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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

UR19A-15163

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とある場所に置かれているJR貨物私有コンテナUR19A。
UR19Aはさまざまなバリエーションを展開しながら現役である。
JOT日本石油輸送の私有コンテナである。
少し前までUR19Aの最大勢力といえばこの赤帯の入った10000番だったが、最近は青帯の20000番台ばかりになってしまった。
色あせてしまったこのUR19A-15163は、どうやら倉庫転用されてしまったようだ。
個体番号やJOTの文字は消されている。
一方エコレールマークはそのままだ。
赤色の塗装の色あせ具合が、経年を感じさせる。
ここでは先輩格の国鉄コンテナなども倉庫に使われているようだ。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2017年07月27日
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  1. 2017/07/31(月) 23:08:11|
  2. 廃車・廃コン
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海上自衛隊護衛艦おおなみ伏木来航

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この土日、富山における夏の来航イベントとしては最後となる護衛艦の来航イベントが行われた。
場所は伏木港万葉埠頭である。
他の港と異なり撮影環境がよく、駐車場も比較的近い良好なポイントである。
船は先週敦賀で展示されたなみ型護衛艦のおおなみである。
おおなみは横須賀の船であり、また忙しい船のため、日本海側ではほとんど見ることは出来ない。
見学コースは船首から後部ヘリ甲板へのコースであった。
船首ではCIWSの展示のほか、ラッパ演奏があった。
後部ではSH-60Kの展示のほか、スタンプ、紐の結び方実演が行われた。
艦橋の見学が出来たが、かなり高い倍率であったようだ。
車両展示は特になかったが、3トン半が一台置いてあって自由に撮影することが出来た。

撮影日 2017年07月30日
  1. 2017/07/30(日) 23:53:48|
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道の駅めぐみ白山建設中

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国道8号線を金沢から小松方面に向かうと手取川の手前で建設中の広い敷地を見ることが出来る。
ここに平成30年の完成を目指して道の駅が整備されている。
道の駅といえば最近能登にひとつ増えたばかりであるが、流行なのであろう。
石川県では8号線沿いの道の駅は小松のように道を降りるとか、倶利伽羅の様に旧道に行くかなので、ヒトケタ国道沿い直結は初めてである。
現在はまだ駐車場は土だらけで、建物も骨組みとなっている。
アクセス道路もまだまだである。
工事の関係で、道は若干狭くなっている。

撮影日 2017年07月29日

  1. 2017/07/29(土) 22:13:44|
  2. 道・橋・隧道
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第一小杉農道踏切の看板

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あいの風とやま鉄道の越中大門~小杉間にある第一小杉農道踏切。
自動車の通行が禁止された小さな踏切である。
北陸本線が第三セクターに移行されてから、ほとんどの踏切看板は更新された。
しかし、踏切名の書いた看板以外はそのままのものもある。
写真の自動車通行を禁じる看板はいまだJR高岡保線区となっている。
いずれ、JRの名残を残す看板も消えていくことになるであろう。

撮影日 2017年07月16日
  1. 2017/07/27(木) 23:41:39|
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ト27409

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新疋田駅の近くに、日本一小さなミニ鉄道公園として、無蓋貨車が保存展示されている。
高名な鉄道保存マニアが設置したもので、比較的新しい保存車両である。
もとは大井川鐵道で使われていたト100形で、ベースは鉄道省のト20000である。
戦前の貨車で、昭和の中ごろには国鉄から姿を消し、速度制限のない私鉄にのみ生き残った。
昨年解体されるところを拾われて、架空のナンバーであるト27409をつけてレストアされた。
実際はト111というナンバーらしい。
所有者の意向でイベント時は中に入れるが、普段は敷地外のみからの見学となる。
といってもシートで覆われているわけでもなく、敷地も狭いので有難いことに見放題である。
雨を避けるためか、アオリ戸は下ろされたままである。
保存に際しリペイントしたらしいが、内部は錆びたままとなっている。
レールはなく、車輪の下のみ輪留めがコンクリートに固定されている。
車両の下にはブレーキシューなどが保管されていた。
場所は新疋田駅前にある小さな住宅地の中である。
どうみても宅地用の1スペースに貨車が鎮座している。
前は別の車両が置いてあった。
真下はJRの新疋田変電所で、奥には線路も見える。
特に案内はないので事前知識がないと場所がわからない。
住宅地は分譲途中で諦められたのか一部は草生したまま封鎖されており、貨車は行き止まりのすぐそばにある。
車を停める場所はなく、Uターンできるところもない。

