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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

419系、陸送される

DSC_8888.jpg

かねてから噂されていた419系の移動が9月29日に行われた。

419系D01編成は運用終了後敦賀に留置されていたが、7月に松任本所へ移動。
松任工場公開時に展示された。

その後昨晩29日に一両ずつトレーラーに載せられ松任を出発。
富山県伏木にある日本車両リサイクルの工場へ到着した(写真)。
日本車両リサイクルでは10月からの稼働を予定している。
公式発表でJR西日本より客車3両を無償提供してもらい、デモンストレーションを行うとのことなので、おそらくそのための搬入であると思われる。
事業としての車両解体は2013年頃から開始するとしている。
日本車両リサイクルには旧十條製紙と氷見線伏木駅をつないでいた貨物線を残してあるが、整備前なのか使うことはなかったようだ。

車輛の陸送は大阪市に本社のあるアチハ株式会社が請け負った。
アチハはミャンマー向けの181系やタイ向けの寝台客車の輸送実績がある。

輸送途中あるいは事前に各掲示板やコミュニティで情報が流れたため、陸送を見ることができた人も多かったのではないだろうか。
僕は事情により見に行けなかったので工場に入ったところを見てすぐ帰りました。
敷地外より撮影。

撮影日 2012年09月30日





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  1. 2012/09/30(日) 05:07:58|
  2. 廃車・廃コン
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V19C-5727ほか

DSC_719.jpg

高岡駅にいるV19Cコンテナを積んだコキ。
コキはそんなにきれいではないですが、上に載ったコンテナはピカピカです。
どれもV19C通風コンテナの新しい奴のようで、番号はすべて5700番台。

DSC_716.jpg

そのうちの一つV19C-5727。
未だくすんでいない塗装。
ピカピカの表記類が美しい。
製造はJ-TREC総合車両製作所(和歌山)。
2012年8月の銘板が見えるのでまだできたばかりのようです。

最近首都圏のほうで80000番台が出たらしいですけれど、まさか一か月で75000個も製造するとは……。
多分、新しい区分なのでしょうけれども。

撮影日 2012年09月10日(すべて)

  1. 2012/09/29(土) 23:36:02|
  2. 貨物
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DE10-1548松任工場特別塗装の話

P1250323.jpg

たまには模型の話でも。
といっても模型の話だけではつまらないので、実車の話も一緒に。

マイクロエースからは、かつて松任工場で働いていたDE10-1548がリリースされています。
DE10-1548は末期、朝顔とイルカをあしらった塗装に変更されていました。
マイクロエースの当時の売り文句の下には1994年頃の特別塗装を再現とあります。
手元の履歴を見る限り昭和の終わりごろ北陸へやってきた1548号機。
高岡の周辺で働いた後、1996年に廃車されたことになっています。
このアサガオとイルカの塗装、確か一般公募のデザインだったと思いますがあまり記憶が定かではありません。

機関車のお披露目は1995年08月27日のふれ愛フェスタ'95で行われました。
ふれ愛フェスタというのは当時松任工場が工場見学につけていた愛称です。
当時の見学用パンフレットは豪華で、表紙合わせてカラー8ページ。
表紙には「夏だ発進 サンダーバードin松任」との文字が躍り、681系の写真が。
当時のサンダーバードへかける意気込みが感じられます。
ただ表紙と地図以外はスポンサーの案内です。
といっても関連企業をはじめとしそうそうたる顔ぶれですが。
パンフレットの地図には「ディーゼル機関車発表展示 きみの絵が入選だよ!!」とあるので、やはり一般公募で選ばれたデザインだったのではないでしょうか。
祝 松任市制25周年という文字からわかるよう、写真の模型の下敷きになっているのが件のパンフレットです。

当時の写真を見るに1548号機の札差は空なので、塗り替えた時点で車席が残っていたとしても、工場から出ることはなかったのではないでしょうか。
写真にはほかにも今もあるキ100や窓ガラスが半分ないゆぅトピア和倉、大糸線キハ52、神岡鉱山用のタキ24037なんかの姿が。
板バネ台車の並びがすさまじく、当時まだ貨車の検修を多く受け持っていたことが分かります。
ほかDD14も何両かナンバーが外された状態で写っています。
物品販売で売られたのであればきっといい値になったことでしょう。
12系客車らしきものも見えますが、帯付となると余所からの解体留置でしょうか。
はしご車も来ていたらしく、石川広域事務組合の文字が読み取れます。
今なら白山野々市広域消防でしょうね。
車種は不明ですが石88そ1053のようです。

