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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

針原高架橋工事中

20140524hariwara1.jpg

県道婦中線針原高架橋。
小杉針原と鷲塚を結ぶ高架橋である。
山側は県道31号線が接続し、海側は県道204号線が接続する。
この写真を撮影した針原テクノ(南)信号から鷲塚までのわずかな距離がいまだに開通していない。
もう何年もこの場所は通行止めのままだ。


20140524hariwara2.jpg

数年はJRの線路横に高架橋がひとつぽつんとあるような状態だったが、近年工事が再開されここまでできた。
しかしまだ完成までは遠い。
針原の工業団地が小さいことや、戸破の宅地化が遅れているのが原因であろうか。
道が完成すれば204号線を通りコンテナ岸壁まで一直線に結ぶことが出来る。

撮影日 2014年05月24日(すべて)
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  1. 2014/05/31(土) 23:31:05|
  2. 道・橋・隧道
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開発駅のゴミ箱

20140525kaihotsugomi.jpg

地鉄開発駅にはゴミ箱が設置されている。
どうもこのごろ、と言うか20年くらいの傾向ではゴミ箱はなくなっていく方針である。
無人駅ではなおさらであろう。
この駅にも地鉄からゴミ箱を撤去する旨の張り紙がされている。
理由はカラスが漁って行くからということで、持込が理由ではないようだ。
しかしなぜかゴミ箱が設置されている。
分別もされておりゴミ袋もしっかりある。
どういうことなのだろうか。

撮影日 2014年05月25日
  1. 2014/05/30(金) 23:53:04|
  2. 地鉄
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金沢駅ホームの柵

20140528kanazawast.jpg

最近、金沢駅の3、4、5ホームに新しく柵が作られた。
エスカレーターから上ってくる場所にある。
特に何か理由があるのかは不明だが、人の波を整理したいと言う思惑か。
実際これがあるとさっさと曲れないので不便なのだが整理になっているのだろうか。
ほかのホームには今のところ取り付けられていない。

撮影日 2014年05月28日
  1. 2014/05/28(水) 23:47:58|
  2. 未分類
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忘れ去られた中央サイクリングロードの休憩所

以前中央サイクリングロードの仲間入りを果たせなかったグリーンベルトの話を書いた。(リンク
今回はその中央サイクリングロードの呉羽側の話である。
こちらにもまた忘れ去られた終点が存在する。


20140524sai1.jpg

呉羽山を超え、太閤山に向かってきた中央サイクリングロードは、県道367号線にぶち当たったところで一度終点を迎える。
ここからは太閤山ランドの前を迂回し、太閤山団地をパスして橋下条へと向かう。
それまでは一般道を走るのだ。
ところがこの分岐点より先まで道は続いている。


20140524sai2.jpg

道は200メートルほど行ったところで県道31号線に突き刺さる。
その先は公園で向こうにはもう道はない。
この200メートルの間はまるで忘れ去られたかのように放置されている。
もちろんサイクリングロードであることに代わりはないのだが、367号線より呉羽寄りからはここへいくことは出来ない。
横断歩道もなく中央分離帯にさえぎられているからだ。
そして行ったところで待っているのは31号線だけである。


20140524sai4.jpg

この終端直前には休憩所の跡地がある。
山側に存在するもので、一番目立つものは公衆トイレだ。
といっても周囲は草で覆われ、夏になれば近寄ることもままならない。
中は荒れ果てている上、ソファなど近所から不法投棄されたと思しきものが詰められており、とても役目を果たせそうにない。
競輪補助金で作られたと言う銘板が付属しているほか、銘板は落ちており存在の出生を知ることは難しい。
朽ち果てた看板からかろうじて富山県の文字が見えるため、サイクリングロードの付属施設として造られたことは間違いないようだ。
公園として造られたであろう樹木や水のみ場が哀愁を誘う。

1970年代初期のサイクリングブームに乗り、70年代に建設が中止されたこの鉄道線路予定地を拳はいち早くサイクリングロードとした。
このときはこの公園のあたりが呉羽から来た道の突端だった様だ。
しかし時は流れ片側2車線の県道367号線が出来るとサイクリングロードは分断され、迂回ルートにも変更が生じる。
このためこの間は取り残された状態となってしまったのだろう。
利用者が減ったのか保守の手間を省いたのか、この休憩所も荒れ果てた姿となる。
鉄道路線にも慣れなかったこの道は、ついにはサイクリングロードとしても再び草に埋もれつつある。