撮影日 2017年07月23日
  1. 2017/07/25(火) 23:42:41|
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ワム380476

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とある場所に佇むJR貨物改造の国鉄有蓋貨車ワム380476。
東海道筋を青いワムハチが走っていたのも、伏木にそれらが運び込まれたのもつい最近のことのように思えるが、もう5年も経っているのである。
時の流れというのは早いものだとしみじみ思う。
廃車になったワムハチの一部は富山県伏木の北陸ロジティクスに搬入後、順次下回りをバラされそれぞれの場所に引き取られていった。
ワム380476は九州で改造され東海道で活躍し北陸で足回りをばらされ終生の地をここに得たようだ。
周辺はすさまじく雑草に覆われ、ほとんどその姿を見ることは出来ない。
側面にはサッシが増設され、事務所か隠れ家かなにかに転用されたようだ。
伏木に居たころと同じように車検は名古屋車で平成20年5月11日から25年同日まで。
最後の検査は愛知区で22年11月6日から25年5月15日となっている。
とはいえ実際にはそこまで活躍する前に廃車になってしまったのだが。
これからのダルマ車生を長く送って欲しいものである。

撮影場所 滋賀県高島市
撮影日 2017年07月23日
  1. 2017/07/24(月) 01:24:07|
  2. 廃車・廃コン
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護衛艦たかなみ・おおなみ金ヶ崎岸壁来航

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海上自衛隊護衛艦DD110たかなみと、同DD111おおなみが福井県敦賀港金ヶ崎岸壁にやってきた。
土日2日連続の公開であった。
初日は晴れだったが2日目の午前中は雨となった。
一般人の見学はたかなみのみで、おおなみは新聞購読者などに限られたようだ。
たかなみ船上では甲板上を前からぐるり一周するもので、ヘリ甲板では物品販売や実演が行われた。
おなじみのラッパ演習のほか、SH-60Kのプロペラ格納実演が行われた。
岸壁の封鎖地域などの関係から、船首をみることはできないようになっていた。
たかなみは横須賀の船であるが、全国のイベントでの露出度は高い。
岸壁上では三菱1/2tトラック(パジェロ)が実際に乗れるようになっていたほか、その他自衛隊車両がいくつか見学用ではないが来ていた。
福井地本はイベント周知に熱心で、今後のイベント予定を配布する活動を行っていた。
おおなみは来航のみで残念であるが、今月29・30日に伏木港にて一般公開される。
また29日は舞鶴港でのサマーフェスタ、30日には小浜漁港で多用途支援艦ひうちの公開が控えている。

撮影日 2017年07月23日
  1. 2017/07/23(日) 23:56:50|
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美川駅の屋根がない自転車小屋

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美川駅の旧貨物ホームは自転車置き場になっている。
パイプ製のフレームに日よけがついているタイプである。
これがなぜか線路側のものは日よけがなくなっている。
前はあったような気がしていたがどこへいったのだろう。
晴れているとはいえ雨の日になればびしょぬれだろう。
そういうわけか日よけがあるものと異なりこちらにはほとんど誰も駐輪していない。
壊れたのに修理する金もないのだろうか、それてもこのままで行くつもりなのか。
モニュメントを置いたものの撤去したり橋上駅なのに今もホームにエレベータがなかったりと美川駅はわりとこんな感じのスタイルなのかもしれない。

撮影日2017年07月14日
  1. 2017/07/22(土) 23:57:58|
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小松駅どこから来てん?看板

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小松駅のコンコースにある待合室前では小松の案内で尾がエンドレスで流されている。
その横に、「小松どこから来てん?」という展示物がある。
「来てん」は「てんてん手毬が転がってん」でちょっと知られているかもしれない石川の方言である。
日本地図が張られ、一緒にシールが置いてある。
どこから来たかをシールで示すわけである。
圧倒的に石川が多いが福井や富山は大して多くない。
温泉に来る人は小松で降りはしないだろうし、観光も大きなものではないから出張に来たビジネスマンが多いのだろうか。
九州四国中国東北はほぼ壊滅状態である。
7月とあるので、毎月付け替えているのだろうか。

