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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

細呂木駅の不正乗車防止ポスター

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石川と福井県境に近い駅細呂木。
細呂木や牛ノ谷駅は無人駅である。
なので、よく不正乗車の舞台となるようだ。
今まででも5回はこの駅を使って不正乗車した話を聞いている
どこで聞くかと言うとたいてい列車の中で、ろくでもない人間がいるものだとしか言いようがない。
大体福井か金沢に行く途中、一度この駅で下車し、再度乗車して運賃を浮かせるというものだ。
ろくでもないことを考えるやつがいるのものだ。
あまつさえそれを車内でベラベラしゃべるなどモラルのかけらもありはしない。
そういうのを気にしているのか不正乗車が犯罪であるむねを示したポスターが貼られている。
日本語のほか中国語韓国語英語で記載されている。
つまりJRは細呂木駅がそういう用途で使用されているのをそこそこ感じ取ってはいるようだ。
とはいえ実際のところ、不正乗車をマトモに取り締まろうという動きはあまりないように見える。
検札もおざなりだし、臨時駅員の設置も積極的ではない。
詐欺と言う文字が載ってはいるが、多分刑法ではなく鉄道営業法で捕まえるのだろう。
富山石川県境の倶利伽羅駅もそんな話をよく聞いたが、ワンマン化してから少しはましになったのだろうか。

撮影日 2015年07月26日
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  1. 2015/07/31(金) 22:48:34|
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今の北鉄石川線におけるサイクルトレイン

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サイクルトレインとは自転車を鉄道で輸送する試みである。
解体(または折りたたんで)した自転車を輪行袋にいれて手荷物として持ち込むのではなく、自転車そのものを持ち込めるサービスである。
古くはデッキなどに乗せて荷物として運んでいたが、それの進化系といったところか。
各地のローカル鉄道で、増収策のひとつとして取り組まれている。
北鉄では浅野川、石川両線でおこなわれている。
特別料金は不要で、時間帯や時期などに制限があるものの比較的良心的である。

近年の石川線における最大の変化は、持ち込み駅が制限されたことである。
最初期は野町駅、鶴来駅、加賀一宮駅のみの取り扱いだったが、その後全駅で取り扱いがおこなわれていた。
乗車後に運転士に下車駅を告げれば、どこででも下車することができた。
各駅にはサイクルトレイン実施の看板が設置され、ピーアールをおこなっていた。
ところがこのごろは車内事故防止を名目に、取り扱い駅を野町、鶴来のみとした。
他の駅では写真のように乗車不可能を示す看板が掲げられている。
一般的な利用者から、鶴来以降のサイクリング目的の客のみにターゲットを絞ったのだろうか。
あるいは団体での利用者に対する対処などが面倒だったのかもしれない。
冬季はサイクルトレインをおこなわないので、来期以降取り組みに変化があるか気になるところだ。

撮影日 2015年07月25日
  1. 2015/07/29(水) 23:55:44|
  2. 北鉄
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福井方面の鉄道コンクリート橋の銘板

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1960年代以降高速化のため、北陸本線では複線化に伴って線路改良がおこなわれた。
小さな橋は軒並み複線用に架け替えられ、鉄の橋からコンクリートの橋に変更された。
完成した橋や構造物には、その概要を記入した銘板が取り付けられる。
だいたい金属製だ。
明治時代のレンガ製の橋台などはこういうプレートがないのだが、昭和に入ると小さな構造物にもこれが取り付けられるので、年代の特定が容易だ。
福井方面の橋はこの銘板に特徴があると思う。
普通、取り付け場所は構造物のどこか一箇所だ。
だいたい、日本全国どこでもそうだ。
ところが福井地方の北陸線に付けられた銘板はなぜか数が多い。
写真の場合、コンクリート製の橋げたと、その両側の3箇所にある。
滝橋りょうのものであるが、書いてあることは同じである。
ちなみに奥側の旧線取り壊し後に新設された側には銘板はない。
付近の橋りょうも3枚程度銘板が貼られており、他の場所よりも取り付け数が多い。
なにかをアッピルする必要があったということなのか。

