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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

C20-6077

20130525c206077.jpg

とある道端に佇む国鉄有蓋コンテナC20-6077。
おそらく近所にある民家で倉庫として使用されているのだろう。
あまり見かけることのない、4ケタ若番のC20である。
多く現存するのは5ケタの、特にアンカー強化の30000番台だが、若い番号の物はやや珍しい。
表記に関する状態は非常に良好である。
国鉄、形式の表記共に抹消線がなく、帯のラインも綺麗である。
側面に敗れた紙があるが、おそらく廃処置についてだろう。
歪みは見えるがそこまでひどくはない。
丈夫の大きな錆を除けば、良い部類に入る個体ではないだろうか。

撮影場所 長野県大町市
撮影日 2013年05月25日
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  1. 2013/05/31(金) 23:49:36|
  2. 廃車・廃コン
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G06編成の転落防止幌

20130528tenrakuboshi.jpg

転落防止幌は連結面に設置され、ホームから客が車両と車両の隙間に転落するのを防ぐ道具。
中間車両においては広く使用され、事業者や車両によって若干差がある。
北陸でも北越用車両などでその姿を見ることができる。

1月ごろから521系の前面に転落防止幌が設置された。
JR西日本では併結の可能性がある先頭車両に転落防止幌をつける実験を行っている。
北陸でも521系G06編成がその実験を行っているが、何分一編成で連結したところでご覧の有様である。
これくらいの隙間であれば楽に落ちてしまう。
流体に関する実験を行っているのであろうか。

撮影日 2013年05月28日
  1. 2013/05/29(水) 22:58:49|
  2. 521
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C20-14494

20130526c2014494.jpg

とある駅の近くにいる国鉄コンテナC20-14494。
おそらく倉庫として使用されているのだろう。
国鉄時代か民営化直後に使用が停止になったようで、JRマークはない。
完全に赤色の抜けたJNRマークが残る。
白いペンキで抹消ラインが付けられたようだが、薄くて細いため国鉄マーク含めて表記の判別は容易である。
ゆがみがあるのと、かなり錆の進行が進んでいるのが痛々しい。
この個体の特筆できる点としては、東急車両の製造銘板(塗装)が現存するという点である。
写真右下がそれで、公道から確認可能である。

撮影場所 富山県富山市
撮影日 2013年05月26日
  1. 2013/05/28(火) 23:16:06|
  2. 廃車・廃コン
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ワラ12697

20130525wr12697.jpg

とある空き地に佇む国鉄有蓋貨車ワラ1型。
番号はワラ12697である。
錆びてはいるが、扉以外のさびは同形の物と比べると比較的軽微である。
扉の手すりは低いほうのタイプ。
よく見ると妻面近くの手すりが捻じれたようにして取れている。
形式板についてはかなり錆びているが、まだ何とか読み取れるレベル。
この反対側の妻面にはパワーショベルが置かれている。
状況からして倉庫に使用されているようだが、周りは草だらけだ。
検査などについては行動より離れているのでわからなかった。
近辺にはほかにも自動車の廃車体がいる。

撮影場所 長野県北安曇郡
撮影日 2013年05月25日
  1. 2013/05/27(月) 23:24:30|
  2. 廃車・廃コン
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25年5月の富山機関区

20130526ef811.jpg

昼下がりの富山機関区。
大一掃が行われ空っぽになっていた墓場線こと庫1~4線と機回5線。
この日はその墓場の中に留置と思しきEF81が数機駐機していた。
左手はもう何年も貸し出されたままのEF81-453。
今日は珍しくこんな場所にいた。
この近辺では新幹線工事は大方終わっており、今は井戸の掘削が行われていた。


20130526ef812.jpg

ながらく庫の直江津側にいた1号機だが、引きだされてきて墓場線の近くにいた。
もう年々も前と同じく碍子がなくなり色あせた状態である。
富山第一機関区の札もそのままだ。
状態はそこまでよくないが、同時に致命的なまでに破損している部分もない。
保存のためにどこかへ送られてもおかしくはないのだが。
それと連結するのはもはや墓場線の主となってしまった124号機。
他のどの機関車よりも状態が悪かったにもかかわらず、いまだにこの場所に置かれている。
部品取りなのか、あるいはまさかの600番台付番か。
1号機とこの場所でつながっているのは何か意味があるのだろうか。

本日確認した機関車は以下の通り。

EF81-1
EF81-124
EF81-453
EF81-501
EF81-725
EF81-729
EF81-748
EF510-18

未改造車はほぼすべて葬り去られてしまった。
このまま国鉄型電機は消えていく一方であろうか。
一方のディーゼル機関車においては東新潟からDE10-3500番台などが来ている。
ダイヤ改正で高岡から直通契印になったことに影響があるのだろうか。

撮影日 2013年05月26日(すべて)
  1. 2013/05/26(日) 22:08:06|
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電気化学工業青海工場セメント線跡

20130525denka1.jpg

北陸本線青海駅からは、電化工業青海工場までセメント専用線が伸びていた。
青海工場や田海工場からやってきたセメント貨車は、富山県の越中大門駅デンカセメントなどへ輸送されていた。
2008年に定期輸送列車は運行を終了。
その後錆取列車の運行なども行われなくなり、ついに線路は撤去された。
最後の相方越中大門駅も専用線が撤去され、スイッチャーも姿を消している。
写真は青海駅より富山駅を眺めたもの。
左手にカーブしていくのがかつてのセメント線である。
このカーブは北陸本線と垂直な位置まで続く。
青海駅は現在も広大な敷地を有しているが定期貨物はなく、巨大な引き込み線があるもオフレールステーションである。
わずか6、7年ほど前までは駅構内にずらりとセメント貨車が並んでいたが今や見る影もない。


