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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

松任青少年宿泊研修センターなかよし号

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松任駅の南西に位置する白山市松任総合運動公園。
その西端にあるのが松任青少年宿泊研修センターである。
運営は白山市地域振興公社が行っている。
この場所には機関車一両と客車二両があり、客車は宿泊施設として使用されていた。
北陸に残る最後の列車ホテルであったが、白山市が老朽化を理由に廃止を決定した。
三月末で廃止ということになっていて、車両保存を含め今後は未定。
普通の宿泊室に関しては特に変わりはない。


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車両は南側に機関車、北側に客車二両があり、その奥が宿泊研修センターの建物である。
厳密には公園に向いているので南南東くらいの向き。
機関車は北陸本線生え抜きの国鉄機関車EF70-57。
この個体は昭和40年三菱で製造され、敦賀第二機関区、富山第二機関区を経て松任にて昭和61年に廃車された。
ところが車体番号はおろかメーカーズプレートまでが一切現存しない。
おそらく盗難にあったのではないか。
外観として特徴的なのは、すべてが国鉄特急色に塗られていること。
機関車だけでなく後部の客車、それに客車へ宿泊するためのプラットフォームまでが同色に塗られている。
EF70の内部は運転席周りなどは比較的ましであるが、機関室は機材が取っ払われて公園の物置として使用されている模様。
機関車の状態は極めて悪く、所々で車体に穴が開いており車内が透けて見えている。
また側面窓も割れや抜けがある。
外部の人間が割ったというより、Hゴムが腐って抜け落ちたり、内部から竹ざおで突き落としてしまっているように見える。
割れたガラスも車両の下に放り込まれるいい加減さ。
客車と接している面のヘッドライトは両方ともない。
屋根上機器はグレーで塗りつぶされ、踏み板は腐り落ちているものもある。
「なかよし号」のヘッドマークはつりさげ式でなくコの字型の鉄板を溶接しているようだ。


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客車は二両連結している。
機関車のある南側に連結されているのはオハ47-2079。
最後部北側がオハ47-2235である。
客車同士が連結する面には幌がそのまま使用されているが、それ以外の妻面は完全に鉄板で埋められている。
客車内はすべて畳み敷きで、窓にはカーテンが付いておりデッキ以外現役のころの面影はあまりない。
内部へ入るには西側に設置されているプラットフォームから出入りする。
東側全ての扉には階段が設置されているが窓ガラスには出入り禁止との文字が入っている。
客車は機関車に比べると状態はよく、何度も塗り直しがされているようだ。
ベンチレータも確認できるが、屋根は張り替えがされており、写真のように幌の上にも屋根がある状態。
ドアは中桟がついているような変な形のHゴム支持。
一部の窓は付け替えが行われているほか雨樋などが増設されている。
なかよし号のサボや号車札は2号車にのみ現存する。
台車へ装着されている車輪に違いがあることが東側の斜面から観察可能である。
とくにオハ47-2235に装着されたTR23H台車は昭和43年松任工場製作の銘板がそのままに読み取れる。
TR23H台車は円筒ころ軸受に改造された台車である。
客車には両方とも昭和61年松任工場改造と、日本国有鉄道の銘板のみが装着されている。
昭和61年にはすでにほとんどの客車運行が終了し、またオハ47の改造とも時期が合わないため、松任工場がお別れとして付けたのであろう。

EF70-57はおそらく現存する最後のEF70基本番台である。
他にJRが保存したものは数両いたがすべてが解体されたとしており、民間が保存するものも現在はない。
碓氷峠文化村に基本番台より改造された1000番台が一両残るのみである。
ただ57号機は二次生産機なので、1000番台と見た目はほとんど変わらない。
地元で活躍した貴重な車両ではあるが、この車両を今後保存するには能登中島にあるオユ10のように地道な錆取とパテ埋めから始めなければならないだろう。
北陸地域における自治体が保存する国鉄客車は、ここのみになってしまった。
ただ、オハ47は両車とも原型はほとんどとどめていないので、保存的価値はあまりなく、部品取りくらいにしかならないだろう。
プラットフォーム自体の劣化は大きくはないが、車両を支えているレールの枕木はかなりの数が崩壊している。
レールはコンクリートの土台に設置されたものと枕木で支えられているものがあるが、枕木の劣化がひどく、万が一が心配される。
存続を計画するとすれば車両自体の劣化という根本的問題と戦わねばならないようだ。
列車ホテルの営業は今月で終了だが、車両自体はまだしばらくは残る筈なので、今後の処遇に注目したい。

撮影日 2013年03月31日(すべて)
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  1. 2013/03/31(日) 23:59:28|
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CHAO小杉駅撤去の跡地

20130314kosugi.jpg


北陸本線小杉駅にはJR西日本系列のCHAOという売店があった。
場所は北口待合室の横。
元はKIOSKだったのだが、駅リニューアル時に西日本系列のCHAO(ちゃお)に変更された。
それから10年経たない平成25年1月25日付でCHAO小杉駅店は閉店されることとなった。
告知はほとんどなく、閉店後もシャッターに張り紙が小さくされたのみであった。
リニューアル後は駅ホーム側から窓をCHAOの看板で隠し、出入り用のドア前にはゴミ箱が置かれていた。
3月に入っても駅ホームにある看板共に残ったままだったが3月半ばにかけて解体やシャッターの撤去が進められていた。