撮影日 2014年05月24日(すべて)
  1. 2014/05/27(火) 23:58:23|
  2. 未分類
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開発駅の自転車小屋

20140525kaihotsu1.jpg

富山地方鉄道開発駅駅舎の南富山駅寄りには自転車小屋がある。
木造作りで屋根はトタンという物だ。
トタンの色は青色で航空写真でも良く目立つ。
しかしどうにも自転車小屋という感じがしない。
やけに作りは古いし、床のコンクリートの質も違っている。
この存在は何かを考えてみる。


20140525kaihotsu.jpg

駅舎側には板が貼り付けられており、配線がいくつかのたっている。
いずれも切断されている。
見たところこの自転車小屋の天井のはりには電球が取り付けられていたようだ。
今は外されて根元だけが残る。
新しく蛍光灯などは取り付けられていない。
屋根の周りには鉄製の雨どいを支えるパーツも残っている。
立地的には貨物ホームだったようにも思える。


20140525kaihotsu2.jpg

線路側の柱の一つを撮影。
鍵と思しきものがさびつつ現存している。
ということはこちら側には扉があったと見て間違いないだろう。
線路側において高床でもないのに扉があるということは貨物ホームではないと推測できる。
あるいは線路側に貨物線路はなかったと見るべきか。
どちらにせよこの自転車小屋と線路の間には古井戸があり線路はなかったことがわかる。
柱にはいたるところに凹みがあるため、壁が存在していた可能性は高い。

昭和2年ごろに撮影された写真には、駅舎の裏に建物のようなものが確認できる。
さすればこの建物は富山県営鉄道時代からあったものなのだろう。
自転車小屋として造られたとは考えづらい。
保線小屋か何かだったのだろうか。
かなりがたが来ているようで、あまり長くはなさそうである。
ちなみにこれよりさらに奥にはちゃんとした自転車小屋が存在する。

撮影日 2014年05月25日(すべて)
  1. 2014/05/25(日) 23:46:39|
  2. 地鉄
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G10編成

 20140524g10.jpg

小杉-呉羽を快走する521系G10編成。
クモハ521-15とクハ520-15のコンビである。
今改正521系の4連や6連も珍しくなくなってきた。
写真は4連で土曜日の夕方輸送に挑む。

撮影日 2014年05月24日
  1. 2014/05/24(土) 23:55:38|
  2. 521
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高岡古城公園C11の連結器

20140518sl.jpg

高岡古城公園のC11機関車。
今では中にも入れず外から見るばかりである。
遊べそうにないこのSLだが一箇所遊べる?ところがある。
それがこの連結器。
連結器には解結棒がつながっているが、それが動くのである。
写真がそれを引き上げたところで連結器が開いた状態になっている。
整備のいいSLなどはペンキで塗り固められるかさびるかで動かない。
大人の力があればちゃんと開くだろう。
手をはさむと簡単に怪我をするので子供にはお勧めできない。

撮影日 2014年05月18日
  1. 2014/05/23(金) 23:58:20|
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七尾線にB11編成充当

20140521nanaosen.jpg

413系のB11編成が七尾線に充当された。
B11編成は北陸色を今も纏っており、クハ455を連結した唯一の編成である。
現在七尾線は415系が検査で欠けており、代走を行っている。
同時に413系も欠けていたので一部運用において413系の分を475系が代走していた。
このため金沢以西でも475系を見ることが出来ていた。
近日中に出場すると見られるので、代走も終わるであろう。

撮影日 2014年05月21日
  1. 2014/05/21(水) 23:26:15|
  2. 475/413/415
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高岡駅転車台の遺品

20140508takaokatensyadai.jpg

高岡駅の転車台が撤去されて数年たった。
最後に活躍したのはSLが来た時だろうか。
ともかくいつの間にか転車台の奥までディーゼルカーが入らなくなり、そして解体されてしまった。
不自然にくぼんだその土地は現在駐車場になっている。
転車台跡地付近の側線には、今も転車台の文字が残る。
写真がそれである。
この線路の奥がかつて転車台だったことをひっそりと告げている。