このDE10-1548に出会ったのはこの時が最初で最後。
その後何度も松任へ行っていますが見た記憶はないので、色を塗り替えて入れ替え機関車として仕事に就いたものの、数年で廃車になったということなのでしょうか。
少し気になるところです。
  1. 2012/09/28(金) 23:30:58|
  2. 未分類
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射水1号

DSC_686.jpg

富山県警察射水警察署に所属する180系クラウン、通称ゼロクラのパトロールカー。
ナンバーは富山800さ9903。
コールサインは射水1号。

昇降式赤色灯を装備。
普段は射水警察署に置かれており、よくパトロール中の姿を市内で見かける。
ドアミラーは二段ミラー。
屋根に貼られたコールサインは「射1号」ではなく「射水1」となっている。
ホイールは純正。
屋根にホイップアンテナを設置。
運転席の後ろには防刃板を装備している。
リアにはグレードエンブレムがない代わりに夕方のライト点灯を促す小ステッカーが貼られている。
射水署ではずいぶん前からこれをつけるのが流行りらしい。

かつて射水署の1号車は17系クラウンだったが2008年頃に18系のゼロクラに更新されている。
県内では同時期に大量導入されており、ナンバーの近いゼロクラパトカーを県内各所で見られる。
例えばこれよりひとつ番号が少ないさ9902は富山警察に所属している。
富山北署などでは200系が配備されているが、射水署ではまだまだこの車両が第一線を張ることであろう。

撮影日 2012年09月09日
  1. 2012/09/27(木) 23:36:29|
  2. 緊急車両
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西金沢駅北鉄連絡線跡と境界杭

前回、黒く塗られてしまった国鉄境界杭の話を書いた。
西金沢駅にあった国鉄-北鉄連絡線は共用であったため、国鉄の境界杭が存在していた。
現在、その連絡線の名残はほとんど残っていない。
役目を終えて20年以上たつ境界杭から線路の跡を追った。

DSCF3498.jpg

西金沢駅東口から松任駅方向を見る。
右は今も建設が続く北陸新幹線の橋脚。
左の北陸鉄道は左へとカーブしていくが、貨物連絡線はここからまっすぐ向こうへと向かっていた。
橋脚や工事車両のある場所はかつて貨物ホームだった場所。
この写真を撮影している送迎用駐車場含めて貨物ホーム撤退後は新幹線工事のため緑地となっていた。
左の北鉄より向こう側はかつて倉庫があったが、平成5年ごろまでに西金沢駅周辺事業によって撤去されている。
写真奥には新幹線工事が始まるまでかろうじて貨物ホームが残っていた。

DSCF3503.jpg

西金沢駅の階段から同じ方向を向いた写真。
ホーム横にある本線のとなりにある車止めは、かつて駅舎の横を通り抜けていた側線の跡。
貨物扱い廃止後も残っていたが、旧駅舎解体前に撤去された。
その隣の車止めは貨物側線の跡である。
ホーム向こう右奥に見える車止めは現在事業用車両が時たま留置される場所。
それより奥側はJRの保線研修場所。

DSCF3573.jpg

西金沢駅東口前より北鉄新西金沢駅を見たもの。
ちょうどこの写真を撮影している場所の真下が貨物連絡線跡である。
踏切は周辺事業と同時に更新されているよう。
今の新西金沢駅あたりには北鉄の貨物側線と研修庫があった。
名残で、今の駅舎と本線の間は若干隙間がある。

DSCF3568.jpg

上の写真中心より左にある看板のほうから東側を向いて撮影。
西金沢駅前には実は踏切が二つある。
写真の中央にあるコンクリート橋の上が昔の線路。
写真の右端にあるのが境界杭。
国鉄マークがついていたが、黒く塗りつぶされている。

DSCF3569.jpg

看板を見てカメラを左にスライド。
川の向こうとこちら側に境界杭がある。
中心にひとつ。
右の川向こうに草に埋もれてひとつ。
左端川向うの枕木の根元にもひとつある。
いずれも黒く塗りつぶされている。
こちら側はかつて道を挟んで国鉄の保線小屋などがあったが、今は駐車場や高架橋の下で見る影もない。