撮影日 2015年07月26日
  1. 2015/07/28(火) 23:47:50|
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国鉄時代の林内にはいらないこと看板

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北陸本線沿いの築堤に、写真のような看板が残っている。
たいてい現存しているのはプラや木の板だが、本格的な鉄板のタイプである。
よく盗まれる類の奴だ。
ずいぶん曲がっているが、木の棒にくっついていたようだ。
「林内に立ち入らないこと」と書いてあるが、ここは林ではなく草生した築堤である。
もともと別の場所にあったのか、築堤を林といっているのかは不明だ。
このあたりに鉄道林らしいものはない。
金沢鉄道管理局ではなく、国鉄名義というのも現存しているものではあまりない。
何を指して林といっていたのだろうか。

撮影日 2015年07月26日
  1. 2015/07/27(月) 23:49:12|
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四十万2号踏み切りの今

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北陸鉄道石川線陽羽里駅。
北陸鉄道で最も新しい駅で、近隣の住宅開発が期待されている。
現在のところまだ整地途中の場所が多く、住宅はまばらだ。
曽谷の集落や、四十万の住宅地のちょうど中間地点に当たる。
ここからは村田製作所が近く、駅はまさにそれと最短距離の場所に作られている。
ところがおそらく村田製作所と北陸鉄道との間はあまり流行っていないだろう。
理由は四十万第二踏み切りの整備の遅れにある。
線路の西側は住宅開発が進み、駅前も整備がおこなわれた。
しかし東側は田んぼが残り旧来のままである。


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このため整備が急がれるわけだが、駅前の四十万第二踏切はまだ整備が完了しておらず、立ち入り禁止のままとなっている。
踏切が整備されていないため、客は線路から東側に行くことができない。
それどころかこの近辺の踏み切りは四十万か曽谷、つまりとなり駅にまで行かないとない。
その上陽羽里は計画的な住宅地なので、同じく計画的な住宅地の四十万との間には用水があって、用意には行き来できない設計となっている。
おかげで東側へ行くことは困難である。
踏み切りの向こう側は昔のままの用水にかかる小さな橋だけだ。
すぐそばでは二つの用水が合流しており、これらを整備して住宅地向けに作り変えるまでに時間がかかるのだろう。
この踏切が整備されないと、陽羽里駅付近の整備が完了したとはいえないだろう。

撮影日 2015年07月25日
  1. 2015/07/26(日) 23:51:06|
  2. 北鉄
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石川総線のコンクリート電柱

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北陸鉄道石川線の四十万~曽谷あたりでは、角型の電柱が見られる。
普通は写真奥にあるような丸型のコンクリート電柱なのだが、このあたりは角型のが使われている。
H字で、上は箱型になっている。
上に行くにつれ小さくなっているようだ。
通信用の電線保持部分は直に打ち付けられている。
架線を保持する部分はうすい金属の棒だ。
全体的に薄っぺらい感じがする。
このタイプのほうがコスト的に安いのだろうか。

撮影日 2015年07月25日
  1. 2015/07/25(土) 20:24:49|
  2. 北鉄
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大川寺駅横の築堤

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大川寺駅の富山方には小さな築堤がある。
大川寺駅から富山方へは右にカーブするのだが、そのルートをまっすぐ行ったような場所に築堤がある。
高さは地鉄の線路と同じくらい。
写真の真ん中の部分である。
電柱が立っているあたりで、築堤は終わりとなる。
旧駅舎があったころの航空写真を見ると、それらしい線路のようなラインがこの場所に見える。
しかしこの場所に線路があったとしても、何の意味があるのだろうか。
旧駅舎のころは引き上げ線のようなものが必要だったのだろうか。
あるいは関係のない道だったのかもしれないが、はっきりとはわからない。
この地点には浄水場の建設や新線開設のための工事現場近くだったこともあるので、当時とは形が違うかもしれない。
横は墓地となっている。

撮影日 2015年07月20日
  1. 2015/07/23(木) 23:53:58|
  2. 地鉄
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旧千垣トンネル

