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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

青ワムハチ伏木へ

定期輸送が全廃されていくらかたったワム80000。
最後の生き残りともいわれる京都にいたワム380000番台が10月27日、南福井経由で伏木へと回送された。(厳密には一度高岡貨物に送られている)
彼らが今どうなったかといえば。

DSC_186.jpg

明け方撮ったのではなく長時間露光による夜中の写真。
場所はおなじみ旧伏木貨物駅である北陸ロジティックスの敷地。
左にいるのが金沢からイベントの時に持ってこさせられたダルマの青ワムハチ。
そして写真の奥側から右へ伸びているのがすべて今回輸送された青ワムハチである。
黒い木造貨車との並びが新鮮。
この場所がこんなにたくさんの貨車でにぎわうのは何年振りだろうか。


DSC_188.jpg

上写真反対側保税倉庫沿いの道路から。
貨物駅が現役であった頃、この場所は線路跡地故に立ち入り禁止であったが今は道路があるため結構間近まで近寄れる。
ずらりと並ぶすべてが青ワムハチ。
北陸人にはなかなか新鮮な光景である。
ススキとセイタカアワダチソウがかかる青ワムハチとの色の対比が美しい。
もしかしたらかつてこの場所に来たことのある貨車もいるかもやしれない。

この間の北陸ロジティクスのイベント時、社員さんにワムハチ倉庫について聞いた。
曰く「あの倉庫一杯在庫あるんですよ~」なんて話だったが、まさかこれのことじゃああるまいか。
何にせよ遅かれ早かれこの貨車たちは達磨にされるか何かで倉庫にされるのであろう。
今回は暗くて断念したが、そのうち余裕があれば車番のチェックをしようと思う。
ちなみに一部の人が送り先として予想していた日本車両リサイクルには地下鉄車両がやってきていた。
そのうち見に行きたいところだ。

撮影日 2012年10月30日(すべて)
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  1. 2012/10/31(水) 00:47:50|
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413系の快速幕

DSC_9572.jpg

ホリデーライナー金沢は土曜休日祝日に運行される快速列車。
富山から金沢までをかつての快速には劣るものの数駅飛ばして結ぶ。
特に追い越しなどは行わず、また金沢駅での乗り継ぎもそこまでよくはない。
金沢行きのみ存在し、富山行きは設定されておらず、客は買い物を終えた後普通列車で戻るというわけだ。
金沢でのショッピング専用に近い存在だが、客層はそれを選ばない。
2本体勢だったころはヘッドマークが存在していたが、現在は1本のみでヘッドマークはつけられなくなってしまった。

撮影日は祝日だったため運行されていた。
普段は475系列で運行されるこの快速列車だが、この日は413系が充当されていた。
475系列はモハに電光掲示の行先表示が存在し、その中には快速もラインアップされている。
413系は幕式の行先方向表示である。
快速定期運用のない413系だが、ご覧のとおり快速幕がついていた。
現在は廃止された七尾線快速用なのか、それともかつて北陸本線にあった快速幕をそのまま残してあったのだろうか。

撮影日 2012年10月08日
  1. 2012/10/30(火) 22:12:46|
  2. 475/413/415
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如意の渡し乗船のしおりに読む青ワム

つい先日関西で留置されていたワム80000が南福井行きと思いきや高岡までやってきたそうで。
見に行きたいと思いつつ、やはり自由に動くにはニートにならざるや云々。

さて今回回送されてきたのはワム80000の中でも車輪の軸受けを平軸受からころ軸受に変更した通称保守向上車。
平軸受というのはメタルだとか呼ばれるすべり軸受けのことで、主に油などを使って軸と軸受の間を潤滑させて回転させる。
一方のころ軸受はつまるところローラーベアリングで、軸との間に玉だとかあるいは円筒形のパーツを挟んで軸との間に転がりを設ける。
なのでころ軸受のほうが転がり性能は高い。
見た目には台車のほか色が青色へと塗り替えられ、従来のとび色と差別化が図られたものになっている。
改造は平成4年ごろから始まり、北陸松任工場の改造も含めて約500両に行われた。
近年新潟や東海筋にいたほとんどのワム80000が改造されたこの青ワムハチというわけだ。

平成4年といえばすでに富山では貨物輸送が下火で、あまり青いワムハチに縁はなさそうである。
が、全くないわけではない。
そこでタイトルのこのしおりの登場である。

DSCF4133.jpg

如意の渡しは小矢部川の西側にある中伏木と、東側にある伏木を結ぶ渡し船であった。
時代によって場所がちょくちょく変わっていたというが、最後のルートは万葉線中伏木駅と氷見線伏木駅を結ぶような形で、それぞれ対岸に待合室が存在していた。
運営する伏木港湾交通は渡し船の利用者にパンフレットとしてこのしおりを配布していた。
基本的に伏木方の有人待合室で配布されていたもので、旅の思い出にととってある人も多いであろう。