DSCF3590.jpg

おまけで新西金沢駅のホームから北陸本線側を見る。
今はなにもないが、かつては側線が何本もあったことをうかがわせる橋台。
北鉄の側線は貨物終了後徐々に縮小し、次第に空き地から駐車場へと変わっていった。

撮影日
イ 2012年09月04日
ロ 2012年09月05日
ハ 2012年09月11日
  1. 2012/09/26(水) 23:51:54|
  2. 廃線など
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C20コンテナの倉庫

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道一つ越えて白山市に入った場所。
表記類はペンキで塗りつぶされていますが、グリーンに白帯と妻板の扉からしてC20コンテナでしょう。
国鉄あるいはJR表記の跡は見当たりません。
薄れてしまったのかそれともそこだけ同色のペンキで丹念に消したのか。
いい具合に朽ちていますが、C20コンテナにしては珍しく歪みが少ないもの。
留め金具の黄色もしっかりしていて、まだ新しいのかもしれません。
後ろに線路が通っていますが、おおよそ国鉄コンテナとは何の関係もない路線です。
場所は田んぼの横にある畑。
おそらく農機具が閉まってあるのでしょう。
横にはデリカなどの廃車体も倉庫として使われています。

撮影場所 石川県白山市
撮影日 2012年06月14日
  1. 2012/09/25(火) 23:28:57|
  2. 廃車・廃コン
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W01編成

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681系のはくたか用編成W01編成。
先頭はクロ681-7。
写真ははくたか4号に充当されているところ。

撮影場所 富山貨物駅
撮影日 2012年07月22日
  1. 2012/09/24(月) 23:27:27|
  2. 681/683
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地鉄バス富山県私立幼稚園協会ラッピング車

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地鉄の日野ブルーリボンHT2MMA。
富士重工業が仮装したHT2MMAL-7-167901で、所謂富士7E仮装車。
製造は平成4年。
都営バス風味の地鉄新塗装を纏う。
ナンバーは富山22こ・241。
地鉄のバスなので幕式。
「せ」の旧西部営業所所属。
前後ドア。

DSC_7058.jpg
リア。
柿の種テールである。
地鉄ではこの頃リアにのみラッピングする方式が流行っているようで、ほかの車にもこのような形のラッピングが見られる。
「せ」表記はリアガラスに白文字で書かれる。
地鉄は同形車を同時期に導入しており、兄弟車が何台もいる。
そろそろナンバーが薄れてきたお年頃である。

撮影日 2012年09月10日(すべて)
  1. 2012/09/23(日) 23:48:53|
  2. バスとか
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新湊大橋開業前夜

万葉集に詠まれたこともある放生津潟。
だが1968年の富山新港開業により切断、浚渫された。
それ以降、放生津潟の両端にある堀岡と越ノ潟は鉄道、道路共に分断されてしまう。
両地区を結ぶ目的で1986年、新湊大橋が計画された。
2002年、臨港道路富山新港東西線として建設に着手。
幾多もの困難を乗り越え、明日開業する。

橋が見える形になってから約8年近く。
写真で新湊大橋の姿を追った。

h1.jpg

2006年、海王丸パークに停泊中の船より撮影。
2004年から2005年にかけて主塔の基礎がつくられている。
開口部に一番近い基礎部分がそれである。
まだ橋は掛けられていない。

P1110657.jpg

2007年、堀岡側を展望台下より撮影。
陸地に近い部分の基礎はすでに出来上がり、橋が掛けられている。

PA110377.jpg

2008年、連絡船上から撮影。
写真中心より少し左側が越ノ潟の駅。
陸側だけでなく海側からも橋げたを設置。

P8010014.jpg

2009年、同じく船上より撮影。
主塔が2009年7月に設置され、写真は設置された後の物。
相変わらず橋げたは後回しにされている。

P1060884.jpg

2010年7月。
写真は西側アプローチ(越ノ潟側)の断面で、内部は自転車道ではない。
このころから工事は急ピッチで進み、10月には東西が連結されている。
これ以降見た目は大して変わらなくなった。
また12月には強風で煽られたゴンドラから作業員が転落して死亡している。