富山県道6号線はまっすぐ立山に続いている道だ。
立山へアプローチする道は神通川をはさんで複数存在するが、一桁県道であることからも重要度が高いことがわかる。
立山有料道路に接続し、その先は美女平や室道につながるため、観光バスの往来も多い。
県内の観光バスを捕らえたいなら、このあたりで待っていればそのうちやってくる。
富山立山公園線という名前だけある。
最近バイパスが接続されたので、旧来の道からは少しだけ行き難くなった。
県道6号線は軽快な道路であるが、一箇所、トンネルが存在する。


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トンネルは千垣トンネルといい、鉄道だと地鉄横江駅と千垣駅の間にある。
地鉄もまた、この地点はトンネルでパスしている。
このトンネルは1998年に竣工した新しいトンネルで、延長272m、幅11.75m、高さ4.7mの歩道を備えた近代的なトンネルである。
写真右手がそれであるが、それまでは写真左手にある旧千垣トンネルがその役目を担っていた。
現在は反射板のついた柵で、自動車の通行ができないようにしている。
現道が平行で高いのに対し、旧道はやや勾配を持って下に向かっているようだ。
写真手前が立山、奥が富山方向である。


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道路にはオレンジ色のセンターラインがわずかに残るものの、遺棄されて10年以上の歳月を感じさせる様相である。
この夏の時期、すっかり緑に覆われている。
旧千垣トンネルの開通は昭和44年(1974年)3月である。
長さ116m、幅5.5m、高さ5.1mである。
現在のトンネルと比べると、幅が倍近く違うことがわかる。
入り口には黄色い警戒のトラ塗りがされていた。
1990年代において、すでにこのトンネルは時代遅れの狭いトンネルであったことがわかる。
反面、パネルなどの設置は近代的なトンネルの設備で、なんともいえないギャップがある。
ポータルよりやや奥まった位置から鍵付のフェンスで封鎖されており、中は資材置き場になっている。
封鎖地点からここまで一直線なので、トラックを搬入しやすいのだろう。
途中には通信用のマンホールもあった。


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現千垣トンネルの富山口横に、旧道は続いている。
こちらはよりひどく草生しており、およそ人の立ち入った形跡はない。
立山口と違い、こちらはトンネルまで距離があるので資材の搬入には使っていないのだろう。
昭和44年よりもさらに昔からあるであろう石垣が道のあることを示している。
写真中央には比較的新しいポールが残っているが、そこにかかっていたはずの案内看板はもうない。
高さ制限を知らせていたのだろうか。
神通川右岸沿いに立山をアプローチするに置いて、唯一この場所だけは山が川ぎりぎりまでにせり出している。
トンネルを掘らなければ近代的な道を作ることはできなかった。


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一直線でアプローチしていた立山口とちがい、こちらは山の形に添ってカーブしながら進む。
距離は長いし、藪もこちらのほうが深い。
アスファルトはまだ新しいが、長いこと自動車が通ったためしはないだろう。
川側の車線は白いでこぼこのアスファルトにしていたようだ。
黄色いセンターラインはほとんど残っていない。
なぜか落石らしきものも少しあった。
ガードレールではなく、ワイヤーロープが藪の隙間からのぞいている。
壁側のよう壁は古いコンクリートのようだ。


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旧千垣トンネルの富山口である。
トンネル出口には大きなセッドが設置されていた。
あるいは落石覆いかもしれないが、ここまで斜めになっているのは雪対策だろうか。
下から見るとコンクリートは白いようにも見えるが、千垣随道の銘板はシェッドに貼られている。
柱のコンクリートにはまだ新しい補強があり、川側の柱にはトラ塗りがされている。
トンネルはやはり入り口より少し奥まったところでフェンスが張られていた。
入り口にはわずかなわだちが残り、封鎖後何度もここに自動車がきたことを示している。
カーブを曲がりきったところにあり、大型車を運転していればなかなか怖いものだろう。
ひょろひょろした電線が引き込まれており、まだこのトンネルには役目があるのだろう。

トンネルは1998年の新道開通と同時に廃止され、以後資材置き場として余生を送っているようだ。
この道の歴史は古く、戦前からあるのだが、1974年以前は旧千垣トンネルよりさらに川側を通っていた。
地図からしてトンネルはなく、山に沿う曲がりくねった細い道である。
現在の藪からでは当時の旧道をうかがうことはとても出来ないものであった。

