹脂系の塗料で塗装された。
おかげで軸の刻印はまったく見えなくなっている。
タイヤの刻印はそのままである。
これだけ塗装しておけばしばらくは大丈夫だろう。
駅正面向かって左側のポストの横にあり、ちょっと見えにくい。

撮影日 2017年07月20日
  1. 2017/08/21(月) 23:58:05|
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クモハ521の空調吹き出し口

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521系の冷房はファンデリアで、車内中央の天井吹き出し口から左右方向に流れている。
なので直下で冷房を楽しむということはあまりできない。
それを唯一できるのは連結時の運転席横である。
521系の先頭車両は併結時に少しでも客を詰めるよう、昔の助士席ポジションである進行方向右側も開放される。
ここの吹き出し口は真下に冷房が噴出している。
写真を撮ると、ダクトは直角に曲がっていることも分かる。
運転席なのであまり凝った隠し方はしていないのであろう。
写真はクモハ521-38である。

撮影日 2017年08月20日
  1. 2017/08/20(日) 23:57:26|
  2. 521
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南福井駅貨物上屋解体

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南福井駅は福井駅の西側にある貨物駅である。
今も稼動しているJR貨物の貨物駅で、貨車からコンテナの積み下ろしも行っている。
貨物がコンテナしかなくなって久しいが、貨物駅の西のはずれには上屋が残されていた。
長らく、北陸では全廃された茶色のワム80000が置かれていた。
後にブルーのワムも加わった状態で放置されていた。
最近、この上屋に解体の動きがあったのだが、ついに更地になってしまった。
付属していたレールなども跡形もない。
なぜか一部分には土が盛られていた。
ここに一緒に置かれていた18Aコンテナの倉庫なども消えてしまったようだ。

撮影日 2017年08月18日
  1. 2017/08/19(土) 23:14:56|
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丸岡駅の窓口跡

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北陸本線丸岡駅は委託の有人駅である。
かつては2面3線のホームに側線、そして京福が接続していただけあってそこそこの規模だったようだ。
駅舎は木造だが戦後のつくりで、福井地震のときに建て替えられている。
中は最近の駅では珍しくほとんどの場所に入ることが出来る。
というのも事務所だった部分を多目的ホールなどにしているからである。
なので昔の名残と言うのはあまりない。
一方で駅ホーム側は昔の作りそのままである。
ホーム側の駅舎にはなにやら張り出しがついている。
かなり小さく、そして窓はハメ殺しのようだ。
駅の窓口がホーム側にあるのはおかしいし、荷物用の窓口であっても駅舎の中にあるだろう。
売店ならば駅ホームにもありそうだが窓が狭すぎる。
何の用途で作られたのだろうか。
駅の色々なところが変わってしまったので、もはや何に使われていたのかわからないようになってしまった。

撮影日 2017年08月18日
  1. 2017/08/18(金) 23:25:38|
  2. 未分類
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南富山駅の折れたポイント灯

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線路の行き先を分ける装置を分岐器とかポイントと呼ぶ。
ただレールの行き先を変えただけだと、遠くからはどちらに向いているか分からない。
この定位反位を分かりやすくするため、羽板やライトが使われる。
夜の駅でぼんやり光っている青と黄色のライトと下についた羽はそのためにある。
富山地方鉄道南富山駅にもこの装置が置かれている。
が、ライトの根元が曲がっている。
昔聞いたところによれば、古いものは根元が錆びて折れてしまうらしい。
これもライトの根元が腐って折れてしまったのであろう。
しかし現役の装置なのに折れた状態で大丈夫なのだろうか。

撮影日 2017年08月13日
  1. 2017/08/17(木) 23:05:00|
  2. 地鉄
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19D-9512