撮影日 2017年07月14日
  1. 2017/07/21(金) 23:40:46|
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ワラ1239

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とある場所に佇む国鉄有蓋貨車ワラ1。
初期の番号であるワラ1239である。
後5つずれていればキリ番だったのだが。
近くの住宅か畑の倉庫にでも使われているのだろう。
塗装は廃車時オリジナルと思われ、塗りなおしもされた気配はない。
側面の塗料は円形まだら状に剥離している。
黒い外側の塗料ははがれているが、鉄の地まではとんでもなくはがれているわけではないタイプの車両である。
手すりは低いタイプで、銘板は確認できなかった。
整備をされていないと見え、下部は腐食により穴が開いている。
あまりにひどいところがあったのか、そこだけあて板がされていた。
車検は塗装の剥離が進んでおり確認できなかったが、昭和57年の文字だけが辛うじて見えた。
雪国でもあるし今後が心配な車両である。

撮影場所 富山県小矢部市
撮影日 2017年07月16日
  1. 2017/07/20(木) 23:42:43|
  2. 廃車・廃コン
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美川駅のレンガホーム

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金沢~小松の途中駅である美川駅。
明治時代に作られた駅である。
明治のホームは今のコンクリートのホームに覆われてあまり見ることは出来ない。
これは他の駅でも同じようなもので、今のホームの下にひっそりと見えたりする程度だ。
美川駅の駅本屋側では、比較的しっかりと当時のホームを見ることが出来る。
今の自転車小屋はかつて貨物ホームだった場所を転用したものである。
写真は旅客ホーム1番の貨物ホーム側で、良好な断面を保ったままのレンガホームを見ることが出来る。
貨物ホーム側であるためかさ上げ工事がおこなわれず、その後も自転車小屋と植木で誰にも触られなかったのだろう。
上の石が当時モノかといえば少し新しいようにも見える。
旅客ホームの後ろ側は封鎖されているため、ホームからは見ることが出来ない。

撮影日 2017年07月15日
  1. 2017/07/19(水) 23:56:08|
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小松駅開業120周年記念旅育

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今年は北陸本線小松~福井開業120周年である。
区間が短く間の大きな駅が小松と福井くらいしかないためか、あまり大掛かりなイベントの話は聞かない。
小松駅では120周年記念の企画として、運転シミュレータ体験と、車両基地見学を募集している。
対象者は小学6年生までの子供と保護者と言う独身者や生徒学生たちにはキビシー内容である。
内容は白山総合車両基地の見学と、金沢新幹線列車区のシミュレータ体験、金沢列車区のシミュレータ体験である。
白山総合車両基地は何かの機会で入ることが出来るだろうが、後者はめったに見学できるものではない。
それぞれ有料で、体験によって値段が異なる。
どの企画も7月と8月の2回あるようだ。
応募は一週間前までに小松駅に電話する方式である。

撮影日 2017年07月14日
  1. 2017/07/18(火) 23:44:30|
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海上保安庁やひこ海上自衛隊はやぶさ一般公開

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7月15日から17日まで海王丸パークフェスティバルが開かれている。
ハイライトは16日の日曜日で、多くのイベントが開催された。
この中で、2隻の船が一般公開された。
一隻はミサイル艇はやぶさ。
周辺のイベントによく顔を出してくれる船である。
実際に速射砲を動かすイベントがおこなわれた。
もう一隻は海上保安庁のやひこ。
珍しいどころかいつもここにいる船である。
船内の端から端まで見学させてくれ、ヘリ甲板上では実際に見学者をクレーンで吊り上げるなどのイベントも行われた。
やひこは日曜日のみだが、はやぶさは月曜日も公開される。
当日はテレビ芸人が来ていたらしく、普段よりも人手は多かったようだ。

撮影日 2017年07月16日
  1. 2017/07/16(日) 23:49:59|
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海上自衛隊かが金沢来航