撮影日 2015年07月20日(すべて)
  1. 2015/07/22(水) 23:46:56|
  2. 道・橋・隧道
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大川寺駅駅ノート

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かつて放火にあったため、内部は完全にがらんとしている地鉄大川寺駅。
床のつくりがかつて駅事務室があったことをうかがわせる。
事務室を壁ごと取っ払ったあとも、事務室があった場所にはベンチすら置かれていない。
こんな駅に駅ノートが設置されている。
何度もこの駅には訪れているが、こんなものがあるとは知らなかった。
ノートは大学ノートで、改札横の窓際に置かれている。
ペンなどはなく、筆記用具持参必須である。
くもの巣が上にあるため、慢性的に死骸などが堆積しているようだ。
管理者がいないためか、状態はかなり悪い。
わかりにくい場所にあるためか、最後の書き込みは今年5月であった。

撮影日 2015年07月20日
  1. 2015/07/20(月) 23:49:19|
  2. 地鉄
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三井アウトレットパーク北陸小矢部と周辺交通の渋滞

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7月16日にオープンした三井アウトレットパーク北陸小矢部。
三井不動産が手がけ、北陸では初の本格アウトレットパークをうたっている。
設置場所は小矢部市内であるが、重大な問題がある。
それは北陸の交通の要所である8号線沿いに設置され、かつその周辺道路がいまだ片側1車線整備であることだ。
このため激しい混雑が開業前から予想されていたが、ろくな対策がおこなわれることなく開業日を迎え、案の定激しい渋滞が発生した。
もっぱら交通監視員が走り回っているが、いまさら調査したところで新規予算の獲得にしかならない。
小矢部アウトレットとでも検索すればすぐに「渋滞」が検索候補に出ることからも、困っている人が多いことがわかる。
県境である天田峠が付近に控えるため、多くの自動車は県境を越えるため小矢部を通過する必要があり、これが混雑に拍車を掛けている。
また東方向には高岡へ通ずる国道8号線、高岡・射水に直通する県道9号線、砺波・福光に通ずる国道471号線が延びており、これらが交錯する町でもある。


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渋滞の根源はもちろんアウトレットパークである。
そこを中心に渋滞がどのように広がっているかを調査した。
まず東側であるが、もっとも渋滞がひどいのは国道8号線である。
写真のように渋滞が伸び、その列は高岡市内に入ってもまだ続いている。
471号線の砺波方向や9号線、福岡ICに抜けるバイパスはそこまで混雑していなかった。
これまで8号線の迂回路として機能してきた県道32号線は確認していない。
旧8号線である県道42号線、471号線はやや混雑していた。
8号線での混雑を避けて、迂回してきた車が多いためであろう。
また石動駅前や本町信号といった旧8号線沿いの道からアウトレットパークへ行くような誘導もおこなわれたため、それらも渋滞の原因となったことだろう。
8号線西側においては源平トンネル内にまで渋滞がおよび、途中471号線とのジャンクションで逃れる車も多かった。
これを想定してか安楽寺(西)交差点では右折車がかなり多かった。
もし安楽寺(西)交差点すら渋滞で埋まるようなら、天田峠越えを敢行する外渋滞から逃れるすべはない。

峠と言う存在が近いため、富山-金沢で小矢部地域を通過する場合、この渋滞から逃れることは不可能なようだ。
どうしても渋滞から逃れるなら、かなり遠回りを覚悟する必要がある。
さまざまな地域からシャトルバスが出ているが、バスまで渋滞に巻き込まれる始末である。
最大の欠点はモール前の2車線区間が短く、通過車両までが捕らえられてしまうことにある。
いずれ飽きて人が減るまで、この混雑はどうにもならないのだろうか。

撮影日 2015年07月19日(すべて)
  1. 2015/07/19(日) 23:55:33|
  2. 道・橋・隧道
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若桜鉄道ED30-1