撮影日 2014年05月08日
  1. 2014/05/20(火) 23:52:38|
  2. 未分類
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高岡駅の仮設ロータリー跡

20140518takaokastrotari.jpg

先日、ついに高岡駅駅ビルが完成した。
これに伴い駅前ロータリーも移設されることとなった。
駅前ロータリーは旧氷見線ホームをつぶして造ったものであるが、仮設と言う扱いであった。
現在、店舗などはすでに撤去されており、残るはバス待合所に向けて伸びていたシェルターと、道路に生えたポールのみである。
一帯は封鎖され、立ち入ることは出来ない。
ただし端に存在する自転車置き場は今も試用できる。
今後26年度末までに駅前東自転車駐輪場として整備される予定である。
完成すれば1000台の収容が可能だと言う。

撮影日 2014年05月18日
  1. 2014/05/19(月) 23:59:27|
  2. 未分類
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ワラ128

20140504wr128.jpg
 
とある場所に佇む国鉄有蓋貨車ワラ1。
この個体ワラ128はその中でも若い番号の部類である。
状態は最悪といっていいレベルである。
周辺は腐食が激しく進行している。
特に戸周りがひどく、下部はさびがひどくて抜け落ちている。
内部構造がわかるほど落ちているものは珍しい。
もはや塗装はほとんど剥げ落ちていて、元の黒い部分はわずかである。
倉庫として塗装されたことは一度もないのであろう。
それ以前に車両工場での整備があまりよくなかったようにも思える。
銘板はない。
工場については塗装がはがれすぎていて読み取ることすら出来なかった。
今後が心配な一両である。

撮影場所 富山県滑川市
撮影日 2014年05月04日
  1. 2014/05/17(土) 23:57:07|
  2. 廃車・廃コン
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富山地方鉄道本線北陸本線黒部交差点旧線跡

20140506tite1.jpg

北陸本線黒部駅から生地駅へ向かってすぐに富山地方鉄道本線と交差する。
地鉄のほうが後からできたためで、昭和のはじめに造られている。
この間北陸本せのほか県道や農道をもまたぐ。
ルートはややカーブしている。
この区間は平成昭和と言う歴史の間に旧線が存在する。


20140506tite5.jpg

電鉄黒部駅から富山駅方向を見る。
線路は富山駅に向かってやや左手にカーブしている。
これは富山から海沿いに走ってきた線路が旧黒部鉄道にアプローチするためである。
写真左手にわずかな草原がある。
これが旧線跡となる。


20140506tite4.jpg

県道をまたぐところを富山側から生地方向を向いて撮影。
旧線最大の遺構である橋台が右手に見える。
右手前にある築堤のコンクリートの古さが周りと比べて際立つ。
新しい橋台は古いものより位置が高い。
橋げたには1965年日本国有鉄道の銘板が貼られている。
左手には橋台が存在しないため、撤去されたか、道路拡張のときに最初から破壊されたものと思われる。


20140506tite3.jpg

JRをパスする部分を生地側から富山方向を向いて。
こちらの橋げたはやや古めかしい感じで銘板はない。
旧線跡地の築堤は低く橋台もない。
これは撤去されたものと思われる。
築堤はあまりにも低すぎるので、工事のときに削ったのだろう。


20140506tite2.jpg

電鉄石田側の農道のガード。
富山側から生地側を向いているのだが、ガードのうち新しそうなコンクリート部分は奥側である。
手前のコンクリートは古めかしいが、昭和初期のものかどうかは不明である。
新しそうに見えるだけで一度改修を行ったのだろうか。
右手前の溝も何か古そうである。

県道をパスする高架橋には国鉄の銘板がある。
ここは地鉄の線路であり、国鉄の線路ではない。
1965年ごろに付け替えが行われていることからも国鉄の払い下げではない。
1965年末にはこの付近の複線電化が国鉄では行われていた。
このことから線路の付け替えは国鉄の複線電化による築堤のかさ上げと幅広化が原因であったと考えられる。
県道の橋げたは国鉄がそのときのために用意したものであろう。
築堤はカーブの外側に増設されたため、築堤の上だけで旧線と新線の交代が行われたと見られ、旧黒部支線のレールを使うなどのような交代劇はなかったものと思われる。

撮影日 2014年05月06日(すべて)
  1. 2014/05/16(金) 23:27:31|
  2. 廃線など
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WDT59B