20130330kosugi.jpg


現在の撤去された姿。
タイルが敷きなおされているが、元の待合室と色が違う。
待合室のベンチなどは特に移設されず、また蛍光灯も新設されなかったがために暗い。
ただ撤去しただけというのがよくわかる。
現役時はCHAO石動駅によく似た形状であった。
これにより小杉駅駅舎内に入る店舗はすべて消滅したことになる。
なお駅前にはコンビニチェーンローソンがあり、近年攻勢を掛けるセブンイレブンなどが市内に多数あるため、利用者は大して困らないものと思われる。
CHAOを管轄するJR西日本系列の株式会社ジェイアールネットサービス金沢のホームページ駅ナカNAVI北陸にはすでに小杉店の紹介はなく、まるで最初から存在しなかったような雰囲気である。
これにより県内に残るCHAOは石動、高岡、富山、魚津、黒部各駅だけとなる。
小杉駅北口は公衆電話も近年撤去されている。

撮影日
イ 2013年03月14日
ロ 2013年03月30日
  1. 2013/03/30(土) 23:53:55|
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北陸本線全線開通100周年記念ステッカー

20130328zentsu100.jpg

2013年(平成25年)4月1日に、北陸本線は全線開通から100周年を迎える。
今から100年前の1913年(大正2年)4月1日、姫川橋梁の完成により糸魚川~青梅間が開業、同時に信越線となっていた糸魚川~直江津間が北陸本線へと編入され、北陸本線は全線開業となった。
北陸本線の西端長浜~敦賀間の一部が開業したのが1882年(明治15年)であるため、全線開業まで31年もの歳月をかけたことになる。
それを記念して、JR西日本はいくつかの記念事業を企画している。
残念ながらこの頃JRはイベントをしたくないようで、記念列車の運行などについての話は聞いていない。
事業の一環として、3月の中ごろから写真のようなステッカーが貼られるようになった。
基本的に国鉄型電車の場合はクハ、クモハの公式側先頭部に貼られている。
「北陸本線全線開通100周年」という金に近い渋めのデザインで、上に過去を示す蒸気機関車、そして下に未来を示す新幹線の図柄を配置している。
記念事業のキャンペーンロゴは二種類だという。
これに合わせ記念グッズや掛け紙を替えた弁当の販売、パンフレットの配布などを行う。

撮影日 2013年03月28日
  1. 2013/03/29(金) 23:58:08|
  2. 475/413/415
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北陸本線越中大門駅トイレ新設

20130328daimonwc1.jpg


北陸本線越中大門駅のトイレが変わった。
新設されたトイレは駅本屋の左手端。
かつては普通の窓があるだけだったが、そこを取り壊して多目的トイレを新設したのだ。
具体的には車いす、オストメイト対応であるということ。
加えてベビーチェアとおむつ交換台が付く。
オストメイトとは臓器や排せつ器などの障害により排せつ器の人工的に新設した人のことで、それによる汚物などに対応できるように特別な装備がなされたトイレのことをオストメイト対応トイレと呼ぶ。
管理は射水市生活安全課が行っている。
これだけの装備を備えた公共トイレは市内でもまだ珍しい。


20130328daimonwc.jpg


また同じように駅構内からもトイレに入ることができるようになった。
かつては駅構内からトイレへ行くことは原則的にはできなかった。
こちらは標準的なトイレで、男女別である。
駅ホーム側も以前は駅本屋の事務室の一部であったが、窓などを撤去しトイレスペースとして生まれ変わった。
ちなみにホーム上の柵や手すりなどは昨年一昨年のうちに整備が進められてきていた。


20130301daimon.jpg


改修工事中の駅舎。
写真右手の奥に見えるのがかつてのトイレ。
国鉄型の駅舎では標準的な離れタイプのトイレである。
3月11日にトイレの使用が停止され、写真右手にあるトイレは解体され現存しない。
この形式のトイレも近年は少なくなっており、無くなるのは少し残念であるが、新機能の付いたトイレがより増えるということは大変喜ばしいことであると思う。
なお、新規に設置された多目的トイレは午前7時15分から午後7時25分までの使用に限られている。
一般の人が使うという点ではこれまでより不便かもしれない。

撮影日 
イ 2013年03月28日
ロ 2013年03月01日
  1. 2013/03/28(木) 23:46:36|
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北陸本線加茂社踏切の看板

20130326kamoshafumikiri.jpg

北陸本線小杉駅と呉羽駅の間にある加茂社踏切。
小杉駅を出発した列車が下条川を渡ってはじめに通過する踏切である。
加茂社というのは線路近くにある社のことで小杉中学校の裏手にある。
この踏切には踏切事故を訴える看板が立っている。
少なくとも10年以上前から存在していてもうずいぶん錆びてしまっている。
デザインとしてはL特急が踏切で車にぶつかるというもの。
車両は国鉄色の485系列と思しきもので、ヘッドマークはちょっとぞんざいなしらさぎ。
貫通扉はないので300番台以降である。
ぶつかられている車は車種不明だがおそらくボックスタイプの車であろう。
車輪がおかしな位置になっているから減速が間に合いませんでしたと。
下には注意書きがされていたようだが薄れていて何か全くわからない。
もうすぐ春がやってくると手前の木が茂って再び冬が来るまで看板は見えなくなる。
現在485系のしらさぎは走っておらず、かつての北陸本線を伝えている。

