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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

高岡貨物 その5

20130430takaokakamotsu.jpg

2093レ

編成
↑高岡貨物・能町
DE10-1730
コキ52549(なし)
コキ52293(なし)
コキ50674(なし)
コキ50497(なし)
コキ51103(無、無、UR19A、無、無)
コキ103-43(なし)
コキ102-43(なし)
コキ102-44(なし)
コキ103-44(なし)
↓高岡

高岡駅中線を出発し氷見線へと行く。
ゴールデンウィーク明けだからなのかほとんど何も積んでいない編成。
それを表現できるようなアングルで撮影してみた。
牽引機は高岡ではあまり見ない更新塗装の1730号機。
大宮車である。
増えてきたコキ102,130系式とともに旧型の淘汰を感じさせる。

撮影日 2013年04月30日
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  1. 2013/04/30(火) 23:25:41|
  2. 貨物
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北濃駅の転車台

20130429hokunoten2.jpg

長良川鉄道の終点、北濃駅にはターンテーブルが存在する。
長良川鉄道は旧国鉄越美南線で、将来的には越美線として越美北線の九頭竜駅と接続する予定であった。
しかし計画は様々な理由から途中で頓挫、かくして北濃駅から先には行先のないレールが寂しげに行き止まりを晒すのみとなっている。
ちなみに地図を見ると九頭竜と越美南線を結ぶとなると越美南線白鳥駅にアプローチするのが一番近い。
事実158号線はそのルートをたどっている。
この転車台はその北濃駅のやや北側、つまり突端側に位置する。
この転車台に乗る車両は一度北側の引揚線に入り、それからこのターンテーブルに乗る。


20130429hokunoten3.jpg

ターンテーブルには銘板が固定されている。
一つはアメリカンブリッジの製造銘板。
ニューヨーク出身であることを示している。
U.S.A.1902という表記がされており、年号だと明治35年になる。
もう一つの銘板は登録有形文化財の銘板である。
このターンテーブルは登録有形文化財登録番号21-0056号となっている。
国内に現存する転車台としては最古級の物ゆえ、文化財登録がされている。

文化財というだけあって、看板が立てられている。
看板によれば明治35年にアメリカから輸入され、岐阜駅構内の転車台として設置。
その後昭和9年の北濃駅開業時に合わせ移転設置され、以後長良川鉄道転換後も使用されたとしている。
長良川鉄道転換後は当時のレールバスの方向転換に使用されたらしいが、現在レールバスは消滅しており、引揚線にも車止めがされているので、使用されてはいないと思われる。
看板には地元の学生が書いたとされる挿絵が載っているが、それに描かれているC11-199は加古川から会津若松機関区へと活躍した個体で、おそらく北濃駅には関係ないだろう。
子供の描いた絵にムキになるのはよくない話だが。

ローカル線に設置されているため、機関区の物と違いただ転回するだけの転車台である。
手押し式で、昭和に設置されたものらしく下周りはコンクリート製。
保存会があり動かしていたこともあるようだが、現在は草が生え、動くかどうかは不明。

撮影日 2013年04月29日(すべて)
  1. 2013/04/29(月) 23:50:51|
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河合商会ワム60155松任工場配給代用車

w601551.jpg

つい少し前、倒産してしまった河合商会。
出来は置いといて、多くの種類のNゲージ貨車をラインナップしていた。
末期にはネタが切れたのか事業用車シリーズやタンク貨車の事業者別シリーズが発売されていた。
その一つにワム60000(事業用車)配給車代用というのがある。
2両セットだが、そのうちの一両は松任に所属していたワム60155となっている。
もうひとつは仙台郡山に所属していたワム60552を再現している。
発売から5年ほどたっており、絶版メーカーということもあってか市場にはあまりないが、人気がないためか、入手しようと思えばできる程度の存在である。


w601552.jpg

車体は同社が販売するワム60000とほぼ変わらない。
ドアレールのモールドは実車よりかなり太く見える。
ドアについている手すりは再現していないようだ。
実際、松任工場にはワム60155が配給代用車として所属し、国鉄末期まで活躍していた。
金鉄局所属のため、「金」の文字が貼られていた。
配給代用車を再現するため、白帯と松任工場所属の文字が左手に書かれている。
ただ、書体と文字の大きさは実際の物と異なるようだ。
また実車に存在した経路看板も再現されていない。
1/150というスケールには難しい要求だろうか。


