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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

北陸本線小川橋りょう電信柱

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朝日町と入善町の境目を流れる小川。
Ogawaと書いてある場合とOgawa Riv.と書いてある場合がある。
ともかく鉄道の橋は小川橋りょうとなっている。
この橋は上下線分離型で、石造りの古い橋脚が下り線に使用されている。
但し橋脚は他の橋と同じく国鉄末期に交換されている。
この橋の海側には古めかしい電信柱がついている。
古レールではなくもっと軽いL字のパーツを多用している。
構造は橋げたから突き出ているだけでなく、根元は3点+1点で保持されており、強度的にこだわりがあるようだ。
塗装はすでになくさび付いている。
電線はトラス式の架線柱にもついており、この電信柱はその補助をおこなっているようだ。
橋げたよりも古そうなことから、電化されたときにでも設置されたのだろうか。

撮影日 2015年06月28日
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  1. 2015/06/30(火) 23:49:58|
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ワム184702

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とある敷地に佇む国鉄有蓋貨車ワム80000。
このワム184702はその二次量産車である。
製造番号的には後ろから数えたほうが早い二次量産車の真ん中くらいのクルマだ。
屋根の垂木が多く、雨どいがないのが二次量産車の特徴である。
おそらく倉庫として使用されているものと思われる。
塗装などもそのままで、塗り替えはされていないようだ。
相応に腐食しているが、比較的ましなほうであろう。
車検などは塗りつぶされており、また腐食で剥がれがあるため判別が難しい。
検査共に「松」の文字が見えるため、おそらく松任工場(松任工)であると思われる。
松任工場の検査印がついた車両は珍しい。
検査は昭和56年から57年、車検は56年から60年まであったと思われる。
道路側の妻面には木製の扉が固定されており、貫通しているのかもしれない。
なかなか面白い形で使用されている。

撮影場所 富山県朝日町
撮影日 2015年06月28日
  1. 2015/06/29(月) 23:40:33|
  2. 廃車・廃コン
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地鉄バス生地駅前

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北陸本線の金沢以東が第三セクターに移管され、JRではなくなった。
このため駅からJRの文字が消えてしまった。
設備などに残るものの、それらしく見えるところにはない。
飛び地のように呉東の端に路線を持つ地鉄バスのバス停からも、JRの文字が消えた。
かつて「JR生地駅」だったこのバス停も、「生地駅」となった。
他の駅ではJRと冠していないので、バス停の名前は変更されていない。
とりあえず赤い文字で消しているので、不自然に左側が空いている。
いずれ新しくなったときに、この看板も消えるのだろうが、あるいは路線の廃止が先かもしれない。

撮影日 2015年06月28日
  1. 2015/06/28(日) 23:49:11|
  2. バスとか
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北鉄ビール電車2015掛け紙

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今年も北陸鉄道ビール電車の時期がやってきた。
夕方に臨時列車として幅の広い7700系を用いて運転される。
車内ではビールと弁当、それに記念グッズが配られる。
なぜか焼き鳥も単独で存在する。
弁当は専用の掛け紙が着いており、デザインはオリジナルである。
7700系がウィンドウズXPのような場所に停車しており、二重に虹がかかっている。
どういうわけかキリンビールとのるぞうもあしらわれている。
弁当は「やはた」が製造している。
本社は羽咋で、やや遠い。
今年のビール電車にはこの掛け紙が使われ続けるだろう。
  1. 2015/06/27(土) 23:43:11|
  2. 北鉄
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北鉄しらさぎ号の床

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保存されている元北鉄しらさぎ号6000形。
北鉄から大井川へ譲渡され、さらに保存されていたため、経年劣化は激しい。
保存時に張り替えられたモケットイーとは比較的良好な状態である。
車体はアルミなので、鉄に比べると劣化は少ない。
もっとも気になるのは床材である。
床は青色のものだが、歩くと各所できしんでいる。
また割れが見られるものもある。
写真はその一部であるが、下の構造までもがはっきり見えてしまっている。
ワンマン装置を撤去した部分は穴が開いたままであり、対処が必要ではないかと思われる部分である。

