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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

四丁町八幡神社の砲弾

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小松市四丁町は粟津駅の裏をぞろぞろ歩いたところにある。
かつては競馬場があったらしいが今は田んぼと住宅しかない。
そこの小さい山の中に八幡神社がある。
階段を上ると小さな社があるのだが、その横に砲弾が飾られている。
砲弾は記念碑や慰霊碑としておかれていることが多いが、現存しているものは少ない。
生憎スケールを忘れてきたのだが、高さは40cm以上ありそうである。
三つとも同じものようで、左端のものはまだ黒い塗装がわずかに残っている。
陸軍のものか、海軍のものか、そもそも何の砲弾なのかはまったくわからない。
この神社の歴史はかなり古いが、移転してきたのは昭和16年のようだ。
戦争真っ只中なのでそのころのものらしいが、別の時代のものかもしれない。
こういうのは何か記念碑とセットのような気がするが、特にそんな雰囲気はない。
神社の前には大きな解説の碑があるのだが、それには何も書いていなかった。
たいていこういうものは戦争に負けたときに撤去されたのだが、うまく今まで生き延びたようだ。
なぜここにあり、何の砲弾で、どういう意味があるのかは、わからない。

撮影日 2016年10月27日
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  1. 2016/10/29(土) 22:40:31|
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いしかわ子ども交流センターの鉄道ジオラマ

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尾小屋鉄道の保存鉄道で有名な小松市の児童館。
この中はふた昔前の学習施設と言った感のある設備がある。
その中に鉄道ジオラマもある。
レールのベースはトミックスで、なんと豪華4線仕様である。
城があったり町並みがあったりととりとめがないが、保存鉄道である尾小屋鉄道(なかよし鉄道)や粟津駅も再現されている。
ボタンがジオラマの前にあって、押すと押しただけ列車が走る。
また照明も仕込まれていてボタンを押すと光らせることが出来る。
なかよし鉄道は車両が消えていた。


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かつてはその横で鉄道模型の展示もしていたらしいが、今はその前に案内パネルがあってみることはできない。
なんともいえない車両の墓場のようになっている。
タブレットキャリアや制服もあるので、これは尾小屋鉄道の展示であろうか。
ジオラマはたまに車両が入換えられていて、今は高架に北陸新幹線とモハ484がダブルになっているかがやき485系がいる。
なぜか在来線は475系青塗装と70系電車である。
どれもモーターから余りよくない音がしており、注油が待たれる。

撮影日 2016年10月27日(すべて)
  1. 2016/10/28(金) 23:50:22|
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小松駅の仮改札

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いよいよ自動改札機の波が石川にもやってきている。
小松駅では旧来の有人改札を廃して、新改札への準備が進められている。
とりあえずジャマな改札を撤去し、仮改札が設置された。
なぜか汚れの目立つ白い改札である。
放送機材はミニ机に載せられている。
これからの季節は暖房が必須だが、まだ設置されていないようだ。
他にも金沢などにICOCA対応の自動改札が設置予定である。

撮影日 2016年10月27日
  1. 2016/10/27(木) 23:40:02|
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白新線阿賀野川橋りょう旧線

白新線は新潟地区の路線では比較的新しい路線である。
正確には白山からだが、新潟とその北の新発田を結んでいる。
羽越線は南にある新津を経由するため、新潟と新発田を短絡するために作られた。
途中に新潟操作場を持っている重要な貨物路線でもあった。
開業は1956年と新しく、1972年に電化を達成している。
阿賀野川橋りょうは大形と新崎の間にある。


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大形駅を出た列車は右にカーブして橋りょうへと向かう。
左側の直進している部分が旧線である。
駅のホームから見ると、かつてのレールがよく分かる。
写真は駅から歩いてきて1番目の橋りょうを通り過ぎた切り通しである。
ほとんどの橋は新線に受け継がれているが、この地点のみ旧線時代は橋がなかった。
旧線の築堤を切り崩して道路になっている。
そしてなぜか、この旧線の土地に階段がついている。


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鉄道車両になった気持ちで旧線の築堤に登ってみる。
階段と車椅子用なのかスロープがついていてなかなか豪華である。
がしかし、立派な柵のついたこの道は途中ですぐに切れてしまう。
横の新線は雑草や柵で覆われていて撮影にむいておらず、一体何がしたいのかさっぱり分からない。
新潟市市役所が管理しているようだが、工事中となっていた。
将来はなんとなくポケットパークにするつもりだろうか。