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海上自衛隊の最新鋭ヘリ空母護衛艦DDH-184「かが」が金沢港に来航した。
もちろん金沢へははじめての来航である。
その名称の通り石川周辺の旧国名称「加賀」から取られている。
今加賀というと小松より西側を指すのであるが。
その名称もあり、就航に際しての玉串奉納は白山市鶴来の白山比咩神社が執り行っている。
かつて旧帝国海軍の最大空母にしてミッドウェー海戦にて壮絶な最後を遂げた加賀もまた白山比咩神社の神棚が奉斎されていたという。
石川に縁深いこの「かが」は、普段自衛艦の公開が行われる無量寺埠頭には入りきらないため、大浜埠頭での公開となった。
大浜埠頭はコマツ系の輸出などが行われる貨物埠頭で、大型クルーズ船などの受け入れもしている。
今回の見学は例年金沢港でやっている海フェスタにあわせたものである。
しかし初の一般港における「かが」公開とあって、普段の海フェスタとは比べ物にならない対策が行われた。
海上付近の駐車場は勿論、ものづくり会館等複数の駐車場を確保し、会場との間は北鉄バスによるシャトルバスの運行が行われ、一部の道路は通行止めとなった。
それでも激しい渋滞が発生し、会場付近は路上駐車やら飛び出すバイクやらでとんでもないありさまであった。
伏木万葉埠頭と異なり、周辺道路が多くてもともと混雑しやすい場所だからであろう。
すさまじい渋滞と照りつける太陽の中、会場では艦内見学者数3000名をめどに入場規制を行っていた。
艦内ではおなじみのパンフレット配布のあと、基本的には前部エレベータで、甲板に上がり、見学をするコースであった。
庫内一機甲板に四機のSH-60JおよびSH60-Kが展示され、なかなかの気合の入れようであった。
グッズ販売は甲板で行われていたが、長蛇の列で、売り切れも多数あったようだ。
艦内では演奏などもあったようだが、ゆっくり見られた人は少ないと思われる。
見るものは色々あったようだが、混雑ゆえにあまり案内はしていなかったようだ。
岸壁では食品を手に入れられる場所が近くにないためか、食品系の移動販売車は充実していた。
大野など地元特産品の販売も行われた。
陸上用の自衛隊車両の展示はなかったようだ。
大体大型艦船はめったに田舎には来てくれないのだが、ゆかりある艦名でもあるし、また来てくれるのであろうか。
なお翌16、17日においては海王丸パークでいつものミサイル艇はやぶさ(と海保のやひこ)の展示が行われる予定である。

撮影日 2017年07月15日
  1. 2017/07/15(土) 23:52:15|
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京都鉄博の駅弁の展示

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京都鉄道博物館には駅弁の展示がある。
食堂車の展示などと一緒になっているところで、鉄道と食を一編に紹介している。
昨今食堂車は消滅し駅弁も縮小な向きがあるが、それでもはずせない展示と言うことなのであろう。
ここでは全国の駅弁の名称を使った地図が展示されている。
よく見るとなんだか微妙な感じがある。
都道府県の割り振りが適当なのは仕方ないが、代表格の駅弁が居ないのである。
富山で言えばますの寿司、福井(敦賀)で言えば鯛寿司であろうか。
これはいけない。
利家御膳はわかるが、かにすしも並ぶくらいメジャーではないかと思う。
かにめしは福井的にはぴったりで文句なしな感じがある一方、おったからとか予約必須な奴が代表になるのはなんだか微妙である。
そして新潟はほとんど存在しないことになっている。
せっかくテーマパーク的博物館なので、やはりここは真面目に攻めて欲しい気もする。

撮影日 2017年07月09日
  1. 2017/07/13(木) 23:55:30|
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尼御前SAの実験中ゴミ箱

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夜明けのサービスエリアの雰囲気と言うのは大好きである。
とくに夏の夜明けの空気の匂いは格別である。
それはさておき夜明けも近いSAのゴミ箱というのは大抵ひどいことになっている。
家庭ごみが詰め込まれた上によせばいいのに押し込み損ねたゴミが転がる。
ゴミをつぶさずに放り込むのですぐ一杯になってしまう。
なぜ次のSAで捨てないのか夜明けにはゴミ箱はひどい状況である。
生ゴミがあればカラスが来てさらに悲惨なことになる。
そんなことを防ぐためか、北陸自動車道上り線尼御前SAではある実験が行われている。
簡単なもので、ゴミ箱の前にネットの袋を置いている。
既存のゴミ箱が一杯になれば伸縮式の袋に入れてもらおうという作戦なワケだ。
取り外しが容易で必要がなければ外すこともできる。
明け方ですでに一杯だが、なければゴミがそこらじゅうにおかれていたことを考えればなかなか有用な手段だと言えよう。
もっとも、ゴミの持込がなければこんなものなど要らないのだが。