20130525denka2.jpg

青海駅を出て最初の踏切から青海駅を見る。
レールで作られた柵が線路跡を囲み、右手にはキロポストも見える。
青海駅を出るとすぐに線路はなくなり、駅からカーブ途中まで申し訳程度に線路が残るばかりである。
カーブの途中でガーターを一つ渡るがそこは線路が撤去されただけでそのままのようだ。
下を通るときに背をかがめなければならなかったが、高さは地面を掘り下げているものの175㎝ということであった。
ガーター橋は銘板が取り去られていた。
この場所には踏切があったが、遮断機などはすべて取り去られ、道路とのクロス部分は舗装がし直されていた。
踏切より工場側には制御機のみ残る。
専用線には工場までに二つの踏切が存在していた。
こちらは工事用の足場で柵をされているが、個々から振り返った工場側は中途半端にしか柵が付けられていない。


20130525denka3.jpg

二つ目の名引山踏切跡より青梅駅方向を望む。
写真手前にはかつて存在したナロー専用線をパスするガーターが存在したが、撤去されていた。
この踏切も同じく遮断棒や警報器などは撤去され、工場側に制御器が残るだけである。
道路も完全に舗装されていた。
線路わきの電柱には信号機が残るが当然点灯はしていない。
形状からしておそらく踏切の作動を告げるものだと思われる。
手前には中途半端な位置に枕木が一つ残る。
写真のさらに手前には道路用の柵が作られ、ガーターがあった場所に転落しないよう十分な処置がとられている。


20130525denka4.jpg

名引山踏切跡より工場側を望む。
右手に軽自動車がいるあたりの線路から左手にポイントが分岐していた。
こちら側はなぜか歩道に柵が作られていない。
危険性がないと判断されているのか、あるいは工事車両の出入りのためか。
ここから工場入り口付近までは一直線である。
こちらにも右手に信号機が残っている。


20130525denka5.jpg

県道155号線の高架上より青海駅方向を望む。
県道155号線は専用線をパスするため高架になっている。
155号線は専用線の左右両方に存在し、この橋を渡ったところで合流して青海川の上流を目指していく。
ちなみにこの上には北陸自動車道の上下線と北陸新幹線の橋梁も建っており立体交差天国である。
写真左手の丘が電化セメントのモータープール。
右手は古い地図を見ると社宅が存在していたようだが、現在は巨大なプレハブ小屋がいくつも並んでいる。
線路跡にはいくつかの車がいるため、今後道路か何かに転用されるのかもしれない。
右手には自動車用信号が三つほど連なった専用線用の信号機がまだ残る。
左手にも見えにくいが真新しい専用線用の信号施設などがある。
このあたりから線路は工場へ向けて若干カーブする。


20130525denka6.jpg

同じく155号線高架橋より電気化学工業青海工場を望む。
工場の突端まで線路が残存しているが、一方で工場入り口近くの線路上には小型パワーシャベルがおり、今後も安泰でないことを伝える。
正面には「アホ」と表示されることで有名な掲示板があったが、現在は点灯していない。
最末期よりも構内線路が撤去されている。
専用線跡は途中でバラスト敷きが完全な砂利敷きになり、トラックが積み下ろし作業を行っていた。
積み上げているのはデンカセメント。
所謂工場直送というやつだろうか。
専用線跡地を活用して何か新しい施設を作るのかもしれない。

廃止から5年。
セメント専用線は順調なスピードでその痕跡を消そうとしていた。

撮影日 2013年05月25日(すべて)
  1. 2013/05/25(土) 23:39:03|
  2. 廃線など
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西金沢駅周辺整備事業駅西広場舗装工事始まる

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晴れ渡る空の下西金沢駅西広場工事は舗装作業を迎えた。
4か月前記事にした(リンク)土の道にもようやくアスファルトが入ったようだ。
すでにロータリーの屋根は完成しているが、まだ立ち入りはできない。
駅舎周辺の歩道もタイルが入っている。
ただ、自転車小屋付近のタイルにはまだ入れず、立ち入り禁止のままである。


20130524nishi2.jpg

現時点では段階的にアスファルトを敷いている状態。
外側から順に作っているようだ。
それ以外の工事はあまり活発に行われていないように感じられる。
かなりの気温だが、黙々と作業をしていた。
一方右手のJT跡地にはまだ整備の手は入っていない。


20130524nishi4.jpg

撮影時にはまだ舗装されていなかったロータリーの南側。
ロータリー周辺の屋根が完成していることがわかる。
屋根はフラットであまり特徴はないようだ。
街灯の設置がすでに済んでおり、ソーラーパネル付きの物も見える。
ロータリー中心の草地は最後に設置する予定なのか。


20130524nishi3.jpg

アクセス道路建設予定地。
ひっきりなしに工事用車両が動く。
駅前の住宅が解体されるなどはしたが、こちらにほとんど動きはない。
この駅前広場整備工事の完了までの残りほぼ一か月。
アクセス道路の建設はその後に行われるのだろうか。