w601553.jpg

反対側を見る。
マイクロエースと同じく、ブレーキ側手すりに塗装をしている。
だがブレーキ用の踏み台はあっても、足踏みブレーキ本体は再現していない。
車検の部分も再現されている。
表記は昭和60年までということなので、最末期の姿であろう。
なお、この貨車の形式で検索すると、一番上に出てくるサイトに掲載されている写真と全く同じ数である。
製品化の際はこのサイトかあるいはこの写真が載っている書籍を参考にしたのかもしれない。


w601554.jpg

妻面。
実車と比べるとやや違和感があるかもしれない。
カプラーはアーノルド。
河合製の物はよく外れやすいというが、この製品は言うほどひどくはなかった。
車輪は銀車輪である。
河合の貨車は一般的に腰が高く、よくよく見ると少し気になってしまう人もいるかもしれない。
開放テコは当然だがモールドのみ。


w601555.jpg

上を外すとこうなる。
車体はそのままダルマ倉庫のように使えるだろう。
腰高に感じる時はこの下周りを削ればよい。

北陸の車両はあまりモデル化に恵まれていないが、その中でも貴重な貨車である。

  1. 2013/04/27(土) 23:57:12|
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高岡駅駅中心

20130403takaokaekichushin.jpg

高岡駅の6番ホーム、跨線橋より金沢駅寄りの場所に、高岡駅の駅中心表記がある。
駅中心表記とは文字通り駅の中心を示すものである。
この表記には数字が書かれており、「226 460」とある。
226の上に小さく「k」の文字があるので、226キロ460メートルということなのだろう。
ところが、この高岡駅は北陸本線の始点米原から数えると217.2キロなのである。
少し数が合わない。
ちなみに京都、大阪からは湖西線経由で265.4キロ、308.2キロである。
北陸本線の終点直江津からは136.6キロでいずれも数が合わない。
高岡駅から226.5キロ地点というと例えば米原よりふたつ京都よりの南彦根駅がそれに当たる。
全く関係のなさそうな駅だ。
北陸本線は何度も改良を重ねているためその際に縮まった距離を書き加えていないのだろうか。
ただ、表記はひどく古いというほどでもない。
それともこの表記は営業キロとは違う換算を行っているのだろうか。

撮影日 2013年04月03日
  1. 2013/04/26(金) 23:27:41|
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西金沢駅前にある貨物線の遺構

20130424nishikanaekui.jpg


以前西金沢駅前の貨物船の遺構を書いた。
西金沢駅前には西金沢駅小松方面と北鉄新西金沢駅前をつなぐ貨物連絡線が存在していた。
その場所は現在ほぼすべてが舗装され道と駐車場になっている。
遺構は境界杭くらいに見えるが、国鉄の貨物ホームあとにはもう一つ遺構が残っている。
写真の物がそれである。
構内の位置を示す杭で、木製である。
場所は北鉄と国鉄の貨物ホームの跡。
国鉄の貨物ホームはのちに新幹線用地となり、北陸新幹線の高架橋となった。
残りの場所は工事関係の土地として使われたのち舗装され、現在駐車場の形をしているが立ち入り禁止である。
その駐車場と北鉄の隙間にはわずかながら空き地が残り、その場所にこれが放置されている。


20120711nishikanekui.jpg


草がなかったころの写真。
この裏側にも文字が書かれているが、ずいぶん劣化していて読み取りにくい。
今は再び草むらの中に放置されるようになったのでさらに劣化が進むだろう。
この場所のあたりは駐車場と整備されたため、撤去されるはずだったがなぜか残っている。
いつまで残るかは不明だ。

撮影日
イ 2013年04月24日
ロ 2012年07月11日
  1. 2013/04/25(木) 23:54:07|
  2. 廃線など
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北陸新幹線金沢駅建設中

20130409kanazawast1.jpg


北陸新幹線金沢開業へ向け、着々と工事が進む金沢駅。
駅コンコースの多くから、工事用の仕切りが確認できるようになった。
また駅外からは新幹線用ホームの建設を見ることができる。
もてなしドームの向かって左側には工事の看板が立ち、建設をアピールしている。
清水建設を筆頭に大鉄など大手ゼネコンが名を連ねる。
工事があるといっても、資材や車両などは新幹線線路を通して送られるため、駅前にいるとあまり工事の活気を感じない。
クレーンが動いていることがわかる程度である。