撮影日 2015年06月21日
  1. 2015/06/25(木) 23:55:46|
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フレッシュカードのケース

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のと鉄道は今では信じられないがかつてプリペイドカードを出していた。
ハイウェイカードもオレンジカードも絶滅してしまった現代では考えられない話である。
もちろん今では対応している券売機がほとんどないし、そもそも券売機を設置している駅自体数えるほどしかない。
いやもともとそんなに多くなかったような気もするが。
そんなプリペイドカードは名前をFleshCardといった。
なにがどうフレッシュカードなのかは良くわからないが、当時ののと鉄道カラーのオレンジ色があしらわれている。
そのカードにはケースが存在していた。
オレンジカードなどは透明なケースだったが、フレッシュカードは白色のケースである。
販売時にケースの中にカードを入れていた。
  1. 2015/06/22(月) 22:19:16|
  2. のと鉄
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6000形しらさぎのプレート

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北鉄加南線のロマンスカー6000形しらさぎ。
華々しい登場とは裏腹にわずか8年で石川の地を追われ、大井川鐵道へと転出した。
実は大井川での活躍のほうが長いのである。
とはいえろくな活躍もせず廃車となり、やがて里帰りと言うことで道の駅に保存されることとなった。
道の駅山中温泉は、道の駅といいつつ道路情報や休憩施設がほとんどないどちらかといえばただの販売所のような道の駅である。
この中では6000形のグッズが一部展示されている。
車内に保管し、盗まれることを恐れてか、プレートの類は皆外されて店内に展示されている。
アクリルのプレートなど落とせば割れるので、吊るすのも安全とはいいがたいが。
なぜか鉄コレも販売しているが、定価なのでなかなか売れないだろう。
オリジナルグッズの「しらさぎ」アクリルプレートも販売している。

撮影日 2015年06月21日
  1. 2015/06/21(日) 21:52:10|
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MLRV1004-Bフロントエンブレム

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万葉線を走るMLRV1000形。
大体アイトラムと呼ばれ、形式で呼ぶ人などほとんどいない。
この車両にはフロントにエンブレムが付いている。
万葉線のMをかたどったエンブレムだ。
完成時のパンフレット曰く、螺鈿でつくられているらしい。
写真は第4編成であるMLRV1004のB、つまり高岡側の車両である。
エンブレムを見るとはがれてぼろぼろになっている。
経年で劣化してくるのだろうか。
しかし他の編成はきれいなので、消耗品と認識され、検査のたびに更新されているのだろうか。

撮影日 2015年06月13日
  1. 2015/06/20(土) 23:44:29|
  2. 万葉線
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北鉄野々市駅の橋跡

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野々市駅はかつて大きな駅だったが今は見る影もない。
農業倉庫と変電所だけが当時を伝える…とよく書いている。
実際工場の引込み線もなく、せいぜいあるのは先述の施設と、松金線野町方の線路跡くらいである。
と思っていたのだが、最近他にも遺構があることに気づいた。
野々市駅より鶴来より、変電所の横に小さな橋がある。
ここをミニマムガーターでわたっていくのだが、よく見ると変電所側にも小さな橋があるのだ。
草に覆われており、もはや姿はほとんどわからない。
右は真新しい鉄道用の施設で、左は住宅である。
古い地図を見ると、どうやら交換設備の線路の一部だったように見える。
おそらく、石川線の線路だったのだろう。
現在もこのあたりはかなりきついカーブだが、こんなところにポイントを設置していたようだ。
今の線路はガーター橋なので、コンクリート橋の遺構のほうが新しいと思われる。
ということは開業時は松金線とクロスするだけで、交換設備はなかったのだろうか。

撮影日 2015年06月14日
  1. 2015/06/17(水) 23:09:52|
  2. 廃線など
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石川線の線路脇のコンクリート

