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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

陽羽里駅記念切符

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北陸鉄道石川線に新しく加わった陽羽里駅。
アニメキャラクターのような当て字だが、どうやら近くの住宅地の名前を取ったものだという。
この駅の開業を記念して記念切符が作られた。
北鉄がよくつくる記念切符と違い、一枚だけのリーズナブルでシンプルなものである。
値段は140円で、はがき風の台紙がついてくるので結構お得。
そのせいか売れ行きはかなりよかったようだ。
7212が写っているがぶれているので開業前に通過していたときの写真だろう。
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  1. 2015/04/29(水) 22:54:06|
  2. 北鉄
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なかよし鉄道踏切制御盤

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小松市粟津にある尾小屋鉄道の保存鉄道であるなかよし鉄道。
大型遊具扱いで、現在も尾小屋鉄道で活躍した車両に乗車することができる。
短い区間ながら料金は無料で、週に数回だが定期運行である。
まったく保存鉄道のよい例で、小松市のこういう部分のすばらしさには恐れ入る。
このなかよし鉄道は区間は短いが、その間に踏切が一箇所存在する。
道路と線路がクロスするためで、小さいながら遮断棒もあるし、警報機もついている。
設備はあるが、有人で写真のような制御版を操作して踏み切りを動かしている。
設備は富士防災のものらしい。
いろいろ設定できるようになっているが、基本的に警報を鳴らすスイッチくらいしか使わない。
一見シンプルな警報機だが、さまざまな設定が可能なようだ。

撮影日 2015年04月26日
  1. 2015/04/28(火) 23:58:09|
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松任にあるEF70の塗装はがれ

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鉄道車両はだいたい鉄の塊で、それに塗装が施されている。
塗装がはがれればたちまち鉄の地が露出し、あっという間に酸化が進み腐食する。
この鉄道車両の塗装の剥がれを観察してみる。
鉄道模型でのウェザリングにはあまりやらない塗装はがれだが、廃車体には不可欠ではないかと思う。
写真は松任青少年の家に併設されていたEF70の廃車体のもの。
これは上からなぞの特急色に塗り替えられている。
側面の剥がれを見ると、特急色の塗装の下は薄い青色のような塗装だ。
下地なのだろうか。
その下に茶色いさびがあり、現役時の色はまったくわからない。


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雨だれが多く落ちてくる場所の拡大写真。
パーツの下は水がたまるのかさびがザクザクでている。
塗装の剥離面は曲がっており、陰影がついている。
コケもはえているようだ。
じっくり見るとグレーの下地の下に赤色の塗料があり、これが現役のころの塗装と思われる。
このEF70はこんな風な現役のころの塗装を見ることが出来る場所が少ない。

併結されているオハ47はたまに塗り替えられているようで、元の色がわかるほど塗装が剥離しているということは無かった。

撮影日 2015年04月26日(すべて)
  1. 2015/04/27(月) 23:07:57|
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伏木駅と能町駅の閉塞器

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閉塞機は鉄道マニアにはおなじみの装置である。
駅間を閉塞区間とみなし、その通行証であるタブレットをこの機械を通じてやり取りさせていた。
こう書くとまるでタブレット(円盤)が駅間を移動しているようだが、実際は装置のロックを外したり連絡するだけだ。
歴史は古いが、近代化とともにこのような装置を使うこともなくなった。
石川県の子供交流センター小松館には、氷見線の能町駅と伏木駅で用いられていた閉塞機が展示されている。
言うまでもなく両駅は隣り合っており、国鉄時代は旅客のほか大量の貨物を扱う重要な駅であった。
平成三年中ごろの氷見線自動閉塞化に伴い不要となったものを、日本電設が寄贈したものらしい。
富山県に保存すればよさそうだが、保存鉄道もあるこの地のほうがふさわしいと思ったのか。
実際富山県にはそれらしい交通博物館や資料館は無い。
ベルが取れていたり電話機のハンドルが埋められて至りと保存状態はあまりよくないが、保存してくれるだけありがたいところだ。
今のところ紙の文章だけで解説されているが、このシステムを説明するなら図があったほうがいいだろう。
整備すれば動作させることもできると思うのだが。

撮影日 2015年04月26日
  1. 2015/04/26(日) 22:42:30|
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新幹線鉄道開業50周年記念百円クラッド貨幣