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ED30-1は北陸鉄道石川総線における貨物輸送力増強を目的とし、昭和29年に製造された。
国鉄との連絡輸送などが終了すると活躍場を失い、以後ラッセルヘッドを装備して除雪用となった。
とはいえモーターカーがいるほか余剰となった機関車を2両も抱えておくのはよろしくなかったようで、ED30-1は2010年を持って廃車となった。
晩年はほくてつまつりでの人気者であった。
廃車当時いろいろなところから車両を集めていた北陸ロジティクスを経由し、ED30-1ははるか遠く鳥取県若桜鉄道へとその場を移した。
若桜鉄道は国鉄路線を第三セクター転換したところで、いろいろと車両を集めて町おこしをしていることで知られている。
近年ではかなり気合の入ったSL列車を運行し、全国から人を集めた。
車両保存の観点だけでなく、町おこしと言う点でも注目の高い鉄道である。
若桜鉄道13キロのなかに、隼駅がある。
とりたてて何かあった駅と言うわけではないが、スズキの出しているバイク「隼」にまつわり、ライダーが訪れるようになった。
それがきっかけでライダーハウスとしてムーンライト用12系客車を設置し、その機関車役にED30が抜擢されたようだ。
若桜鉄道は非電化路線で、そのうえ相手が国鉄客車とED30にはまったくミスマッチであるが、貰い手がいるのは良い事だ。
鉄道車両は古くからライダーハウスとして用いられてきたが、このごろの新設は24系や14系のブルトレ用が多いように感じる。
経営は楽でなく、よく消えていくので今後に注目したいところである。


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調べないとわからなかったが、DD16などの保存は若桜鉄道が受け持っているものの、ED30などが絡むライダーハウスの運営はボランティア団体がおこなっている。
なので若桜鉄道の公式ページにはでてこない。
運営団体「隼駅を守る会」はHPとブログを運営しているが、手っ取り早くわかるのはブログのほうである。
営業時刻などがトップページに書いていないが、雑誌などを参照すると、ボランティアが詰めているのは土日の昼間のようだ。
このときに申し出ればED30と12系を見学できるという。
維持費としてED30は100円、12系は200円(夜間1000円)を募っている。
土日の夜間ライダーハウスとして使用する場合は10日前までに駅へ連絡をする必要があるという。

ED30の保存状態であるが、とてもよろしいというわけではない。
2010年ごろまだ比較的光沢があった車体はすっかりつや消しになっており、雨だれもある。
コケが生えているところもあり、保存するなら塗り替えが必要な時期が近づいていることを示している。
一応はがれたところを補修したと思しき跡があるので、放置と言うわけではない。
ボランティアが5年間保存している車両としてはよいほうである。
車体の銘板は外したのか印刷品を貼ってあるのか元とは異なる状態だ。
FS342は銘板なども残ったままきれいなものである。
北鉄工場における全検のシールは現存しており、16-12を示している。
無線アンテナなど、末期の姿をしっかり残しているが、スノープロウがないので見慣れた人にはむしろ新鮮である。
展示のため旧貨物側線へ改めてレールを敷いており、車両はそこに設置されている。
ただしED30はホームからはみ出ているので、見学するときはデッキから上るようだ。
無論本線とは接続していない。
12系との開放てこは針金で固定してある。
ED30より遅れてやってきた12系は補修もあってかきれいなほうである。

ED30ではオーナー募集をしているようで、1口1000円から受け付けている。
5口募金すると車内に名前を貼ってくれるようだ。
駅が営業しているときに声を掛けるといいらしい。

隼駅は金沢駅から鉄路で400km越あり、気軽に行ける場所ではないが、石川線一筋で活躍したED30-1の進展地での活躍を願ってやまない。

撮影日 2015年07月18日(すべて)
  1. 2015/07/18(土) 23:40:47|
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小浜線松尾寺駅の車庫