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先ほどの行き止まりのすぐそばが第一本所橋りょうの跡地である。
この場所には新発田方に橋台が現存している。
1954年の建設で、信濃川工事事務所が担当している。
けた注意のプレートも当時のままだ。
新潟方の橋台があった場所は公園整備のためか新しい土が盛られていた。
もう少し早く来たらばどちらとも残っていたかもしれない。


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築堤がかなり高くなったところで、小さな橋りょうがある。
集落をつないでいたもののようで、自動車は一台しか通ることは出来ないだろう。
まだ新しく見えるコンクリートの橋も残っている。
この橋は他に残存しているものと形状が異なっている。
平たいコンクリートにレールのある部分の真下だけストレートがついているタイプである。
橋の幅も狭くてかなり小さい。


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阿賀野川左岸の築堤に上り、旧線の跡地から新潟方面を見る。
阿賀野川橋りょうに近い築堤はかなり早い段階で取り崩されてしまったようだ。
左の小さな建物は国土交通省管理化の阿賀野川架線事務所の所有である。
フェンスがあることから防災基地として使っているのだろう。
右側の草にまみれた山の中に、石がいくつも見える。
おそらく築堤を支えていた石積みをそのまま残していると思われる。
写真の後ろには、グリーンのガーターで構成された阿賀野川橋りょうが存在していた。
現在は橋台ともその痕跡ひとつとどめず解体されている。
解体されるまでの数年間は電化もされ、70系電車などが走っていたのだ。
20年程度しか使っていないのだから、横に単線を増設すればよかったのではないかと思ってしまう。


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近くの道路橋である泰平橋を渡って右岸へ。
泰平橋も昭和中期のなかなかレトロティックな橋である。
右岸には築堤の上に道路があり、踏み切りもあったようだ。
だが羽越線の阿賀野川橋りょう衝突事故を受けてか、新線では道路は線路の下を通っている。
古の築堤は切り崩されている。
羽越線では橋りょう横の踏み切りでトレーラと衝突したことにより列車が川に転落し橋を破損させる事故が起きていた。


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第一新崎架道橋である。
左岸と異なり、最初から低い橋が続く。
ここはもともと自動車道だったようだが、今は封鎖されている。
安田新潟自転車道と名前が付けられているのだが、自転車道らしいのはこの場所のみだ。
なんだかレトロな電灯や木製の柱もある。
ここは橋台だけでなく橋も残っている。
平凡なコンクリート橋だが、柵に当たる部分が左右で造詣が異なる。


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まるでトラップのような第二新崎橋りょう。
そこそこ交通量ある道路にいきなりのカーブである。
新線は広くスパンを取っているが、旧線の橋台があるせいで視界は最悪である。
新線と接する旧線の築堤は道路タイプの擁壁がされている。
旧線の橋台は両側とも残っているが、他のと違って面取りがされている。
このあたりで新線はぐっと旧線に近づいていることが分かる。


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名称不明な橋。
こちらも小さな橋であるが橋台以外に橋も残っている。
造詣は第一新崎架道橋と似通っている。
凸がついていて、柵のようになっている。
このタイプの橋は全国の同時期の建設路線にも見られる。
なぜか凹の部分の隙間はコンクリートで埋められている。


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もはや暗渠という感じであるが、新崎駅側最後の橋である。
ここは一応新崎駅の構内となっている。
今でこそ寂れているが、かつては新崎駅に隣接する3事業者にそれぞれ引込み線が存在していた。
このため構内を広くしたかったのか、余り必要のないこの場所も暗渠が増設されている。
貨物輸送が終了して20年くらいたった駅はずいぶん寂れている。
これにより増設された暗渠のレールがさびつき、旧線のレールがまだ使われているのは皮肉なことである。
暗渠の内部が三段階に渡って変化しているのも面白い。

白新線は電化後さらに複線化を目指した。
しかし羽越線や信越本線と同じように複線化計画は途中で頓挫した。
白新線も新潟から先この新崎駅までの区間を1979年に複線化した後、その計画は進んでいない。
旧線はわずか23年、電化部分にいたっては7年で撤去されてしまったのである。

撮影日 2016年10月22日(すべて)
  1. 2016/10/26(水) 23:56:53|
  2. 廃線など
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ワム63842