20130424kanazawast2.jpg


現在、新幹線ホームの建設真っ最中である。
コンクリート製のホームは完成済みのところも。
新幹線ホームの屋根は駅舎と調和したものにする予定で、在来線とはつくりが異なる。
ひとり米原の巨大クレーンが資材を持ち上げおろし。
線路が敷かれた部分にはウニモグなどが乗り入れ、在来線ホームや車内からその活躍をわずかに望むことができる。

撮影日
イ 2013年04月09日
ロ 2013年04月24日
  1. 2013/04/24(水) 23:24:32|
  2. 未分類
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JA752J

20130420ja752j.jpg

小松空港へと着陸するJA752J。
JAL、JAPAN AIRLINESの所属である。
機材はボーイング777-300。
この機体はJALの特別塗装機で、「ONE WORLD」との文字が側面に描かれている。
割と小松周辺で見るような気がする。
この便はJAL1273便で、羽田発小松行きの始発便である。
羽田小松便はANA、JALが運航している。

撮影日 2013年04月20日
  1. 2013/04/23(火) 23:11:21|
  2. 航空
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石川線北鉄70周年記念ヘッドマーク

20130401570th2.jpg

北鉄では現在70周年記念イベントとしていくつかのPRを行っている。
その一つとして石川線を走るにヘッドマークが取り付けられている。
石川線のヘッドマークは、鉄道の日イベントの場合は円形のもの、ビール電車の時はシールが装着される。
今回は一見ヘッドマークに見えるが、実際は少し違う、という代物を装着している。
どうも貫通扉の間にプラスティックの透明な板を挟み、それに円形のヘッドマークが印刷されているようである。
これならば面倒な製作などは行わなくてもよいのだろうが、やややっつけ感があるような気がしなくもない。
このヘッドマークは7102+7112のコンビにのみ装着されており、ほかの車両にはついていない。
野町側鶴来側両方共に装着されている。
北陸鉄道が正式にできたのは今から70年前の10月。
現存する二つの北鉄路線のうち、70年前に北陸鉄道となったのは石川線のみとなった。
その点で、このヘッドマークをつけるべき列車は石川線の車両だけであろう。
運用は他の車両と同じくランダムなようである。

撮影日 2013年04月15日
  1. 2013/04/22(月) 22:51:45|
  2. 北鉄
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JA845A

20130420ja845a.jpg

小松空港へと着陸するJA845A。
福岡空港から小松空港へと向かうANA314便である。
314便の小松到着予定時刻は午前9時10分。
ほぼ定刻であった。
小松福岡便は機材に種類があり、大半は機体番号Q84、ボンバルディアDHC8-Q400を使用している。
見ての通りジェットではなくレシプロ機。
ジェットと比べ、若干サービスが異なる。
この日は雲が厚く、あまり映える写真にはならなかった。

撮影日 2013年04月20日
  1. 2013/04/21(日) 21:48:08|
  2. 航空
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北鉄70周年記念マスク

20130417hokutetsu70.jpg

北鉄バスでは現在、一部の車両に幕を掲出している。
今年で北鉄グループが70周年を迎えることにちなんだもの。
幕はマスクのようにバスの前面に付けるタイプの物を採用している。
上の部分はワイパー周りに固定され、下部分はフックに掛けられている。
北鉄バスにはマスクに対応するフックがバンパーについている車があり、これもその一つ。
写真は南所属の18-823につけられているもの。
このマスクをつけたバスは全体からするとわずかなようで、金沢駅で待っていてもなかなかやってこない。
鉄道線でも同じような取り組みがされている。

撮影日 2013年04月17日
  1. 2013/04/19(金) 22:52:17|
  2. バスとか
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JA301K

20130401ja301.jpg

小松空港を離陸するボーイング737-500。
小松空港を午前8時45分に離陸し、新千歳空港へは午前10時20分に到着する。
ANA4789便を名乗るが、AIR DOの89便とコードをシェアする共同運航便である。
機体もAIR DOのもの。
ナンバーはJA301K。
小松空港の見送りデッキからは離陸した後を撮影できるが、金網が多く素人の撮影には向かないようだ。
この日は平日であったため航空自衛隊の演習が行われており、予定時刻より遅れて離陸した。

撮影日 2013年04月01日
  1. 2013/04/18(木) 21:41:08|
  2. 航空
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G01編成