DSCF4134.jpg

そのしおりの中にある船の紹介。
すでに配布当時船の色などが変わっていたが、廃止まで同じパンフレットを使い続けた。
さて、船のバックに注目。
よくよく眺めると右端にとび色のワムに混じって青ワムハチが見える。
青ワムハチが製造されてからワムでの輸送が富山であったのは10年もなかったはずなので中々珍しい写真ではないか。
あまり覚えていないが、紙輸送関係で旧十條製紙なんかから一度伏木貨物駅まで引き上げてきた編成だったのではないだろうか。
クレーンのふもとにあるということは伏木海陸倉庫の横であろう。
白いクレーンはかつてマンモスクレーンなどと呼ばれた伏木港のランドマークだったものだが、数年前鉄高騰の時に撤去された。
中央奥の一際高い建物が現在の伏木港湾合同庁舎。
耐震工事を施されて今も現役。
奥の貨物船のいる場所の裏は保税倉庫。

如意の渡しはちょうどルートと同じ場所に小矢部川をパスする橋ができたことから廃止を決定、平成21年8月2日を最後に運行を停止した。
同時にその橋から降りた道の延長線は、かつての伏木貨物駅跡地の大部分や野積み場跡を飲み込んでいった。
この写真に描かれた風景とは、二度会うことができなくなってしまった。
  1. 2012/10/29(月) 23:59:18|
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C20コンテナの窓付き倉庫

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とある山を下る途中にある住宅地。
その一角にある畑の隅にいるのがこのコンテナ。
一見してコンテナだと気づくには難いが、よくよく見れば鉄道用コンテナである。
緑にしろラインがうっすら残ることからC20コンテナであろう。
コンテナグリーンとは色味が違い、白帯の上にも塗装が載っているため、一度別の緑色で塗装したのであろう。
そのため元の車番や廃車時期の推定は難しい状態。
サッシ窓がとりつかられたほか、屋根は雪対策か傾斜が付いたものが設置され、雨樋もある。
土台もコンクリートのようだ。
手が加えられていることから、錆は見えるもののまだこの場所にいることになるだろう。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2012年07月13日
  1. 2012/10/28(日) 22:53:20|
  2. 廃車・廃コン
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黒部峡谷鉄道の旅客用機関車

この記事がちょうど100回目のようで。
これからもゆるやかに細く長くやっていきます。

紅葉の時期だというので黒部峡谷へ行ってはみたものの、紅葉はまだ始まってはおらず。
線路端でひたすら撮り鉄をすることに。


HDM.jpg

R型客車を引っ張って走るEDM型機関車。
EDM型は大抵ED型から改形式されたものだが、このEDM31は新製時からEDM型。
なので側面の形式プレートはピッカピカなタイプ。
日立製。


EDR.jpg

開放型のトロッコ客車B型をけん引するEDR機関車。
EDR型もEDM型と同じくED形式からの改造車。
ただし写真のEDR33は新製時からEDR型。
見た目はEDM型と大して変わらない。


EHR.jpg

同じく解放B客車を牽引するEHR型機関車。
顔つきはEDR、EDM形式と大して変わらないが、片側のみしか運転台がないのが特徴。
通常旅客を引く場合は背中合わせにして運用される。
この形式はこの二両のみの製造にとどまっている。
後ろに見えるのは導入されてまだ新しい3100系式リラックス客車。
バリアフリー完備車である。


EDV.jpg

B型、A型、R型の各客車を引いているEDV型機関車。
昨年導入されたばかりで、営業についたのは今年(冬開け)から。
まだこの二両のみしか存在しない。
黒部峡谷鉄道発のVVVFインバータ式制御車両。
製造は日立ではなく川崎重工業。
この編成、最後尾には車掌用のハ型客車と無蓋車も連結されている。

黒部峡谷鉄道の機関車は製造年がばらばらでその上使いまわしなどが激しいのでなかなか詳しい資料がない。
趣味的には面白い機関車ぞろいだと思うのだが。
紅葉は来週か再来週あたりが見ごろのようで。
さぞ列車が混むのだろう……。

撮影日 2012年10月27日(すべて)
  1. 2012/10/27(土) 22:24:34|
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ワム85505

DSC_0034.jpg

夕日を浴びる元国鉄ワム80000有蓋貨車。
車体番号は例のごとく塗りつぶされていますが、よくよく見ればワム85505が元の彼の番号のようで。
コンクリートのどっしりとした台座の上に鎮座しており、覗き込むと床下の形状がよくわかる。
車体表記のみ廃車処置をとって消した以外はオリジナルの状態を保っていることが原色のとび色から想像できる。
だが車体は錆が所々に垂れ、塗装の割れが進行している。
わりかしじめじめしたところなのかコケが至る所に植わっていて特に雨樋が人気なようである。
検査も塗装の割れを受けてかなり見えにくいが、広島工が扱っていた車両のようである。
最後に検査が切れたのは昭和59年。
甲府かそこらで検査を受けたのが最後のようだ。
経年劣化がひどく、どこもかしこも読み取れない。
完全塗り潰しよりかはいくらかマシだが。
国鉄のヤード扱いは昭和59年に終了しているため、それに伴って廃車、倉庫転用となったのであろう。
銘板は見当たらなかった。
この手の転用倉庫にしては珍しくドアが開いたままである。
隙間から覗きこめばおそらく内部の様子がわかるであろう。

撮影場所 石川県白山市
撮影日 2012年10月08日
  1. 2012/10/26(金) 23:35:49|
  2. 廃車・廃コン
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白いワラ1倉庫