20140514wdt59b.jpg

521系の動力台車WDT59B。
クモハ521に装着されている。
写真のものはクモハ521-19についているもの。
検査明けで状態は良い。
車体の横には見慣れないものが着いている。
ボルトは赤く塗られていて従来とは少し違う雰囲気。
ピンの上も色が少し違う。
台車自体の製造は2010年である。

撮影日 2014年05月14日
  1. 2014/05/15(木) 23:42:56|
  2. 521
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もてなしドームの水場

20140510hirobamizu.jpg

もてなしドームの下。
駅コンコースから地下へは巨大なエスカレータでつながれている。
この先は北鉄金沢駅や地下道だ。
エスカレータの下には巨大な水場がある。
金沢市内を流れる辰巳用水が水源だとか。
この水場にはなぜか小銭が投げ入れられている。
5円だとか100円だとかいろいろだが、10円には緑青が出ており1円は溶け出している。
このあたりは小学校の科学の実験で習うのだが、公共の場でこうなっているのはなんとも不気味である。
投げ入れられている理由は不明。

撮影日 2014年05月10日
  1. 2014/05/14(水) 23:58:47|
  2. 未分類
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万葉線高岡駅開業ラッピング

20140511manyo.jpg

万葉線高岡駅が開業ししばらくたつ。
新しい駅はまさに近代的という感じだ。
この開業を祝って万葉線の新型車にはラッピングが施されている。
運転席窓の右下で、文字だけのシンプルなもの。
赤色のオリジナル車両にされているようだ。
ほか10周年のステッカーもまだ貼られている。

撮影日 2014年05月11日
  1. 2014/05/13(火) 23:49:43|
  2. 万葉線
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越ノ潟住宅西口踏切

20140511nishijutaku1.jpg

万葉線海王丸駅と越ノ潟駅の間にある越ノ潟住宅西口踏切が今回のネタ。
踏み切りは海王丸駅に隣接し、車で海王丸駅に訪れるならまず使うであろう踏切である。
もっとも海王丸駅には駐車場はなく、道もすぐ行きどまりだ。
この踏み切りは万葉線よりも内陸側にアクセスするために存在する。
ただこの踏み切りより向こう側は一軒家と公民館がそれぞれひとつのみ。
使用頻度はきわめて低そうで遮断棒は設置されていない。


20140511nishijutaku2.jpg

少し珍しい設備として下についているライトがある。
最近は警報機の上に取り付けられたライトで踏切全体を照らすものが多い。
この踏切のライトは警報機の下のほうに取り付けられ、踏切名と緊急連絡先の書いた看板のみを照らしている。
昭和40年代ごろのものと思われるがガラスなどは割れており状態は良くない。
警報機本体の支柱には作業用か穴が開いているのだが中の配線が丸見えである。
ニッパーでも差し込めば一気に機能を破壊できそうで怖い。


20140511nishijutaku3.jpg

万葉線に多いアスファルトだけの踏切である。
最近はゴムにテンションを掛けた物も増えたがまだこのタイプが多い。
手前に消雪か何かに使われていたと思しきパイプがあるがすっかりねじれておりとても用を果たせそうには思えない。
この踏み切りより内陸側はかつて越ノ潟であり海だったが、一部を埋め立て住宅が存在したようだ。
この踏切の名称はここからきていると思われる。
その後平成になってから内陸側は埋め立てられコンテナターミナルとなった。
同時に住宅も解体されたため、この踏み切りは利用者が減ったのだろう。
おかげで今も遮断棒がないものと思われる。

撮影日 2014年05月11日
  1. 2014/05/11(日) 23:56:37|
  2. 万葉線
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しいのき迎賓館とルノーのコラボ

20140510.jpg

旧石川県庁をぶった切って作ったしいのき迎賓館。
現在ルーブル美術館に絡んだ展示をやっている。
しいのき迎賓館ではこれにちなんでフランスウィークと銘打ってフランスルノーのコラボ企画をやっている。
具体的にはルノーの車両をしいのき迎賓館前で飾ると言うもの。
赤いほうはルーテシアアクティフ。
黄色いほうはカングーゼン。
どちらも200万越する車だ。
5月10、11日のほか17、18日も展示を行う。