20130417521keig01.jpg

金沢駅2番ホームにて発車待ちをする福井行き382M列車。
金沢駅を一番最後に出発する普通列車で、終点福井到着は日付の変わった午前0時05分。
乗車率はそれなりで、大抵立ち席の客が数人出るほどだ。
この382M列車には通常521系が充当されている。
クモハ521-6とクハ520-6がユニットを組む、第二次量産車のトップナンバー。
金沢に所属する編成ではトップなため、G編成01の名が与えられている。

撮影日 2013年04月17日
  1. 2013/04/17(水) 23:50:44|
  2. 521
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能登鹿島駅の伝言板

20130413kashimadengon.jpg

桜で有名な能登鹿島駅。
先日毎年恒例のイベントが行われたが、残念ながら桜の見ごろにはやや早かったようだ。
逆に当日金沢ではすでに桜が散り始めで、なかなか難しいところであった。
今年は本当に桜の見極めが難しかった。

さてそんな能登鹿島駅には今は珍しくなった伝言板が存在している。
伝言板というよりは駅ノートのホワイトボード版だといったほうが良いかもしれない。
のと鉄道利用促進協議会というところが設置しているようだ。
ホワイトボードに最初から書かれていると思しき枠や文字はいくらか剥がれているようだ。
いつ来ても近日のことが思い思いに書かれているので、定期的に誰かが消しているのだろうか。
この日は桜の見ごろが近いこともあってかいつもより書き込みが多い。
赤いペンのほか青と黒があるが、インクの関係か赤での書き込みばかりのようであった。
伝言板は能登鹿島駅駅舎入って左手に設置されている。

撮影日 2013年04月13日
  1. 2013/04/16(火) 23:10:36|
  2. のと鉄
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能登有料道路無料化から一か月

20130413notoyuryo1.jpg

初開業区間から数えれば約40年近い歴史を持つ能登有料道路。
金沢郊外の津幡から能登半島の西を突っ走り、高松羽咋から能登半島を横断し、穴水へと至るルートであった。
かつて国鉄や北陸鉄道の企画していたルートにやや近いところがあり、一部はJR七尾線とほぼ同じルートだ。
既存の国道が一車線なのに対し能登有料は一部二車線で一般道よりもかなり早く目的地へ到着することができた。
その能登有料道路は平成25年3月31日を以って無料化された。
写真は今浜料金所跡。


20130413notoyuryo3.jpg

能登有料道路には数か所の料金所が存在したが、そのすべてが廃止された。
現在解体が行われている。
写真は上棚矢駄料金所の跡地。
看板には「長い間ありがとうございました」と書かれていた。
場所により解体状況は異なるが、いずれもレーン別に順次解体され、場所によってはすでに更地となった場所もある。
いずれは綺麗に整地され、快適なスピードで走行できるようになるだろう。
解体中の場所ではいまだに車がスピードを落として走行するため渋滞しやすいようだ。
かつて料金所ではよく検問が行われていたが、今後はどこが張り込みポイントとなるのであろうか。


20130413notoyuryo2.jpg

高速道路を運営していた石川県道路公社は解体され、能登有料道路の公式ホームページはすでにない。
能登有料道路では回数券などを発行していたため、その払い戻しのため窓口がいくつかもうけられている。
写真は下り高松サービスエリアにある特設窓口の看板。
サービスエリアのほか近隣の役所や郵送での払い戻しが可能で、詳しくは石川県のホームページに記載されている。
割引通行券はやや扱いが異なる。
能登有料を改め、道路には公募で「のと里山道路」という新しい名称が与えられた。
これからはもっと身近に使用されることになるだろう。

撮影日 2013年04月13日(すべて)
  1. 2013/04/15(月) 23:42:07|
  2. 道・橋・隧道
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大川寺駅ガーター上のホーム

20130414daisen2.jpg

富山地方鉄道上滝線大川寺駅。
かつては富山地方鉄道の経営する大山寺遊園の最寄駅として大山寺遊園駅と名乗り、多くのお客でにぎわった。
やがて大山寺遊園閉園とともに大川寺駅と名前が変わった。
スノーシェードで半分以上ホームが覆われ、放火で殺風景になった駅舎が特徴である。
駅の岩峅寺側には常願寺川があり、トラス橋が連なる。
一方の富山側には常西用水のトンネルがぽっかり穴をあけている。
用水の下流はこの時期桜が美しい。
現在の駅舎は昭和51年に新しく作られたものだ。
そのホームの富山側は下周りがガーター橋でできている。