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とある空き地に佇むJR貨物有蓋コンテナ19D。
19Dはここ最近のコンテナでは最大勢力で、現在もニューバージョンが生産されている。
一方で古い個体は廃棄されたり倉庫転用されている。
かつての国鉄有蓋コンテナC20のようなポジションだ。
この個体は4ケタ台のころの標準的なスタイルである。
塗装がはがれたのか、一部分はペンキが塗られている。
エコレールマークは左下に貼られている。
次期検査や抹消支社のステッカーはまったく文字が読めない。
太陽光線で消えてしまったのだろうか。
辛うじて関の文字が見えるので、場所柄JR貨物関東支社で廃棄処理を受けたと思われる。
個体番号は黒いペンキで一筋抹消線が引かれている。
製造は平成14年6月で、今はなき東急車輌大阪である。
この翌年に大阪事業所は消滅し、東急車輛自体も今は総合車輌に吸収されて消えている。
それにしても製造から10年程度で廃棄されてしまうとはなかなかもったいない話である。

撮影場所 長野県妙高市
撮影日 2017年08月14日
  1. 2017/08/16(水) 23:58:38|
  2. 廃車・廃コン
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不二越線いたち川橋梁

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富山から出て行くなんて話で話題の株式会社不二越から名前の取られた富山地方鉄道不二越線。
稲荷町~南富山の路線だが、元は富山から笹津まで伸びていた富山鉄道が敷いた線路であった。
そんな経緯で南富山~岩峅寺の間の上滝線と系統は分断されていないが名前が異なっていると思われる。
富山地方鉄道の路線は大正から昭和にかけての建設であることや地域柄なのか、建築物の多くがコンクリートまたは石である。
そんな地鉄の中で目を引くレンガ造りの橋が、市内を流れるいたち川にかかっている。
いたち川は常願寺川と神通川を繋いでいて、常願寺川のほうが上流である。
不二越線とは大泉駅の近くで交差する。
橋は単純な上路ガーダーである。
色はなんとも言えないドドメな色だが、近づいてみると元々は水色だったのではないかと思われる。
しかしさび色が強くもうさびで塗装しているようなものだ。
写真左手が稲荷町、右手が南富山駅である。
桁の右半分と少しは2枚の板を溶接して繋ぎ合わせたかのようなスタイルである。
リブは橋げたに完全にくっついたものではなく、上下は三角形に止まっている。
リベット打ちで固定されているが、腐り落ちて頭のないリベットも居る。


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橋脚は地鉄では珍しいイギリス積みのレンガ式となっている。
この区間の開業は大正2年なので、まだレンガが主流だったのであろう。
川には色の違うコンクリートがあてがわれており、ここだけ後年になって設置されたものと思われる。
桁の接触部分は石が使われていて、鉄道省の線路に近いつくりだ。
基部にはゴムではなく鉄板が使われている。
最上部にも薄い石が飾りのように付けられている。
ただし全周ではなく若干不足している場所もある。
南富山川には識別のためか「いたち」と書かれている。
橋げたに銘板はなく製造時期は不明だ。
川の常願寺側には水用なのか管が取り付けられている。

撮影日 2017年08月13日(すべて)
  1. 2017/08/15(火) 23:54:13|
  2. 地鉄
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9646