撮影日 2014年05月10日
  1. 2014/05/10(土) 23:56:37|
  2. 未分類
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呉羽駅トイレ封鎖

20140509kurehast.jpg

呉羽駅では先月より駅前が封鎖されている。
呉羽駅の工事に伴うものである。
封鎖区画は駅前のタクシープールとトイレ。
トイレは駅側と外側両方が封鎖されている。
横の自転車小屋はそのままである。
あまり大きな出来事ではないのだが各駅にポスターが掲示された。
跨線橋より撮影。

撮影日 2014年05月09日
  1. 2014/05/09(金) 23:39:41|
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富山地方鉄道黒部支線廃線跡

富山地方鉄道の歴史は複雑である。
富山地方鉄道という会社自体は戦時統制に伴って出来た会社であるから、それまでは小さな会社が多数存在していた。
うち黒部から宇奈月にいたるまでの路線は黒部鉄道が敷設していた。
黒部鉄道は電力開発を目的として先に開業していた鉄道省三日市駅から下立までの路線を敷設した。
これが大正11年のことである。
その後昭和のはじめに富山から伸びてきた富山電気鉄道に黒部鉄道は統合される。
同時にこのときから路線は北陸本線を築堤でパスしていく現在のルートに変わる。
このため三日市駅から西三日市駅までの間は支線として独立することとなった。
時は流れ三日市駅は黒部駅、西三日市駅は桜井駅と改称する。
そして昭和44年、富山地方鉄道黒部支線の黒部駅~電鉄桜井駅の一区間は廃止となる。
今から45年前のことだ。

近年まで微妙な廃線跡が現存していたが、その多くが区画調整で失われた。
したがって本編は「廃線跡を歩く」という形に近い。


20140506kurobeshisen10.jpg

電鉄黒部駅のはずれ富山駅よりから電鉄黒部駅を見る。
ポイントがあることからわかるようここもまだ電鉄黒部駅の構内である。
黒部支線は多くが本線と併走する形であった。
したがって写真手前の木製架線柱の残骸が落ちているあたりが支線の跡である。
電鉄黒部駅は平成に入るころ桜井駅より改称している。


20140506kurobeshisen1.jpg

電鉄黒部駅が左手。
廃線跡と併走する本線には二箇所踏切が存在する。
そのどちらにも支線の息吹は感じられない。
写真は北野踏切であるが、踏切ボックスがどっしり添えつけられている場所が支線跡である。
廃線当初はバラストのまま放置されていたようだが、長い年月がたちもはや草っ原にしか見えない。
支線が分岐する地点までは複線架線柱がずっと立ち続ける。
現時点では支線の存在を残すもっとも大きな構造物であろう。
架線柱には支線の架線を留めていた留め具の跡も残る。


20140506kurobeshisen2.jpg

奥が電鉄黒部。
富山に向けて本線が築堤を登る一方、支線はカーブを描いて国鉄黒部駅へと向かっていた。
左手に見える複線架線柱の切れ目が分岐点で、すぐ用水を渡っていた。
数年前まで藪だったが、切り開かれ田んぼと畑になった。
その際に大正時代のものと思われる構造物はすべてなくなった。


20140506kurobeshisen3.jpg

藪があった場所を過ぎると家の横を過ぎる。
この家の裏にあるカーブは支線の時代から変わらない。
つまりこのカーブは鉄道があった時代を示している。
ただし築堤は切り開かれ、用水もルートを変えているので、あくまで気分と言うところである。


20140506kurobeshisen4.jpg

黒部駅を見る方向にアングルを変える。
写真中央が上の写真の撮影地点である。
ごらんのとおり築堤も橋台もへったくれもない状態に造成されている。
右手の新しいアパートの左端と、古い石垣の間に若干の平地がある。
この場所が旧線跡となる。
当時と同じ高さに現存するのはわずかにここだけだ。
カーブはここで一度終わり、その後は直線に近くなる。


20140506kurobeshisen5.jpg

アパートを抜けた道で立ち止まる。
写真奥が黒部駅方向だ。
この地点が踏み切りだったはずだが何も残っているわけがない。
線路は正面の家の下を通っていったはずである。
この道は支線廃止後拡張されているのでアスファルトなどにも痕跡はない。
右手は国鉄との踏み切りだったが封鎖され、地下道となっている。