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小浜線松尾寺駅からは、かつて専用線が分岐していた。
しかし今はそのかけらもない。
すでにレールの大半は撤去され、駅は一線のみとなっている。
冬など跡地を見ることが出来るが、夏はご覧の通り営業線をのぞいてすべて緑に埋もれている。
松尾寺駅の舞鶴よりには専用線の遺構か車庫が現存している。
三角屋根で、やや長い。
少なくとも中規模の入れ替え機が2両は入る大きさである。
構造は平凡であるが、雪の多い地域においてシャッターを考慮していない構造は珍しい。
あるいはとっくの昔になくなったのかもしれないが。
鉄道用地にあわせてやや湾曲しているようだ。
当時ここの主だったと思われる機関車は日通所有のセミセンターキャブ車で、のちに向日町へと移動したという。
その後この施設が保線用のために使われたか、あるいは別の機関車が使っていたかは定かではない。

撮影日 2015年07月17日
  1. 2015/07/17(金) 19:17:09|
  2. 廃線など
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新西金沢駅の入り口サッシドア

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北陸鉄道新西金沢駅の駅で入り口はサッシ戸である。
あまりたてつけはよくない。
それもそのはずで、上部は写真のようになっている。
一見普通のサッシ戸なのだが、下部がレールに乗っているのに対し、こちらはレールに乗っていない。
そもそも、上部分はレールに届いてすらいない有様である。
手作り感満載のパーツがダイレクトに設置されている。
ところでこのサッシドアは写真を見る限り、この駅舎が移設された昭和50年代からずっと同じデザインである。
ということは同じ物を使っている可能性が高いわけだが、どうしてこんな有様なのか。
まさか30年以上この状態で使用してきたのだろうか。
それならば設計に重大な問題があるといえるだろうが、普通そんなことはありえない。
元々は奥の溝に入れていたのだろうか。

撮影日 2015年07月16日
  1. 2015/07/16(木) 23:50:48|
  2. 北鉄
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19A-659

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とある埠頭に佇むJRコンテナ19A。
今よく見かける赤い色のJRコンテナの走りである。
当時は30Aコンテナと共に赤い色に下は黒で塗られていた。
だんだん数を減らし水色のコンテナともども姿を消した。
C20や18Dより廃コンテナとして見かける数は少ない。
この個体は倉庫として使われているようだ。
エコレールマークも残っている。
海に近いが腐食が進んでいないのはまだ新しいからか。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2015年07月12日
  1. 2015/07/15(水) 22:40:07|
  2. 廃車・廃コン
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運用離脱した富山区のEF81

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EF81の運用が徐々に減っている。
まだ残っているからむしろラッキーといえるのかもしれないが、EF510の増備により活躍の場は減っている。
待っていて、EF81が来るといいものを見たような気がするものだ。
今時便利なサイトがあって、運用を追っかけてくれるそうなので、そういう人はむしろ少ないかもしれないが。
富山機関区には運用を離脱したEF81がいくらか留置されている。
これまでは他にもEF81がいる中で、留置車両がいるという雰囲気だったが、このごろはそういうのもなくなった。
この日はEF81-39、EF81-627、EF81-742が連結して留置されていた。
ほかEF81-723が別の場所に留置されていたようだ。
いずれ廃車になるだろうが、改番機は現時点では機器の取り外しなどはされていなさそうであった。

撮影日 2015年07月11日
  1. 2015/07/14(火) 23:47:28|
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平成27年7月の日本総合リサイクル

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同系同社が整然と並んでいた先週とは打って変わり今週はバラエティーに富んだ陣容である。
右手前のゆりかもめ09編成は数を減らしつついまだに先頭車が残っている。
ゴムタイヤもついたままである。

その隣にいるのは日野レインボーと思しき車体。
塗装から長電バスと思われる。
側面広告は取り外し済み。
フロントの表示機は長野電鉄になぜか多いやや小さめのタイプ。

隣2台は岐阜バスの三菱ふそうエアロスター。
特徴的なフロントのスタイルがまさに岐阜バスであるが、まだこんな車両がいたのかと言う感じである。
2台ともラッピング車両で、手前が岐阜女子大、奥がトーカイのラッピングである。

その奥は日のレインボーと思しき車体。
まずめったに見かけない丸目で、アルピコ交通の車両である。
客ドアの手前に窓が開いているのはこのタイプの車としては珍しく特徴的である。

その奥はJRバスの車両で、高速バスの車であろう。
比較的新しいが、リアなどすべての表記を黒塗りで潰してある。

09編成の奥にいるのは日野レインボー。
小松バスの車両で、乗合802が車内番号である。
ちょくちょく淘汰されている小松バスの旧型車両で、この旧塗装も日に日に減っている。