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4月22日、日本全国の金融機関において新幹線鉄道開業50周年記念百円クラッド貨幣の交換がおこなわれた。
造幣局がたまに出す記念硬貨であるが、今回は鉄道がテーマである。
メインテーマは新幹線開業50周年を記念するものであるが、5種類の絵柄が存在し、東海道、山陽、上越、東北、そして北陸新幹線を描いている。
裏面は初代新幹線0系の図柄で全路線共通である。
秋田や山形が無いのは仕方ないとして、九州まで無いのは少し意外である。
ちなみに造幣局HPでは今後の予定と書いてあるので、他路線についてまったくやる気が無いわけではないようだ。
造幣局の管理分は30万枚であるが、200万枚以上は全国の金融機関で同じ額面の100円と交換することができる。
造幣局の分については貨幣セットとして販売がおこなわれた。
ほかに造幣局からは1000円銀貨のプルーフが販売されている。
ちなみにクラッドは異なる金属を組み合わせた製法のことを指す。


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各金融機関は9時に開くため、年寄りを中心に金融機関前に列を作ったところもあった。
北陸新幹線が出るとあって各金融機関北陸新幹線の硬貨を多めに確保しているところが多かったようだ。
金融機関は支店などによって割り当て枚数が異なり、事前の掲示確認が確保の鍵となったようだ。
こと郵便局の割り当て枚数は少なく、地銀の確保数がしっかりしているのは毎度のことである。
地元路線とあってどこの金融機関もはけが早く、取り置きと言う禁忌を犯す郵便局まで出る有様であった。
親方日の丸体質の抜けぬ郵便局のモラル欠如には怒りを禁じえない。
さておき当日は1路線2枚までとなり、1金融機関では最大1000円までの交換となった。
翌日以降に枚数の制限は無い。

撮影日 2015年04月22日(すべて)
  1. 2015/04/22(水) 23:52:55|
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IRの車内補充券

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IRいしかわ鉄道の車内補充券通称車補。
あい鉄と同じようにこの鉄道もまた、第三セクター化に伴って端末から補充券となった。
あい鉄については以前記事にしている。(リンク
この補充券はおなじ区間を担当するあい鉄とは異なる形式を取っている。
現在のところIRの乗務員は金沢-富山でしか仕事をしないためであろうが、記入場所は限られている。
すなわち発駅と着駅に丸をつけるだけとなっている。
北陸本線や七尾線、のと鉄道の一部も対応しているようだ。
切符の都合だろうが七尾線やJR線から乗車した客にも対応が出来る仕組みだ。
第三セクター化により、多くの駅では券売機が減らされたり、あるいは販売できる場所が減った。
これにより車内補充券の役目はますます大きくなるものと思われる。
  1. 2015/04/21(火) 23:06:49|
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富山駅上り線路付け替え

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富山駅の在来線上りホームを、高架化する線路付け替え工事が4月19日深夜よりおこなわれた。
富山駅高架化は北陸本線における高架化事業としては最後発で、特に踏切が緩和されるようなことはない。
市電直通などが目的と見られ、その完全開業はかなり先となる。
4月19日夜より、あいの風とやま鉄道線および高山本線にて運休、バス代行がおこなわれた。
告知は当日のマスコミや、駅の案内ポスターにより行われた。
あい鉄は上下3本を区間運休、高山本線は上下3本が区間運休および上下1本が時刻変更となった。


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呉羽駅で待機する列車代行バス。
ノンステ2台を入れる気合の入った布陣である。
地鉄バスが代行任務に当たっているため、ICカードは使用できなかった。
本代行バスは富山駅南口より出発し、発時刻は鉄道線と同じである。
到着時刻が遅れるため、接続する列車の時刻はかなり遅めに設定されていた。
なおこの事態により、小杉行きや東富山発の列車が存在することとなった。
幕に普段は無い駅名が表示されると期待されたが、小杉行きは413系のため幕がなく、富山行き表示であった。
なおそれぞれの列車は終着駅で折り返すとは限らず、小杉止まりは客扱い後富山方面に回送され、また呉羽発は富山駅から回送されてきていた。
小杉発および最終東富山発の代行バスは富山駅から先泊駅および金沢駅まで直通するため、到着は深夜2時を回るとのアナウンスが事前におこなわれた。
これらは利用がある駅のみ停車したようだ。
各乗換駅にはあい鉄係員が複数名待機し、案内をおこなったため混乱は無かったように思われた。


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普通列車が運行を終了し、貨物列車を逃した後工事が開始された。
写真は富山駅米原方の神通川橋梁手前のもの。
広範囲から作業員が集結したため、神通川の河川敷は工事車両や観光バスで一杯となった。
工事範囲が広いため上下線ともに運休となっている。
ライトで煌々と照らされまるで真昼のような明るさである。
新線を準備し、レールを切り替える作業がおこなわれている。