撮影日 2013年05月24日(すべて)
  1. 2013/05/24(金) 23:34:06|
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金沢駅にspacia

20130516kanazawast.jpg

金沢駅改札を出て向ってすぐの場所には金沢百番街ショッピングモールがある。
駅の周りはショッピングモールとホテルで囲まれているようなものだが、その一角に車が展示されている。
車種はスズキスペーシア。
百番街はふれあい館やあじわい館に分かれているのだがその一つにRintoという館がある。
ファッションを担当している場所で多くの店が並ぶ。
このRintoがスズキ自動車とコラボして行っている企画でRinto Summer Collectionと題して新しいスタイルを提案している。
第一弾として5月11日から行われており、5月31日まで行われる。
第二弾は6月1日から。
スズキスペーシアもそれまで飾られることになるだろう。
ちなみにこのスペーシアの塗装はイノセントピンクパールメタリックホワイト2トーンルーフという名前で、通常よりも四万二千円割高な設定としている。

撮影日 2013年05月16日
  1. 2013/05/23(木) 23:46:16|
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新西金沢駅前小公園撤去

20130522shinnishikana.jpg

北陸鉄道石川線新西金沢駅の駅前には小さな公園が存在していた。
もともとこの場所はかつての北陸本線西金沢駅と北陸鉄道新西金沢駅を結ぶ貨物連絡線が敷かれていた場所だった。
これについてはかつて記事として取り上げている(リンク)
その場所を整備した際、公園を設置していた。
この公園の西金沢駅向きには北陸鉄道の看板が設置されていた。
西金沢駅から見るとその看板の陰になるような位置に、小さな公園があった。
具体的には枕木を使用した柵や、北鉄の車輪を使用した日時計が設置されており、小さいながら植物も管理されていた。
また旧国鉄貨物連絡線があった関係から、工マークの国鉄境界杭が残されていた。

先週、この場所にあった公園が撤去された。
小型のパワーショベルなどを持ち込み、看板を根元から撤去したほか、植物や日時計などのすべてを撤去してしまったようだ。
それから一週間ほど経過したが、現在も更地のままとなっている。
ただ、黒く塗りつぶされた国鉄境界杭のみなぜか残されている。
写真は新西金沢駅駅舎前から西金沢駅前を向いて撮影したものである。
金沢市の西金沢駅周辺整備事業計画によれば、この場所は公園の予定である。
すでに公園だったはずだが、新しく金沢市が西金沢駅前とともに整備するということなのだろうか。
現在西金沢駅では駅西広場などが整備中である。
また駅東から金沢駅方向の道路は工事のためか封鎖されている。
中途半端に行き止まりなため、時々駐車場代わりに使われているようだ。
せっかく整備の行き届いていた公園だけに、撤去されることは残念である。
枕木や車輪を利用した日時計は公園が再び整備される際にも設置されるのだろうか。
なお、自転車小屋付近に設置されている車輪は無事な模様である。

撮影日 2013年05月22日
  1. 2013/05/22(水) 23:37:21|
  2. 北鉄
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富山県置県130年記念乗り放題きっぷ

20130521kippu.jpg

富山県が石川県より独立し、完全に現在の形になってから今年で130年。
富山県ではそれを記念して記念式典や特設ホームページの開設を行った。
またフォトコンテストやのど自慢コンクールも開催予定である。

その中で富山県と県内鉄道業者が記念切符を売り出した。
その名も「富山県地検130年記念乗り放題きっぷ」というもので、県内のJR西日本全線と軌道を除く富山地方鉄道線、万葉線、富山ライトレールが一日乗り放題の切符である。
普通列車のみ乗車が可能で、地鉄の場合は特急券を別に買うことで特急にも乗車できる。
利用期間は平成25年の5月11日から6月10日、販売期間は4月28日から6月7日であった。
購入できるのは利用日の三日前までで、日付の指定が必要であった。
販売数は1300枚限定で、価格も130年にちなんで1300円だった。
JRの主な有人駅と、富山地方鉄道駅及び関連旅行センターでのみ販売されていた。

この切符は日付指定が必要なことと、購入場所が限られるため企画切符としては自由度がかなり低かった。
反面、1300円という低価格設定と専用の紙面が好評だったのか、かなり早い段階で完売していた。
実際のところかなり早く売り切れ、なんとこの記事を書いている本人自身も実は購入していない。
JRではすでに完売済みということである。
地鉄の駅でも即日完売というところもあり、駅員はもうどこの駅にもないだろうと証言していた。
新聞などに掲載され知名度が高かったのか今でも購入希望者がいるようで、小杉駅のように親切な駅では写真のようにお知らせが張り出されている。
ゴールデンウィークは使用できなかったとはいえ、紙物の切符としてはかなり成功と言える。
ちなみに発売初日は日曜日だった。
1300円という値段設定は、例えば電鉄富山から電鉄魚津まで行けばもう往復乗車券として元が取れてしまう価格である。
単なる日付指定の便利な安い切符として購入した人もいるのではないだろうか。
県内の複数儀事業者におけるフリー切符はイベント用のみしかなく、北陸本線三セク後の一つの取り組みとしてこのような切符を出してもらいたいものである。
  1. 2013/05/21(火) 23:58:06|
  2. 未分類
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富山操車場跡地