ほか、写真奥に山梨交通のCNG車がいる。
塗装はもちろん国際興行系である。
すべて同系車で、車内番号は黒塗りで消されている。

ほか比較的新しい路線車や貸切車が数台が工場敷地横に留置されている。

撮影日 2015年07月12日
  1. 2015/07/13(月) 22:39:44|
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海上自衛隊おうみ来航

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海上自衛隊の補給艦「おうみ」が富山県にやってきた。
展示場所は伏木港万葉埠頭第三号岸壁である。
「おうみ」はましゅう型補給艦の二番艦で、いずも型に続く自衛隊上二番目に大きい船のひとつである。
所属は佐世保であるため、通常北陸で一般公開をおこなうことはない。
もちろん富山では初公開とのことである。
内部はかなり広いため、倉庫と甲板を見る程度のものであった。
船が大きいため、三号岸壁での停泊となった。
このため船首は海上からでないと撮影できないという状態であった。
しかし三号岸壁で公開をおこなうことはほとんどないので、住友製クレーンを観察できるいい機会であったともいえる。
地上では高機動車の展示があったほか、三トン半などがやってきていた。
今年は政治的な意図か艦艇の展示が多く、今後も伏木や海王丸パークで「ひうち」「あさぎり」の展示が予定されている。
普段来る船ではないので、要チェックである。

撮影日 2015年07月12日
  1. 2015/07/12(日) 22:01:03|
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北陸新幹線高架橋の看板

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鉄道の橋には、とくに道路との交差地点では、それぞれの橋の名前を書いた看板が貼ってある。
別に鉄オタに向けての案内ではなく、事故などが起きた際通報を円滑にするためである。
場所がわかっていれば運休の処置や検査などもやりやすい。
看板のデザインはJRひとつとってもいろいろある。
写真は新しく開業したばかりの北陸新幹線の看板。
枠が曲がっていてちょっと凝っている。
高架橋と呼ばずに橋と呼んでいるところがポイントか。
この地点はどこの高架もフェンスで覆われているので、フェンスに看板を張られてもどれかわからないのではないかと思う。

撮影日 2015年07月11日
  1. 2015/07/11(土) 23:07:33|
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松任駅D51補修中

1579sl (1)

JR西日本松任駅の近くに、国鉄蒸気機関車D51が保存されている。
D51-822で、まぁまぁな状態で保存されている。
この車両だが、このところシートに覆われている。
解体ではなく補修工事のようだ。
具体的な内容は不明だが、足場などが組まれており、塗装の塗り直しなどをおこなっているものと思われる。
担当は白山市で、作業はジェイアール西日本テクノスがおこなっている。
実施期間は9月25日までで、少なくともその日あたりまではSLの姿を見ることは出来ないだろう。
夏休みに立ち寄ろうなどと思っている人は注意である。

撮影日 2015年07月09日
  1. 2015/07/10(金) 23:55:33|
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金沢-白山基地間の架線柱

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とりあえず金沢-敦賀開業の決定している北陸新幹線。
ゆえに金沢-白山基地は複線高架で建設されている。
今はただの引き上げ線だが、いずれ本線となるわけだ。
高い場所に高架があるため通常見ることは出来ないが、高架に注目すると架線柱は一本しか使われていないことがわかる。
どうやら海側にのみ線路を通し、もう片方は使用していないようだ。
基地は山側にあるのだが、何か理由があるのだろうか。

撮影日 2015年07月09日
  1. 2015/07/09(木) 23:52:45|
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枕木の丸い鉄釘

1575hai.jpg

枕木に刺さっているレールを固定する釘を犬釘と言う。
もっとも今で探して見つけられるのは丸っこい亀釘みたいなのである。
ところでそれとは別に古い線路の枕木には写真のような釘が刺さっていることがある。
丸い釘で、およそ特徴はないが、大きさからして鉄道用のものだということがわかる。
だいたい枕木の真ん中に打ち込まれているのだ。
一体どういう目的で枕木に刺されていたのだろうか。