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とある敷地に佇む国鉄有蓋貨車ワム60000。
倉庫か何かに使われているのだろう。
この個体の特徴はいうまでもなく白帯の入った配給代用車であるという事だ。
倉庫転用の貨車は数あれど、配給代用車はその元の数がまず少ない。
それが現存しているとなればさらに確率は下がる。
このワム63842は新津駅常備の車両だったようだ。
検査印や車検はどちらも塗装ごと剥離していているが、新津車管の文字がかろうじて読める。
新津車両管理所の整備なのは新津駅常備からして当然のことだろう。
この個体はもともと別の場所に居たらしいのだが、この会社の移動とともにこの場所に移ってきたようだ。
近年は解体される個体が増えてきている中、移動されるとは幸運である。
とはいえ劣化は年代相応で、今後が気になるところである。

撮影場所 新潟県新潟市
撮影日 2016年10月22日
  1. 2016/10/25(火) 23:58:10|
  2. 廃車・廃コン
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第23回北陸信越運輸局鉄道の日イベント

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新潟駅の南口で23回目の鉄道の日イベントが開催された。
北陸信越運輸局が企画しているイベントである。
北陸信越の鉄道事業者のブースを中心に展示販売が行われた。

えちごトキめき鉄道はトキ鉄くんのキーホルダーなどを販売していた。
カレンダーも売りに出ていた。
あいの風とやま鉄道はネクタイやキーホルダーを販売していた。
いまも開業記念サボを売っていたが、一方で出たばかりのDVDは持ってきていなかった。
IRいしかわ鉄道はDVDなどを販売していた。
しなの鉄道は記念乗車券などを販売していた。
珍しいものでは車掌の使う乗務員手帳も売っていた。
北越急行は半分くらいHK100発生部品であったが、ミラーやリレーといった微妙な部品販売だった。
かつてはくたかが通ったと銘打っているレールのスライスは3000円とややお高め。
黒部峡谷鉄道は早くもカレンダーを割引で販売していた。
相変わらず誰が持ち帰るのかわからないピニオンや電磁弁を販売していた。
価値とか転売だとかばかり考えている連中も吹き飛ぶ真のマニア向け部品であるが、駅前から持ち帰る人はいるのだろうか。
上田電鉄はペンやキーホルダーといったグッズを販売していた。
写真がそれであるが、半分くらいは鉄道むすめグッズとなっていた。
JR東日本新潟支社ではパンフレット配布が行われていた。
他社とは比較にならないレベルのパンフレットを持ち込み、新潟地区の観光列車などの宣伝をしていた。
テントの中では子供向けにプラレールを運行していた。
アルピコ交通は持ち寄れるグッズすべてを集結させたかのような充実具合だった。
怒涛の淵東なぎさグッズ攻撃であった。
長野の鉄道会社はけっこう萌えに染まっている感じがある。
関西電力はトロリーバスを持っていることから宣伝に来ていた。
パンフレットとビニール袋を無料配布し、なかなか気合が入っていた。
万葉線はドラえもん関係のグッズを販売していた。
先の新湊庁舎前の改称記念切符もモチロンもって来ていた。
しかし3枚で1000円は高い。
長野電鉄は記念切符が多かった。
無人駅の硬券を持ち込んでおり、その場でダッチングマシンで日付を入れるサービス付であった。


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JR貨物は普通のカレンダー販売もしていたが、チャリティー販売に人が集まっていた。
北海道は札幌から19Dコンテナで東新潟まで輸送したじゃがいもとタマネギを200円から販売していた。
わたがしともかなりの安値で販売していた。
ほかに新潟名物の笹団子の販売もおこなわれていた。
地元ということからか食品や生鮮品の販売もされていた。
ほかに、ミニSLの運転やモジュールレイアウトの運転もされていた。
駅の北側では駅弁のフェアも同時開催されていた。

撮影日 2016年10月22日
  1. 2016/10/22(土) 23:00:13|
  2. 未分類
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ワム283102