撮影日 2013年03月26日
  1. 2013/03/27(水) 22:47:04|
  2. 未分類
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ワフ30031

20130326waf30031.jpg

とある民家の横にある国鉄有蓋緩急車ワフ29500形式の廃車体。
現役時の番号はワフ30031である。
ワフは車掌室のある緩急車と荷物室のある有蓋貨車をくっつけた有蓋緩急車で、ローカル線など輸送量の少ない地域で主に使用された。
ワフ29500はその有蓋緩急車最後の新製形式である。
その存在から製造数650両近くという数の割に保存車両は多いが、廃車体として見かけることはあまりない。
ワフ30031は後期の番号に当たる。
現役時は岡オソつまり岡山鉄道管理局岡山操作場の所属であった。
荷重は5トン、自重は10.3トンである。
この個体は倉庫として使用されているようだ。
表記類は薄れているが一部残ることから塗り直しはされていないのではないか。
一見ひどい状態に見えるが、最近屋根がオリジナルからカバーがかぶせられた状態となった。
ベンチレーターの姿は失われたが、雨漏り対策をしたところまだ倉庫として使う予定なのかもしれない。

撮影場所 富山県射水市
撮影日 2013年03月26日
  1. 2013/03/26(火) 23:22:41|
  2. 廃車・廃コン
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城端線新高岡駅予定地付近

20130324shintaka2.jpg

北陸新幹線の工事は日々進み、早いところでは線路が敷設され架線柱も立つようになった。
このうち高岡市内に建設される新高岡駅(仮称)は城端線との接続が行われる予定である。
新高岡駅は高岡市内から離れた場所にある。
従って町との接続のためこの場所に城端線の新駅を設置するのだ。
場所は城端線高岡駅と二塚駅の間。


20130324shintaka3.jpg

高岡市の計画によれば城端線の駅は二線島式ホーム。
新幹線高架の高岡より京田踏切を過ぎたところあたりで分岐し、新幹線高架を通り抜けたところにホームを作る予定のようだ。
写真は新幹線高架橋の下。
このあたりは複線になる予定のようである。
直角に新幹線と交わるが、新幹線駅舎と直接ドッキングしている形ではなく、城端線新高岡駅は新高岡駅駐車場の横にできる予定のようだ。
屋根が付くとしても乗り換えには少し不便ではないだろうか。


20130324shintaka1.jpg

ホームの予定地周辺。
付近はまだ田んぼや工事中の道ばかりである。
ゴミ収集所やブルーシートを載せたトラックのある周辺が城端線新高岡駅、その奥が駐車場の予定である。
駅予定地には第1下黒田踏切が存在するが、おそらく駅建設時には撤去されてしまうだろう。

撮影日 2013年03月24日(すべて)
  1. 2013/03/25(月) 22:32:14|
  2. 未分類
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C35-4156

20130324c35.jpg

貨物駅に放置されている廃コンテナ国鉄C35。
用途廃止処置がとられてからずいぶん経っているが、たまに場所が動く。
元番号はC35-4156だがなぜかC35-4までのみ塗りなおされている。
JRステッカーは見当たらずJNRマークなどが中途半端な状態で残る。
用途廃止処置はJR貨物関西支社で行われている。
年々錆がひどくなっており特に下周りの状態が悪い。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2013年03月24日
  1. 2013/03/24(日) 22:45:18|
  2. 廃車・廃コン
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C20-23963

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とあるホームセンターのような店の裏にある国鉄コンテナC20。
現存するC20コンテナの多くは30000番台だが、これはあまり見かけることのない20000番台である。
C20は番台が少し複雑で生産時期もいくらか異なる。
この個体は倉庫として使用されているようだ。
知る限り、ここ数年扉が閉まっているところを一度も見たことがないので、少なくとも店が開いている場合はこの状態で使用されているのではないか。
状態はさほど良くないが、扉が開いているため中の様子を少しだけ眺めることができる。
下周りはやや腐食気味。
JNRマークは扉に隠れているが一応残っている。
番号のみ白いペンキで抹消ラインが引かれており、番号は読み取りにくい。
フォークリフトのツメ入れ表記などはかなり見えやすい状態で残る。
その他国鉄表記なども現存。
コンテナ全体が経年劣化のせいかかなり歪んでいる。
写真はコンテナに合わせて水平をとったため背景がゆがんでいるが、実際はコンテナのほうが傾いている。

撮影場所 富山県射水市
撮影日 2013年03月22日
  1. 2013/03/22(金) 11:19:40|
  2. 廃車・廃コン
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JA8363

20130320ja8363.jpg

富山市上空を飛行するANA機。
すでに着陸態勢だが北陸本線の橋梁よりもまだ海寄り上空である。
富山空港は神通川河川敷にあるため、市街地でも航空機をかなり近くで見ることができる。
JA8363は全日空ANAの所有するボーイング767-300。
ANA881便で富山空港へ着陸するところのようだ。
ANA881便は東京羽田空港を午前6時40分に出発し、午前7時40分に富山へと到着する。
羽田富山便では一番早い便である。
東京羽田富山便は基本的にこのB767-300で運航されている。