20130414daisen1.jpg


地鉄電車はガーターで用水をパスしているのだが、ホームを新設するにあたって新しくもう一本ガーター橋を渡し、その上にホームを作ったようだ。
ホームの延長は約一両分。
ガーターの名前はその名もずばり「常西用水ホーム橋」である。
駅舎新設の前年、昭和50年に横河橋梁製作所で製作されている。
銘板の材質表記はSS41。
現在はJISが改正されてSS400と呼び名が変わっている。
鍵かっこのようなコンクリートが、両端でガーター橋を支持している。
端部は強力に保持する必要がないせいかかなり細いコンクリートだ。
橋梁にはどうやってなぞったのか落書きがされている。
銘板は橋の駅舎寄りについているが、そこへたどり着くにはかなり長い年月整備のされていないトイレ横を通る必要がある。
もし物好きな人が銘板を眺めたいのであれば、望遠カメラの持参をお勧めしたい。
ガーターで保持されているホームはいくらかあるが、見えやすい位置にあるものは少ない。
模型の駅に特徴をつけたい時の参考になるのではないだろうか。


先日チェックしたところ、ブログの延べアクセス者数が10000人をこしていた。
アクセスカウンターはしばらくたってから設置したので正確な数ではないが、どちらにせよそれだけの人が閲覧したということであり有り難いことである。
気力が続く限り続けたい。


撮影日 2013年04月14日(すべて)
  1. 2013/04/14(日) 23:57:57|
  2. 地鉄
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鉄道郵便フェスティバル2013スプリング開催される

20130413oyu101.jpg

のと鉄道能登中島駅には旧郵政省の所有した国鉄10系客車グループの一員オユ10郵便車が保存されている。
貨車博物館で名高いボランティア団体のふるさと鉄道保存協会北陸事務局が管理している。
年数回公開が行われており、今回はスプリングとして4月13日一日のみ公開された。
能登では桜が見ごろに近く、青い郵便車とのコントラストを見ることができた。
当日は車内の見学や郵便区分の体験ができた。
また当日限定の能登中島駅入場券が販売されていた。
車体全体を塗装してからすでに5年がたっており、車体の痛みは激しい。
前回と比べ、ドアが塗装され、ドアにかぎって言えば大変綺麗になった。
また甲駅にいたころと比べドアなどの可動部分も増やしてきている。
ただしほとんどが解放されているため、公開時に気が付いた人は少ないかもしれない。
製造からかなり長い年月がたっており状態はよくないが、末永い保存を期待したい。

撮影日 2013年03月13日
  1. 2013/04/13(土) 23:08:45|
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金沢駅の乗り継げない列車たち

45934831.jpg

一つ列車に乗り遅れ、一時間後の列車に乗れば、最初の予定より一時間遅くつける。
というのは完全にきっかり発車のダイヤが並んでいる場合で、実際のダイヤはもっと複雑である。
鉄道ダイヤを組むうえで一つ、乗り継ぎを考慮したダイヤグラムを組まねばならない。
ところが乗り換えられそうなすんでのところで発車してしまう……というダイヤを組んでいる列車もある。
特に、北陸本線のような本数の少ない路線であると一本のガスと次の列車は一時間待ちということもありうる。
金沢駅上りを具体例に挙げてみると

520M金沢7:32着→626M金沢7:28発(5分不足)
424M金沢8:22着→830M金沢8:19発(3分不足)
524M金沢8:44着→336M金沢8:40発(4分不足)
426M金沢11:09着→340M金沢11:05発(4分不足)
570M金沢21:19着→642M金沢21:15発(4分不足)

などがある。
このほかにも特急同士の乗り継ぎが悪かったり、同刻到着や30分以上待たされたりするものもある。
七尾線の併用で切り抜けられそうなものもあるが、大抵は上手くいかない。
たった数分の乗り継ぎである。
場合によっては乗り継ぎができることで特急を小松あるいは加賀温泉まで乗らなくて済むときもある。
改善してほしいものである。
  1. 2013/04/11(木) 23:40:14|
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U46A-30095

20130405u46a.jpg

私有コンテナU46A。
このU46A-30095は日本通運の所有である。
このサイズのコンテナとなれば、コキ106に二つしか載らないほどである。
日通を示す丸いおなじみのマークと、NIPPON EXPRESSの文字が青で大書きにされている。
ただ何分も色があせてしまっており、少しみすぼらしい感じがしてしまう。
こちらの面には重さや幅などは記載されていない。
他の私有コンテナより若干背が低く、搭載車指定表記はない。