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富山駅直江津方の工事現場を陸橋の上より撮影。
軌陸車が線路を走り回る。
写真の奥が旧線と新線の境目である。
右手は工事用地として確保された旧北陸本線で、工事車両が停車している。
この工事のため、付近の踏切にも作業員が配置された。

4時ごろに作業はすべて完了し、4時15分ごろに下り線を貨物列車が通過した。
4時30分、富山駅へキハ120形2連で構成された試運転列車が入線し、新線切り替えが完全に完了した。

撮影日
イ 2015年04月19日
ロ 2015年04月20日
  1. 2015/04/20(月) 21:43:42|
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富山駅米原方

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富山駅の線路付け替え工事が一週間後に迫った。
写真は富山駅米原方神通川橋梁右岸土手から撮影したもの。
奥が富山駅である。
この地点で切り替えがおこなわれ、右手に新線が延びる。
付け替えは上り線のみ先行して行われることになっている。

撮影日 2015年04月13日
  1. 2015/04/13(月) 22:22:59|
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あい鉄補充券

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これまで、北陸本線では車内清算を行うことができた。
JRならかなりの範囲、種類で清算を行い、端末を使って発券を行うことができた。
オレンジ色のペラッペラな紙をもらった人も多いだろう。
さてあい鉄になったのだが、あい鉄では車掌が端末を持つことはなくなった。
車掌は紙製の補充券を手書きで記入するように改められたのである。
ベテランならいざ知らず、若い、JR出身の車掌は特に発券が遅く、一駅かかることもしばしばである。
紙の補充券が消えてかなりの年月がたつので仕方のないことだが。
一応普通の連絡は可能なので、東京や大阪からやってきて清算することも可能なはずである。
夜は特に駅員のいない駅が多いので、仕事は多いはずだが手書きで対応が出来るのだろうか。
  1. 2015/04/08(水) 23:41:21|
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のと鉄道パスケース

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今回の話はのと鉄道のオリジナルパスケースだ。
まだ転換後のころ、世間の羽振りがよかった時代のことである。
のと鉄道では定期券購入者にパスケースを配布していた。
皮製のオリジナルで、今時駅で渡されるタオルや鉛筆とは比べ物にならない豪華さだ。
色は複数選べたし、まぁまぁ丈夫な素材である。
極めつけは絵柄で、しっかりとのと鉄道のマークが刻まれている。
今ではこういうこともないが、フレッシュカードともどものと鉄道が元気だった時代を思わせる。
  1. 2015/04/05(日) 23:57:07|
  2. のと鉄
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敦賀機関区の給水塔

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木々は春爛漫だが肝心の天気が冬の敦賀駅。
山がかすんでいない火は珍しいように思う。
名門敦賀第一、敦賀第二機関区を駅周辺に擁していた敦賀駅も、今ではめっきり寂れてしまった。
駅横の広大な敷地にはもはややってくる車両もおらず、ただ無残に風雨に晒されている。
この場所には今も給水塔が残る。
コンクリート製のしっかりしたもので、屋根は丸っこい三角錐である。
パイプは新しいので、まだ何かに使用しているのかもしれない。
他にも屋根や車庫など微妙な施設がいくつか残っている。
新幹線開業時には、まっさらになるであろうが。

撮影日 2015年04月04日
  1. 2015/04/04(土) 23:58:36|
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金沢市消防局高尾台救急隊1402

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夜、歓楽街片町を緊急走行する高尾台救急所属の1402。
高尾台救急は額や赤十字近くでよく見るが、片町ではあまり見ない。
車種は日産自動車の救急車パラメディックである。
ナンバーは金沢800さ2419。
最近の車らしく側面および前面に赤色フラッシュを装備し、側面には白色のもある。
側面のものは上部のほか、前輪前方にもあり、近辺に所属する救急車の中ではかなり目立ちやすいほうだ。
KANAZAWA FIRE DEPT.Emergency Medical Serviceなどとかいてあるのは金沢共通だろうか。
側面の赤帯の上にはシルバーの帯が入っている。
リアはあまり派手ではなく普通のニッサン救急車と言う感じである。

撮影日 2015年04月03日
  1. 2015/04/03(金) 23:28:11|
  2. 緊急車両
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小浜線125系の側面

