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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

W11編成陸揚げ完了す

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W7系W11編成。
W7系のE2系置き換え用増備編成である。
8月29日に陸揚げがおこなわれ、7~12両目が陸揚げされた。
今回8月31日に後発の1~6両目が陸揚げされた。
このうち4~6両目はトラックに乗せられ、本日中の輸送に備える。
平日ながらも多くの見物客がいたが、相変わらず割り込みや立ち入り禁止区域での撮影、路駐などが見られた。

撮影日 2015年08月31日
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  1. 2015/08/31(月) 23:45:24|
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JR西日本8832を眺める

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JR西日本8832は北陸地区で活躍しているトロッコである。
8000番台の示すようトロッコで、レールを運搬するのに用いられる。
だいたいモーターカーに牽引されて移動し、昼間はどこかの駅の留置線で寝ている。
トロッコはモノによって形や装備が若干異なる。
8832は人が乗る場所がついているタイプで、多数派ではない。
車体塗装は黄色で、ダンパーは赤色、番号は黒い炉でペイントされている。


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連結棒とその周辺。
鉄道車両と違い連結器ではなく連結棒でつながる。
これはトロッコの間にレールを載せるためだ。
まず普通の車両にはついていないバッファーがついている。
古典客車と違い、コイルバネが設置されているほか、根元も空洞があり衝撃を吸収する仕組みだ。
連結棒はピン式である。
車体下部からコードが伸びていることがわかる。
写真右手は次のトロッコで、奥にモーターカーが控えている。


15824_3.jpg

添乗部である。
ほとんどのトロッコにこの装備は設置されていない。
枠組みの上になんとなく屋根がついている。
屋根の上にはライトが設置されており、前方を照らすようになっている。
フレームに引っ掛けられたのはエコライト24Vとあるので、手元用のLED灯だろう。
腰の部分には何か枠がついているが何もない。
タブレットでも入れるのだろうか。
腰掛のような板もある。


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クレーンである。
クレーンの支柱にはりがトラスで固定されている。
支柱はなにか凶悪なとげが4方向に突き出ている。
伸縮できるのかもしれない。
ウィンチはグリーンのシートにくるまれて仕舞われている。
グリーンマックス(GM)のキットはむき出しのフックが再現されていたが、実際使うとき以外は仕舞われている。
はりには年式の違うステッカーが貼られている。


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足回りである。
クレーンの根元にドレインコックとあるからドレーンコックがここについているのだろう。
上にたまった水を出すのだろうか。
車体中央部にコンセントがあり、コードが引き込まれている。
裾四隅にはライトが設置されいている。
軸受けのあたりは黒と黄色に塗り分けられているようだ。

撮影日 2015年08月24日(すべて)
  1. 2015/08/30(日) 23:23:40|
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北陸新幹線陸送再び

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開業日までの車両搬入が終わり、終了したかに見られた新幹線の陸送。
しかし今回、増備編成が金沢港無量寺埠頭に揚がった。
普通、どこか適当な場所から線路を通ってくるものだと思うが、W7、E7の整備が白山に任せられているためか。
本日はグランクラスを含む6両が陸揚げされた。
4両がトラックにつながり輸送準備されている。
おそらく少なくとも3両が本日夜に陸送されるだろう。
今回の陸揚げではクレーンの吊り上げ方式が異なっていたほか、輸送に日通だけでなく日立物流が参加している。
吊り上げ時は埠頭が大いににぎわった。
また残留しているマニアのおかげで公園封鎖が17時以降もおこなわれていなかった。

撮影日 2015年08月29日
  1. 2015/08/29(土) 23:50:24|
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浅野川線旧蚊爪駅

北陸鉄道浅野川線蚊爪駅は、一度移転している。
移転といっても大規模なものではない。
ちょっと動いた程度である。
蚊爪駅周辺はなぜかやたら激しくカーブしている。
おとなしく街道に沿って進めばよいものを、なぜか蚊爪の集落に突っ込んでいるのだ。
おかげで駅ホームはずっとカーブしたままであった。