撮影日 2013年04月05日
  1. 2013/04/10(水) 22:55:38|
  2. 貨物
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キハ28-2346近況

20130407kiha281.jpg

日本で最後に残ったキハ58系定期運転の一翼を担ったキハ28-2346。
最末期は城端・氷見線用の高岡塗装に塗られ、高山本線の輸送に活躍した。
高岡のキハ58運用が残っていたころは氷見線や城端線でも使われていたが、北陸本線の運用から退いた後は細々と働き、気が付けば富山でのみ活躍するようになっていた。
国鉄色に復元された編成とは別に、高岡色ゆえに注目度はやや低く活躍を引退。
ペアを組んでいたキハ58-1114は早々と消えたが、一方のキハ28-2346はなぜか残り、松任工場で整備を受けた後いすみ鉄道へと譲渡された。

現在、いすみ鉄道では大糸線で活躍していたキハ52とペアを組んで主として急行運用についており、キハ28は大原側に連結されている。
いすみ鉄道側はこのキハ28が新製当時千葉地区で海水浴客用の輸送に充てられていたため選んだとしている。
ヘッドマークは房総地区で活躍した列車「そと房」の物をつけているが、別に旧国鉄木原線で運行していた列車ではなく、雰囲気でつけているようだ。
原型窓車でHゴムは明灰白色と登場時に近い。
急行に充当されていたこともある本車両だが、いすみ鉄道内では車内放送時のチャイムも再現されている。


20130407kiha282.jpg

北陸で活躍している車はすべて暖色系のオレンジに近いモケットシートが使用されていた。
キハ28は譲渡のときに原型に近いブルーのモケットシートに張り替えている。
栓抜きに関しても、プレートはシールで再現されている。
流石に灰皿は残っていないようだ。
大糸線の名残の残るキハ52と違い、比較的キハ28は国鉄時代の雰囲気に近づけようとしており、氷見線時代などの名残は薄い。
ただ恥ずかしながら窓枠に彫られた当時の通学生のものと思しき落書きの中には、北陸を思わせるものもある。

急行運用に主として用いられるが、急行運用でないものにも充当される。
ただ、幕屋ヘッドマークはそのままで運行されているようだ。
なお、急行乗車には特別料金が必要で一律300円である。
ただし途中駅での乗車客からは受け取らない場合もあるようだった。
大原駅ではホーム長さが足りないため、キハ52上総中野側のドアが使用できず、その関係もあり使用できるドアはキハ28も限定されている。

急行運用は人気なようで、菜の花のシーズンも相まって多くの観光客が訪れ乗車、撮影していた。
いつまで運行が可能かどうかは不明だが、末永く走り続けてほしいものである。

撮影日 2013年04月07日(すべて)
  1. 2013/04/09(火) 23:58:56|
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高岡の軌道自転車

20130403chari.jpg

高岡駅の側線に置いてある軌道自転車。
普段高岡駅で軌道自転車は見かけないので、何かの訓練のために置いてあるのだろう。
雨の日だったためか、サドルにはビニール袋が掛けられていた。
軌道自転車は真新しい黄色に塗られている。
二人乗りの設計だが、片方はサドルがなく、そのまま座るとお尻に悪影響があることは間違いないだろう。
こちら側のハンドルはブレーキがないため、実質1人で運転する用のようだ。
よく見るとライトなどまで塗りつぶされていて、あまり良い状態とは言えない。
昼間の練習用に使っているのだろうか。

撮影日 2013年04月03日
  1. 2013/04/08(月) 23:01:46|
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金沢北陸ロジティクスにいる謎の車両