20130519toyamasousyajo.jpg

日本海側最大級のハンプヤードとして栄えた富山操車場。
昭和59年のダイヤ改正で直行系貨物輸送に転換されるまで、多数の貨物を編成し送り出してきた。
改正後富山操車場は他の操車場とともに廃止されたが3年の期間を置いて富山貨物駅として生まれ変わった。
富山操車場の頃より規模は小さくなった。
ハンプヤードは丘の上から貨物を転がして仕分けする方式なため、広大な敷地が必要であった。
その広大な敷地のほとんどは、現在も空き地のままである。
敷地は富山貨物駅やその周辺の運送会社、住宅、新幹線用地などに転用された。
だが特に直江津方面においてはまだ多くの空間が空いている。
富山貨物駅から国道8号線の高架下まで、ほとんどの敷地は柵に覆われた空き地である。
富山県有地となっており、県土木部都市計画課が管理しているようだ。
この柵ぎりぎりには国鉄の境界杭が建てられている。

この敷地にはかつてから住宅街への転用が市や県から期待されていた。
特に富山-東富山駅間に新駅を設け、住宅街を立地すれば、かなりの利便性が見込まれたためである。
しかしながら富山貨物駅と富山運転センターは依然として広大な敷地を誇っている。
そのため北陸線を跨いだ東西の連絡道路を作ることができず、これが開発への大きなネックとなっている。
現在富山貨物駅地下を通るトンネルはいくつかあるが、そのどれもが狭くて小さい。
これらが朝に限らず渋滞の温床となっている。
近隣に北陸本線をパスする道はほとんどなく、連絡道をいくつか作らないことにはどうにもならない。
何度か住宅街化の話が出るが、そのたびに立ち消えていている。
現在北陸本線が並行在来線として第三セクターになることによって新駅開業の動きがある。
その候補の一つにこの場所も上がっており、地元からはいつも通り嘆願運動が行われた。
かつて田圃だった敷地の外は、かなり住宅化が進んでいる。
もし新駅が開業すればこの場所もようやく日の目を見ることになるがどうなることか。

撮影日 2013年05月19日
  1. 2013/05/19(日) 22:23:56|
  2. 廃線など
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日本総合リサイクル25年5月バス近況

20130518nihonbs1.jpg

最近、訴訟に負けて日本車両リサイクルは日本総合リサイクルへと名前を変えた。
慣れれば違和感はなかったが、この名称で会社を動かすと知った時は、なんとなく日本車輛ともめないのだろうかと思ったものである。
それが忘れたころにこの結果で、しばらくして会社回りの表記はすべて総合リサイクルへと改められた。
名前が変わろうと会社の業務は変わらず、日々多くの鉄道車両とバスが持ち込まれている。
解体に優先があるのか、裏に置いてある地下鉄車両はあまり動きがなく、むしろ運び込まれて来たものの方が先に工場入りする時もある。
一方でバスは外から見る限りいくらか入れ替わりがあるものと、半月たってもまだ起きっ放しというのがある。

現在、工場敷地の中心にバスが集められている。
工場ができる直前のころは売却可能そうなバスが多かったが、工場が稼働してしばらくしてからは事故車両と思しきものもずいぶんとやってきていた。
同時に入れ替わりも激しくなってきている。
ブログでいちいち特集をしなくなったのは、先週いたバスが今週も同じ場所にいるとは限らないからだ。
ちなみにこの画像の中には越後交通観光車、しずてつ路線車、千曲バス貸し切り車、岐阜バス路線車、海王交通貸し切り車、IK観光スーパーハイデッカー、北鉄バス路線車、加賀温泉バスお散歩号、濃飛バス路線車、南越後交通路線車など目視確認できるものだけでも多種多様である。
目視確認ができる個体で挙げると、金沢駅-西金沢線に就いていた加賀白山バス34-428や、鶴来車庫にいた北鉄金沢バスの75-756もここに置かれている。
乗ってみてバスの窓から再発見ラッピングのされた北鉄バスもいることから36-475か476あたりもおそらくこの場所の仲間入りをしているのだろう。
海王交通ふそう車はずいぶん前からここへ連れてこられ、ずっと同じ場所にいる。
最末期はレインボーとともに富山高専の送迎バスに使用されていた。
おそらく南越後交通と思われる5E?は、なぜか正面左側のライト周りが完全に切り取られている。
マニアに販売したのだろうか。
いくらかのバスは、下周りの板が外されている。
またナンバーの取り外された乗用車もいくつかいるようだが、これも試験的に解体される予定なのだろうか。


20130518nihonbs2.jpg

一時期修理用のバスが駐車場に置かれていたが、現在は置かれていないようだ。
一方で工場建設前にバスプールとなっていた場所には売却予定と思しきバスがいくらか並んでいる。
右から元南越後観光バス三菱ふそうMP218M、元南越後観光バスいすゞLV314Lの並び。
この両者の並びが見られるだけで十分幸せである。
MP218Mは不要すぎる窓からして神奈川中央の中古だろうか。
左にいるのは西武の中古車で、UA460Kだと思われる。
消したのだろうがうっすらとA0-686と読める。
この西武車、下周りの板をはがそうとしたのかかなり外板が痛んでいる。
だが売却用として解体不可の紙が貼られているようだ。
さらにこの横にはなんとボルボアステローペ。
飛鳥交通所属のもので、なぜか宇都宮200か586という緑ナンバー付き。
栃木からはるばる整備を受けに来たなんていうことはないだろうからこれも売却なのか。
ちなみに南越後観光LV314は今年12月までの車検が残っているがあの有様である。
もう一台、関越交通のバスが解体不可の紙を貼られてずっと前から置かれている。