15828kagatume2.jpg

車両を入れ替え、かさ上げを実施した際、蚊爪駅のホームは場所を移転した。
写真は蚊爪駅ホームから金沢方面を撮影したものである。
かつては写真左手にホームが存在していた。
現在は撤去されて、一部が自転車小屋に用地転用されている。
あわせて架線柱も新調されたようだが、なぜか間隔がやや広くなっている。
右手はかつて交換施設が存在した名残である。
したがって現在のホームはかつての線路上に存在している。
踏み切りのアスファルトが2線時代を物語っている。


15828kagatume1.jpg

時速35キロ制限で、カーブしているレールにはガイドレールもついている。
以前のホームはカーブがきついためこちらに移転したのだが、こっちも相当である。
やたら広く開いている敷地。
今は畑のようだが、なんとなく気になる感じである。
この駅はまさに古い時代の集落を貫いており、うっかり人につれてきてもらうとひどい道を通らす羽目になる。
案外用水はきれいで魚や亀が結構な数泳いでいる。


15828kangatume3.jpg

ホームの内灘方。
右手の壁はかなり迫っているので、交換施設が現役のころはこのあたりで線路がくっついていたのだろう。
蚊爪駅の周囲は鉄道用地ぎりぎりに建物があるので、かつての姿を想像しやすい。
金沢方の交換施設の突端はアプローチする道がないので、見ることが出来ない。
雰囲気はあるが、遺構はまったくない駅である。

撮影日 2015年08月28日(すべて)
  1. 2015/08/28(金) 23:44:05|
  2. 廃線など
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敦賀駅工事の現在

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いつまでたっても工事をしている敦賀駅。
新幹線開業までかなりあるとはいえ、ずっと工事中と言うのもなんだかと言うところだ。
現在、駅横の屋根は完成している。
横の商店街には股別の独立した屋根があるので、なんとなく不自然な感じだ。
安っぽい屋根ではなく、結構意趣を凝らしたものである。
デザインが凝っていてなんだかコストがかかっていそうだ。


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駅前より撮影したもの。
ロータリーの中身を建設中だ。
公園の部分は石積みの段階で、ロータリーもまだアスファルトがしかれていない。
現在の工事は「敦賀駅前広場整備その12工事」らしい。
すでに11の工事を倒してきたわけだが第12の工事は9月30日まで続けられる予定だという。

撮影日 2015年08月22日(すべて)
  1. 2015/08/27(木) 23:50:08|
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石川県警ハーレー白バイ

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石川県免許センターの中に、白バイが保存展示されている。
石川県警の白バイといえば、大体ホンダが多い。
松任を根城としていて、主な狩場は8号線だ。
捕まえやすそうな妙にすっ飛ばす車は捕まえるが、暴走族は捕まえてくれない頼りない連中である。
この写真の白バイはハーレーダビッドソンである。
平成2年に導入された。
公費での購入ではなく寄贈である。
各所で活躍した後、平成12年に退役し、この場所で保存展示されいている。
意外にも全国初のハーレーの白バイだったという。
革ジャンの刑事がのっているイメージだがそういえばアレは白バイではない。
さておき、微妙に色があせた状態であるが、比較的よい状態で保存されている。

撮影日 2015年08月24日
  1. 2015/08/26(水) 23:47:16|
  2. 緊急車両
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石川消防学校DIAMEDIC

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石川免許センターの隣にある石川消防学校。
ここには実習のために複数の消防車両などが集められている。
ポンプ車のほか、退役した幹部用のセダン、移動用のバンなどもいる。
幹部セダンなどなかなか珍しい車がそろっている。
消防学校だからか、裏から見える救急車は写真のもの一台のみである。
MITSUBISHI DIAMEDICである。
ハイメディックはハイエースならばディアメディックはディアマンテなのだろうか。
三菱製の救急車で、現在はほとんどが退役しておりきわめて珍しい。
本車も退役しており、すでにナンバーもない。
今は所属を消防学校に変えられて使用されているようだ。

撮影日 2015年08月24日
  1. 2015/08/25(火) 23:45:41|
  2. 緊急車両
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新須崎駅跡

北陸鉄道浅野川線は、浅野川電気鉄道が1925年に開業させたのが始まりである。
当初の区間は七ツ屋から新須崎までであった。
七ツ屋駅は謎の金沢駅地下化工事で若干場所がずれている。
新須崎駅のほうは昭和36年に廃止された。