20140506kurobeshisen7.jpg

上の写真の家を突き抜けた地点。
この場所にも踏切があった筈だが当然のごとく何もない。
写真奥が黒部駅。
この道は消雪パイプの埋め込みがされているので、もし何か会ってもその工事のときに消えてしまっただろう。
ここで道路を渡って右手に行き、そこで小さくカーブして国鉄に並ぶ。
右手の赤い家のあたりがカーブの終端であろう。


20140506kurobeshisen8.jpg

上の写真からまっすぐ黒部駅に向けて歩いたあたり。
右手に小さな用水があり、橋台の跡もあるのだが新しく支線のものとは断定できない。
現在の駐車場と自転車小屋のあたりが駅だった場所である。
地図によれば国鉄線と線路がつながっていたこともあるようだ。


20140506kurobeshisen9.jpg

黒部駅跨線橋横にある看板。
このあたりが駅の突端だった。
線路の跡自体は特急利用者用の駐車場となっている。
看板は黒部駅開業100周年を記念して作られたもので、黒部支線の歴史を示すモニュメントとなっている。
近年まで看板が逆向きに取り付けられており、西三日市駅が富山方向を向いていた。
マニアの間では結構知られた存在だったが、今は正しい向きに直っている。

廃線跡の遺構は分岐点のカーブ造成によってほぼ完全に失われたと言ってよいだろう。
もはや時代をしのぶものはない。
45年と言う年月の長さを感じさせる。

支線が残っていれば、東京方面から宇奈月へのアクセスは便利であっただろう。
電鉄黒部から宇奈月温泉までの運賃は730円である。
電鉄富山から宇奈月だと1840円、電鉄魚津からだと1020円である。
これにJR特急の運賃もあるので、今支線が存在すれば東京からの運賃が1000円は安くなったであろうに。

撮影日 2014年05月06日(すべて)
  1. 2014/05/08(木) 23:56:21|
  2. 廃線など
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W7系の試運転

20140507w7.jpg

白山車両基地に運び込まれたW7系。
すでに一編成分が完成し、試運転が行われている。
試運転と言っても金沢-白山基地の間の線路はまだ完全ではない。
それゆえ車両基地の中を走行して試験するのが主な作業だ。
この日も前後の車庫の間を行き来している姿が見られた。
特に法則なくテストしているように見える。
テストランは奥のほうでやっているので、外からではあまり良く見えない。
うまくいけば在来線との絡みも撮影できそうだ。
今月中に新幹線線路は前線つながる予定である。

撮影日 2014年05月07日
  1. 2014/05/07(水) 23:36:30|
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入善黒部バイパス工事区間の今

入善黒部バイパスは現在の国道8号線のバイパス機能を持たせるために計画された道路である。
このうち黒部市古御堂と入善市上野の間は2車線で暫定供用を開始している。
このほか入善市上野と椚山の間の4車線化および魚津市江口から暫定供用区間までの建設が予定されている。
すでに江口からのルートは建設が進んでいる。
本記事ではこの工事区間の現状を追う。


20140507r81.jpg

現国道8号線の江口交差点。
県道135号線の合流地点でもある。
そのうえ2車線であるため慢性的な渋滞となっている。
現在は工事中が故さらに狭く渋滞を誘発している。
黒部方を向いたもので、右手が現在の国道8号線黒部・新潟方向。
左後ろが135号線となる。
この右前方向に見える築堤が入善黒部バイパス8号線である。
以後注記のない方向は黒部方をむいたものとする。


20140506r82.jpg

築堤からすぐに高架となる。
この辺りは古い建物を解体して更地を造ったようだ。
新設区間は全体を通して妙に曲線が多い。
写真の場所は高架を上がるとすぐに右方向へとカーブしていく。
区間は一車線のみ。


20140506r83x.jpg

北陸本線をパスする。
魚津駅と黒部駅の中間地点だ。
まだ架橋はされておらず、橋げたが魚津側の築堤にスタンバイしている。
工事に合わせてだろうかJR線の架線柱がここだけ新しい。
本バイパスは工事に合わせて見直し検討がされており、既存計画よりも高架を多用することとなっている。
加えて小さいな交差点でもボックスを多用した形となっている。
地元要望を受けた結果と言うことになってはいるが結果的に工事費が増大した。
一方で歩道を側道としているためこれについては事業費が減っている。(北陸地方整備局より)