撮影日 2013年03月21日
  1. 2013/03/21(木) 23:45:20|
  2. 航空
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第十九号開渠 川崎造船所製作

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万葉線の中新湊~東新湊間にある築堤にある開渠。
この築堤は新湊市内を流れる内川をパスするためのものであるが、かなり長い。
しかし純粋な自動車まで通ることのできる開渠はこれ一つである。
内川橋梁の周囲にはそれぞれ下に道があるが、橋梁とつながっているためたとえ開業時がそうであったとしても、現在においては純粋な開渠とは言いにくい。

この開渠は開業時からの物と思われるが少し妙な点がある。
銘板においては第十九号開渠、川崎造船所製作、昭和七年十一月との文字がある。
これは庄川橋梁と開渠の名前を除いて全く同じである。
つまりこのガーターは庄川橋梁のガーターと同時期に製作され納入されたのであろう。
ところがこの第十九号開渠のある線区の開業は昭和七年十一月である。
製作時期と同じ月に開業するということはあり得ないように思われる。
銘板に入れる月日は稀に製作年より後にされることもあるが少し腑に落ちないところがある。

開渠を支える土台は昭和初期の開業線に多い古めかしいコンクリートで大体このあたりの路線はすべて同じだ。
入り口には高さ1.8m、幅2.0mの看板があるが、どう見てもそんなにないように見えてしまう。
実際、普通乗用車はまずは入ることができない。
自転車で通る時ですら少し怖く、走行しながらではせいぜい原付が限界であろう。
ちなみに2代目ホンダフィットやトヨタコンフォートの全幅は約1.7mであるが、写真を見る限りまず通れないような気がする。
開業時は人や自転車のみだったためこれで十分だったのであろう。

撮影日 2013年03月19日
  1. 2013/03/20(水) 23:15:33|
  2. 万葉線
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万葉線20号の橋と謎

万葉線のうち越ノ潟から六渡寺までの間は旧射水線である。
元々射水線は神通川の左岸新富山駅から海側の四方を経由して国鉄新湊駅までを結ぶ路線であった。
のち万葉線が高岡から開業して新湊線が貨物専用となり、射水線は加越能鉄道万葉線と新湊駅で結ばれるようになった。
やがて富山新港が開業し越ノ潟以東が分断されると路線は万葉線に編入され、射水線が廃止された後も残り続けた。
新湊駅は六渡寺駅と改称され今に至る。

庄川を渡る万葉線庄川橋梁は第37号橋梁である。
各々の橋にはそれぞれナンバーがついているようで、開業の始まった富山方から順に振られているようだ。


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高岡からの万葉線は中新湊駅を出発すると新湊市内を流れる内川を渡るため橋を渡る。
橋までは長い曲線の築堤が築かれている。
橋を渡って築堤を降り切りカーブを過ぎると東新湊駅である。
かつては引き込み線があり今も高周波の最寄駅である。
その築堤にはひとつ不思議な橋がある。
写真がそれで何とも不思議な形だ。
これよりもひとつ富山よりにあるのが第19開渠なのでさしずめこれは第20開渠あるいは橋梁というところだろう。
問題はこの橋の下には何もない、ということである。
厳密にはコンクリートで作られた溝が橋梁と平行に存在する。
但し中には遠目に見る限りゴミが詰まっているだけだ。
非常に高さは低く、この場所が橋である理由はないように見える。
築堤をそのまま築けばよいような場所である。
地図を見る限りこの橋を挟んで前後の道路は繋がっているが、ご覧のとおり車どころか人間すら通ることができない。
地面はコンクリートがあり、海側にはマンホールが存在する。


20130319no202.jpg

近くには加越能鉄道名義の看板が色あせながらも残る。
よくかつて踏切が存在しておりのちに撤去され不便になった場所にはこのような看板が立つがこれもその類なのだろうか。
しかしこの程度なら築堤の上に踏切を設置すればよいようなものである。
古い地図を見ると50年ほど前には確かにこのあたりに道があったようである。
この場所よりも陸側はもともと田圃であったようだ。
開発が進むにつれ田畑は住宅街と拡張された新港に飲み込まれていったように見える。
とすればこの場所はかつて掘り下げられた道か水路が存在したということなのだろうか。
ならば土台とコンクリートの溝が気になるが、事実はわからなかった。

撮影日 2013年03月19日(すべて)
  1. 2013/03/19(火) 23:11:17|
  2. 万葉線
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南小谷駅のこたつ

20130314minamiotari.jpg

大糸線南小谷駅内には待合室がある。
その待合室内の一部には畳が敷かれているが、冬季には炬燵が設置される。
畳は三枚敷かれ、その上に普通のこたつが載せてある。
待合室自体はそこまで暖かくない。
最近、南小谷駅はリニューアルがなされたが、その前から設置されていた。
写真左を見てわかる通り電気こたつで、コンセントが抜かれている場合もある。
もし温まりたい場合は待ち時間内に素早くコンセントをつなげねばならない。
子供がもぐっているときがあるので足を突っ込むときは注意。

撮影日 2013年03月14日
  1. 2013/03/17(日) 23:49:27|
  2. 未分類
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脇野田駅の今