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新須崎駅は大野川近くに存在した。
金沢行きの列車は粟ヶ崎駅を出発すると大野川を渡る。
そのわたって築堤を降りた場所に存在した。
かつてこの駅にアプローチする道は海沿いの細い道(現在のエッソの裏)のみで、その道が新須崎駅前を通り大野川を渡っていた。
のちに線路沿いの新しい道が出来るとしばらくして埋め立てられて公園になりさっぱりわからなくなってしまった。
新須崎駅の駅舎跡地は金沢食糧(カナショク)のガソリンスタンドになっている。


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須崎踏み切りより旧新須崎駅の方向を撮影する。
厳密には須崎踏み切りは旧新須崎駅の構内を横断している。
道は片側2車線の大きな道で、この先の工業地域につながっている。
写真右奥に鉄道用地が不自然に大きく確保されているのがわかる。
おそらく右手に土地を売却した際のあまりだろう。
踏切関係のボックスがやたら物々しい。


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須崎踏切。
信号は須崎町信号である。
非常に交通量が多い踏み切りだ。
この踏切の辺りも駅の敷地だったようだ。
こちら側は大きな道路、反対側は空き地となっていてかなり整備されているため痕跡はない。
若干道が線路に沿って写真左手に広がっている。
これは用地買収に絡んだものであろう。


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須崎町踏切より金沢側から内灘方面を撮影したもの。
この地点のみ不自然に用地が広がっている。
写真奥側は明らかに分岐している側線の形をしている。
手前側もわずかに広がっている。
かつてはこの地点に踏切があり、現在の湊方面へ行く数少ない道だったが、付近の道路が整備される際に消えてなくなった。
いまや跡形もないが、この線路の分岐地点跡がむしろ踏み切りの跡地を伝えている。


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踏み切りの湊方面より旧駅跡地を撮影する。
おそらく側線跡地と思われる。
航空写真を見ると、この敷地の広がりと上写真の分岐点のカーブは一致している。
現役当時島式ホームが駅舎側に、他2本の少なくとも4線存在したと見られる。
写真の工場は戦後の設立らしく、もともとあった建物は不明だ。
開業時はボートの運営などをやっていたようだが、今は跡形もない。


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ガソリンスタンド横にある不自然な空き地。
踏切跡地に見えなくもないが、この奥は戦前から何かしらの建物があったので、道ではないようだ。
レール製の、周囲では見られない柵が付けられている。
かつては駅敷地の一部だったと思われるが、この土地だけ売れなかったのだろうか。
写真より左手には昔から住宅があった土地だ。
これらの住宅と線路の間には道があったらしいので、この柵は当時の道とつながっていたのかもしれない。

意外と痕跡らしい敷地の仕切り方をされているが、あまり取り上げられることはない新須崎駅である。
かつては相当にぎわったようだが、今では何もない。
粟ヶ崎駅が出来たため新須崎駅は後々廃止されたが、粟ヶ崎駅もまた後に無人化されている。

撮影日 2015年08月23日(すべて)
  1. 2015/08/23(日) 23:29:08|
  2. 廃線など
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梅小路にある松任工場のミニSL

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一週間後に閉館を控え、むちゃくちゃ混んでいる梅小路蒸気機関車館。
それでもそこまでひどくないのは、新博物館が併設されるだけで存在そのものが消えるわけではないからだろう。
交通科学博物館のようにコアな展示がなくなってしまうことは十分にありえるが。
それでも一週間前なので、マニアが喜ぶような展示は大体もうすでにどこかに移されていた。
梅小路の目玉商品のひとつにスチーム号がある。
動態保存機関車にあやしい客車を引かせて運行させるというものである。
区間はそこまで長くないが、とりあえず200円程度で動くSLの引く車両に乗れるのだ。
運転区間は機関区から地上に降りた山陰本線に沿って梅小路公園の端までである。
このルートの途中、山陰本線をくぐる場所に、松任工場にあったミニSLが放置されている。