20130405h.jpg

金沢貨物ターミナル西側にある北陸ロジティックスの作業場所。
ここに最近新しく何かが運び込まれた。
何か、というのは足まわりを中心としたよくわからないブツなのである。
おそらくコンテナの下周りだけを切り取って改造した特製の土台の上に、台車を中心とした何かが載っている。
足回りはかなり珍しいかたちで、主体部分はコイルばね支持であるが、端部は板ばねである。
その他いろいろとクリーム色に塗装されてついているが、良くわからない。
その上には屈折式のパンタグラフが一つ。
真ん中には30と書かれたオレンジ色のボックスが一つあり、横にはおそらく何かを切り取った箱のようなものが転がっている。
真ん中の部分と比べると、キャブのようなものを切り取ったように見える。
右端パンタグラフの横にあるデッキのようなものからして、凸型電気に近いブツが原型なのであろうか。
クリーム色の上部分の剥がれからして、ほかにもいくつかパーツがあったようだ。
それにしても機関車だとしたら大分変な形であるし、なぜこんな形でここに置いてあるのだろうか。
謎の車両とはあくまで自分の狭い知識の中の話で、見る人が見ればすぐわかる車両に違いないのだが。
北陸ロジティクスは車両の転売やレストアを手掛けているので、いずれどこかでまたお目にかかることになるだろう。

撮影日 2013年04月05日
  1. 2013/04/06(土) 00:44:15|
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ワム180184

20130331wamu180184.jpg

とある田んぼの真ん中に佇む国鉄貨車ワム80000形。
番号ワム180184で、二次量産車両のやや真ん中より後期に生産されたタイプである。
おそらく倉庫として使用されているのであろう。
塗り直しがされており、緑と白のペンキで塗られている。
こだわって塗られているようには見えず、白と緑のまだら模様になっている。
両面とも塗られているが面によって残っている色は異なるようだ。
錆が進行し、それと相まってまるで迷彩のようだ。
倉庫として用をなせば問題ないのだろう。
雨樋が増設されているほか、屋根上に物干し用と思しき棒のスペースもついている。
車体の腐食は激しく、番号などを読み取ることはかなり難しい。
土台は完全ではないため、車体は横に傾いている。
昭和50年代には釧路車管に所属していた固体である。
検査に関しては上から書き足していっていたようなので読み取りはできなかった。
付近は近年住宅地化が進んでいる。

撮影場所 石川県白山市
撮影日 2013年03月31日
  1. 2013/04/05(金) 05:00:25|
  2. 廃車・廃コン
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チキ6017を眺める

20130403chiki62 (2)

高岡駅の側線で待機する国鉄長物貨車チキ6000形。
当日の工9571列車に入っていくもので、これを切り離した列車はその後東富山と魚津で残りを切り離した。
直行系貨物輸送が行われている現在、長物貨車の仕事はレール輸送にほとんど限られている。
チキ6000も旅客会社に所属するものは当然ながらレール輸送ほぼ専属である。
大抵、2両一組で運用されるがそうでない場合もある。
この日のチキ6017はチキ6295とコンビを組んでいた。
チキ6017は京都向日町駅常備車。
北陸へ来る線路輸送はほとんど安治川口から送られてくる。
高岡どまりの物は富山地域鉄道部行きであった。


20130403chiki62 (1)

チキ6000はコキ5500が種車となっている。
使い勝手の良いコキ50000に順次移行する中、余剰となった車体を改造して誕生したものがチキ6000である。
このチキ6017は昭和53年に国鉄郡山工場で改造が行われている。
台車は種車そのままのTR63F。
コキ5500の台車は試験の結果振り替えが決まり、ブレーキ性能に変更を加えたTR63Fに変更されたものもいた。
平成の世には似つかわしくない、武骨で懐かしい形の台車である。
台車並びに車体は平成24年5月17日に吹田工場で検査を出たようだ。
ここのTR63F台車はどれも新しく銘板のようなものが付けられている。


20130403chiki63.jpg

59年改正までは中継式輸送方式で行われていたため、頻繁に突放が行われていた。
その頃の名残でブレーキがついている。
かつてはこのステップに係員が飛び乗り、左手にあるブレーキ板を下に踏みつけてブレーキをかけていた。
現在ではほぼ使う機会はないだろう。
ステップの上に飛び出た手すりが握り棒で、飛び乗る際はこれに掴まる。
普段は必ず手すりを上げるように注意書きがなされ、今でも手すりは上がったままになっている。
写真では見えにくいが上部が白である。


20130403chiki64.jpg

車体上部は木でできている。
これは釘などを刺すときのためである。
車体の側面にはポケットがあり、ここにバーを指して荷崩れを防いだり、固定器を設置する。
写真のオレンジ色の物がレールを固定する器具。
レールはたいてい25mなので、一両20mもないチキは2両でないとレールを運ぶことはできない。
完全に固定すると、カーブの時に支障が出るため、ある程度緩衝しないような仕組みになっている。
レールを支える土台の下からポケットへ両側に固定用のバーが伸びていることがわかる。
また固定器具の上にはテンションをかけてレールが飛び出さないような工夫もされている。
2枚目の写真で確認できるが、レールの端には土台としてのみの機材もあり、土台は車体に固定されている。