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JR西日本のローカル線用電車125系。
加古川線と小浜線が主な生息地である。
ポジションとしては電化路線のキハ120のようなものである。
この車両の側面であるが、妙なドアスペースがある。
写真がそれで、車椅子もらくらく入れるような大きなドアである。
設計の関係上流用をおこなったため、こんなドアのような車体になったという。
といって戸袋はないし、両開きにしないといろいろ不便そうだ。
今の輸送状況から、これがドアとして使われることはおそらくないだろう。
しかし、JR西日本がかつてのように車両は徹底的に転用して使用、という方針に戻ればその可能性もなくはない。
車内から見るとただの壁と窓で、内装はドアのことを考慮していない。
座席配置が妙な以外、気づく要素はない。
ちなみに小浜線の車両は地元がいろいろあってカネモチな為座席が増設されている。

撮影日 2015年04月01日
  1. 2015/04/02(木) 22:31:57|
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京都丹後鉄道開業

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4月1日、京都丹後鉄道が開業した。
開業したといっても、会社が変わっただけである。
国鉄転換線の宮津線と新規開業線の宮福線を持つ北近畿タンゴ鉄道は、長くそれらの路線を運営してきた。
今回、鉄道事業再構築実施計画認定もあり、事業形態を変更することとした。
鉄道事業再構築計画とは国道交通省がおこなっている認定で、今後の経営が困難となる可能性直る鉄道に対し、経営構造の変更をおこなうというもの。
簡単な話将来だめになりそうなところの経営改善や業務形態をいじってやろうということだ。
ちなみに若桜鉄道や福井鉄道も認定されたことがある。
認定履歴だけを見ると、微妙にまだいけそうな感じの鉄道をセレクトしているように見える。
運行会社をWILLER ALLIANCEの子会社であるWILLER TRAINSとし、鉄道の名称を「京都丹後鉄道」とした。
WILLER ALLIANCEはピンクの派手なバスでおなじみのWILLER EXPRESSの親会社である。
北近畿タンゴ鉄道は今後、施設保有のみとなる。
つまり、WILLERは鉄道事業のみをおこなう第二種事業者で、北近畿タンゴ鉄道は施設のみを保有する第三種事業者となる。
ちなみに宮津線を引き継ぐまで北近畿タンゴ鉄道は宮福鉄道と名乗っていた。
といって宮福鉄道として会社が運営された時代のうち、鉄道路線が運行されていたのは一年程度である。
北近畿タンゴ鉄道(KTR)から京都丹後鉄道になり、略称は同じKTRかと思いきや、新しい略称は「丹鉄」のようだ。
昨今カタガナひらがなの会社名が増えている中、やたら硬派な会社名である。
路線愛称も変更され、伝統ある宮津線は宮豊線と宮舞線に変更されている。
天橋立こうのとりラインとかにならなくて本当によかった。
北近畿タンゴ鉄道は今思えばカタガナを入れる会社名の走りだったような気がするが、特急にスーパーがつくのと同様、慣れればどうってことないようなものだ。


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鉄道を運営する会社が変わっただけなので、見た目に大きな変化があったわけではない。
鉄道車両は今も北近畿タンゴ鉄道の銘板を掲げているし、KTRの文字も消えていない。
駅名板は、新しいデザインのものへと変更された。
近日すでに駅名板は更新されており、古いデザインのステッカーをはがしただけとなる。
駅にアルファベット番号が導入され、外国人観光客などにはやさしくなったと思われる。
観光に力を入れている鉄道ならではといえよう。
同時に但馬三郷駅がコウノトリの郷、野田川駅が与謝野など、7駅で名称変更がおこなわれた。
北近畿タンゴ鉄道は窓口で硬券切符を発行していたが、これは引き継がれている。
ただし白地のローカル風なものから、ピンク地のものになっており、このあたりはWILLERという感じである。
好みが分かれるところではないか。
駅名板もピンク色基調である。
駅によってまちまちだが、すでに丹鉄の文字が掲げられているところもある。
接続するJRのアナウンスも対応しているが、たまに間違えていた。
小型時刻表などにおいて、丹鉄線の列車については、特急以外は掲載されていない。
いくつかの切符が廃止となったほか、北近畿タンゴ鉄道のDVDが販売されなくなった。
また鉄道むすめの販売も終了している。
旧会社の制服を着たフィギュアは売れないといったところか。
駅スタンプなど、旧北近畿タンゴ鉄道の名残を感じるものもいずれ消えていくだろう。
新会社に期待である。

撮影日 2015年04月01日(すべて)
  1. 2015/04/01(水) 22:25:39|
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