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石川線の線路は、線路脇がコンクリートと言うのが多い。
直線で線路が引いてあるので、四十万のあたりまではなんだか似たような柵に囲われている景色がずっと続く。
野々市駅の横は溝がありそこもコンクリートで線路際を抑えている。
このコンクリートはいつ頃のものかわからないが、開業時からあるならば大正時代のものである。
そうでなくともかなり古そうだ。
あまりに古くてあちこちで壊れてバラストが溝に落ちている。
見ると、コンクリートはほんの側面だけで、内部は大きな石でできていることがわかる。
もともとは石積みの土台だったのだろうか。
あるいはこういう工法が当時用いられていたのだろうか。

撮影日 2015年06月14日
  1. 2015/06/16(火) 23:54:24|
  2. 北鉄
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DM-40441

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とある埠頭に佇む私有コンテナ。
日本通運が所有していたDM系コンテナのDM-40441である。
日通の廃コンテナはJRと違い陸地ではあまり見かけないのだが、どういうわけか海の近くに行くと割りと遭遇する。
このコンテナは海上保安庁の倉庫として再利用されている。
ブルーのペンキが塗られ、もはや元の姿は見えないが、ここ最近は手入れがぬるいのか、なんとなく日通のコンテナと言うことは判別できる。
元はブルー基調のペイントで、ペリカン便の絵柄が入っていたようだ。
隣のコンテナと接している妻面は不明だが、おそらく側面一面のみひらくタイプだろう。
天井四隅には荷物用のフックかけが設置されている。
妻面下部の形状が特徴的である。


撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2015年06月15日
  1. 2015/06/15(月) 23:57:48|
  2. 廃車・廃コン
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北陸鉄道石川線野々市変電所

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北陸鉄道石川線野々市駅の南に野々市変電所はある。
かつて松金線と石川線の交差点であった野々市駅は駅員が何名もおり、線路もいくつもあったというが、もはやその面影はない。
全盛期の姿をかろうじて残す施設のひとつに野々市変電所がある。
野々市変電所は松金線の電化に伴って設置された。
そのまま建物はずっと同じ場所にいる。
と言うことはこの古ぼけた建物は多分、大正4年ごろからあるということなのだろうか。
その割には新しいような気もする。
線路側から見ると、大分近代的に改修されていることがわかる。
正面はシャッターとなり、窓もサッシにかえられている。
窓ガラスの模様が古いので、かなり前に更新されたのだろう。
窓も一部埋められている。


15614nonoichi2.jpg

旧松金線側からの撮影。
こちらも窓が埋められている。
無骨なトラスが、わやくちゃになった電線を束ねている。
一応屋上へいけるように梯子がかかっているが、あまりにさびているので使い物になるかわからない。
中二階のような場所へ、階段が設置されている。
これも階段の下部分にあるコンクリートがかなり腐食しており、崩れ落ちている。
どう見ても端っこに寄りかかるのは生命の危険を感じるレベルだ。
もっとも、落ちたところでたいした怪我はしないだろうが。
なぜかゴミステーションが接近した位置に設置されている。

現在石川線の変電設備は道法寺に移っているので、ここが派手に動くという事はない。
シンプルな存在なので、模型向きな施設ではあると思う。

撮影日 2015年06月14日(すべて)
  1. 2015/06/14(日) 23:53:06|
  2. 北鉄
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平成27年6月の総合車両リサイクル

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ゆりかもめの車両がまた新しく運び込まれた。
今度は09編成である。
4両が確認でき、両方の顔がそろっている。
車体番号は7091と7094が確認できる。
7094はすでにゴムタイヤがない。