撮影日 2013年04月03日(すべて)
  1. 2013/04/03(水) 23:53:07|
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ボンネット型特急電車整備業務進行中

20130401k48951.jpg

長らく先行きが注目されていたクハ489-501。
489系500番台は補機と連結するため連結器がむき出しになっており、その姿こそ碓氷峠専用車両の姿であったが、JR西日本の選んだ保存車はクハ489-1となってしまっていた。
臨時列車の運用がなくなった後489系は松任工場のイベントの際に顔を見せる程度であったが、先日小松市への保存が決定した。
今年になり、3月11日夜に松任から陸送で小松市へと運ばれ、公園予定地へと設置された。
場所は小松駅の北側で線路より西側となる。


20130401k48952.jpg

設置時は工場から出発した時のままの状態であったが、数日かけて色直しがされている。
先頭部はシートが掛けられた。
作業を行うのはこの近辺ではおなじみとなった北陸ロジティックス。
この公園はコマツなどを控える小松市が「乗りもののまち」事業の一環として整備を行っている。
ただ、保存整備に関しては民間団体の「ボンネット型特急電車保存準備委員会」が募金やボランティアなどを通して行う予定である。
現時点では保存に関する募金を募っており、代表は地域でいろいろと有名な岩谷氏である。
保存活動専用のFacebookを開設しており、活動報告は主にその中で行っている。
小松市公認の団体ということで、民間ならではの大胆な切り口での活動が期待されるが、それと同時にオープン性を確保することが必要であろう。
公園設置自体の工事は4月10日まで行われる見通し。

撮影日 2013年04月01日
  1. 2013/04/02(火) 01:00:19|
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北陸本線全線開業100周年記念事業始まる

20130401kanazawa.jpg


本日平成25年4月1日で、北陸本線は全線開通より100年が経過したことになる。
これに合わせて本格的に100周年記念事業がスタートした。
具体的には記念グッズ・弁当の販売、パンフレットの配布、列車へのステッカー貼布である。
管内の売店には記念グッズが並ぶようになった。
グッズはクリアファイル、キーホルダー、ポストカード、復刻時刻表である。
クリアファイルは500部限定、キーホルダーは100個限定、復刻時刻表は1000部限定である。
福井から新潟までの13のCHAO(ちゃお)と、ハートイン金沢・富山、キヨスク金沢で販売する。
店舗では復刻時刻表が見当たらないかもしれないが、A2ポスターサイズなので、店員に言えば奥から出してもらえる。
キーホルダーがこの中では一番希少価値が高そうだが、何分も一番ちゃっちいと思われる。
金沢駅では夜になってもまだ多くのグッズが残っていた。
また7種類6社の駅弁に記念の掛け紙がされる。
販売店は福井県から新潟県まで幅広いが、実質金沢、富山・高岡、糸魚川の3駅で全種類そろえることができる。
いずれも今年10月31日までの販売予定。


20130331kanazawa.jpg

一方グッズの販売に先立って各駅の出札口やコンコースには100周年を記念するフラッグが張り出された。
数は少ないもののポスターも各駅に配布されている。
写真は金沢駅で準備中の姿。
またキャンペーン前から475系列、413系、521系にはステッカーが貼られるようになっていた。
北陸本線の歴史をつづるパンフレットも菅内各駅にキャンペーン前に設置された。
パンフレットには簡単な北陸本線の歴史と列車愛称名の編纂が綴られている。
JR西日本金沢支社は特設のホームページを設置しているが、内容はパンフレットとほぼ同じである。
パンフレットの後ろにはエッセイコンテストの応募用紙も入っており、優勝者には10万円分の旅行券がプレゼントされる予定だ。
エッセイコンテストでは北陸本線にまつわる思い出を中心に募集している。
締め切りは今年7月31日。
ほか、記念番組の放送が行われる予定である。

なおここへ書いたほとんどの内容はJR西日本金沢支社の特設ホームページに記載されている筈である。
せっかくの100周年なのに少し地味なので、もう少しイベントが欲しいところではある。

撮影日
イ 2013年04月01日
ロ 2013年03月31日
  1. 2013/04/01(月) 23:51:39|
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