P1140082.jpg

2011年、海王丸パークより撮影。
ほとんど完成したような状態である。
やぐらが組まれているのは歩行者用エレベーター工事のため。

DSC_1623.jpg

2012年6月の撮影。
場所は上と同じく海王丸パークから。
このころはアプローチ部の盛り土の整備などが行われた。
依然としてエレベーター工事が行われている。

橋は明日開業するが、歩行者用の部分は来春からの使用となる。
国、県が485億の費用と10年以上の歳月をかけて建設した新湊大橋。
しかし短縮効果は陸側の415号線を利用した際と比べて6分にしか満たない。
それも、橋と端の端部のみでの計算である。
加えて計画通過台数は一日7000台である。
一体どこからそんな車が通過しに来るというのか。
これだけの事業をする必要があったかは甚だ疑問である。
歩行者道480mを歩く間、歩行者は橋という密室に閉じ込められることになる。
何らかの事態が発生した場合の対処についてもいまだ結論は出ていない。
橋の開業を喜ぶのはよいが、周辺環境や問題潰しもしっかりとしていってほしいものである。

撮影日
イ 2006年07月16日
ロ 2007年09月17日
ハ 2008年10月11日
ニ 2009年08月01日
ホ 2010年07月25日
ヘ 2011年08月27日
ト 2012年06月17日
  1. 2012/09/22(土) 23:56:44|
  2. 道・橋・隧道
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中央通運のU19Aコンテナ

DSC_786.jpg

高岡駅によくいる中央通運のU19Aコンテナ。
U19Aは12フィートの私有コンテナです。
この中央通運所有のU19A、よく見ると微妙に違います。


DSC_7845.jpg

U19A-63。
わりかし初期の部類に入ります。
形式表示は黒文字。
古いため全体的に汚い。

DSC_7844.jpg

U19A-548。
初期の黒文字と変わって、形式表記は白文字。
さらに中央通運の文字の下に「Lashing Container」の文字が追加されています。

DSC_7847.jpg

U19A-858。
上のと大して番号は変わりませんが、塗装が変わっています。
中央通運の文字は小さくなり、エンブレムと一緒に「LOGINET JAPAN co,LTD」の文字が入るように。
ステッカーからわかるように精密機器輸送用のようです。
規格外マークが入っています。
形式表記は同じく白文字。

撮影日 2012年09月18日(すべて)
  1. 2012/09/21(金) 23:49:50|
  2. 貨物
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江若バスいすゞジャーニー

比叡山延暦寺に鉄道で行くには大きく分けて二通りあり、一つは京都から叡山電車を使っていく方法。
もう一つは琵琶湖沿いの滋賀県坂本からケーブルカーで上る方法。
坂本のケーブルには京阪石山坂本線を使っていくか、JR湖西線の比叡山坂本駅からバスで行くかがあります。
比叡山坂本から坂本ケーブルまでは江若バスが路線を持っています。
もともとは江若鉄道であった江若バス。
現在は湖西線に路盤が一部転用されて廃止となり、計画されていた若狭への路線はJRバスが担っています。

DSC_7494.jpg

さてその比叡山坂本駅からケーブル坂本駅までを結ぶのが江若バス41系統に充当されていたのがこのバス。
使用車種はいすゞジャーニー。
KC-LR333J-9000326だと思うのですがちょっと判別不能。
ナンバーは滋賀22き・634。
フロントの「江若」の銀文字が美しい。
前後ドア車。
行先幕は前後に配備。

DSC_7500.jpg

ツーステップ車ということをなんとなく強調した写真。
いすゞはどこを見ても「ISUZU」ステッカーが貼ってあって素敵です。
有名な寺社行きのバスやタクシーに乗っても、飾ってあるお守りはたいてい成田山です。
ここもそうでした。(運転席の後ろにある)
下の日吉にはいろいろおいてあるのに。
でも北鉄バスは白山神宮だったか。
なんででしょうね。

ちなみに僕はタクシーで駅から来たのでバスには乗りませんでしたとさ。

撮影日 2012年09月17日(すべて)





  1. 2012/09/18(火) 20:49:38|
  2. バスとか
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リサイクル工場の廃バスたち その4