バスは以前よりも増えている。
一番手前は日野ブルーリボンと思しき車両である。
車体構造からしてレントゲンや献血などに使う検診車であると思われる。
リアーにある日よけが特徴的だ。
真っ白で所属などは一切消されているので特定は困難だ。
フロントにある大型で斜めに設置されたブルーリボンエンブレムはやや珍しい。
外せばそれだけでマニアが買っていくような代物だ。
検診車はその特殊性から長生きする例が多いが、
その隣は富士重工6Eと思われる車体である。
塗装からしてしずてつジャストラインの車であろう。
まだ6Eが残っていた事に驚きである。
もう驚かなくなったがフロントのライトがなぜか切り取られており、ウィンカーなども撤去されている。
その奥は新潟交通の日産ディーゼルスペースアロー。
今時この車は古いのだが、まだ新潟駅前でも第一線で見る事ができる。
この場所に来ているということは結構淘汰が進んでいるのかもしれない。
フロントの方向幕やライトまわりが撤去されている。
隣の国際興行系の塗装車はおそらく前回に書いた山梨観光のいすゞスーパークルーザーと思われる。
その隣はおそらく日本総合リサイクル所有のミディである。
塗装がそっくりだ。
施設が完成してから、いろいろな場所に置かれていたが、たいした活躍の記憶はない。
ナンバーがないのでこれも解体か売却と言う事なのだろうか。
その隣は前回書いた伏木ポートサービスのさざんか号である。

撮影日 2015年06月13日
  1. 2015/06/13(土) 23:42:53|
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北陸本線の遅延証明と問題

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日本の鉄道は非常に正確なダイヤで運行されている。
首都圏に限らず地方の幹線でもそれはおおむね一緒である。
首都圏の大手私鉄の朝ラッシュなどはむしろ遅延がわずかに出るので、地方のほうが正確かも知れない。
そんな地方では本数が少ないため、何らかの遅延は利用客にとって重大な問題となる。
地方といえど複数の鉄道路線やバスによって人々は移動するため、一本遅れる、乗り遅れるということは遅刻の可能性を持つ。
やむを得ず遅延した場合、駅で発行されるのが「遅延証明」である。
おおむね、コレを持って会社や学校に行けば遅刻が許される場合がある。
無論事前連絡必須であるが。
ところでこの遅延証明は各駅に到着した列車によって遅延証明がなされる。
この問題はすなわち「遅延により乗りつぎが出来なかった」場合である。
大幅に遅延した列車に乗車し、乗り継いだ駅で遅延証明を受け取ろうとしたが、乗り換えた列車には遅れがなかった場合と言うわけである。
発行を願えば書いてくれるが、渋られる場合もある。
会社が違う今もだが、北陸本線がすべてJRだったころからの風潮である。
中には降りた駅で書いてもらえという駅員もいる。
当然だが朝ラッシュの混雑で、降りた駅ごとに遅延証明を受け取ることは実質不可能である。
駅員も複数路線からの乗り継ぎ(金沢以西駅で下車する際、金沢以西の乗車、七尾線乗り継ぎ、あい鉄乗り継ぎの3種類)を分別するのも計算するのも面倒なのだろうが。
なにかマトモなシステムが欲しいところだ。
  1. 2015/06/11(木) 23:50:16|
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近江鉄道運賃変更印

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近江鉄道は平成27年4月に運賃改定をおこなった。
改定といいつつ、要するに値上げである。
どこの地方鉄道も厳しいということだ。
近江鉄道はいまだに硬券を使っているが、この硬券の運賃表示は記入式である。
なのでボールペンやハンコで運賃を記入している。
しかし一日乗車券などはそうではない。
発行時から印刷が終了しており、変更が効かない。
とはいえ運賃を改定してしまったので仕方なくハンコを押して使っているのだろう。
変更の文字は入っているが、いくらになったのかはわからない。
  1. 2015/06/10(水) 23:44:12|
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実習船海洋丸