北陸新幹線開業に伴い、各駅では既存路線との乗り継ぎ場所が設定されている。
一部駅では既存駅との接続ができず、新規に駅を開業させる計画ががっている。
その中で、新潟県内に新規開業する予定の上越駅(仮称)は接続路線が計画地より離れているため、新規に線路を引きなおす計画がなされている。


20130315wakinoda2.jpg

信越本線直江津駅から長野方へ数駅行った場所に存在する脇野田駅。
大正8年に信号場として開業し、同10年に駅へ昇格した。
この駅より西へ数百メートルの場所で新駅の建設が進んでいる。
この数百メートルの距離が乗り換えのネックとなるため、現在の信越線の線路を取り外し、より新幹線駅へ近い場所へ線路を付け替える。
信号場として設置されただけあって、この場所は隣の北新井駅と南高田駅とをほとんどまっすぐ結んだ位置の間にあるのだが、新線はそれをゆがめるようにカーブすることになる。


20130315wakinoda1.jpg

駅舎はごく普通のローカル駅のような形。
ホームは島式が一本のみで改札を出ると構内踏切をまたいでホームに上る形式。
跨線橋はない。
駅員は委託で、特殊な切符の取り扱いはできない。
財産管理票によれば駅舎は大正10年の物で開業時からあるということになる。
ホーム北側、直江津方面は古い石積みのものがあることが確認できる。
待合室も管理票によれば昭和10年の物で、駅舎共に戦前の建築物ということになる。
見た目はリニューアルされていて古さを感じさせない。
駅舎内の待合室には平成10年長野行新幹線開業時の鋤、鍬、鎌が展示されているが状態はあまりよくない。
お客様意見コーナーにはなぜかJR東海の車両のステッカーが貼ってある。


20130315wakinoda4.jpg

ホームはかなり長いが、線路のポイントとポイントの間はさらに長く、かなりの長編成でも交換が可能。
直江津方面長野方面どちらにも安全側線が設置されている。
また南側の長野方面から駅舎のある東側へは側線が一本ある。
片面のみで構内踏切の手前で途切れている。
そのほか駅舎側にはいくらかの鉄道設備が存在する。
駅北側はもともと田圃だったので何もない。
今後は新幹線駅周辺の整備地になるため現在は更地になっている。
新線開業とともに脇野田駅は消滅する予定なのだが、ホーム上の機器には近年更新されたと思しきものもある。


20130315wakinoda3.jpg

長野方を撮影。
新線はこの写真の列車手前より新幹線橋脚の向こう側へ分岐し、新幹線駅の北側を通る予定となっている。
現在その場所へ盛り土を作る工事が行われている。
高架下には警備が立っており、列車は警笛を鳴らしてその場所を通過する。
直江津側の新線と旧線の接続部分は、駅よりかなり離れた場所になる予定だ。

撮影日 2013年03月15日(すべて)
  1. 2013/03/16(土) 22:54:16|
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DE10-1596

20130314de10.jpg

糸魚川駅側線に佇むDE10国鉄ディーゼル機関車。
日本車輛で昭和48年に製造された1500番台。
初期配置は北海道だがどういうわけか富山に転属し、以来富山を塒として20年以上。
富山地域鉄道部に所属している。
同所の中では2番目に若いDE10である。
普段は新湊線や城端線で貨物をけん引する姿をよく見かける。
タブレットキャッチャーを装備するA寒地仕様車。

撮影日 2013年03月14日
  1. 2013/03/15(金) 05:11:38|
  2. 未分類
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のと鉄道三両のラッピング車両

20130310rapping.jpg

穴水駅の跨線橋より研修庫を望む。
のと鉄道ではラッピング車両を運行している。
能登出身の永井豪にちなんだものと、のと鉄道がちらっと出てくるアニメ花咲くいろはをテーマにしたものが2両いる。
写真手前のNT202は映画化に合わせ最近新しく増やしたもの。
その奥にいるNT201はアニメ化後にラッピングが行われた。
それぞれラッピングされている絵柄は違う。
一番奥にある茶色の車両は永井豪記念館をテーマにNT211にラッピングがされている。
中には永井豪本人とアニメソング歌手の水木一郎の直筆サインがある。
一般車両に戻すときはどうするつもりなのだろうか。
また全面ではないもののNT213に世界農業遺産に関するラッピングがされている。

撮影日 2013年03月10日
  1. 2013/03/14(木) 02:26:40|
  2. のと鉄
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UV19A-54

20130309uv19a54.jpg

私有通風コンテナUV19A型。
このUV19A-54は全国通運が所有する個体で、UV19Aの中では初期から中期に入る部類。
他の物と同じく全国通運のカラーである緑色に塗られている。
やや古いコンテナであるため塗装のヤレがひどい。
最近は付け足しの塗装ばかりしているようでつぎはぎの感じが何とも言えない。
扱われ方がひどいのかゆがみはないものの通風部分に亀裂が入っている。
高岡駅にて撮影。

撮影日 2013年03月09日
  1. 2013/03/13(水) 23:29:18|
  2. 貨物
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JR西日本7624

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津幡駅旧貨物留置線に待機する保線モーターカー。
津幡駅は保線用の側線があり、大抵ここには何らかの保線関係車両が待機している。
このモーターカーはJR西日本の所有で、保線関係車両として7624の番号が割り当てられている。
最近の一般的なモーターカーと同じように赤とグレーの塗装がされている。
片キャブの姿で冬季のため両端に除雪装置を備える。