20130518nihonbs3.jpg

おまけ。
工場敷地中心より離れたところに置かれている日本中央バス。
何の恨みがあるのか知らないがかなり激しく解体されている。
その上こんな離れた場所に置かれているのは何か理由があるのだろうか。
もうずいぶん姿形が変わっているがおそらく現代ユニバースだと思われる。
かなり新しい個体のはずだがどうしてこんな変わり果てた姿なのだろう。
陽炎で見えにくいがM-1139ではないかと思われる。

土曜日だが、工場内からは絶えず作業音がしていた。

撮影日 2013年05月18日(すべて)
  1. 2013/05/18(土) 23:58:05|
  2. バスとか
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「温水」使用停止ステッカー

20130516onsui.jpg

475系列で今も現役で使用できる洗面所。
JRの中でもトップクラスのサービスだと思うこの洗面所に、このごろ「温水」使用停止のステッカーが貼られるようになった。
元々475系の洗面所では温水と冷水の二種類が出るようになっており、現役時はコップもついていた。
現在、ほとんどの車両にコップ受けはなく、ついていた車両も盗難にあうか取り外されるかしてしまっている。
温水と冷水二つのボタンがあるが、長らく冷水しか出ないようになっていた。
厳密には冷水と言いつつ変にぬるい水が出てくることもあったが。
ボタンには「水」としか書いていないので、間違いではない。
飲料水ではありませんというステッカーがついていたのは大分前からだが、全車引退まであと数年というところで、なぜかこのステッカーが貼られた。
普段利用している人ならば当然知っているであろう情報で、何のためにつけたのかはよくわからないが、JR金沢支社のサービスの一環なのだろうか。
なお、たんツボも使用できる状態である。
洗面所が使用できる車両はクハに限られ、クモハおよびモハは使用停止か撤去されている。

撮影日 2013年05月16日
  1. 2013/05/17(金) 23:16:47|
  2. 475/413/415
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西高岡駅下りホームかさ上げ工事

20130516nishitaka1.jpg

現在西高岡駅ではホームのかさ上げ工事が行われている。
アナウンスは5日ほど前から始まった。
521系4両対応ホームのためだと思われる。
西高岡駅ではすでに上下線ともに2両までの521系対応ホームの工事が行われている。
写真奥が工事完了済みの2両対応ホームで、手前側が現在工事中の部分である。
現在はまだ413形や475系が多いので昼間以外はあまり恩恵はない。
今回の4両対応工事は今のところ下りホームでのみ行われている。


20130516nishitaka3.jpg

現在、古いホームを外して削り、その上に土を盛ったところ。
線路側の壁までは完成したようだ。
まだアスファルトやブロックは設置されていない。
現在点字ブロック含めて専用のゴムシートで代用している。
手前の古いタイプの点字ブロックも珍しくなってきたがここらで見納めのようだ。
左手にはブロックが埋め込まれている。
おそらく柵を新設するつもりなのだろう。
新設ホームには既存の柵があるその横に新しく柵を並べて作ることがままある。
あまり意味はないと思うのだが。


20130516nishitaka.jpg

工事はちょうどホーム入口階段の近くで行われている。
西高岡駅には駅改札口とは別にホームに階段が設置されている。
特に駅員はおらず乗客は自由に使用している。
朝など特にいちいち改札を通らず走りこめるのでよく使用しているのを見かける。
これがキセルを容易にする原因ではないかとも思うが乗客のモラル如何だろう。
ここからは工事用の資材が搬入されていて、入り口近くには資材が積まれている。
入り口近くにはくどいくらい足元注意の看板が設置されている。
パワーショベルもここにおいてある。


20130516nishitaka2.jpg

駅前にも工事用の資材が置かれている。
ここにはプレハブ事務所も設置され、工事事務所となっているようだ。
駅前にはそれなりの広さの空き地があるため、工事用地にはもってこいなのだろう。
工事用の車両もいくらかはこの近くに停車していた。
工事はJR西日本系のゼネコン大鉄工業が請け負う。
発注はJR西日本金沢支社金沢土木技術センターとなっている。

撮影日 2013年05月16日(すべて)
  1. 2013/05/16(木) 22:59:01|
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ワム60701

20130503wm60701.jpg

とある工場の裏に佇む国鉄有蓋貨車ワム60000型。
8500両ほど製造されたうちの702両目にあたる。
この個体は倉庫として使用されているようだ。
比較的状態は良いがさびの進行が目立つ。
塗り直しはされていないようで、現役時の表記が所々見えるが、そのほとんどがすでに剥離している。
車検は昭和57年から。
期限は61年までであったと思われるが59年にはすでに役目を終え、その後売却されていたものと思われる。
検査は綺麗に消さず塗りつぶしを重ねていたようでいくつか存在することが確認できるが、読み取れるものはなかった。
吹き付けでなく筆塗りで表記を書いていた工場の出身らしい。
表記周りや側面端は塗装剥離や錆がひどく、数年しないうちに確認できなくなるだろう。
かすかにブレーキまわりの塗装が残り、こちら側にブレーキがあったことを伝えている。

撮影場所 石川県能美市
撮影日 2013年05月03日
  1. 2013/05/14(火) 23:53:49|
  2. 廃車・廃コン
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G14編成