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海洋丸は新潟県立海洋高校の実習船である。
高校所有とあって、実習できる内容はだいたい漁業に関するものばかりだ。
コールサインはJKQQ、IMOコードは9115391となっている。
名前が似ているせいか、検索すると「海王丸」がでてくる。
「かいようまる」と「かいおうまる」の違いである。
この学校の実習船としては7代目で、平成7年の建造である。
平成31年の新艦建造が決定しており、それまで活躍する見通しだ。
普段は能生に停泊しているようだ。
近くのマリンドームには先代の実習船越山丸が海の資料館として陸地で展示されている。
越山丸は見るにはタダだが中に入る場合は有料だ。
大洋丸は400tを越す先代よりも小さい299tである。
ちなみに公式HPは平成25年で更新が止まっている。

撮影日 2015年06月07日
  1. 2015/06/09(火) 23:51:52|
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栂海街道大洋橋根元のレール

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国道八号線親不知の天険トンネル付近に栂海(つがみ)街道の入り口がある。
糸魚川市のホームページによれば、海抜0メートルの親不知を基点に、白鳥山、犬ヶ岳、朝日岳を結ぶルートだと言う。
朝日岳は2400メートルを越す高さで、栂海新道とも呼ばれるこのルートはつまり登山道である。
海抜0メートルといっているが、実際のところルート最終地点の海抜はかなり高いところにある。
登山ルート目的なのか、大昔ヘアピンカーブの起点であった地点には、駐車場がある。
そんな栂海街道親不知を出発すると、すぐに橋を渡る。
橋といっても見た目は砂防ダムのようなものに手すりがついたようなものだ。
名前を大洋橋といい、木製の看板がさわがに山岳会の名前とともに掛けられている。
この自称橋の根元には、なぜかH字鋼ではなく、見間違いでなければレールが使用されている。
ガッチリしたコンクリート橋にはまるで不要な「橋脚」である。
おそらく、山から流れてくる川の落ち葉などを引っ掛けるためなのだろうが、あまり意味はわからない。
サイズからして40kかそこらのレールであると思われる。
頭はかなりつぶれていて、刻印は見当たらない。
この地点と鉄道の関係であるが、まず現在の北陸本線は親不知トンネルで天険と呼ばれた地域すべてをショートカットしている。
旧北陸線は国道8号線天険トンネル付近だと、ちょうど旧若水トンネルと旧親不知トンネルの近くになる。
が、かなり下の部分にあり、あまり関係はなさそうだ。
この登山ルートは1960年代から70年代にかけて作られていったと言う。
と言うことはそのころのものなのだろうか。
国道に天険トンネルが完成したのは1969年で、旧線が廃止になったのが1960年である。
やはりあまり旧線は関係ないように感じる。
あまり鉄道に関係のなさそうな場所で古レールが使われている例は過去に記事にしたが(リンク)、ここもそういう場所なのかもしれない。

撮影日 2015年06月07日
  1. 2015/06/08(月) 22:49:59|
  2. 道・橋・隧道
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ヨ5003

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とある駐車場に佇む国鉄緩急車ヨ5000。
そのかなり初期の車両であるヨ5003である。
ヨ5000系列は最高速度75km/hの列車を、最高速度85km/h対応にするため登場した。
第一陣としてヨ3500を改造し、たから号など高速貨物を中心に充当された。
黒い地味な貨物が多い中、特急貨物を担当した栄光の車掌車である。
有名な保存車両としてヨ5008(宇都宮タ)がある。
ヨ5003は昭和27年に国鉄松任工場でヨ3500系列として製造された。
国鉄松任工場製造の車両はかなり珍しい。
その後特急貨物に使用するため昭和34年、ほかのヨ3500形とともに大宮工場で改造された。
塗装は初期のコンテナカラーである黄緑色だったという。
のちに黒色になり、一般の車掌車と同じように使用された。
この個体は現在、倉庫として使用されているようだ。
特筆される点は保存状態である。
おそらく黒であった塗装はグレーにリペイントされている。
穴が開いている箇所など腐食があったのだろうから仕方のないところである。
塗り具合などからして、廃車後複数回塗り替えたものと推測される。
このおかげで当時の検査番号などは見えないが、台枠の下にヨ5003の文字が見える。
窓枠などは昭和20年代の製造らしく木製で、劣化が激しい。
よろい戸や信号菅などはしっかり残っている。
車内の設備は確認できない。
珍しいのは車輪を除く走行部品が現存していることだ。
通常、軸箱支持やバネ懸架部の根元から切断がおこなわれる。
この部分を切除すると車輪ごと外せるからだ。
ところがこの車両は車輪以外の部分は全部残っている。
おかげでやや不安定な感じはあるが、板バネの十五の文字などをしっかり観察できる。
それに加えてやはり切断される連結器や空気ホースすらある。
車輪さえあれば、いやそうでなくとも立派な保存車両である。
屋根はカンバス張りだったためか、保護がおこなわれている。
とはいえテールライトガラスへのペンキ飛び散りや、ベンチレータ撤去などがおこなわれていないのは、倉庫扱いの車両としては珍しい。
ぜひ末がなく残って欲しい車両である。