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車体は新潟トランシス株式会社の製造する標準的なモーターカーMCR-400。
形式はMCR-400-4027。
製造時から除雪装置つきである。
平成17年製造。
キャブのある米原方にラッセル、直江津方にロータリー装置を装着している。
同じ型が北陸本線をはじめ各地で活躍中であるが、個体により若干差がある。

撮影日 2013年03月06日(すべて)
  1. 2013/03/12(火) 22:58:13|
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G11編成

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小杉~呉羽間を快走する521系。
金沢に所属するG編成の11編成目。
クモハ521-16とクハ520-16がユニットを組む。
先のダイヤ改正で521系は富山にも乗り入れるようになり、特に昼間に運用されている。
たまに学生の試験期間などに当たると車内は恐ろしい込み具合である。
しかし通常は着席率85%程度で越県するため、2両編成でも大して問題はない。

撮影日 2013年03月03日
  1. 2013/03/11(月) 23:13:09|
  2. 521
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のと鉄道あつあつ亭の話題

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能登の冬といえば牡蠣。
炭火で焼いて殻をあけて汁と一緒に食うととても美味い。
毎年そのためだけに能登へ行く。
専門店もあるが、輪島や穴水、中島などで自治体が主催するイベントでも食べることができる。
イベントのほうが安いが、環境や生カキ以外を望むのであれば専門店のほうがよいだろう。
イベントについては自治体のホームページなどを見ると特集している。
ただ冬の真ん中にやるのが普通なので、今食べたくとも来年を待たねばならない。
なんと季節はずれな記事であろうか。


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のと鉄道穴水駅横にあるのと鉄道のビル。
この時期のと鉄道では「穴水駅ホームあつあつ亭」というのをやっている。
のと鉄道のが副業やっている牡蠣を中心とした食事処で、非番の鉄道職員が対応にあたってる。
どことなく国鉄末期の増収策に似ている気がしなくもない。
呼びに来たのはお偉いさん、食事を運んでくれたのは観光案内の人だった。
開催時期は3月24日までの土日。


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予約を推奨されているがすぐ予約は埋まってしまう。
受付を会社建物で済ますと、そのままホームから車内で待つように言われる。
今は使用されていない0番ホームには元パノラマカーのNT800が留置されて、その中で客は準備ができるまで待つ。
NT800はかつて能登線廃止に伴って珠洲から能登中島へ運ばれていたものだ。
今は穴水駅で休憩所としての余生を送っているようだ。
車内はテレビが更新されるなどして現在に対応している。
コーヒーはセルフサービスで100円。


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いよいよ呼び出されて案内されたのは穴水駅構内の跨線橋、の上。
「穴水駅ホームあつあつ亭」とはいうものの、ホーム上に食べる場所はなく、牡蠣を焼いているのは会社建物かあるいはこの跨線橋の上である。
暖房が逃げないようにカーテンが両端についている。
2番ホームへ行きたい人は牡蠣を食べている人の後ろをそろそろ抜けてゆく。
どうして跨線橋で食べることを思いついたのかはわからないが、確かにここであれば暖房は逃げにくい。
加えて駅に発着するディーゼルの音を聞くことができる。
鉄道マニアにはうれしい。
ただし座って食べているときは外は見えない。
跨線橋は昭和37年に国鉄金沢鉄道管理局が設置したもの。
全盛期の能登線七尾線の乗客に耐えてきたのだからこのくらいは余裕であろう。
最近、テレビ局が取材に来て石原良純が座って行ったらしい。


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そのほかにも牡蠣関連として「牡蠣グルメ&語り部列車」というのを運行している。
これも3月24日までの運転。
往復500円と格安でさらに地元のガイドがついてくるという企画。
帰りは定期列車に乗車するが、その帰りに降りて牡蠣を食べて行ってほしいということらしい。
店の予約は客が各自で行う。
臨時列車で特別ヘッドマークを掲出。
途中駅では長時間停車し、ガイドが案内を行う。
七尾駅及び和倉温泉駅からの乗車が可能だ。

この日はのと鉄道がちらっと出てくる(見たことはないが)アニメ「花咲くいろは」の映画が石川県先行公開されるのに合わせ、アニメマニアが多数聖地巡礼に来ていた。
それに合わせラッピング列車を新たに一本導入しており、グッズも販売するという。
昨年は営業成績が少し上向いたこともあり、のと鉄道における今後ますますの発展を期待したい。

撮影日 2013年03月10日(すべて)
  1. 2013/03/10(日) 23:56:13|
  2. のと鉄
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475系の流し管

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北陸線の475系や457系などはクモハ、モハユニットにクハが付いた状態で使用される。
全ての車両に洗面所とトイレがついていたが現在クハにのみトイレと洗面所がついている。
残りのモハなどについていた洗面所とトイレは撤去されるか封鎖された。
中には完全に撤去された車両もあるが車体下にその名残を見ることができる。
写真のモハ474には床下に洗面所用の流し管がついている。
写真中央の台車の車輪上にある床下から突き出したものがそれ。
洗面所にあるものはトイレと違い循環機構などはついていない。
そのため使用した水はすべて垂れ流しである。
モハ474はすべて洗面所が使用できないようにされたので車体下の流し管は撤去されたものもある。