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とある敷地に佇む国鉄有蓋貨車ワム80000。
これは280000番台で、軽量化などの工夫がされている。
車両は下回りにさびがあるものの、状態は良好である。
遠目から280000番台と確認できる屋根の白いポリエステル塗装や雨どいもそのままだ。
銘板は残念ながらすべて外されてしまっている。
側面の特徴としては「アルミドア」の文字がそのまま残っていることであろう。
ポリエステル塗装ステッカーとともに現存する個体は段々減っている。
昭和52年に発注されたこのグループは実に400両に上るが、この車両は昭和53年3月に日本車輌で製造された。
当時の車検が今も読み取れる状態である。
昭和53年から57年までの4年と通常通りである。
検査の印はどうしてなのか同じ場所に何度も重ねているので読み取りが難しい。
一部読み取れるものに五稜郭車両センターがある。
昭和60年に改称されているのでそれ以前のものではないだろうか。
おそらく昭和58年までの検査を五稜郭で行っていると見える。
58年から59年は神戸港客貨区で検査を受けているようだ。
神戸港駅も現在は消滅してしまい公園になっている。
そしてこの車両最後の検査と思われる昭和59年から61年までは海を渡って釧路区となっている。
釧路は車両管理所といっていた時代もあるので、貨車によっては釧路車管と書いてあるのだが、こちらは釧路区だ。
以前、釧路車管の車両を記事にしたことがある。(リンク
なんだかこの個体は北海道と関西を行き来していた存在のように思えなくもない。
しかし今はその中間地点の新潟で余生を過ごしている。

撮影場所 新潟県上越市
撮影日 2016年10月15日
  1. 2016/10/20(木) 23:47:32|
  2. 廃車・廃コン
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鶴来駅本屋内のグッズ置き場

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鶴来駅の待合室にはグッズの展示スペースがある。
ガラスケースの中に鉄道部品や切符が仕舞われている。
上の段は写真が多く、能美線や大昔の石川線の写真がある。
廃止時の記念品も飾られている。
二段目には鉄道模型が飾られている。
かつては改造品とBトレくらいだったが最近は鉄コレが仲間入りしている。
切符は昔に発売された記念切符である。
珍しいもののように飾ってあるが、イベントのときに販売されるものもある。
下の段にはサボや電灯といったマニア向けしそうなものがある。
今では余り部品販売で見ないようなものだ。
フィギュアが飾ってあったり新しいグッズが入ったりとたまに入れ替えをやっているようだ。
しかし微妙に乱雑な入れ方に見えなくもない。
この場所はいつからあったか忘れたが結構前からある。

撮影日 2016年10月16日
  1. 2016/10/19(水) 23:17:21|
  2. 北鉄
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五智交通公園の埋もれたレール

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もともとは五智交通公園の謎レールというタイトルにしようと思ったのだが、調べているうちに謎ではなくなってしまった。
五智交通公園は直江津のすこし富山よりにある今時珍しい交通公園である。
どうでもいいが直江津市という名称は昭和の40年代に高田市と合併して消えており、それ以来ずっと上越市らしい。
この交通公園ではD51が展示されている。
ゴーカートの運転が出来るようになっていて、公園はほとんどそのためのコースだ。
途中に踏み切りや信号があり、交通ルールを学べる仕組みだ。
踏切にはレールと点滅だけする警報機が設置されていて、なかなか本格的だ。
ところで、コースとは別の場所に、写真のようなレールがある。
道路を横断し、そして消えている。
ゴーカートのコースでもなく、何かがあるわけでもない。
門のレールにしては、何処か不自然である。

これは調べてみると保存機関車のレールだったようだということがわかった。
この公園はD51以外にも小型のSLが保存されていたという。
日本車両が戦前に製造したB型機関車で、黒井駅横の信越化学専用線で活躍していたようだ。
戦前は戦前でも日中戦争以前の機関車である。
それ関係の資料が手元にないので不明だが、ネットで検索しても当然ほとんど写真が出てこない。
D51とは比べようもない貴重な車両である。
残念ながら今は解体されてしまったようだ。

ゴーカート乗り場の前にコース地図があるのだが、現在のそれとは異なっている。
それを見直すと写真奥の場所に車両があったようだ。
プラットホームのようなものもあったらしくそれも記入されているが、SLがあったとは書いていない。
写真を撮影している場所も港湾・工業・商業などと書かれた場所で、なんらかの教育施設だったらしい。
かつては機関車が前にいるリアルな踏み切りだったのだろう。
機関車を解体しホームを取り壊し芝生を植えてもレールは残った。
今、このレールがあるコースは封鎖されていてゴーカートが来ることはないようだ。