撮影日 2017年07月09日
  1. 2017/07/12(水) 23:59:43|
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細呂木駅の開業120周年記念事業

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細呂木駅は福井県の端っこの方にある無人駅である。
旧貨物ホーム上が有名な撮影地だが実は自転車置き場でマナーが悪すぎてロープで封鎖された過去がある。
一日の平均利用客が100人もいない駅であるが、小松延伸開業時に一緒に開業した駅で信号所からの格上げではない。
明治30年に開業とあって今年でちょうど120年目である。
細呂木地区の共生会ではコレを記念してイベントをしているようである。
3回企画され、2回はすでに終わったようだ。
開業日である9月20日直近の17日に秋祭りとしてイベントをするという。
看板が出ているのでそこそこ力を入れていることが分かる。

撮影日 2017年07月08日
  1. 2017/07/11(火) 23:12:21|
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京都鉄道博物館489系車内公開

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489系はもっとも遅くまで定期運用を持っていた国鉄ボンネット型の電車であった。
夜行急行能登として運用され、489系初期番台はその生涯を北陸で過ごした。
食堂車改造を除けば、もはや現存しているのは両側の先頭車のみと言われている。
横軽対応の特徴的な前面を持つ501は小松市に保存されているが、トップナンバーのクハ489-1は金沢総合松任で保存の後、京都鉄道博物館へと収蔵された。
屋内に入ってもっとも目立つ場所に、500系新幹線、583系とともに並べられている。
京都鉄道博物館では定期的に車内の見学を実施している。
今月の車内見学は489系である。
JR西日本は485系を一通り解体してしまったため、なぜか489系が雷鳥スタイルで展示されている。


170709kuha489-2.jpg

車両の形上、車内へは乗務員ドアを使用する。
運転台に立ち寄ることは出来ないが、カード契約をしないと見ることの出来なかった運転台を下から見ることが出来る。
車内は当時のままで、若干ホコリっぽい。
盗まれた痛々しい姿の形式プレート代用ステッカーやなぜか最末期まで残り続けたEOS50Dの広告など懐かしさで一杯である。
座席に座ることは許されておらず、最後尾の1ボックスのみ座ることが許されていた。
能登時代は自由席で、人が居ない時期はこのボックスを1人占領して寝ている客をよく見かけた。
クハ489-501は運用末期レディースカーであったため、マニアにはこちらの車両のほうが馴染み深いのではないだろうか。
洗面所やドアを開けたトイレなども撮影できるように配慮されていた。
見学者のほとんどは通り抜けるだけであったが、久々に人が乗っているクハ489-1を見ることが出来るイベントである。

撮影日 2017年07月09日(すべて)
  1. 2017/07/09(日) 23:14:59|
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えち鉄本荘駅の貨物ホーム跡

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えちぜん鉄道本荘駅の南側に貨物ホームがある。
レールは勿論撤去されているが、今時珍しい農業倉庫とともに現存するホームである。
文化財登録された駅舎とともにレトロな雰囲気をかもし出している。
ホームは上面が草で覆われており、どうなっているかはよく分からない。
駅側には枕木が放置されているが、ホームとはあまり関係なさそうだ。
ホームは本線と平行に設置されている。
他の貨物ホームと比べると、旅客ホームへやたら接近しており、有効長は短い。
貨車は2両程度で一杯だったであろう。
貨物側線と下りホームの線路はまっすぐな位置である。


170710honjohome2.jpg

農業倉庫の横手、つまりホームの裏側である。
この農業倉庫は戦後の建造であるが、まるで廃屋である。
ホームの裏手の道はシロツメクサでいっぱいだが、わだちがあるので歩いている人が居るのかもしれない。
というかこれは一般人の通ってよい道なのだろうか。
ホームは駅舎側へスロープになっていると見られるが、草で覆われているので詳しいことは分からない。
農業倉庫と農業倉庫用の貨物ホームはフラットであったり坂がついていることが多いのだが、ここはそうではないように見える。
古い地図を探してくるとここは本荘農協そのもので、農協含め4棟以上あるそこそこ大規模な農協倉庫であった。
戦後すぐのころは駅舎側に農協倉庫があったようだが後に貨物ホーム側に増えて今のようになった。
少なくとも10年前からはあるキャンピングカーの止まっているところがかつての農協倉庫の跡地である。
カントリーエレベータは今も近くにあってJA花咲ふくい本荘支店となっている。