撮影場所 長野県信濃町
撮影日 2015年06月07日
  1. 2015/06/07(日) 23:52:35|
  2. 廃車・廃コン
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魚津埋没林博物館屋上の展望パネル

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魚津市の海辺にある魚津埋没林博物館。
埋没林というのは、約2000年前に存在した林が、何らかの理由で埋まり、それが近代になって海面より下から見つかったものの事だ。
保存状態がよかったので史料価値は高く、特別天然記念物となっている。
普通、2000年前の木がろくに触れる状態で残ることはまずないからだ。
これらを展示する目的で作られたのが埋没林博物館である。
産業博の一環としてつくられ、現在の建物は1992年につくられたものだ。
この建物の屋上には展望台があり、魚津港や立山などを望むことができる。
そこにある展示パネルに、タンク貨車が写りこんでいる。
これはすぐそばにある日本カーバイト工場の中にあったものだ。
1992年当時、おそらく貨車は廃車待ちの留置状態にあったと思われるが、そのときの貨車が写っているのである。
今の景色と比べると、線路はほとんどがはがされ、駅に至る引込み線はもうない。
工場の内部も主だった建物が撤去されて一部はソーラーパネルになるという変わりようだ。
パネルに写っている車とあいまって、昔の魚津を伝えている。
ちなみにいくつかの山が近年の再測量により標高が変更されたことについても書き込まれている。
なおこのパネルは施設が2015年にリニューアルされる前から設置されており、リニューアル後も更新されていないようだ。

撮影日 2015年06月06日
  1. 2015/06/06(土) 23:44:11|
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加茂地域消防署キャラバン救急車

15531kamoshi.jpg

加茂地域消防署は、なぜか古い車両が多い。
合併を嫌っているところがあるようだが、調べてみると財政指数はあまり高くない。
と言うかむしろ低くて、なお下落傾向にある。
そんな土地柄だからか古い車両をまだ使っているのだろう。
写真はニッサンキャラバンをベースとした救急車である。
現在日産自動車製の救急車はパラメディックばかりだが、その前はキャラバンをベースにした救急車が全国に配備されていた。
今ではあまり見かけない。
この消防署には他にも救急車がいるので、メインの動きをしているわけではないのかもしれない。
4WD仕様で、もちろんハイルーフ車である。
リアーになにかエンブレムがついている。
フロントには赤色警光灯ではなく黄色い懐かしいフォグランプが装着されている。
サイレンはバータイプの警光灯で、後部には半円形の灯りが載っている昔のタイプである。
ナンバーは新潟88さ8338。
資機材搬送中のプレートを掲げている。

撮影日 2015年05月31日
  1. 2015/06/05(金) 23:57:37|
  2. 緊急車両
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松任工場の新しい塀