日本全国にあった、わずか10年とか20年だけ存在した保存機関車のひとつだが、レールという形で名残をとどめるのは珍しい。
生き残ったD51は整備された姿で佇んでいた。

撮影日 2016年10月15日
  1. 2016/10/18(火) 04:22:40|
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鶴来工場のターンテーブル跡

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鶴来工場は北陸鉄道鶴来駅の西金沢方面にある。
なかなかに古めかしい車庫である。
とはいえ、せいぜい半世紀程度のもので、それ以前は西金沢に工場を持っていた、
そんな鶴来工場の裏にはターンテーブルの跡がある。
工場の奥にはシャッターがあるのだが、その先にもレールが続いている。
それを追って工場の裏に行くと、やはりレールが延びている。
レールは深い溝で途切れる。
この凹みと直角にレールが延びている。
もはや埋まっていて何も出来なさそうだが、かつてはこのへこみに何か回転させるものがあり、垂直に車輪か何かを動かしていたのではないだろうか。
知っている限り大分前からこんな感じである。
公道より微妙に高い位置にあるので、どうなっているのかはよくわからない。
余り古くない施設だが、どの程度使われたのだろうか。

撮影日 2016年10月16日
  1. 2016/10/17(月) 23:13:48|
  2. 北鉄
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ほくてつ電車まつり2016

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北陸鉄道石川線の鶴来車庫でほくてつ電車まつり2016が開催された。
毎年鉄道の日に合わせて開催されているイベントである。
車庫では車両展示などが行われた。
今年の展示は7101で、運転席に入ることが出来た。
ED20機関車もいつもの通りで、綱引きの相手をさせられていた。
ラッセルも撮影しやすい場所におかれていた。
近所の鉄道では珍しいレールの締結演習もやっていた。


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車庫の中では恒例の鉄道模型運転がおこなわれていた。
グッズ販売では、恒例の古切符が300円で販売されていた。
なぜか運転士用手袋も新品で売られていた。
鉄道部品として各駅の駅貼り時刻表が販売されていたが、人気駅はすぐに売り切れた。
一方で鶴来に近い各駅はずっと売れ残り、駅のマニア人気をそのまま感じさせた。
駅前ではバス部品も販売した。
今年はバスシステムの板が多かったのだが、昼を過ぎてもまだ売れ残りがあった。
駅前のバス車庫では例年通りミニSLの運転をやっていた。
当日は天気もよく、撮影にはもってこいの光線であった。

撮影日 2016年10月16日(すべて)
  1. 2016/10/16(日) 23:48:37|
  2. 北鉄
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なおえつ鉄道まつり2016

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直江津駅を中心になおえつ鉄道まつり2016が開催された。
えちごトキめき鉄道が実施しているものである。
直江津駅はJR時代気合の入ったイベントをやっていたがJR末期はなにもやっていなかった。
トキ鉄になってからイベントが復活している。
イベントはトキ鉄がおこなっており、展示内容を見てもJRは特に何もしていないようだ。
直江津センターでは旅客車両や除雪車の展示が行われた。
軌道検査のレールスターに体験乗車ができるようになっていた。
目玉は転車台の上を回転する車両に乗れることであろう。
扇形庫から乗車し、転車台の上を回転できるのは全国の保存転車台といえどそうできる体験ではない。
車両には特別ヘッドマークが掲示されいた。


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駅周辺ではさまざまなイベントがおこなわれていた。
駅裏のロータリーは封鎖され、地元の食品などが販売された。
野菜などは昼前には売り切れるほどの盛況であった。
また線路を跨ぐ自由通路にもそれぞれの展示がされていた。
地元食品の販売のほか、郵便局の出展もあった。
鉄道マニアが泣いて喜ぶOB会の部品展示や鉄道模型の運転もされていた。

撮影日 2016年10月15日(すべて)
  1. 2016/10/15(土) 23:08:07|
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音沢駅の貸し傘