170710honjohome3.jpg

田んぼ側のあぜ道からアプローチすると貨物ホームの突端を見ることが出来る。
貨物ホームは大粒の砂利が使われており、昭和初期の建設であることを示している。
その下のコンクリートは砂利が細かいのでもっと後の時代のものだ。
車止めがあるかどうかは確認できなかった。
終戦3年後の航空写真を見ると、このホームには上屋があったようだ。
線路と斜めになっており、また当時駅舎側にあった農協と向きが同じような方向なので、このころ専用の軌道でも使って荷物をやり取りしていたのかと想起させる。
が、しかし1948年7月撮影の航空写真とあっては、同年6月に起きた福井地震の影響による倒壊と見るのが妥当であると思う。
ちなみに同航空写真では駅南側で微動だにしない単行車両がおり、震災で動けなくなったまま放置プレイ中の車両ではないだろうか。
10年後の航空写真では上屋はホームと平行になっており、また農協も道と平行になっている。
農協はその後規模を増し、どんどん建物を増やしていく。
その後いつまで使われていたのかは不明だが、1970年の航空写真にはもののずばり2両の貨車が留置されている姿が写っている。
この写真から上屋はワラ2両分弱でホームには貨車が3両は置けたと推測できる。
ホームの南側は上屋がなかったようだ。
上屋自体は平成になっても残っていたようだが現在は撤去されていて存在しない。

撮影日 2017年07月08日
  1. 2017/07/08(土) 23:58:30|
  2. 廃線など
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新田踏切の踏切柵プレート

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以前記事にした(リンク)が、北陸本線の踏切柵は大体蛍光色に塗られている。
もともとトラ塗りだったのが色あせたため蛍光色に塗ったのだが、それも大分色あせて久しい。
比較的明るい場所ならいいが、人通りの少ない踏切ではライトが無かったり、逆に狭い踏切では見えにくく危険であった。
そのためか、このところ踏切柵に反射板が取り付けられるようになって来た。
写真は北陸本線の新田踏切である。
従来の踏切柵と同寸法の板が固定されている。
黄色い反射板で、トラ塗りの警戒塗装である。
板の周りはラバーで保護がされているようだ。
ここでは金属バンドで固定しているが、雑な感じにロープで近くの電柱にくくりつけている場合もある。
いくつか導入されているようだが、今後広まっていくのだろうか。

撮影日 2017年07月01日
  1. 2017/07/04(火) 23:56:13|
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乙丸駅の古レール上屋

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北陸鉄道石川線の乙丸駅。
駅横に駅規模に対してやたら巨大な駐輪場がある以外普通の駅である。
かさ上げされているので分かりにくいが、実は上屋はそこそこ古いようだ。
この場所にホームがやってきたときに作られたものと思われ、1960年代後半以降に設置していると考えられる。
白ペンキで塗りつぶされているので判別は難しいが、1923年か1927年の製造品が確認できた。
どれもこれも6040とか60と記載されているので60ポンドレールである。
分かりがいいのは野町方の雨どいのある柱や駅の階段を上ってすぐの柱である。
米国テネシー社の文字やその他表記が比較的鮮明に読み取れる。
どれも1923年の製造らしいが、工マークが読み取れないので、国外からの中古レールかあるいは自社発注と考えられる。
石川線の歴史はかなりややこしいが、大正時代にすでにレールは敷かれていたので、北鉄(の前身の金沢電気軌道や石川鉄道)が発注したレールでも年代的には合致する。
石川鉄道の吸収以外特に何かがあった年ではないので、定期的な購入か。
待合所横のものは○Sと思われるマークが見られるので、おそらく八幡製鉄所のものである。
他にもあるが、大体1927年の夏ごろに作られたようだ。
この年、金名鉄道がのちに加賀一の宮駅になる神社前と鶴来駅の間にレールを敷いている。
金名鉄道はつくったもののさっさとこの区間を金沢電気軌道に売ってしまっている。
1927年末に開業したことを考えると、このレールはそのために購入されたのだろうか。
どれもこれも上部はかなり磨り減っているのが分かる。
もし上屋建設ギリギリまで現役だったのならば、約40年使用されたことになる。

撮影日 2017年07月01日
  1. 2017/07/01(土) 23:38:40|
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