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蒸気機関車に敬礼Ⅱという写真集に、「いつか見た晴れ姿」というタイトルの横浜港駅で撮影された9600の写真がある。
撮影者は青島良之氏で1971年の撮影である。
リンク式連結器に背の低い煙突を装備したその9600の姿は、赤レンガの保税倉庫とあいまってとても昭和中ごろの写真とは思えない。
これは日本の鉄道100周年を記念した国鉄製作の映画「蒸気機関車 その100年」撮影のためであった。
その9600に扮した機関車が、長野県豊野公民館に保存されている。
実際は9646で、映画出演のため国鉄長野工場で大正時代の姿に復元された。
大正3年の製造で、現存する数少ない4ケタ台の9600機関車である。
看板を見ても詳細は不明だが、末期は新潟周辺で活躍していたようだ。
車両は撮影当時そのままの姿となっている。
2000年代にリペイントされたらしいが、今はかなり色あせており、状態はあまりよくない。
黒のほか白、銀、赤、青などで塗り分けられている。
車両4方向に危険であることと危険行為をした際は自己責任であることを示す看板が、直接車両にくくりつけられている。
写真を撮ると結構目だってジャマなのだが仕方ない。
階段などはなく、運転席に立ち入ることは出来ないようだ。
しかし長野県でたまにあるアスベスト対策と思しき網はここにはない。
入換え任務についていた時代はスノープロウとフロントに握り棒を増設していた。
映画撮影の改造で、上部梯子やバッファーの取り付けがされた。
正面はリンク式連結器、テンダーは自動連結器を装備している。
撮影では前後両方をリンク式にしたと思われ、地面に自動連結器とリンク式連結器がそれぞれ一個ずつ置かれている。
保存車両としては後付の灯火がやたら多く感じられる。
テンダーに2つ、そして正面には4つも着いている。
割れているものもあるが、透明板を張ってとりあえず復元しているものもある。
説明板はテンダー側にあるが、まったく改良されていないようで、文字が読めない。
高さの違う腕機式信号機が2つ、転てつテコ、羽板などが一緒に置かれており、展示物も充実している。
かつてこの車両を整備していた豊野町は合併で消滅しており、その後塗り直しなどはしていないようだ。
車体下は鉄板の剥離も見られ、そろそろ手入れが必要そうに見える。
公民館は豊野体育館の裏で、豊野駅の東にある。

撮影日 2017年08月14日
  1. 2017/08/14(月) 23:58:41|
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コマツ粟津工場開放デー2017

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コマツ粟津工場は粟津駅の裏側にある。
歴史ある工場で、大戦前の開設である。
QCサークルはこの粟津事業所発祥で、ここがなければこんな活動など日本に定着しなかったのだが。
粟津工場は毎年工場の開放を行っている。
今年も太陽の照りつける中工場公開が行われた。
工場の中心近くの駐車場を中心にブースが展開された。
何よりもコマツらしいのは十数機の建機の展示と実演であろう。
一部は実際に乗ることが出来、しかも設計職の解説を聞くことが出来た。
他の工場公開ではなかなかやってくれないことである。
体験添乗やデモンストレーションも行われた。
飲料販売やフリーマーケットのほか、ご当地グルメの販売が行われた。
パワーショベルでスイカを割ったりボールを掬ったりと、建機メーカならではの展示もあった。
ほか、防衛省向けの試験車両の展示もおこなわれた。
工場見学はバス移動と徒歩移動があり、小松バスの貸し切り観光車が使用された。

撮影日 2017年08月06日
  1. 2017/08/06(日) 23:59:39|
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粟津~動橋の参道跡

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北陸本線粟津駅から動橋駅へ向かう途中に、刀何理神社という神社がある。
一帯は田んぼだがここだけ林になっている。
この神社は入り口が北陸本線に向いている。
どうやらかつては参道だったようだ。
それが線路が出来てなくなってしまったのだろう。
写真の背後にはアスファルトの道が伸びていて、集落へと続いている。
'70年代の線形改良の際に小さな踏切は地下道にするかあるいは警報機をつけるかで、出来ないものは廃止された。
この場所は参道であるため車が通るほどの道ではなかったのでそのまま廃止されたのだろう。
看板があり線路への立ち入りが禁止されている。
ただ、踏切があった場所にはPC枕木が5本しかれている。
当初は勝手踏切だったのだろうか。
今の時代、もはやそんなものも許されないだろうが。

撮影日 2017年08月05日
  1. 2017/08/05(土) 23:58:49|
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681系多目的室のステッカー

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681系の設備に多目的室がある。
デッキにトイレや洗面所と並んで設置されている。
乗務員に使用理由を告げる必要があるので入ったことはないが、小さな座席があるそうだ。
写真はサハ681-204にある多目的室のドアである。
入り口にはステッカーが貼られている。
急患、授乳、更衣と書かれているが、黒く塗りつぶされているものがある。
どうやらおむつ交換のようだ。
白色とかでなく黒ペンとはかなり応急処置的である。
他車両でもやっているのだろうかはわからない。
おむつ交換のマナーが悪く廃止となってしまったのだろうか。

撮影日 2017年08月04日
  1. 2017/08/04(金) 23:55:43|
  2. 681/683
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