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倶利伽羅駅へと進入する上り521系普通電車。
倶利伽羅駅は521系対応のホームで、床形状の能力をしっかりと発揮できる数少ない駅の一つ。
昼ごろの一時間に一本という頻度の列車でも521形で運行されることが多く、割と混んでいる。
このG14編成はクモハ521-19とクハ520-19がユニットを組む。
1という数字がGに食い込みすぎていて遠目4なのか迷ってしまう。

撮影日 2013年05月08日
  1. 2013/05/13(月) 23:51:25|
  2. 521
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サン・プリンセス金沢来航

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金沢港に停泊する大型旅客船サン・プリンセス。
77000トンを誇る大型客船で、乗客定数は2000を超える。
日本の大型客船飛鳥Ⅱを2万トンも上回る。
バミューダ船籍で建造は1995年。
今回の寄港は日本海周辺のクルーズの一環で、外国人観光客が主体である。
約800人の外国人観光客が観光するため、金沢入管は急きょ名古屋本局に応援を頼んだという。
金沢港に寄港する旅客船としては開港以来最大級ということで、当日は様々なイベントが催された。


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岸壁までは一般人の立ち入りが許可された。
出入り口では警備員がチェックに当たっていたがさほど厳しくはなかった。
船では停泊中塗り直しや整備が行われており、それを見ることができた。
岸壁では金沢港周辺や金沢市の物産展が行われており、日本人のみならず外国人でもにぎわった。
また演奏会も行われ、金沢を中心とした音楽団体や部活動が演奏を行っていた。
写真がそれである。

日本海側にここまで大きな旅客船が来ることはめったになく、会場はにぎわっていたようだ。

撮影日 2013年05月12日(すべて)
  1. 2013/05/12(日) 22:42:36|
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ワラ12439

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とある建設会社の端に佇む国鉄有蓋貨車ワラ1型。
廃車体を利用した転用倉庫で、足回りのない達磨倉庫。
ワラ1の12439番目で数字としてはかなり後ろのほうになる。
敷地の端に置かれており、周りには資材が積まれている。
おそらく倉庫として使われているのだろう。
比較的腐食は遅いほうだが、黒い車体がかなり茶色っぽくなっている。
状態からしておそらく塗り直しがされたことはなさそうだ。
鷹取車だと思われる。
車検は昭和55年から。
国鉄ダイヤ改正の貨物輸送大幅削減とほぼ同時に廃車されたものであろう。
検査印は二つ残っているようだがどちらも薄く、遠方からの確認は困難なようだ。

撮影場所 富山県滑川市
撮影日 2013年05月05日
  1. 2013/05/11(土) 22:19:38|
  2. 廃車・廃コン
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内灘町消防本部0401

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内灘凧祭りの警備車両に混じる内灘町消防0401。
内灘町消防本部所属の車両である。
ベースは100系トヨタハイエース。
ナンバーは石川800さ4675。
天井にはバータイプ丸型警光灯を一本装備。
標準よりやや短いタイプ。
車体上部にはキャリアが設置されている。
後方には丸型の小警光灯が左右に一つずつある。
リアのハッチにはUCHINADAのオリジナルロゴが貼られている。
石油貯蔵施設立地対策等交付金施設金を使用して購入。

撮影日 2013年05月04日
  1. 2013/05/10(金) 23:56:25|
  2. 緊急車両
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浅野川線北鉄70周年記念ヘッドマーク

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北陸鉄道ができてから70周年なことを記念して、北陸鉄道ではそのPRを行っている。
北陸鉄道浅野川線は、金沢駅地下にある北鉄金沢駅と内灘駅を結ぶ路線。
その浅野川線で活躍する車両に記念ヘッドマークが装着された。
ヘッドマークは石川線の物と違い丸型。
車両の端にロープなどで固定されている。
フロントにつけると行先幕が見えなくなるからであろう。
装着されているのは8903と8913のコンビのみ。
全部で5編成なため、運が良ければ見ることができる。

撮影日 2013年05月04日
  1. 2013/05/09(木) 20:37:12|
  2. 北鉄
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倶利伽羅駅新待合室

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富山県と石川県を分かつ倶利伽羅峠と山々。
その峠を下った石川寄りにあるのが北陸本線倶利伽羅駅である。
山間にある駅ゆえ利用者はごくごく少ない。
駅員は旧国鉄職員の駅長がいるほか、まれにキセル防止の出張駅員がいるのみである。
駅前駐車場が無料なため、小矢部から車でここまで通い、そこから定期で会社へ通勤する人もいる。
駅舎は古く、バリアフリー化も利用者や駅構造の関係からか進んでいない。
ただし521系導入に関してはかなり早期にホームのかさ上げが行われた。
今回それらに関する事業の延長なのか、待合室が新設された。


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待合室はホーム跨線橋よりに作られた。
待合室というより、カバーつきのベンチというのが正しいかもしれない。
最近新設される待合室はこのタイプか、あるいは空調付きの密閉タイプが主流である。
空調のついた密閉タイプは西金沢駅や東金沢駅に設置されている。
倶利伽羅駅と同じタイプとしては、ほぼ屋内であるはずの金沢駅になぜかある。
カバーの形状からして小杉駅や生地駅にあるものの進化形のようなものなのだろう。
ホームのかさ上げとアスファルト敷きはすでに行われていたが、今回新しく待合室を新設するにあたってコンクリートを使用した固定用の土台が作られた。
カバーはホーム上屋にフレームを固定していて、簡単に設置できる仕組みのようだ。
ベンチは3人掛けのものが2つ設置されている。