前回、製紙工場跡地にあるリサイクル工場に集められたバスの話を書きました。
工場も建屋はかなり完成しています。
一方バスは月数台のペースで増えています。

b101.jpg

とうとう並べきれなくなったのか、奥のほうに新しいのが並べられるように。

b102.jpg

ところが今週、がれき(ロッカーなどが混じっているように見える)が置かれたことによって、バスの配置が変わってしまいました。
これを踏まえて配置図を書き直し、それをもとにバスを追いました。
以下地図とレポート。

b100.jpg
青字が前回のレポートから増えたバス。

b103.jpg
51:ハ

日野レインボーRJ3H5A-40932。
塗装からして関越バスだと思われる。
同じ関越バスが大分前にやってきているが、そちらはブルーリボンでこれとは車種が違う。
前後ドアで状態は良好。

b104.jpg
52:ハ

三菱ふそうエアロミディMK23HJ-20177。
元濃飛乗合バス所属。
車体は綺麗だし、ついこの間まで活躍していたというのにもったいない。
トップドア車。

b105.jpg
53:ハ

ニューフェイスである。
日野ブルーリボンHU2PMC-60045。
表記は塗りつぶされているが川崎市バスだと思われる。
側面に所属、正面バンパーに車内番号が書かれているはずなのだが、きれいに塗りつぶされている。
現役時は3346号車だった模様。
ノンステップバスでまだまだ払い下げ先はたくさんありそうなものだが。

b106.jpg
54:ハ

同じく川崎市バス。
車種も同じで日野ブルーリボン
HU2PMC-60046。
上の車両とは1ロット違いの正真正銘の兄弟である。
死に際まで一緒とは何とも言えぬ。
現役時はこれまた並びで3347号車だったようだ。

55:
51番関越バスの後ろに少しだけ見える。
塗装からしてアルピコ交通だろう。
三菱車?
リアには長野PET・画像診断センターの広告が。
前、中ドア車。

b107.jpg
56:イ

これも新しい遠州鉄道バス。
並んでいるときは隠れて見えないので並び替える前の写真から。
中ドアは両開き折り戸である。
塗装は特に消されていない。

b108.jpg
57:ハ

濃飛バス所属だと思われる。
車種は日野セレガ。
低公害バスだという。
こちらのほうもそこまで荒れている印象は受けない。

58:
どの位置からも見えない場所にあるのだが、おそらくアルピコではないだろうか。
車種など不明。
この場所はなぜか前からあいていた。

b109.jpg
59:ハ

東海バスの後ろにやってきた。
元はアルピコ交通川中島バス。
三菱エアロスターだと思われる。
顔には「うしろのりあとばらい」の看板を入れていたと思しき枠がついている。
車検は24年7月まで。
車体番号は40226。

b110.jpg
60:ハ

元アルピコ交通系列だと思われる。
三菱エアロスターか?
おそらく前にいるのと同じ。
フロントの幕表示機に向かって左側には善光寺のステッカーが貼られている。
運転席の後ろにはカレンダーが張られているようだ。
リアの広告はアルバイトメイト。

以上前回の調査以降やってきたものはすべて記録しているのではないかと思う。
全4回の調査で、9月16日までにやってきたものをまとめている。

撮影日
イ 2012年09月10日
ロ 2012年09月15日
ハ 2012年09月16日




  1. 2012/09/17(月) 01:58:28|
  2. バスとか
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ワム380314

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北陸ロジティクスの伏木貨物駅跡で第2回伏木ヤード祭りが開催された。
氷見線100周年企画で人が集まるイベントってこれくらいしかないんじゃないか。

イベントは機関車の体験運転と物品販売がメイン。
北ロジは貨物のグループ会社なので貨物の出品が多く、値段も低め。
その上品数が豊富だったので、部品マニアならなかなか楽しい即売会だったのではないかと。
中には純粋に楽しむだけじゃない人らしきのもいましたが。
EF81-27などのプレートは入札形式。
といっても改番後のEF81-627はまだ走っていますけど。

同時に車両の販売も行われ、木造貨車などの値段表が張り出されていた。
そこまで相場に詳しくはないが少し値段は高め。
それもみなすでに行先が決まっているものが多いということだった。

コンテナ2つと青ワム3つがブースに使われていたが、これも立派な売り物。
ワム380314では貨物のグッズの販売をやっていた。
金沢に置いてあったものを持ってきたという。
ワム8はひとつ46万円。
ホームページに書いてある56万円より10万円もプライスダウンしているが、国鉄時代の売価を考えると結構高い。
まだまだ在庫が大量にあるというので、欲しい人は相談してみては。

撮影日 2012年09月16日




  1. 2012/09/16(日) 23:58:05|
  2. 廃車・廃コン
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能町貨物 その5