20140506r84.jpg

JRをパスしてさらに右方向へ曲がると片貝川橋梁に至る。
グリーンに塗られた真新しい橋である。
前後の築堤は未完成部分が多く、河川敷などからこの橋の付近へ立ち寄る道は封鎖されている。
特に橋のすぐ横はまったく築堤が出来ていない。
付近の住宅に通ずる道は封鎖に反対があったのか早々カルバートにされたものが見受けられた。


20140506r85.jpg

片貝川を渡ると左手にカーブして一度既存の道と合流する。
そして北星ゴム、日鉱三日市の間を通る。
これは黒部駅のほぼ真裏である。
工場アクセスを考えたとも読み取れるが、地図を見るとこのルート以外ではどこも大規模に住宅地を買収せねばならない。
なかなか優れたルート選定だと思うが、代わりにこんな曲がりくねったルートとなったのだろう。
あるいは最初からこれを想定して作られた道だったのか。
ともあれ地鉄堀切踏切より撮影した写真。
この写真の右側が魚津方面となる。
周辺はまだ工事が進んでいないようだ。


20140506r86.jpg

同じく地鉄堀切踏切より撮影した地鉄クロス部分。
ここから先は盛り土が完成している。
地鉄もJRと同様に架線柱が新しくなっている。
黒部駅の裏を抜けるとバイパスは左に舵を切る。
これまた無駄な感じもあるが黒部駅の裏からまっすぐに進むと困ることがあるのだ。
というのも地鉄はJRをパスして宇奈月へ向かうため築堤が存在するのである。
これを回避するため左にルートを変えていると思われる。


20140506r87.jpg

地鉄をまたぐと今度は逆方向の右手に旋回して県道122号線とクロスする。
このまま右手に進みJRをもう一度パスする。
JRは黒部と生地の間となる。
このあたりはまだ建設が進んでいない。
日本ビーエスの馬鹿でかい装置のなんと凛々しいことか。
写真の右端にちらりとJR線路が見える。
JR線をパスするにはかなり距離を稼いでいるらしく準備された部材も大きい。


20140506r88.jpg

県道120号線とのクロス部分。
大型のカルバートですっぽりと覆われている。
道の割りに歩車分離式の大規模なものである。
築堤が一部しか作られていないためなんとなく間抜けな感じだ。
斜めに交差しているのでボックスは完成後も張り出すような形になる。
ここを過ぎるとやや左にカーブして接続する。


20140506r89.jpg

終点の古御堂(東)信号。
県道53号線とクロスする部分である。
写真の奥方向が魚津となり、写真は暫定供用区間より撮影している。
信号を過ぎてもしばらく舗装がされているのは除雪車両の転回場所に使用されている為。
この先はまだ手付かずである。

本バイパスは事業計画が平成2年。
用地買収開始が同5年で、工事着手から数えて20年目となる。

撮影日 2014年05月06日(すべて)
  1. 2014/05/06(火) 23:56:52|
  2. 道・橋・隧道
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C21-4299

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とある場所に佇む国鉄有蓋コンテナC21。
倉庫として使われている模様である。
下側がかなり腐食している一方、フォーク位置の塗装が残る珍しい存在でもある。
車体の塗色は薄れすぎてよくわからないが、左上のマークからJR貨物時代になっても使われていたものと推定できる。
形式部分は抹消線が引かれているが、なぜかその部分だけ塗装が比較的きれいだ。
国鉄マークはその上にあったはずだが見あたらない。
C21の識別用ラインもほとんど見えない。
C21コンテナの特徴的なフック部分は腐食崩壊せずに残る。
札入れの中には白いペンキで「上申中」とある。
どういう意味であろうか。

撮影場所 富山県滑川市
撮影日 2014年05月04日
  1. 2014/05/05(月) 21:51:48|
  2. 廃車・廃コン
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東福寺野自然公園保存機D51-260