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一方、既存の待合室は4月の後半にかけて撤去された。
元々あった待合室は現在の待合室より富山よりにあり、手前まで上屋がないため、雨の日は少し濡れなければならなかった。
写真奥にある運転掛事務室とほぼ同じデザインで、内部には木製のベンチのほかゴミ箱とロッカーが設置されていた。
設置は昭和30年12月で、倶利伽羅峠越えの路線が倶利伽羅トンネル開業によって付け替えられた新線開業時に作られたもの。
正式名称は乗降場待合所である。
福岡駅や呉羽駅にも似たタイプの待合室がある。
寝過ごして倶利伽羅駅に連れてこられた人が多かったようで、待合室の壁には乗り過ごして降りた中高生の落書きが、さも交換ノートのように書かれていた。
外には富山金沢方面を示す国鉄時代のホーロー看板が設置されていた。
いずれ商事が何かのイベントでとんでもない値段で販売するだろう。
建物は撤去されたが、薄いピンクの地面と支柱を埋めたコンクリが建物があったことをわずかに伝えている。
かつてはさらに富山側にも建屋があったが現在は撤去されている。
倶利伽羅駅の駅舎内にはベンチは4人分しかなく、トータルで言うと新待合室の設置で座れる人の数は減ったことになる。
またゴミ箱もなくなり不便さは若干増したと感じるかもしれない。
事実捨てる場所のなくなった空き瓶がホームに転がっていた。
ただし、駅舎内には従来通りゴミ箱がある。
いかなる理由があろうとゴミはゴミ箱へ捨てるべきだ。
待合室内にあったゴミ箱は、隣の運転掛事務室に収められている。
運転掛事務室には今も電話やロッカーがあるが、人はいない。
酷く老朽化しているわけでもない施設を撤去したのは駅近代化の試験的な意味合いなのか、それとも駅のコンパクト化が目的なのか。
最近JR西日本では駅ホームの突端近くにフェンスを設置するのがブームなのでその布石なのだろうか。
新しくなったのは結構だが、おそらく冬の時分は今までよりもつらいだろう。

撮影日 2013年05月08日(すべて)
  1. 2013/05/08(水) 23:31:23|
  2. 未分類
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電鉄魚津駅の今

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現在、富山県内唯一の高架駅である電鉄魚津駅。
ステーションデパート併設の4階建て。
1960年代の建設で、建設当時はステーションデパートや売店、乗務員停泊所などがある大規模な施設だった。
屋上にも入れたはずである。
時の流れとともにデパートなどは閉鎖され、現在この巨大な建物に残るのは駅とタクシーの待合室のみである。
駅舎を外から見ると、いまだに電鉄魚津ステーションデパートの文字があり、のぼりを固定するワイヤーもそのままである。
駅は平日のみ有人で、スタンプの設置もある。
老朽化やエレベーターがないなどバリアフリーの面からも問題が指摘され、建て替えが昨年に決定。
現在駅舎の横では新駅舎の建設工事が進められている。


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新駅舎は新魚津・黒部方面よりに建設中である。
現在の駅舎よりも二回りほど小さく、意匠も何もない淡白な感じである。
駅舎が建設されている場所はバスがよく停まっている場所だった。
現在バスはそれよりも少し黒部側に置かれている。
この横には古いバス待合室もある。
建設用のフェンスに囲まれてはいるが、一応中に入ることができる。
ただこの場所では外が見えずバスを逃すこともあるだろう。
現在の駅舎は移行後解体され、バスロータリーなどに使用される予定である。
かつての駐車場などが継続されるかは不明。
現在の駅は4階建てで3階に駅があるが、新駅舎は2階建てで2回に駅を設置する予定だという。
横から見る限り3階建てのように感じられる。


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現駅のホーム。
ホームの駅舎寄りはレトロな雰囲気であったが、今はカバーがついてしまい見えない。
写真は電鉄富山方面を見たもの。
カバーがあるせいで若干ホームが狭くなったが、元の幅が広いため支障はあまりない。
上の写真でわかるよう新駅舎側のホームはほとんど封鎖されている。
現在地鉄電車での最大両数は3両なので、ある程度オーバーランしない限り問題はないということだろう。
新駅舎は既存ホームの黒部側端に接続している。
駅舎自体は建て替えるが、既存のホームはそのまま使用するということではないか。
プレス発表によれば5月中の完成を目指すということである。

撮影日 2013年05月05日(すべて)
  1. 2013/05/07(火) 23:40:23|
  2. 地鉄
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JA742A

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小松空港へと着陸するJA742A。
機材はボーイング777-200ER。
現在787の不調もあり、いろいろな路線に入っている姿を見ることができる。
北陸では大したことではないが。
時間的には10:45小松着の羽田発ANA753便なのだが、この便への指定機材はボーイング767-300のはずである。
急な機体変更があったのだろうか。
他の機に比べて低空で飛行していた。

撮影日 2013年05月03日
  1. 2013/05/06(月) 22:53:17|
  2. 航空
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ワム82699