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音沢駅は富山地方鉄道の小さな無人駅である。
宇奈月温泉駅よりひとつだけ富山側にある。
小さすぎてホームが狭くて待合室を通らないとホームの奥にいけない。
そして列車の停車位置をミスすると待合室で乗れない。
古い時代の線路がはがされたホームが残り、歩けば音沢の集落をつないでいたつり橋の跡もある。
利用者が少なそうな駅だが、丁寧に整備がされている。
この駅の特色として、たくさん置いてある置き傘があげられる。
親切カサと看板が釣り下がっているが、そこには大量のカサがある。
待合室の外はビニールカサばかりで若干弱そうであるが、待合室にはそこそこ高級そうなカサが置いてある。
雨が降ってきても10人くらいはなんとかなりそうだ。
カサのストックがなくなっておらず、また丁寧に並んでいるところもポイントが高い。

撮影日 2016年10月10日
  1. 2016/10/13(木) 23:50:27|
  2. 地鉄
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黒部峡谷鉄道鉄道の日イベント

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黒部峡谷鉄道宇奈月温泉駅付近で鉄道の日イベントが行われた。
黒部峡谷のイベントは祝日を選んで行われるので若干行きにくい。
イベントとしては車庫見学をすることが出来た。
車庫には普段見られないDDやEDSといった車両が並べられ、自由に撮影することが出来た。
ヘッドマークも掲示され、写真撮影向きであった。
車庫内では手漕ぎトロッコもあり、当日は無料にもかかわらず乗車記念切符も配布された。
車庫見学はアンケートに答えるとオリジナル下敷きをもらえる特典つきである。


161010kurobe2.jpg

車庫よりはなれた場所にED11が展示してあるスペースがあり、ここで犬釘打ちの体験を行っていた。
黒部峡谷鉄道では現在も手作業での保線を行っている。
犬釘も機械ではなく人が打ち込んでいるのだ。
保線担当者の下実際に犬釘を打ち込み、その犬釘は合成枕木用の犬釘とともに記念に持ち帰ることができた。
おかげで筋肉痛がいまさらになってしんどい。
駅前では鉄道グッズくじが一回500円で実施された。
1~4等まであったのだが、3等以外はあまり峡谷鉄道と関係のないグッズである。
北陸の他社と比べると若干サービス度は高い。

撮影日 2016年10月10日(すべて)


なおアクセス数が30万を越していた。
御礼申し上げる次第である。
  1. 2016/10/12(水) 14:11:07|
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カムバック西新湊駅

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2016年10月11日、万葉線に西新湊駅が爆誕した。
旧名称は射水市新湊庁舎前駅である。
その前は新湊市役所前駅だった。
そしてその前はまた西新湊駅であった。
この名称に戻るのは31年ぶりだということらしく新聞にも取り上げられた。
新湊市が射水郡と合併したときに名称を射水市新湊庁舎前駅にしたのだが、これを取り壊すということらしい。
射水市は新庁舎(小杉)の問題でいろいろやっていたが他の地域では立替に精力的だ。
そういうわけで西新湊駅の名称が戻ってきたという。
ちなみに旧西新湊の前は中学校前という名称で、1949年まで使われていた。
これは今の県立新湊高校が戦前の新湊中学校(+新湊高等女学校)だったからだ。
新湊中学校が高岡東部高校になったときに名称を変えたというわけだ。
ちなみに高岡南高校ももとは戸出女子高で、なぜか高岡と富山は北部とか南とか場所で高校をくくった名称が好きである。
写真は開業前日の10日の写真であるが、すでに駅名は変更されている。
待合室の上部には木製の駅名板が貼り付けられている。
近年万葉線でよく導入されるタイプのものである。
ちょっと高級そうなのだが夜の視認性は余りよくない。
待合室側面の駅名板も更新されている。
新しく作ったのではなくシールを上から貼っているだけのようだ。
駅にある運賃計算の張り紙なども張替えが終わっている。
万葉線の休日は立川志の輔ヴォイスで案内されるが、これも更新されるのだろうか。

撮影日 2016年10月10日
  1. 2016/10/11(火) 23:58:40|
  2. 万葉線
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万葉線米島車庫イベント

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鉄道の日にちなんで、万葉線米島車庫が公開された。
毎年万葉線が行っているものである。
今年の目玉はなんといっても加越能時代に復元されたデ7070であろう。
塗り直しが行われてからは、車庫並びが撮影できる初の日となった。
あわせてヘッドマークも古のものを付けている。
写真の横に旧ネコ電車やデ5010もいるが、わざわざ並べられるようなことは今回もなかった。
雨が降ったからか途中でミニアイトラムは片付けられた。
珍しくグッズ売り場に鉄道部品が並んでいた。
建物の中では鉄道模型の展示が以前よりグレードアップして行われていたほか、シミュレーションも行われていた。
近年は運転体験がなく、シミュレーションに移行してしまったのだろうか。