20140504d51.jpg

滑川市の奥地に東福寺野自然公園という場所がある。
自然公園といっても立ち入りは有料で、大昔の公園に近い。
ここに国鉄蒸気D51が置かれている。
保存機関車と言う呼び方は正確ではないかもしれない。
もともとSLホテルとして客車とともに設置された。
しかし客車は老朽化し解体され、SLだけが残った。
純粋な保存と言うよりは呼び込みの役目である。
現在あるのは客車風の建築物で、中は完全に住居と同じである。
鉄道マニアの喜ぶ存在ではない。
一部屋あたりの宿泊で一泊一万円以上と言う。
複数人でも泊まらないとなかなか元は取れなさそうだ。
ちなみに20系客車内に宿泊できる関ロッジは和定食二食付で大人5400円。
この場所にはSLのほか腕木式信号機と踏切道路標識が設置されている。
道路標識はデフレクタにくくりつけられると言うぞんざいさ。
色あせや機器の壊れ具合からも整備の状態がうかがい知れる。
というか整備はしていなさそうだ。
この場所はとんでもない山奥でこの機関車がほかの場所へ行くと言うことは許されないだろう。
大切に扱ってやって欲しいものである。

撮影日 2014年05月04日
  1. 2014/05/04(日) 23:51:32|
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国鉄の事業用封筒

jigyoyofuto1.jpg

毎日記事を書いているとそのうちネタ切れが襲ってくる。
別に今日はそれではないのだが変化球を切ってみる。
国鉄の業務用封筒が今回のネタである。
どこの省庁にもいろんな封筒があるが、これもそのひとつである。
事業用と書かれているだけで、特に何用とも書かれておらず、国鉄の文字もない。
なぜ国鉄のとわかっているかと言えばある鉄道部品の中に放り込まれていたからである。
宛名側であるが速報用紙と書いてある。
中には金沢鉄道管理局指定の緊急時に携帯電話で連絡する事項一覧が記載されたものが入っていたと思われる。
思われるというのは中身はなく空だったからだ。


jigyoyofuto2.jpg

裏側である。
どういうことか同じことが書いてある。
一番下に封筒の出自が書かれている。
読めば昭和45年8月に10万9500枚作られたようだ。
一体同じロットのものがいくつ残っているのか。
質は昔よくあった薄手の封筒。
今更こんなものを見せたところで複製して悪事に使うものはいないだろうと言うことで公開した。
あれば贋作ということになるがこんなものの偽者は売れないだろう。多分。
しいて言えば映画の小道具や漫画の資料に使うくらいだろうか。
  1. 2014/05/03(土) 23:44:05|
  2. 未分類
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中5号

20140501pc5.jpg

金沢中警察署管内の駐車場にて停車するパトカー。
無断駐車現金の看板の横で堂々駐車は国家権力のみなせる業である。
事件現場のすぐそばでは仕方のないことだが。
車種はスバルレガシィ。
最近導入が急速に進んでいる車両だ。
最新車両らしくカーナビを搭載。
屋根には昇降式警光灯を装備。
写真はそれが上がっている状態だ。
サッシュミラーは今までどおりについている。
屋根上には小型のホイップアンテナもある。
リアには石川県警のステッカーが貼られている。
かつて中5号はゼロクラだったがこの車両の導入ではじき出されている。

撮影日 2014年05月01日
  1. 2014/05/02(金) 23:42:43|
  2. 緊急車両
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IVECO MAGIRUS120-25の消防車

20140429iveco.jpg

万葉埠頭の端に数台の移動機械が置かれている。
トラクターだったりバイクだったりするのだがその中にイヴェコの消防車がいる。
アルファベットではIVECOと書くこのメーカーはフィアット傘下のメーカ。
日本ではごくわずかだが松本や消防庁が消防車として採用している。
MAGIRUS120-25というものらしく、マギルスと読むそうだ。
見たところ消防車のようだが、赤色回転灯や所属名、ナンバープレートなどは見あたらない。
埠頭と言う場所に場違いな車があるところと、フロントの落書きからして海外輸出用なのだろう。
はしごの根元には「禁足」と読める文字があることから日本のものと思われる。
輸出となればこの個体は中古として日本から出て行くことになるのだろう。
とすればこの車両を消防車として使用していた団体が国内にあったということなのか。
MAGIRUSの今見かけるものはボックスタイプのキャブで、クレーンに近いこのタイプを見かけることはない。
日本にはほとんどいなかった個体なのかもしれないが、専門外なので詳しいことは不明である。

撮影日 2014年04月29日
  1. 2014/05/01(木) 23:42:22|
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