P1258.jpg

とある一桁国道沿いにあるレジャーランド。
その広大な駐車場の端にある送迎バス駐車場。
の、そのまたはじっこに鎮座する貨車。
足元が草むらに埋まっていて分かりにくいがワラ1である。
手すりは短いほう。
その手すりも外れてしまってちょっと悲惨。
置かれた時期を考えれば少なくとも20年たっているはずで、その割には状態は良い。
しかしやはり錆が出てきている。
塗り替えがなされているため車番などは不明。
各社の物置と一緒に並んでいる。

撮影場所 石川県金沢市
撮影日 2012年10月24日
  1. 2012/10/25(木) 21:44:39|
  2. 廃車・廃コン
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防災野々市27号

平成24年10月20日、21日両日に私立金沢工業大学で学園祭が行われた。
学園祭では多くの催しが行われ、多数の来場者が訪れた。
その中でLC(ライブラリセンター)横では消防車の展示が行われた。

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展示されたのは日野デュトロの消防ポンプ車。
野々市市消防団第4分団の車両。
ナンバーは石川830の・119とこだわりの番号。
昨年できたばかりの野々市師のステッカーが貼られている。
新しい車両なので装備は最新のもの。
仮装は日本機械工業が行っている。

大学の中庭では消防用ポンプとホースを使っての体験が行われた。
ホースを握って「火」と書かれた板を倒すというもの。
なかなか難しそうであった。

撮影日 2012年10月21日
  1. 2012/10/22(月) 23:57:11|
  2. 緊急車両
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ほくてつ電車まつり開催される

平成24年10月21日、北陸鉄道鶴来駅周辺で鉄道イベントが行われた。
10月14日の鉄道の日に合わせたもので、北信越地域の鉄道の日イベントとしてはこれが最後になる。

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車両の展示は鶴来の車両基地で行われた。
検修庫の中には7700が。
運転席が解放され、座ったり撮影したりできるようになっていた。
子供には帽子も完備。
車内には机が置かれ各種パンフレットが配布された。
広告部分には北鉄写生大会の作品が展示されていた。
優秀賞のあれはプリンスグロリアより車両に力を入れるべき。
隣にはもらい物のロータリー小型除雪車が展示されていた。
最近塗り替えたので前よりましな姿。
研修庫横の留置線ではED201が展示された。
もっと車両の展示が欲しいところだが車種がないのだから仕方ない。

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反対側の研修庫内部では鉄道模型の展示。
なかなか北鉄の特徴をよくとらえたレイアウトで毎度感心させられる。
今年もまたグレードアップしたようだ。
北鉄金沢バスには対応していなかったようだが。
隣では部品即売会が。
白山下の入った方向幕や時刻表があったが、すぐに掃けて釣り手とレールしか残っていなかった。
加賀八幡-鵜川遊泉寺のタブレットキャリアと旧型車用と思しき準急ヘッドマークのみオークションであった。
どうにも小松線の部品なども売っていたようである。

DSC_1363.jpg

駅前では北鉄バス系列の即売会が行われた。
円盤が大量に出されていたようで抱えている人を多く見かけた。
横のワゴンにはワンマンアナウンスや電光掲示板の実演が行われていた。
北鉄バスのイベントはバスオタの人がやっているのでこういう展示が面白い。
即売会の売り上げは東日本大震災への募金となるそうだ。
加賀白山バスの研修庫はミニSL広場として開放された。
EF70などいつも通りの車両があり、行列ができるほどの人気であった。

同日には鶴来の街中でご当地グルメのイベントが行われていた。
北鉄でイベントに参加した人は帰りの運賃が無料になるというチケットが配られた。

撮影日 2012年10月21日(すべて)
  1. 2012/10/21(日) 23:53:09|
  2. 北鉄
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富山県警察 601

先日紹介した有磯海サービスエリアのイベントから。

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180系クラウン、通称ゼロクラのパトロールカー。
富山県内をはじめ全国的に配備されているゼロクラのパトカー仕様である。
コールサインは601。
ナンバーは富山800さ9280。
サッシュミラーと二段式ルームミラー装備。
ホイールはトヨタ純正品。
カーナビはついていないがそのかわりETCがついている。
これがないと仕事にならない。

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リアを斜め上方から。
コールサインの上にホイップアンテナが装着されている。
車内のATセレクトバーの横には「速度違反」や「パトカーに続け」などのスイッチがあり、これを押すとリアウィンドウにある電光掲示板に文字が表示される。
パトライト社製の装備。
赤色灯はブーメラン型で同じくパトライト社製のAWS-12HMFQ。
DC12ボルトなのでやろうと思えば家でもつけられる。

右側のキャラクターは何者だろうか。

撮影日 2012年10月14日(すべて)
  1. 2012/10/20(土) 23:44:54|
  2. 緊急車両
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EF81-406

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呉羽~小杉間を快走するEF81-406。
406号機は門司の所属だったがここ数年富山で働いていた。
数日前、ついに門司へ返却された。
富山ではEF510が増備中なのでその影響だろうか。
門司は機関車が足りないと聞く。
また戻ってきてくれるだろうか。

撮影日 2011年11月26日
  1. 2012/10/18(木) 23:56:18|
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C36-3231

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海沿いを走る国道近くに佇む国鉄コンテナC36-3231。
国鉄コンテナC35の後継で、7500個ほど製造された。
色は薄い青一色。
7年ほど前までは一編成に一個くらいはいるような残存率であったがこの頃はもう見ない。
ターミナルによっては19D以上に廃コンテナをストックしている場合もあるが。