撮影日 2016年10月08日
  1. 2016/10/10(月) 23:19:44|
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のと鉄道鉄道の日イベント

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のと鉄道穴水駅で、毎年恒例の鉄道の日イベントが行われた。
雨天中止と決められており、当日は列車の遅延も発生していたが、規模を縮小して実施された。
駅ホームには屋台が並び、多くの観客でにぎわっていた。
太鼓の展示は2、3番ホームで行われた。
写真展示は1番ホームの柱に貼り付けて行われていた。
午後からは格安で体験運転をすることができた。


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のと鉄道は鉄道グッズを販売していた。
写真からしてもうすでに売れている感じだが、乗務員カバンなどもあったらしい。
机の上では切符類が、床では時刻表が売られていた。
普通のグッズは特設で売らなかったようだ。
駅の外の道の駅の前にも屋台が並んでいた。
能登牛や野菜などバラエティに富んでいた。
JR西日本商事がなぜかいて、鉄道グッズを売っていた。

撮影日 2016年10月08日(すべて)
  1. 2016/10/09(日) 23:57:51|
  2. のと鉄
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日本航空学園航空祭

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能登空港に併設されている日本航空学園で航空祭が催された。
航空祭と銘打っているが、学校祭のようだ。
聞けばキャンパスによって実習しているものは異なるようだが、この日は各キャンパス学生が来ていたようだ。
敷地内にはYS-11をはじめ現役を退いた練習機たちを眺めることが出来た。
普段能登にいるものだけでなく山梨などからも応援に来ていたようだ。
自衛隊のヘリも来ていたが、生憎の雨のため体験飛行はなかった。
これだけ多種多様な航空機を間近で撮影できるイベントはそうないだろう。
航空祭は8日と9日の2日にわたって行われた。

撮影日 2016年10月08日
  1. 2016/10/08(土) 22:18:20|
  2. 航空
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小杉駅トイレの看板

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小杉駅は駅舎内のリニューアルなどで昔のものが余り残っていない。
駅にあるものも第三セクター化でほとんどなくなってしまった。
トイレ前の紙販売機も撤去された。
トイレの看板は昭和の時代そのままのものが残っている。
色があせてきている。
支柱での固定ではなく、ワイヤーも併用しているようだ。

撮影日 2016年10月02日
  1. 2016/10/06(木) 22:31:29|
  2. 未分類
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防犯カメラ看板になったコミュニティバスのバス停

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射水市のコミュニティバスに使われている看板がある。
根元は丈夫なコンクリートブロック製で、鉄製の枠に板が貼られている。
射水市が所有していて、コミュニティバスの各バス停に使われている。
最近はバスの系統もいろいろで、バス停の看板も変わってきた。
たとえば小杉駅前の一部は丸い看板になっている。
こうしてお役ゴメンになった看板のひとつが、小杉駅前で使われている。
真新しい防犯カメラ設置の看板を取り付けられている。
一体どこに防犯カメラがあり何に対してアピールしているのかはよく分からない。
自治体が持っているバス停だと、こういう使われ方もするようである。

撮影日 2016年10月02日
  1. 2016/10/04(火) 23:43:19|
  2. バスとか
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小杉駅前の鏝絵

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鏝絵とかいて「こてえ」と読む。
漆喰で書いた絵のことである。
この鏝絵が小杉駅前に飾られている。
もともとは「小杉駅」の看板があったところで、国鉄時代からあったものである。
平成28年3月に設置されたようだ。
あいの風とやま鉄道のロゴが入っており、丸っこいが521系も再現されている。
転落防止幌のない姿だが、貫通扉の渡し板が大きくなんか昔のマリンライナーな感じが若干ある。
鏝絵が使われているのはおそらく竹内源造の出身地であるためと思われる。
小杉駅からさほど歩かない下条川沿いに記念館もある。
昭和初期に作られた旧小杉役場で、かつては図書館であったレトロな建物で、竹内源造の作品を展示している。
入館が無料という施設だ。
こんな看板を作るということは小杉も観光に力を入れ始めたのだろうか。

撮影日 2016年10月02日
  1. 2016/10/02(日) 20:24:47|
  2. 未分類
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