例によって能町駅での撮影ではないのだがシリーズ的に。
撮影場所は高岡駅。

DSCF3977.jpg

2093レ

編成
↑高岡貨物・能町
DE10-1598
コキ50683(19D、V19A、19D、19D、V19C)
コキ50661(V19A、19D、19D、19D、19D)
コキ51194(19D、19D、UF16A、19D、V19C)
コキ50582(19D、19D、19D、19D、19D)
コキ50860(19D、20B、20B、20b、19D)
コキ50511(30A、19D、30A)
コキ51843(19D、19D、19D、19D、19D)
↓高岡

そこまで面白みがあるわけでもないが、種類は豊富なほう。

当日は氷見線全通100周年記念でそこそこ人がいましたが、SLが来た10年間に比べると…特に見るものもないですな。
高岡駅のターンテーブルもなくなってしまったし。
氷見線のホームも貨物ホームもなくなり。
高岡駅が切り売りされていくようで寂しい限りです。

撮影日 2012年09月15日




  1. 2012/09/15(土) 22:57:10|
  2. 貨物
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高岡古城公園C11-217

DSC_5858.jpg

高岡市にある高岡古城公園。
高岡城は前田の殿様のために作ったのですが、その後取り壊されています。
最近そのころの遺跡がいくつも見つかり話題が活発です。

その古城公園には国鉄蒸気機関車C11の217号機が保存されています。
C11-217というと七尾らしい感じがしますが、末期は氷見、城端線で活躍していました。
昭和43年から44年までは高岡に配属されていたとか。
そして44年11月、役目を終えたためこの場所へ保存されることになったとのこと。

DSC_5855.jpg

蒸気機関車の状態はまぁまぁ。
車体は少しべこべこしていますが、塗装もたまにされているようで、富山城址公園にあるのより扱いは上等です。
屋根もついていて雪対策は万全。
撮影は厳しいですけど。
運転席に階段が付いていますが、中に入ることはできません。
デフに上るなステッカーがでかでかと張ってあります…。

DSC_5860.jpg

ほとんど空気みたいなものですが腕木式信号機も一緒に置いてあります。
ためしにレバーを持ってみましたが、錆びている板バネからしてもう駄目な感じがひしひし…。

夏の間は木々が生い茂っていてなかなかきれいに撮影するのは難しいです。

撮影日 2012年07月24日(すべて)




  1. 2012/09/13(木) 23:45:17|
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加賀白山バス35-462

DSC_6899.jpg

北鉄バスの子会社である加賀白山バス。
その加賀白山バスに所属するのがこの車内番号35-462である。
三菱ふそうエアロスターU-MP218PUFで、製造番号は163。
冷房装置形式は形式板によればBM760。
ナンバーは石川200か・647。
通常の北鉄塗装を纏う。
北鉄系列のバスでも、丸目は珍しくなってきた。

DSC_6902.jpg

乗り口は両折り戸。
今では珍しくなった方向幕を採用。

写真は西金沢駅前。
第82系統金沢駅経由西金沢-柳橋線に充当中で、転回待ちをしているところ。

撮影日 2012年09月10日(すべて)




  1. 2012/09/12(水) 23:22:41|
  2. バスとか
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二塚貨物

高岡駅にて発車を待つ。

fk.jpg

3083レ

編成は
↑二塚
DE10 1598
コキ51700(20D、20D、20D、20C、20D)
コキ52945(20D、20D、20D、20C、20B)
コキ53356(20B、20D、20D、20D、20D)
コキ53168(なし)
コキ51998(なし)
コキ52992(なし)
コキ52105(なし)
コキ50697(なし)
コキ51319(なし)
コキ51134(無、19D、19D、19D、無)
↓高岡

なお、最後尾に尾灯及び反射板は設置されていなかった。

撮影日 2012年09月10日




  1. 2012/09/11(火) 22:35:27|
  2. 貨物
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キハ47-138朱色塗装

kh47138.jpg

JR西日本の取り組む経費削減策の塗装簡略化。
高岡色も順次タラコ色に塗り替えが進んでいます。
前回三両目の紹介をしましたが、今度また新しくキハ47-138が首都圏色となって帰ってきました。
これで朱色塗装は四両ということになるのかな。
いずれ高岡色も希少となることでしょうか。