この個体は昭和62年富士重工の製造。
当時よく見られた国鉄マークの上にJRのステッカーを張っている。
JRステッカーが少し剥がれ、赤いJNRマークがのぞいているのが面白い。
国鉄は昭和62年に分割民営化されているので、JNRマークをつけていた時期は短かったのではないだろうか。
扉には国鉄の白文字がうっすらと確認できる。
製造から年月がたっていないせいか、扉には操作説明の文字が残る。
廃車されてまだそこまで火が立っていないのかもしれないが、状態はあまりよくない。

撮影場所 新潟県糸魚川市
撮影日 2012年10月14日
  1. 2012/10/17(水) 23:53:58|
  2. 廃車・廃コン
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C20-36517

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国鉄コンテナC20-36517。
ある駅の裏側で倉庫として使用されている。
どちらかといえば廃止された貨物駅に近い場所にあるので、もしかしたら現在はあまり使用されていないのかもしれない。
黒く塗りつぶされているが、うっすらと見えるコンテナグリーンと白帯がC20コンテナであることを伝えている。
塗りつぶされた後年数がたっているのか黒い塗料はひび割れが激しい。
コンクリートの土台も古そうだ。
付近にはほかにもコンテナ転用の倉庫が存在している。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日 2012年10月06日
  1. 2012/10/16(火) 23:52:48|
  2. 廃車・廃コン
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有磯海サービスエリア北陸自動車道開通40周年記念イベント

北陸自動車道有磯海サービスエリア(下り)で平成24年10月14日、北陸自動車道開通40周年イベントが行われた。
イベントはNEXCO中日本が主催するもので、北陸自動車道金沢西インターチェンジと小松インターチェンジの開業40周年を記念して行われた。
有磯海サービスエリアは北陸自動車道の滑川インターチェンジと魚津インターチェンジの間にあり、魚津市内に位置する。
サービスエリアとしては規模の大きいほうで、ホテルニューオータニ高岡のレストランなどがある。
また「恋人の鐘」が裏に設置されており、日本海の望めるデートスポットとなっている。

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イベントの醍醐味である車両展示。
車両はネクスコのパトロールカーが一台と警察車両が二台。
道路パトロールカーはトヨタランドクルーザープラド。
ナンバーは富山800す・592。
ダッシュボードに定期巡回表があったのでこれを写せば好きな時に遭遇できるやもしれない。
警察車両は二台とも富山県警の物。
後ろにいるのはストップメーターを装備した交機のゼロクラパトカー。
コールサインは601である。
何かの機会に紹介できれば。

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同じく富山県警の白バイ。
子供から大人まで人気であった。
でもつかまりそうになると嫌うのよね。
車種はスズキGSF1200Pである。
ナンバーは富山6645。
富山でよく張ってるのはHONDAのVFRだけどこいつはSUZUKIなようだ。
顔を消すかどうか悩んだがいい笑顔だったのと、制服を着ているということは公務執行中のはずなので残した。
問題があればご連絡ください。

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裏の恋人の鐘あたりの広場で様々なブースがあった。
アンケートに答えるだけで絵葉書がもらえたりお茶がもらえたり中々贅沢。
ブースは主に黒部など呉東地区(富山県中心を走る呉羽丘陵より東を指す)の観光関係の場所からの出展であった。
面白いところでは富山県警の運転シミュレーターもあった。
見に行ったときはステージにてマジックショーが行われていた。
手品のタネを明かしてくれてなかなか親切であった。

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オマケ。
駐車場の端にいたネクスコのハイラックスサーフ高速道路維持作業車。
ナンバーは石川800さ3864ということから石川にいる車らしい。
イベントの応援だろうか。

撮影日 2012年10月14日(すべて)
  1. 2012/10/15(月) 23:42:08|
  2. 緊急車両
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糸魚川鉄道祭り

平成24年10月14日鉄道の日。
糸魚川駅前を中心に、糸魚川駅100周年及び大糸線全線開通55周年記念のイベントが行われた。

8月の松任工場見学にあった糸魚川市のブースで熱心なお誘いを受けたので行ってきた。

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糸魚川駅は現在新幹線新駅の工事が急ピッチで進められている。
新幹線駅要地にはかつて赤レンガ車庫やターンテーブルなどがあったがすべて解体された。
新駅舎は平成27年の新幹線開業に合わせて開業するもので、現在の駅舎を一部取り壊して橋上駅にする予定だ。
同時に南口に駅前広場を設置する予定である。


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駅前のメインストリートは封鎖され、歩行者天国として提供された。
所謂ご当地グルメや駅弁、鉄道グッズの販売が行われた。
糸魚川市のブースでは大糸線全線開業55周年で作成された「JR大糸線ジオ鉄マップ」が発表されていた。
大糸線沿線の地図に始まり、歴史や地域、運行車両など見どころを幅広く特集している。
また糸魚川鉄道OB会のブースもあり、貴重な写真の展示が行われていたり、あるいはOB同士の交流が行われていたりした。
そこでおそらく当時焼いたであろう写真(今と光沢加工が違う)をいただいた。
ありがとうございます。