写真を見て思い出す人もいるだろうが、松任工場では工場公開のときにミニSLを運行していた。
D51機関車にわくわく団らん風の客車を引かせるもので、記憶によれば10年位前にはまだあったと思う。
尼崎の事故以来しばらく公開を停止していたので、そのときに用途廃止となったか。
ミニSLは野ざらしのまま放置されているようだ。
客車は3両で、懐かしいわくわく団らんカラーのままである。
わくわく団らんの末期の塗装を再現しているが、番号はめちゃくちゃであった記憶がある。
マロフ12-802という謎形式やオロ12-803といったわくわく団らんに使われていない客車が存在していた。
オロ12-803は下関に所属するお座敷列車の一両であった。
わくわく団らんも2006年に廃止されてしまい、現存しない。
機関車はD51-775である。
現在は木曽福島に保存されている車両である。
保存車両は普通のナンバープレートだが、これは赤ナンバーになっている。
かつては北陸でも活躍した機関車で、最終的に中央本線配置となっている。
たしかテンダーの非公式側にJR西日本金沢総合車両所の文字が入っていたはずである。
現在機関車客車ともども休車状態と言うことだ。
松任で不要と判断されたらしく、新たな活躍場所を求めて梅小路へとやってきたらしい。
しかしすでに鷹取工場からきたミニSLが活躍しており、松任から来たミニSLの出番はなかった。
鷹取出身のミニSLは今もイベントに使用され、普段はカバーを掛けられているそうだ。
松任出身のミニSLはボイラー検査を受ける必要があり、コストの問題がある。
あるいはこのまま高架の下で朽ち果てることもあるかもしれない…。

撮影日 2015年08月22日
  1. 2015/08/22(土) 23:58:23|
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えちごトキめき鉄道の乗車券

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今で、たとえば金沢駅から直江津まで切符を売れというと売れないという。
連絡運輸もないのか!ないらしい。
曰くIRは西は大聖寺東は越中宮崎までの切符しか販売しないのだという。
というわけで各方面に行くときは運賃リセットどころか通し切符すら買うことが出来なくなった。
こういうことを考える連中は頭悪いんじゃないのってなもんだがどうしようもない。
直江津駅で切符を購入すると、富山県会社を連絡すると写真のような切符になる。
特急券などと同じサイズの切符である。
利用可能日数の規定がHPに載っていないが、多分101kmを越すと二日有効になるのだろう。
  1. 2015/08/20(木) 23:51:32|
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ワラ16940

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とある場所に佇む国鉄有蓋貨車ワラ1。
番号としては後期に当たるワラ16940である。
扉の手すりは長いタイプだ。
扉のレールの上に②と書かれたペイントが残っている。
2位を示すものなのだろうかあまり見た記憶がない。
銘板はすべて取り外されている。
塗りなおしをした形跡はないが、車体はまだ崩れていない。
形式の板などはもう後1年くらいで見えなくなりそうだが。
車検などは消したのか消えたのか見えない。
検査印はかろうじて見える程度である。
昭和57年11月より昭和59年5月までで、かすれているがおそらく新鶴見であると思われる。

撮影場所 長野県松本市
撮影日 2015年8月16日
  1. 2015/08/19(水) 23:55:13|
  2. 廃車・廃コン
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うすゆきバイパス旧道

国道158号線は上高地方面へとつながる重要な道路である。
北陸からだと、岐阜県神岡などを経由して安房トンネルから抜けると上高地だ。
158号線沿いに下りていくと島々を通って松本にいける。
うすゆきバイパスは158号線の新道のことだ。
平成17年豪雨で発生した土砂崩れにより不通となった道を迂回する新しい橋が中心となって構成されている。
山岳道路はどこも川によって作られた谷のどちらかに沿って走るが、ここはその危険な谷沿いを丸ごと橋でパスして川の上を渡っている。
新道開業により、旧道は遺棄されてしまった。


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旧道うすゆき洞門より上高地側を見る。
うすゆき洞門近くのカーブで旧道と新道は分かれる。
旧道に対して特にバリケードは設置されていないが、ガードレールがいくつか放置されている。
洞門は明らかに新しいものだが、土砂崩れが起きて廃道になるとは思っていなかったのだろう。
スズメバチが営巣中で近寄ると大変な目にあった。
洞門の中は木材が山と詰まれており、何かの資材置き場に使われているようだ。


15816usu3.jpg

山沿いにカーブするとうすゆき橋を通過する。
その横には真新しい砂防ダムが設置されている。
出しの沢第二号谷止というらしく、林野庁が設置したものだ。
平成23年の設置で、廃道になってからの建設だ。
コレの保守天険のためにも道があけてあるのかもしれない。
土砂崩れ後の仮道は谷側を走っていたが、分岐点以外にこれといった遺構はない。