撮影日 2013年03月09日
  1. 2013/03/09(土) 23:52:39|
  2. 475/413/415
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日本曹達国鉄特急風鳥コンテナ

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高岡駅中線に待機する貨物列車より。
高岡貨物までは日によって日本曹達のコンテナが入ってくるがこの日はU19A-828とU19A-824が来ていた。
いずれも国鉄特急色に近いカラーリングを纏っている。
日本曹達のコンテナにはバリエーションがあるが、これは鳥の絵が描かれているようだ。
ウサギのマークが入っているものやクマのキャラクターが書かれているのもある。
番号が少し飛んでいるが、大概この二つはコンビを組んで運ばれている。
828のほうはなぜかコンクリか砂で汚れているようだ。

撮影日 2013年03月08日
  1. 2013/03/08(金) 23:50:51|
  2. 貨物
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津幡駅1番ホームの速度標識

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津幡駅の1番ホームには通過列車用の速度標識が設置されている。
かつての急行能登、特急北陸が停車したほか一部の特急が現在も停車するが大半は通過する。
上り線の1番ホームには倶利伽羅を超えてきた列車が高速で通過していく。
速度標識は縦になっており、形式によって速度が違う。
上は制限105km/hで681、683系が対象。
サンダーバード、しらさぎ、はくたか用であろう。
下は制限100km/hで485、489系となっている。
489系は現在すべて廃車にされ、車体が現存するものも両端の先頭のみであり、もう走ることはないはずであるが速度票は今もそのままである。
489系を定期に使用していた急行能登はこの駅に停車していたため、臨時列車やはくたか代走などのために設置されていたのだと思われる。

撮影日 2013年03月06日
  1. 2013/03/07(木) 21:24:58|
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金沢線路技術センター025

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津幡駅の旧貨物ホーム跡に佇む金沢線路技術センター所属のモーターカー。
現在旧貨物ホームあとの大部分は駐車場とマンションに転用され、残りは保線関係の側線となっている。
その一番奥にはこのモーターカーが置かれている。
ここ数年この場所から移動しているところを見たことがない。
元々は富山に所属していたがいつからか所属を金沢線路技術センターに変えている。
向こうには新型のモーターカーがいるため訓練用の物なのだろう。


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最近のモーターカーは赤とグレーに塗られているがこれは昔のままの黄色いモーターカーである。
旧新潟鐵工所、現在の新潟トランシスが昭和54年に製造した個体。
形式はMCR-4-4093。
この頃はMCR-400がはやりであるがそのずいぶん前の車体である。
銘板にはロータリー装置付きとあるが、前後にそのようなものは設置されていない。
保線用に転換された際ロータリーを取り外したのだろうか。

撮影日 2013年03月06日(すべて)
  1. 2013/03/06(水) 20:34:23|
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金沢駅百番街改札口の案内機

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金沢駅は営業時間中ずっと使用し続ける改札のほか、百番街改札口が設置されている。
これは金沢駅に併設された土産や食事を提供する百番街という施設に直接行けるようにしたもの。
かつて富山駅にあった特選館改札や高岡駅にあった高岡ステーションデパート口と似ている。
切符売り場はひとつしかなく主に観光客や自転車置き場から百番街を突っ切ってくる定期利用者のためにあるのだろう。
改札はごくごく狭く係員が一人いる受付窓タイプの物。
観光客相手だからかほとんどの場合女性の駅員が担当している。
百番街は一階だが、改札口は中二階である。
そのため百番街から改札まではエスカレータと階段がある。
階段上には時計と出発時刻案内板が設置されている。
厳密には駅構内にあるLED式案内板をビデオに撮り、その映像をこの液晶モニターに表示しているようである。
昔はこのような形ではなかったと記憶しているが、百番街側からでも時刻がわかるようにとの配慮であろう。
奥には駅舎改築時から設置されていると思われるシチズン製のデジタル時計がある。
かつてよく駅で見かけたが、この頃は消えていっている気がする。

撮影日 2013年03月05日
  1. 2013/03/05(火) 23:50:39|
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ビール輸送用ワムハチの転用倉庫

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とあるリサイクル関係企業の敷地に佇むワム80000形国鉄有蓋貨車。
ワム80000通称ワムハチは26000両を超す大所帯であるが、この個体はその中でも用途別限定車であるビール輸送専用車である。
具体的にはビールケースが収まるように幅が従来と違う形に設計されている。
後にビールのケース形状が変わったためきっちり詰め込めなくなり、トラック輸送と相まって次第に活躍場所を奪われることになってゆく。
この個体はかなり錆びていて車体番号が読み取れないがかろうじて584という上3ケタの文字が読み取れる。
584000番台はビール輸送専用に新製された車体で、500両近い数が製造された。
ビール輸送車両は他のワムハチと違いビール専用の車両のため運用が限定されていた。
この貨車の側面には「仙」という仙台鉄道管理局を示すプレートが付けられている。
その下に常備駅のプレートが存在するが錆びていてほとんど読み取れない。
前という文字が読み取れるため、字数と幅からして陸前山王駅常備だと推定される。
陸前山王駅からは仙台臨海鉄道が分岐しており、仙台西港線沿線にはキリンビールの引き込み線が存在する。