DSC_0885.jpg

ステージでは様々な発表が行われた。
写真は小谷村奴踊り保存会の催し。
最初は時代劇をやるのかと思ってしまった。
ほか糸魚川高校などの吹奏楽演奏などもあった。
昔ながらの感じな白っぽい制服だったがまだ夏服なのだろうか。
演奏曲のチョイスがなかなかいい感じであった。
鉄道クイズやカラオケショーなどもあったようだがその時間まで残っていなかったので分からない。


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物品販売。
主催はJR西日本商事なのでだいたいこんな価格。
写真の部品は抽選で、419系の部品が中心で489系のは少しだけ。
同日に敦賀で行われた物品と比べると数は少なめであろうか。
切りコマや釣り手などは抽選ではなかったが早々と掃けている。
お楽しみ袋は5000円であった。だんだん高くなるな。
別ブースでは赤レンガ車庫の解体煉瓦が台座つき限定100個で販売されていた。
ほかに引き込み線レールの切れコマも大小で各限定100個。
まぁまぁ売れていたような感じに見えた。

出展ブースはパンフレット上にあるもので22店舗。
パンフレットに掲載されているブース以外にも赤レンガ車庫の解体部品の展示を行っている店もあった。

鉄道の日にいくつもイベントが重なったこともあって人の具合はちょうどよかったように感じた。
自家用車用の駐車場も駅や会場からそこまで離れておらず、遠方からの来訪者にも配慮がなされていたように思う。
誘導の警備員が混乱している姿もあまり見なかった。

この頃糸魚川市は鉄道マニア向けにいろいろと企画を練っているようだ。
しかし糸魚川市には現在キハ52や赤レンガ車庫といった鉄道マニアを釣る餌のようなものはすでにない。
風光明媚な景色だけで鉄道マニア向けの観光振興を図れるだろうか。
アイデアに注目したい。

撮影日 2012年10月14日(すべて)
  1. 2012/10/14(日) 23:56:02|
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屋根つきのC21コンテナ倉庫

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とある畑の横に置いてある倉庫代わりのコンテナ。
青白いペンキで塗りつぶされていて、元の表記は見当たりません。
屋根部分に吊金具があるのでC21コンテナでしょう。
C21改造のC30コンテナにもこういうのがいますが、C21コンテナは妻一方開きで、C30コンテナは写真で言うと正面にも扉があります。
かなり古いようで、すでに下周りの部分が土台のコンクリートと融合しかかっています。
コンテナは丈夫なので屋根の必要はないのですが、屋根に水がたまって腐食が早まるのを防いでいるのかそれとも雪対策なのかは判断できません。
場所が微妙なところなので、多分まだ解体には遠いでしょう。

撮影場所 石川県白山市
撮影日 2012年10月08日
  1. 2012/10/13(土) 23:56:53|
  2. 廃車・廃コン
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ワム80000第一次量産車の倉庫

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とある工場の裏手にあるワム80000形国鉄有蓋貨車。
おそらく原色のとび色のままであるが、ひどく塗装が割れている。
一度も塗りなおされたことがないのだろう。
屋根のでっぱり(プレス垂木)が7つである。
ということはすなわちこれはワム80000第一次量産車であると推測できる。
第一次量産車は昭和35年から41年まで製造されている。
余りに古いためか手すりなども腐食して崩れ落ちているようだ。
倉庫として使用できているのだろうか。
形式板は文字が読み取れない。
ここだけ塗りつぶしたのであろうか。
左側に新しそうな板が設置されているが、白いだけだ。
文字は日で焼けてしまったのか。
右側にはうっすらと車検の文字が残り、昭和56年7月に名古屋区で検査を受けたと書いてある。
車検の期限は昭和60年7月で最後の検査は58年頃稲沢で行われたらしい。
昭和59年に国鉄のヤード輸送は終了しているので、そのときかもしくはそれに先立って廃車されたのであろう。
腐食が激しく、今後は厳しそうだ。

撮影場所 石川県白山市
撮影日 2012年10月08日
  1. 2012/10/11(木) 01:31:01|
  2. 廃車・廃コン
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高岡市の三菱エアロミディMK

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高岡市所有の三菱ふそうエアロミディMK。
ナンバーは富山22た・485の白ナンバー。
製造は平成3年3月でまだMMCマークがついていたころの個体。
ノーマルグレードの角型ヘッドライト仕様。
高岡市有償運送車両(北富市交第2号)の許可を受けている。
つまるところコミュニティバスなどに使用できる車両なわけだ。
高岡市のオリジナル塗装だろうか。

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リア非公式側。
懐かしの冷房車ステッカーがリアウィンドウに貼りつけられている。
少し前まではこの型のエアロミディMJが地鉄と加越能で活躍していたが、今はめっきりと減ってしまった。
リアバンパーは何かにぶつけたのか少し擦れている。
ホイールは地味目なシルバー。
各所にヤレは見られるが、同形式の物と比べると状態は良いほうである。
普段何に使用されているかは不明。

撮影日 2012年10月06日(すべて)
  1. 2012/10/10(水) 23:04:23|
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七ヶ用水3つの橋

また橋の話かよ!って言わないで。

七ヶ用水は手取川上流より取水する用水。
富樫用水、郷用水、中村用水、山島用水、大慶寺用水、中島用水、砂川用水を合わせて七ヶ用水と呼んでいる。
もともとは手取川から直接取水していたものを、完全に独立した用水として成立させた。
現在はかつてより整備が進んだため複雑化していて厳密には7つではない。
そして今も整備が続いている。