今日は氷見線に充当されていることを確認しました。
昼ごろには氷見線内で首都圏色同士のすれ違いもありました。

撮影日 2012年09月10日




  1. 2012/09/10(月) 22:49:14|
  2. 未分類
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東4号

h4.jpg

個人的に最も嫌いな警察のうちの一つである石川県警察金沢東警察。
この東署管内にある金沢の玄関の守りともいえるのが金沢駅前交番である。
ここにはよく、クラウンパトカーがいる。
それがこのクラウンセダン150系のパトロールカー。
ナンバーは石川88ぬ8040。
コールサインは東4。

多くのパトカーと同じくフェンダーミラーにグレードエンブレムなしの姿。
サッシュミラーと二段ルームミラー。
屋根にはホイップアンテナとスピーカー付きブーメラン型赤色灯。
カーナビは搭載されておらず、リアに住宅地図が積んである。
住宅地図はメーサイズだった。
矢崎製とみられるストップメーターを装備。
だが運転席後ろには防刃板が設置されている。
交通から払い下げの警邏用車であろうか。
今や希少となった88ナンバーのパトロールカーではあるが、次の車検は26年7月のようで、まだ活躍を見る機会はありそうだ。

追記
元は津幡警察に所属していた。

撮影日 2012年08月25日




  1. 2012/09/09(日) 21:28:12|
  2. 緊急車両
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速星日産化学にいる謎貨車

速星駅の横には日産化学工場があり、日に一本貨物列車がやってきます。
その時に控え車みたいな扱いをされているのがこの貨車。
ともに茶色で何も書いていないよくわからない貨車です。

hy02 (1)

少し短い感じの貨車。
貨車の上はおおよそフラットになっていて、台座の跡か何かがある。
締結装置がないからコンテナではないだろう。
なぜかパレットと鋼管が乗っかっている。
台車も車体と同じ色に塗られている。
台車の形式版はすでに黒ずんでいて何か判別できないが、形状からしてTR-41Dではないかと推測した。
TR41-Dはタキ5450などに使用されていた。

hy02 (2)

上の貨車より少し長い印象を受ける。
先ほどのは茶色一色だったが、この貨車は車端部にゼブラ塗りがわずかながら存在している。
上にはゴムチューブと思しきものが載せられている。
台車と下周りはグレーに塗られている。
台車はTR-213Cではないだろうか。
TR-213Cはタキ12200やタキ1900に使用されていた。

これらの貨車の来歴を考えてみる。
例えば、日産化学はタキ5000形式を所有していた。
タキ5000の使用台車はTR41Dである。
また速星駅常備であったタキ10950やタキ10700系式はTR213Cを履いていた。
して、台車からしてこれらの貨車はかつてタンク貨車だった可能性が高いと言えるのではないだろうか。
現在、速星でやり取りされる貨車はコンテナばかりで、タンク貨車はかなりが廃車となっている。
余剰となった貨車の下周りを控え車に使っているのではないだろうか。
なお、ほかにも何種類かいる模様である。

撮影日 2012年07月14日(すべて)




  1. 2012/09/08(土) 22:05:51|
  2. 貨物
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C20-31097

c2031097.jpg

とある駅にあるC20コンテナ。
今は倉庫として使われているようです。
もう廃コンテナ扱いなはずなのに抹消線はついていません。
貨物駅なのでここに置かれているうちに検査が切れて倉庫になったのでしょうか。
上屋の下にいるので、そこまでひどい状況ではないです。
表記は綺麗に残っています。
このころのコンテナはなぜか横にひどくへこみや傷がついている場合が多いです。
このコンテナもご多分に漏れず傷のついた場所から錆が浮いています。

撮影場所 富山県高岡市
撮影日  2012年06月16日




  1. 2012/09/07(金) 22:20:42|
  2. 廃車・廃コン
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MT52主電動機

mt52.jpg

写真はおそらくJR西日本のEF81に使用されているもの。
EF81はMT52主電動機を6つ積んでいる。
最高速度は115㎞/h。

主なMT52を使用している機関車を挙げると、
ED72(1962年~)
ED73(1962年~)
EF62(1962年~)
EF70(1962年~)
EF60(1963年~)
ED75(1963年~)
EF64(1964年~)
EF65(1965年~)
ED76(1965年~)
ED94(1967年、ED78-901に改造)
EF81(1968年~)
EF67(1982年~)
など。

MT52はED73などで成功をおさめた後、近代的国鉄電気機関車の主流となっていく。
その後の改良などでMT52A、MT52Bなどに分かれる。
例えばEF81の基本番台はMT52AかMT52Bを使用している。

ef81t.jpg

写真は多分このEF81のMT52を撮影したものだと思われる。

撮影日 2012年08月26日(すべて)