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うすゆき橋の松本側である。
大規模な土砂崩れがすべてを埋め尽くしてしまっている。
特に道路は封鎖されていないが、普通この道を通過する車などないだろう。
うすゆき橋は昭和42年の竣工なので、土砂崩れがなくともいずれは付け替えられていただろう。
42年以前の道がどこにあったかなどまったくわからない。
土砂崩れをはさんだ反対側はしばらくして新道と合流する。

撮影日 2015年08月16日(すべて)
  1. 2015/08/18(火) 23:59:47|
  2. 道・橋・隧道
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521系J編成の所属表示

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521系の乗務員ドア横にある所属表示。
金ツルで、金沢支社敦賀所属を示している。
413系などそのままの印字であったが、これは文字の書いたシールか何かを貼っているように見える。
下地のステンレスとは若干色が違うようだ。
張替えかと思ったが最初からのはずであるし、乗員は変化していないだろう。
このあたりを模型化の際にやると少し目立って面白いかもしれない。

撮影日 2015年8月14日
  1. 2015/08/14(金) 23:52:21|
  2. 521
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福井駅のサンダーバード乗車記念看板

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福井駅改札内に、記念撮影用の看板がある。
改札を入って右手にある。
681系の量産型と思しき車両がなにもない原っぱを直進してくるところである。
なぜか連結器カバーにしらさぎでもはくたかでもなく「サンダーバード」と記入され、列車を強調している。
福井駅と看板が下がっているので、他の駅にもあるのかもしれない。
運転席窓部分は切り抜きになっていて、後ろから顔を出して記念撮影をおこなえる。
裏側は錘をかねた台がついていて、小さい子供向けである。
フロントに日付を入れたプレートが下がっており、撮影日がわかる。

撮影日 2015年08月11日
  1. 2015/08/11(火) 23:58:06|
  2. 未分類
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のと里山街道の非常電話

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かつては道路上の通報はほぼすべて非常電話からだったが、携帯電話の普及でそんなことも減っているようだ。
とはいえ事故のときに携帯電話を持っているとは限らない。
そもそも非常電話は設置しなければならないものなので、公衆電話と違い早々なくならないだろうが。
リニューアルして日の浅い高松PAにも非常電話が設置されている。
旧のと有料道路から変わらないポジションで、下り23の番号が振られている。
中には黒いタイプの懐かしい電話が設置されている。
アクリルが劣化し始めているが、更新するときはどんなスタイルになるのだろうか。

撮影日 2015年08月09日
  1. 2015/08/09(日) 23:47:17|
  2. 道・橋・隧道
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DT121台車

1587dt121.jpg

EF70に装着される中間台車である。
F型機なのでもちろんこれも駆動する。
両側についているDT120とはばねの形状などが異なる。
EF64などにも採用されている。
カッチリブレーキの効いた状態のまま、解体されるまでこのままであろう。

撮影日 2015年08月07日
  1. 2015/08/08(土) 23:54:21|
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EF70の電気暖房表示灯

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いわゆる電暖とよばれる電気暖房装置。
その作動を示すのが表示灯とか表示機とよばれる存在である。
旅客用の機関車にはだいたいついている。
もはやそうじっくり眺めることもできそうにないEF70の電暖表示を上下前後より撮影した。
写真は前方と上部より撮影したもの。
上に蓋がついていていることがわかる。
上部のみ車体と離れていて、車体側は水がたまりそうだ。


1587-1.jpg

下と後ろ側より。
雨水がたまりすぎて下の部分がぶっ壊れてしまっている。
下の部分も何かふたのようになっていたことがわかる。
ちなみにこのぶっ壊れた部分の中はオリジナルの赤2号と思しき塗装が残っている。
こんな裏側の見えないところでも、さび防止に塗装をしていたわけだ。
もしかしたらただのさび止めかもしれないが。
車体とつながっているところと、ライトの部分は溶接でつなげてあるようだ。
表示灯は両側とも黄色いライトで、6つのねじで固定されている。
量産時代なのでプラスねじだ。

N程度ではここまで再現できないだろうが16番以降には参考になるやもしれないと思い掲載した。

撮影日 2015年08月07日(すべて)
  1. 2015/08/07(金) 21:58:05|
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平成27年8月の日本総合リサイクル