DSC_9903.jpg

昨日かいた新天狗橋の開業により、不要となった橋がもう一つある。
それが「さんまいはし」である。
鶴来の町へ向かって手取川を渡った県道4号線は、すぐに天狗橋詰信号で国道157号線にぶち当たる。
それを過ぎるとすぐ七ヶ用水である。
「さんまいはし」はこの七ヶ用水をパスしていたのだが、すぐ直前にある天狗橋が付け替えになったので、併せて新しく橋を作り直したのだ。
写真左側が新しくなった橋である。
この橋の今後は聞かなかったが、歩道代わりにするには大きすぎるし、解体となるのかもやしれない。

DSC_9902.jpg

新橋から七ヶ用水上流を望む。
正面に見えるでかい建物がつるぎ病院。
かつては中鶴来駅と目と鼻の先であった。
旧さんまいはしが手前の赤い橋である。
その向こう用水左手に三角形の橋台のようなものが見える。
これが旧天狗橋(3代目)のころの道に直通していた橋の跡ではないかと睨んでいるのだがどうだろうか。
そんなもの地元の人に聞けばいいことで、余所者が首を突っ込むことではないか。

DSC_9981.jpg

そしてその上流にはさらにふたつ、使われなくなってしまった橋がある。
手前、つまり上流側の橋が北陸鉄道石川線の橋梁である。
石川線鶴来―加賀一の宮間が廃止したのは平成21年、まだ記憶に新しい出来事だ。
もともとは白山下から延びてきていた金名鉄道が前身である。
昭和2年に金名鉄道は開業しているが、この橋はその時の物でないような気がする。
銘板は上路式なので横についているのだが、場所が悪く文字が読み取れない。
45と読めるのだが、果たして昭和なのか明治なのか。
昭和4年5月なのかもしれないがやはり数が合わない。
製作は右始まりで横河橋梁製作所となっている。
横河橋梁製作所は明治40年創業の老舗で、現在は横河ブリッジと名前を変えている。
塗装が最後になされたのは昭和59年8月4日。
路線末期、老朽化のため列車はこの橋の上を徐行して走行していた。
廃止の一因になったともいわれる。

奥側に見えるのが能美線の廃線跡。
ずっと昔からこの場所にあり、変わったのは立ち入り禁止の柵くらい。
こちらはLRT復活団体などの応援も何もないので、昭和55年に廃止されたのち線路が撤去されたきりである。
能美線は寺井側の端は対象の開業であるが、手取川を攻略できず、隧道と橋梁ができて鶴来まで到達できたのは昭和7年のことであった。
橋梁は昭和6年11月の製造で、これまた大正14年創業の松尾鉄骨橋梁が手がけている。
松尾鉄骨橋梁はその後昭和12年に松尾橋梁と名前を改め、現在はIHIの完全子会社である。

ここで三つとくくりたいところだが、正確には旧能美線橋梁の横には人道橋がある。
鉄板が敷かれただけのもので少し端がさびていて怖いが、渡れないことはないしペンキも塗られている。

それぞれに役目を終えた橋であるが、これらはこの先どうなっていくのであろうか。

撮影日 2012年10月08日(すべて)
  1. 2012/10/09(火) 22:20:36|
  2. 廃線など
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新天狗橋開業の話

手取川は古くから水害で地域を悩ませてきた。
それ以前に川幅が川幅なので、渡るのも一苦労であった。
鶴来町の人々もそんな悩みを抱えていた。
もともとずいぶん昔から渡し船があったようだが、明治になると要望が強まりついに木製の橋を作った。
ところが昭和9年にあっさりと流されたので新しくかけなおした。
しかし仮の橋だったのでそれより下流にもう一つ橋を作った。
これが3代目天狗橋となった。

DSC_9905.jpg

本来の目的は能美線のトンネル捜索であったが、案の定木々に埋もれていて見えなかった。
草木がなければ用水の放水口も見えるらしいが、何も見えない。
それより驚いたのは天狗橋が架け替えられて、古いほうは封鎖されていたのだ。
通りすがりの人に聞くと、昨日開業したのだとか。
蓬莱祭に合わせたのだろうか。
個人的には鶴来へ行くときなどはここを通ることもあったので思い出がある。
一番の思い出はなんといっても自動車の免許取得時で、路上教習の時にここを通った。
狭いのに感覚のわからないセダンで走って焦った記憶がある。
石川県土木部道路建設課によれば、主要地方道小松鶴来線天狗橋は幅員が6メートルと狭く、かつ架橋が昭和30年という古さのため、架け替え工事を行ったという。

DSC_9958.jpg

リベットのピンが美しいワーゲントラス。
下周りには補強が施されている。
銘板には昭和29年、石川県建造、高田機工製作とある。
高田機工は大正創業の老舗で、現在も橋梁製造を手掛けている。
右岸(鶴来町のほう)にはツタが絡みついていた。
右岸側がトラスで始まっているのに対し、左岸側(天狗山、松任のほう)はガーター橋である。

DSC_9952.jpg

左岸より鶴来のほうを見る。
左が新橋(5代目天狗橋)、右が旧の橋(4代目天狗橋)。
大昔からこの場所にかけられた橋を渡りきると必ず右へカーブする進路を道は取っている。
というか、左へ行くと天狗山なので意味がない。
新橋はできたばかりなため、旧橋へ行く道との間を埋める工事で片側交互通行となっていた。
道路が埋まり次第終了するだろう。