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また車体形式プレートの横には専用運用区間を示すプレートが付けられている。
こちらもかなり薄れているが、右側に越中島、小名木川、新小岩(操)、汐留などの文字が書かれており、左手に矢印が向けられ左には倉賀野と書かれている。
倉賀野駅にも同じくキリンビールの引き込み線が存在していた。
所属は東北であるが、プレートの限定運用を見ると倉賀野工場から首都圏へとビールを運ぶ運用についていたと推測される。
車検は昭和61年までのところを二重線で消して62年に書き直してあるようだ。
北陸に置かれてはいるが、北陸にはおそらくほとんど縁がない車両であろう。
反対側の扉はリサイクル用のゴミを入れるため扉が解放されており、遠目ながら支持柱の動かされた車内を見ることができる。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2013年03月03日(すべて)
  1. 2013/03/04(月) 23:07:33|
  2. 廃車・廃コン
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ヨ5000形式の廃車体

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とある会社の敷地内に佇む車掌車。
四つ窓の国鉄型館旧車の標準的な姿である。
この窓配置の車掌車はいくつか形式があるが、床下に日本国有鉄道郡山工場の銘板で昭和42年に改造との文字があることからヨ5000形13500番台であると思われる。
ヨ5000形13500番台はヨ3500車掌車の台車周りを改造し最高速度を引き上げたもので、番台こそ13500番台だが実質はヨ3500に10000番台を足しただけである。
ゆえに13500番台はすべて番号が続きではない。
ベンチレーターは大小一つずつのタイプ。
側面窓が中央にかなり寄っているため、初期型のヨ3500を改造したものだと思われる。
一度黒くペンキで塗りなおしたようで、割とこちら側の塗装は新しい。
そのかわり車体番号はわからない。
デッキ部分の床は木製であるが、こちらはかなり傷んでいて割れなどがひどい。
またこの反対側の面は逆に塗装が塗りなおされておらず、大半の塗装がはがれてしまっている。
その上腐食も激しいのでこちらもまた番号を読み取ることはできない。
下周りは腐食がそこまでひどくなく、エンド表記を読み取ることができる。
銘板は改造銘板と国鉄銘板が取り付けられている。

撮影場所 富山県砺波市
撮影日 2013年03月03日
  1. 2013/03/03(日) 22:08:27|
  2. 廃車・廃コン
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B06編成

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554M列車

編成は
↑米原
クハ412-6
モハ412-6
クモハ413-6
↓直江津

471系、475系をベースに改造された413系の第6編成であるB06編成。
クハの正面行先表示機は完全に埋められていることがわかる。

呉羽~小杉間にて。

撮影日 2013年03月02日
  1. 2013/03/02(土) 22:26:44|
  2. 475/413/415
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西金沢駅東出口完全使用開始

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西金沢駅東出口は橋上化の際小松側の出口のみを完成させて開業した。
計画には金沢側にも出口があったが、同時に開業は行わなかった。
出口設置のためには旧駅舎の解体と新幹線橋脚の設置を先に行わねばならなかったため、開業がずれることとなったのだ。
このたび新幹線橋脚に並行して行われていた西金沢駅東出口金沢側の工事が終了し、晴れて西金沢駅東出口が完全に完成した。
写真中央部にある橋脚の後ろにはエレベーターがあるが、それよりも右手にあるほうが今回新たに開業した部分である。
乗客は下車後自転車小屋方面、徒歩、バス、北陸鉄道石川線へと別れるが、出口が同じなためラッシュ時は特に混雑していた。
また北鉄へ行く場合には従来では遠回りをしなければならなかったため、接続の悪い北鉄へ乗り遅れるケースがしばしばあった。
この出口の完成によりそういったケースが少しは緩和されるのではないかと思われる。
短縮距離は約25メートル。


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橋上駅の上より新しくなった階段を撮影。
階段自体は既存の小松側にあるものと大して変わらない。
前まで撤去されていたベンチと公衆電話が設置しなおされている。
コンコースに設置されていた看板は写真左手に北鉄新西金沢駅があることを示している。


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合わせて周辺も若干整備された。
写真は従来通りの小松側出口からカメラを右手小松方面に振ったところ。
右手にはかつての北陸鉄道貨物連絡線と国鉄貨物ホームがあった。
新幹線橋脚の下敷きになったほか新幹線工事車両や資材が置かれていた。
末期には西金沢駅用の仮駐車場もあったが東口完全開業とともに封鎖された。
現在封鎖されている向こうには駐車場が前よりも広く整備されている。
計画書には駅東広場の文字があるだけでこれからの計画はわからない。


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新しく開業した出口より金沢方面を望む。
写真中心にあるアパートが旧新西金沢駅の跡地で、左手にある看板の裏に新西金沢駅がある。
駅前にはプランターに花が植えられたものが設置された。
縁石が設置され、形はどことなくロータリーに近い。
計画書ではロータリーの形にし、駅前にある北鉄の踏切を跨いだ場所からJR駅側にロータリーの中心となる緑地を作る予定のようだが、この広さに設置できるかどうかは怪しい。
出来たとしてもとてもこじんまりとしたあまり意味のないものになりそうだ。

一方の西口では現在も工事が継続中である。

撮影日 2013年03月01日(すべて)
  1. 2013/03/01(金) 23:31:18|
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