  1. 2012/09/06(木) 23:44:22|
  2. 未分類
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西金沢駅北鉄連絡線の名残

今でこそものすごくしょぼくらしい西金沢駅ですが、かつては専売公社の工場に鉄道官舎やいくつもの専用線を抱える大きな駅でした。
中でも駅の南側は北陸鉄道との連絡線があり、駅の松任側にあった貨物側線から、今の北鉄の鶴来側のカーブあたりから並行して、新西金沢駅の横で合流していました。
北鉄と国鉄はこの線路を使って貨車の行き来をさせていたのです。
今連絡線路は埋め立てられ、貨物側線は新幹線用地になってしまいました。

n009.jpg

その北鉄と国鉄がつながっていたことを示す痕跡の一つがこれ。
国鉄の境界標である。
マークのもとは鉄道省の前身の工部省からとられている。
これは西金沢駅前の北鉄の線路を渡ったところにあるもので、指標が隣り合っていることから、かつてここらまでが共用だったことがわかる。
コンクリートの質と、北鉄の境界表とともに傷がついていることから、かなり古いものかもしれない。

普通の境界標は上部が赤色だが、これは黒色である。
というのは、ここ最近西金沢駅周辺にある境界標のかなりはなぜか塗りつぶされてしまったからだ。
もう、ここは国鉄のものではないということなのだろうか。

撮影日 2012年09月04日




  1. 2012/09/05(水) 23:27:02|
  2. 廃線など
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デ7013を眺める

d701301.jpg

富山地方鉄道市内電車で活躍するデ7013。
現在地鉄のICカード「えこまいか」ラッピングをされて活躍中。
最近地鉄とバスのすべてで使うことができるようになり、ずいぶん便利になりました。
おかげで残高に気を使わねばならないように…。
屋上広告は非搭載。
またミラーなどは塗り替え前の通常塗装にあったクリームが残されている。

d701302.jpg

車内の大学前方。
冷房搭載車で、基本的に窓をあけなくとも涼しい。
中乗り前降りで、運賃は後払い。
運転席後ろの電光掲示板には、ニュースや天気などが表示される。
表示は黒地に緑色の文字。
降り口の上には温度計が設置されている。

d701303.jpg

車内端から南富山方を見る。
つり革は少し古く、革の部分が茶色くなっている。
細いタイプで、マリエの献血ルームの案内がついている。
車内が暗く見えるのは蛍光灯が付いていないのと、ラッピング車両のためブラインドが下ろされているから。
天井が波打っているような形になっているのは広告を挟むため。
降車を知らせるためのブザーは2種類のタイプが存在する。
モケットシートはワインレッド。

d701304.jpg

晴れの日だからか床は綺麗だ。
扉の形状が時代を感じさせる。
低床車ではないので乗客はステップを上って乗車する。
昔は扉の横にトラムカードの自動販売機があったが、撤去されてしまった。

d701306.jpg

運賃箱。
両替機にもなっており、乗客の手持ちに100円玉がないときはここで両替する。
かつてはトラムカード対応の物だったが、現在は撤去され、トラムカードは使用できない。
代わりにえこまいか対応の新しい機械になり、ワンタッチで下車できる。
支払いや残高は上にある液晶カラーディスプレイに表示される。

d701305.jpg

運転台。
コンパクトにまとめられている。

旧型車は新型車と違い、運転者の技量がもろに出てしまうから怖い。
電源や暖房などは上部に取り付けられている。
ワンマンスイッチなどは窓枠の横に。
アンテナは運転席の後ろ。
改造や設置を何度も受けているので、現代機器とのアンバランスさが面白い。

形式デ7000。
昭和35年、日本車両製造。

撮影日 2012年08月30日(すべて)




  1. 2012/09/03(月) 23:03:03|
  2. 地鉄
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アサヒスーパードライ号

asahidorai.jpg

富山駅前にて。
富山地方鉄道市内線のデ7015。
ちてつビア電としてラッピングされているところ。
貸し切りと書かれているが乗客から察するに通常運行に用いられていた時のよう。
アサヒスーパードライ号という名前になっていた。
期間は7月1日から8月31日までであった。

撮影日 2012年08月29日




  1. 2012/09/02(日) 23:30:35|
  2. 地鉄
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