うろうろしていると散歩中のおじいさんに出会ったので能美線の話を聞いてみた。
橋梁の跡はやはりもうないという。
右岸は堤防のかさ上げをのちに行ったため、右岸側にあったものは皆なくなってしまったらしい。
探せば見つかるかもしれないと言われたが左岸はうっそうとした林になっており、この時期の捜索は難しいと改めて断念。
おじいさんはいろんな話をしてくれた。
トンネルの近くには用水隧道があり、70年ほど前はそこで遊んだとかなんとか。
後で探しに行ったが、それと断言できるかは微妙であった。
橋の話をすると天狗橋はかつては吊り橋だったという話をしてくれた。
その橋は意図的に落とされたという。

次に出会った人も同じような話をした。
ので調べてみた。
その事件を通称天狗橋事件という。
昭和25年、ジェーン台風で破損した橋を修復中、橋が突如落下して2名が死亡した。
水害による路破損かと思いきや、その橋には細工がなされていたことが発覚した。
つまり、県土木作業員による意図的な落橋である。
天狗橋は当時、県が150万円をかけて修復していた。
しかし橋が傾く、あるいは落下すれば、災害によるものとして国に費用が請求できる。
県が国に向けた金額は一千万円。
大卒の初任給が3000円の時代においてそれは莫大な金額であった。
調査の結果破壊を指示した職員が逮捕された。
だが今も、事件の多くは謎に包まれている。
おそらくそれが明かされることは永遠にないだろう。
なにせ、ほとんどの関係者が故人なのだから。

人づてと本の話をまとめるとだいたいこういうことだそうな。
実際昭和20年代は各地で同様の災害に見せかけた~があったという。
郷土のためという気持ちがあった行動であろう。
だが亡くなった人からすればいい迷惑である。
4代目天狗橋は昭和28年に着工、30年に完成している。
銘板に刻まれた「石川県建造」の文字も、この橋の出生を考えれば、きっと重みのある文字に違いない。

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うっそうと茂る秋草の中、手取川左岸には今も3代目天狗橋の橋台が残っている。
昭和50年ごろの写真では右岸にあった橋台、それとその右岸端から七ヶ用水まで田んぼを貫いてまっすぐ道が残っていた。
その道の延長で七ヶ用水を渡る橋があったように見えなくもないが、今はもちろんない。
右岸はその後、田んぼなどをまとめて潰して国道157号線鶴来バイパスが完成。
隙間は林になったため、能美線の跡とともに消えてしまった。
ついでに手取川の堤防工事で今はもう跡形もない。
手取川と天狗山の周辺には隧道や橋台の跡らしきものがいくつもあり、それぞれが歴史を物語る。

DSC_9932.jpg

結構お気に入りのカット。
紆余曲折を経て完成した4代目天狗橋も、57年間の仕事を終え消えようとしている。
いつかここも橋台だけになるのだろう。
新橋は総工費26億円。
歩道もついて安全な道になった。
現在、天狗橋の通行車数は約5500台/日。
橋をかけた人々の思いは果たして叶ったのだろうか。

撮影日 2012年10月08日(すべて)
  1. 2012/10/08(月) 23:08:09|
  2. 道・橋・隧道
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ワム60000の災害時緊急資材保管庫

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建設会社の敷地と思しき場所にいるワム60000。
最初遠目で見たときはてっきりワムハチだと思ったのですが、よく見ればワム60000。
ワム60000は黒色塗装で、ワム80000のようにとび色じゃないので塗りなおしたのでしょう。
しかしとび色の向こう側からうっすらと自重、換算、形式が見えています。
形式ワム60000の文字がいい具合に風化していてそこだけ見るとワム80000に見えなくもない。
形式の場所は塗りつぶしが強いのか文字は見えない。
反対側には形式番号のある場所の真ん中に「2」とだけ書いてありますが、元の番号なのかそれとも書き足したものなのか見当はつかず。
横の手すりは高いほうのタイプ。
後期型でしょう。
反対側には「災害時緊急資材保管庫」とあるので、この会社の災害時に使う倉庫なのでしょう。
しかし建設会社の災害時に使うものってなんだろうか。

撮影場所 富山県砺波市
撮影日 2012年10月07日
  1. 2012/10/07(日) 22:28:54|
  2. 廃車・廃コン
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リサイクル工場と419系

引退の地味さとは裏腹に割とここ最近話題のあった419系D01編成。
ついに住み慣れた敦賀、松任を離れ、伏木へやってきたのが9月30日。
その後419系はどうなったかを追った。

日本車両リサイクルは10月4日、稼働を開始した。
豊富産業グループ系のこの会社は、グループ全体で40を超える特許を取得している。
この工場の目的はすなわちズバリ車両の解体で、鉄道に限らず、バス船舶などの解体も行うとしている。
幹線道路が近く、氷見線からの引き込み線、伏木港に近いなど条件は良い。
すでに月20台のバス解体要請があるという。
今あるバスは大体50台程度なので、これからもあのペースでバスが来ては解体されるということか。
鉄道車両は最大稼働で月100両の解体が可能だという。
どこに100両も置くのかは知らないが恐るべき数字である。
このリサイクルに関するデモンストレーションに、419系が使われる。