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とある建設会社にある国鉄有蓋貨車ワム80000型。
ワム82699はその第一次量産車である。
第一次量産車は二次以降の車両と比べ屋根の垂れ木が少ないことが外観上の特徴である。
この個体はおそらく一度も塗り直しがされていないようで、原型のとび色である。
ただその分塗装の剥離と腐食が激しく、所属や車体番号を読み取ることはかなり難しい。
ご多聞に洩れず銘板は取り外されている。
固体における外観上の特徴は妻面が切り取られているということである。
両側共に妻面が切り取られており、足場か何かの素材が詰め込まれている。
だがその分妻面がどれだけの厚さであるか把握することができる。
棒などを押し込むために存在しているため、どの程度倉庫としての機能を果たしているかは不明である。
ただ看板などを固定するために扉の手すりが役立っていることが、普通の倉庫より勝る点か。

撮影場所 富山県滑川市
撮影日 2013年05月05日
  1. 2013/05/05(日) 22:56:03|
  2. 廃車・廃コン
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第25回世界凧の祭典と北鉄バスマスク

内灘というと個人的には北鉄浅野川線、内灘闘争、内灘海岸のどれかが思い浮かぶのだが、内灘町は凧の町を推しているらしい。
内灘町では世界の凧の祭典というのを行っていて、今年が25回目である。
凧の技術や色彩などを競ったりあるいは一般人が凧を上げたりするものである。
テレビ局が中継に来たり芸能人が来たりとえらい騒ぎである。
PRによれば世界最大級だそうである。


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会場は内灘の海岸沿いなのだが、北鉄の内灘駅からは無料シャトルバスが運行される。
シャトルバスのフロントには凧の祭典を示すマスクが取り付けられている。
この日充当されていたのは北鉄金沢バスの22-962。
LED幕は「貸切」で、チャーター名義は「第25回世界の凧の祭典2013」となっていた。
なぜか北鉄70周年記念マスクの上に凧の祭典マスクを取り付けている。
内灘駅から会場までの道路はかなり混雑しており、シャトルバスも渋滞に巻き込まれていたようだ。
外から見る分には歩いたほうが早かったのではないかと思わされた。
シャトルバスは約30分に一本で、各停留所ではかなりの混雑であった。

撮影日 2013年05月04日
  1. 2013/05/04(土) 20:33:03|
  2. バスとか
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第38回高岡市獅子舞大競演会と万葉線封鎖

高岡市では毎年獅子舞祭りを市内で行っている。
今年は第38回目。
毎年多くの見学者で賑わう。


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歩行者天国の実施と会場確保のため、道路の封鎖が行われた。
封鎖されたのは「すえひろーど」と呼ばれる高岡駅前から末広町へと抜ける道路。
自動車通行規制のほか、万葉線の封鎖も行われた。
そのため万葉線は12時から18時まで末広町で折り返し運転を行った。
万葉線高岡駅へ入る線路はロープで封鎖され、対岸の道路はバリケードで封鎖された。
写真右手にある右折レーンもコーンで封鎖されている。
人手があるため警察官が警備にあたった。
まるで線路を封鎖するかのようにバンが置かれているが、この場所まで電車が突入するには多くの障害物を越えねばならないため、大して意味はないのだろう。
写真左手のウィングウィング前の会場が最も長く演技を行っていた。


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すえひろーど上に設けられた会場。
歩行者天国と同時に会場が設営された。
すえひろーど会場は設営時間が短いため、一部を除いて屋台などのブースは道路上に出店していない。
獅子舞演舞の会場はシートが敷かれており、レールに足を挟まないように工夫がされている。
レールの位置を示すように上からテープが貼ってあるようだ。


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万葉線末広町駅より高岡駅側にはアニマル電車のデ7073が置かれていた。
海側のドアが解放されており、アナウンスこそないものの一般人が自由に出入りできた。
高岡駅前、越ノ潟の方向幕で放置されていたが、最後は回送に戻された。
この横では高岡市のキャラクターあみたん娘のブースがあり、あみたん娘電車が運行されていた。
子供の乗車で一回100円。
2周してくれるが動力はおそらく足漕ぎによる発電である。
一見2両編成だが、よく見るとボギーに箱を2つ載せたもののようだ。


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数時間のみ終点となった末広町電停。
飛び出した時のために障害物が設けられている。
方向幕は高岡駅前であった。
高岡方面にのみフロントに「末広町止まり」の紙が貼られている。
末広町電停は新しい電停なため、方向幕がないのだろう。
金沢星稜大学のラッピングを施されたデ7076である。

撮影日 2013年05月03日(すべて)
  1. 2013/05/03(金) 23:48:11|
  2. 未分類
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高岡市消防本部5

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高岡関野神社前で待機する高岡市消防本部5。
日本機械(NIKKI)架装のポンプ消防車である。
種車は4代目いすゞエルフ後期型。
かつてはずいぶん見かけたが、県内をはじめ全国でもこの型の消防車の残存数はかなり減ってきている。
ナンバーは富山88ぬ3114。
ルーフ上にはバータイプ丸型の警光灯を装備。
ホースのほかはしご、パイロンを結ぶバー、予備ホースなどが備え付けられている。
この写真反対側のポンプには「給水不能」や「落水注意」のテープが張られている。
一部使用不可なのか、あるいは輸送車の代わりとして使っているのかもしれない。
当日は高岡御車山祭りがおこなわれており、その警戒および応援に当たっていたものと思われる。

撮影日 2013年05月01日
  1. 2013/05/02(木) 23:17:29|
  2. 緊急車両
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