撮影日 2015年07月05日
  1. 2015/07/08(水) 22:42:44|
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第一幸洋丸

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伏木の旧県二号引込み線横の岸壁は、今も使用されている。
今は倉庫もなく、近年クレーンすら解体されて、もはや何もない岸壁である。
この場所、海保の船は来ないが、浚渫船などがたまにやってくる。
このところやってきているのは「第一幸洋丸」である。
KOYOの巨大なクレーンがまず目に付く。
装着されているのはバケットなので、浚渫にでも使うのだろうか。
しかし浚渫なら土運船も一緒にいるはずだ。
所有は高橋秋和建設となっていて、本社は秋田の会社であるようだ。
しかし随伴している小型船の第二十五幸洋丸(写真左)は宮崎市となっている。
公式ページを見るとなぜかこの船の記述はない。
SKK-400126DT-K。

撮影日 2015年07月05日
  1. 2015/07/07(火) 23:51:26|
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旧8号線刈安の進入禁止看板

1576tuba.jpg

国道8号線倶利伽羅付近で、旧道と新バイパスが交差する刈安出口。
段階的に移行してきた8号線倶利伽羅バイパスの中でも、最後まで開業にかかった区間の交差点であった。
今は近代的な高架で山を貫いていく高架の下を、やや閑散となった国道が通り抜けるだけである。
刈安では県道から国道に入るときはそれぞれ坂道を登るが、当然片側は出口のみで、片側は入り口のみである。
つまりそれぞれ一方通行だ。
一応標識はあるのだが、津幡警察署は立て看板も設置している。
普通、こういう看板は一方通行だとか進入禁止と書くだけなのだが、なぜか3種類掲示してある。
国際連合道路標識、つまり日本で用いられている進入禁止看板と、アメリカ合衆国、大韓民国の標識が示されている。
なぜアメリカと韓国なのだろうか。
その圏に住まう人が津幡に多いのか、勉強のためなのかは良くわからない。
ラインナップ的には中国などランクインしていそうだが、中国の進入禁止は日本のそれと同じだそうだ。

撮影日 2015年07月06日
  1. 2015/07/06(月) 21:57:48|
  2. 道・橋・隧道
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伏木のダルマワム8

1575wamu8haisya.jpg

伏木駅跡地にいる北陸ロジティクス所有のワム80000。
ちょうど一年ほど前から、ちょくちょくクレーンで吊り上げて、足回りをカットされてきた。
そのせいか、数は少しずつ減ってきている。
約8ヶ月前、一度記事にしている。(リンク
そのとき、達磨になっていたのは6両であった。
現在ダルマになった状態で並べられているのは次の車両である。

ワム380343
ワム380470
ワム380398
ワム380163
ワム380474
ワム380418
ワム380050
ワム380285
ワム380444

前回記事にした際置かれていた車両はすでに一両もいなかった。
これらの車両は軸受けを切り離し、連結器も取っ払っているため、もう二度と線路の上に姿を現すことはない。
しかし、きっとどこかで倉庫としてひっそり活躍するだろう。

撮影日 2015年07月5日
  1. 2015/07/05(日) 21:14:51|
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富山地方鉄道トラムカード

toraka.jpg

かつて富山地方鉄道ではトラムカードというプリペイドカードを販売していた。
使用できるのは市内電車のみであった。
一枚2300円で、車内の機械でも購入することができた。
乗車は一律200円なので、大人が使うと100円あまる。
発売額は2000円なので、結構お買い得である。
少なくともデポジット含めた最近のカードよりはずっとよいものだった。
下面にテレホンカードのように穴を開けていく。
図柄は普通、8000系がぶれている奴で、何かのときにもらえるのもたいていコレだった。
バックは呉羽山から撮影した富山市内である。
比べてみると、結構今と景色が違うのだ。
ほかに開業時の車両をデザインしたタイプもあった。
ICカードに移行するということで、割と早くこの装置類は撤去された。
広電なども同じ理由でプリカをやめてしまった。
おかげで使っていないカードが手元にたくさん残っているのである。
  1. 2015/07/02(木) 21:24:34|
  2. 地鉄
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