DSC_9276.jpg

氷見線に沿って伏木方面へ行った場所から撮影。
右に見えるのはクハ418-1である。
旧十條製紙(日本製紙伏木工場)に存在した引き込み線を途中まで利用しているが、工場内に入るあたりの線形配置は全くの別物。
途中の踏切などでは東亜合成用の引き込み線など含めてかなり土やアスファルトに埋まっており、列車を走らせるとなれば整備は一からとなるだろう。
工場に引き込む線路と留置線各一本に見えるが、いざ100両/月解体となれば線路が増えるのであろうか。
建物には「工場内撮影禁止」との張り紙がある。
報道には内部を公開したこともあるが、特許を取得したプレス機などは企業秘密なのだろう。
工場はまだ完全とは言えず、奥では旧製紙工場の取り壊しが今も行われている。
なおこの場所は道幅が狭いので、軽自動車の路駐でも白線から半分以上はみ出すような場所にある。
それでもって交通量はそこそこあるので、車で来ずに歩くか自転車で来ることをお勧めする。
というかそうでないと危ない。
撮影時は早朝であったが歩いた。
遠かった。

DSC_9263.jpg

工場正門から少し離れた場所にて望遠で撮影。
車両はモハ418-1。
台車と別にして運び込まれた419系だが、元の状態に復元されている。
419系三両は切り離され、クハとモハが外にいるがクモハはいない。
新聞に工場内にいるクモハの写真があったため、おそらく工場内でデモンストレーションに使用されたか、その準備として運び込まれたのであろう。
門には守衛さんがいるため、悪い奴は入れない。


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敷地挟んで工場正門の反対側から撮影。
小矢部川の橋の上から狙うときっときれいに撮れるのだろうが、悠長に写真を撮れる場所ではないので断念。
工場があったころは向こう側が見えるなんてことはなかったので少し新鮮である。
この広大な敷地に車両が並ぶということを考えただけで楽しみやら悲しいやら。
なぜか敷地内は土盛りがしてある。
見えないようにしたいのか別の意図があるのか。
工場周辺には遊歩道を整備し地域との交流を深めるとのことであったが、今のところ開放はされていないようだ。
車両の後ろにいるミディMJは日本車両リサイクルの名義のようである。
見学者用なのだろうか。

限りある資源の再利用が叫ばれる中、合理的な機械による解体法で円滑に解体を進め、解体材のリサイクルあるいは販売を行うという試みは今後非常に伸びしろの大きい重要な産業であろう。
今後の活躍に期待したい。

撮影日 2012年10月06日(すべて)
  1. 2012/10/06(土) 23:42:17|
  2. 廃車・廃コン
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白野R1

P1240678.jpg

白山野々市消防本部所属のレスキュー車。
車種は4代目日野レンジャー。
R1てのはレンジャーのことじゃなくてレスキュー車のこと。
白野は白山野々市の略。
屋根には長いほうのバータイプ赤色蛍光灯。
補助灯がバンパーに設置されている。
ナンバーは石川88た1005。
塗装は少し褪せてる感じ……。


P1240682.jpg

中身をじっくりと。
有名なエンジンカッターが見やすい場所に。
流石にくたびれており、88ナンバーということからもう長く活躍しないのかもしれません。

撮影日 2012年08月26日(すべて)
  1. 2012/10/05(金) 23:08:35|
  2. 緊急車両
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北鉄金沢バスになって…

北鉄金沢バスが始まって3日。
会社が違うものになったので、バスの表記も変わった。
具体的にはリアと側面に書かれた「ほくてつ」だとか「加賀白山」の部分が「北鉄金沢」に変更された。

DSC_6151.jpg

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ともに西金沢駅前にて撮影。
これは加賀白山バスの26-499が北鉄金沢バスに表記変更になったもの。
初日から変更車輛は走っていたが、さすがに全部は変えきれなかったようで、例えばほくてつバスの36-833は2日目になってもまだほくてつ表記であった。
今後順次塗り替えが進むことであろう。

撮影日
イ 2012年08月03日
ロ 2012年10月02日
  1. 2012/10/03(水) 23:47:39|
  2. バスとか
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加賀白山バス26-495

北陸鉄道グループの合併事業により、今日から金沢地区の運行会社が変わります。
具体的には北鉄金沢中央バスとほくてつバス、加賀白山バスの一部を新会社である北鉄金沢バスが受け持つというもの。
といっても社員の意識が変わるわけでもなし、今日も昨日とほとんど変わりなく運行されていました。

P1250245.jpg

加賀白山バスの日野ブルーリボンKC-HT2MPC-40089。
日野自動車の日野車体。
平成8年式のKCなので角目。
車内番号は26-495。
ナンバーは石川200か・686。
行先表示機はリアフロント側面ともLED。
前、中ドアで中ドアは両開き折り戸。

P1250248.jpg

リア。
テールの形は当然ながら四角。
非公式側の加賀白山バス表示は進行方向から書くタイプ。
塗装は古いタイプの色分け。
非公式側には広告類が一つも入っていない。
西金沢駅前での撮影。
よく82系統西金沢-金沢駅-柳橋線に入っている。

撮影日 2012年09月28日(すべて)
  1. 2012/10/01(月) 22:34:57|
  2. バスとか
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