1582nihonsogo.jpg

このごろ新しいバスばかりやってきているように感じる。
左手前は西武のCNG車。
日産ディーゼルのノンステ車である。
バンパーの灯火類は白のみ。
右手前は船橋新京成バスの8Eワンステップ。
N-M34の車内番号もしっかりと残っている。
側面LEDも取り外されていないようだ。
奥には国際興行系のバスが二台いる。
このごろ多い山梨交通の車だろうか。

ゆりかもめは第11編成がやってきている。
7116、7112、7115などが確認できる。
先頭は両方とも残っているようだ。
いずれ解体されるものと思われる。

撮影日 2015年08月02日
  1. 2015/08/04(火) 23:41:34|
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高岡通運U18Aコンテナ

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伏木の高岡通運には、かつて使われていた私有コンテナU18Aが放置されている。
かつては鉄道用コンテナとして用いられていたが、現在はその役目を失っているようだ。
U18A系列として高岡通運の所有する分はそのトップナンバーを含む。
当時10個製造されたようだ。
敷地裏からはそれらが放置されているのが見える。
完全な裏手にはU18A-7、U18A-8、U18A-9、U18A-3が置かれている。
いずれもナンバーなどはそのままだ。
氷見線沿い側にも複数置かれている。
U18A-6、U18A-2はナンバーなどがそのままだ。
U18A-10は一部分を黒いスプレーで抹消しており、U18A-5はナンバーなどをすべてコンテナと同色に塗りつぶしてあるが、かろうじて読み取れる。
主要道側には色あせた別デザインの高岡通運名義のコンテナが設置されている。
番号を読み取ることはできないが、これがおそらくU18A-1とU18A-4であろう。
U18A-5は上記2コンテナと同じ色に塗られている。
もはや使われることはないだろうが、コンテナに残るJR能町コンテナ基地の文字が、能町駅の華やかな時代を思い浮かばせる。

撮影日 2015年08月02日
  1. 2015/08/03(月) 23:48:11|
  2. 貨物
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護衛艦あさぎり、測量船昭洋来航

20150802lh1.jpg

伏木万葉埠頭にて、海上自衛隊および海上保安庁の船舶が一般公開された。
どちらもあまりこちらでは見ることの出来ない船である。
護衛艦あさぎりは元佐世保の所属であるが、最近舞鶴の所属となった。
なのでこれからも見る機会があるだろう。
海上保安庁の測量船昭洋はディーゼル推進式の初期の船で、あまり例のない船である。
先日の西之島の観測も行い、撮影された貴重な映像は全国のお茶の間をにぎわせた。
めったにこちらに来ることのない船であるし、他の海上保安庁の船と違い、船内の多数を開放、展示していた。
昭洋のほうが新しい船なのだが、かなり痛みが目立ち、古いあさぎりのほうが新しく見えてしまう。
月曜日まで展示の予定である。

撮影日 2015年08月02日
  1. 2015/08/02(日) 23:41:05|
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KATO 8069-1 タム500 日本石油輸送

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KATOから新発売のタム500である。
TOMIXが昔から出している怪しいタム500っぽいのとは大違いで、マトモな姿である。
本ブログで取り上げる気になったのは、特定番号で、その所属が柏崎駅常備だからである。
なぜかKATOはこのごろ日本石油輸送に所属していた車両を好んで製品化している。
昔はシールだったのだが、お値段100円増しで印刷済みの姿が売られるようになった。
インレタにしないでシールから印刷済みにするのは時代の要求なのだろうか。
製品はタム2988とタム10520をモデルとしている。
さっと検索すると吉岡心平氏のHPにそれぞれの車両が掲載されているので、こういうところからモデルにしたのだろう。
なので車両の経歴などは氏のページに詳しい。
いくらか検索した車両画像とモデルの相違点だが、タム2988はB2側のデッキ手すりと札差下部が実物と異なる。
タム10520においては側面札差の形状が異なっている。
だからどうしたという話だが、両車ロットをあわせたのがモデルと言うわけだ。
車体形状としては日本貨物博物館に保存されているタム2920に似ている。
いつものKATOでブレーキてこに色差しはされていないので、適宜手すりなどと共に色を塗るとそれっぽくなる。
  1. 2015/08/01(土) 23:58:18|
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