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先日、JR西日本松任工場の兵について記事を書いた。(リンク
その塀が姿を現しつつある。
コンクリート製なのは前と変わらないが、昔ながらの棒材を組み合わせる形から、一体の塀となった。
最近の住宅の塀に使われているような感じである。
高さは前とあまり変わらないが、若干低くなっているようだ。
撮影したい人には朗報かもしれない。
厚みもやや増えたように思う。
工事は松任駅方向に向かって今も続いている。

撮影日 2015年06月04日
  1. 2015/06/04(木) 23:56:00|
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大川寺駅のトイレは今

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富山地方鉄道上滝線大川寺駅は少し山にめり込んだ駅である。
昔からそうではないようなのだが、なぜこんな形態にしてやったのか。
駅舎の中はがらんどうで、放火されて仕切りを取っ払ってから、ベンチ以外何もない状態である。
完成は昭和51年ごろのようだが、その割りに古い施設がある。
それはトイレだ。
地鉄のトイレは更新が遅いほうで”その筋の人”の間ではそこそこ有名な話であった。
近年、そういうトイレを更新しているのは衛生的によい傾向であると思う。
大川寺駅のトイレは、だいぶ前にトイレがあるというその存在を抹消している。
というのは、大川寺駅は駅前から階段で駅舎に入り、その階段の途中で階段が分岐してトイレにつながっている。
その階段の途中にはトイレの看板があるのだが、大分前にそれをガムテープでなかったことにしている。
しかし、駅舎下にあるトイレの前にある「便所」の看板は取っ払われていない。
写真がそれである。
中はどうであるか、結論からいれば大半は封鎖されている。
男女共用で、入って右奥に個室が3つあるのだが、それもガムテープで封鎖の上、使用禁止の紙が貼られている。
がしかし、左手にある男子便所は封鎖されていない。
ただし、ただし男子便所は流すものも何もついていない、大昔の壁に打ち出すタイプである。
人が多かった時代なら、消臭の玉もあっただろうし、定期的に水を流していただろうから、まだなんとか衛生的であろうが、無人駅の今、誰が整備するだろうか。
まったくお勧めは出来ない。
それ以前に昼間でも暗いこのトイレで用を足すのは激しく不安で恐怖心を煽られるものがある。
おぞましーので写真は入り口の看板で勘弁してほしい。
なお流しは蛇口が二つあるが、使用できるかどうかは不明である。

撮影日 2015年06月01日
  1. 2015/06/02(火) 23:52:05|
  2. 地鉄
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雄山神社駐車場への踏み切り

1561oyama.jpg

雄山神社は岩峅寺駅の近くにあり、毎年元日は多くの参拝客でにぎわう。
正確には「雄山神社前立社壇(おやまじんじゃまえだてしゃだん)」というらしい。
この前立社壇と芦峅寺にある中宮祈願殿、それに立山の山頂にある峰本社をあわせて雄山神社なのだという。
といって地鉄上滝線を通過する人は、あの常願寺川を渡った駐車場の横にある看板で、ここが雄山神社なのだろうと思うであろう。
この神社に最もよいアクセスは、前を通っている県道35号線から、地鉄を踏み切りで渡って駐車場に停めることである。
県道35号線と踏み切りは戦前からある(ただし常願寺川立山橋は付け替えられている)アプローチルートである。
ところでこの駐車場は戦後、それも昭和50年代近くに、田んぼを潰して作られたものだ。
その田んぼと旧県道35号線跡地を駐車場としたとき、神社の前とは別に、地鉄をまたぐ踏切が作られた。
写真がそれで、警報機などは一切無い、柵だけの簡易的なものである。
当時は参道を歩く人と、駐車場へ行く車を分けていたのだろうか。
しかしこういう踏み切りは危険だというわけか、そのうち使われなくなったようだ。
駐車場は新しくワイヤーのガードが作られているし、地鉄の線路にも踏み板は撤去されてる。
35号線側の駐車場にさび付いた柵だけがひっそりと残っている。

撮影日 2015年06月01日
  1. 2015/06/01(月) 21:47:28|
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