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富山発金沢方面ゆき鈍行列車

富山とその周辺で見つけた、乗り物の話を書いていきます。

大川寺駅の樹脂ベンチ

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かつて木製と金属製だけだったベンチに、戦後樹脂製が加わった。
多くがFRP製である。
現在ではほとんどがFRP製に変わっている。
時代によって姿は違い、例えば二昔前のローカル線と言えばオレンジとブルーのあのベンチであった。
写真のものはそれよりも少し古いくらいのものである。
地鉄ではまだ木製ベンチも現役だが、樹脂製は逆に珍しい。
駅舎の中は放火で焼けたのでほとんど何も残っていない。
ホーム側にあるベンチはそれ以前からずっとあるのだろうか。
座面はほこりが積もっており、長く使われた形跡は無い。
色合いはなんともいえないが、かつてはグリーンとブルーだったのだろうか。

撮影日 2019年05月02日
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  1. 2019/05/24(金) 23:44:02|
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上滝線常願寺川橋梁の架線柱

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上滝線の常願寺川橋梁は戦後になって架け替えられた橋である。
地鉄ではどちらかといえば少数派なトラス橋である。
橋梁の架線柱は鉄骨がお得意であるが、常願寺川橋梁はトラスなので鉄骨タイプではない。
意外と近代的な雰囲気である。
パイプタイプかと思いきやL材か何かを曲げたものである。
トラス上部にブラケットで固定されている。

撮影日 2019年05月02日
  1. 2019/05/09(木) 23:18:14|
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越中三郷駅の改札柵

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無人駅になって久しい越中三郷駅である。
窓口は板で打ち付けられ、駅舎としては待合所と保線員の詰め所でしかない。
ただ改札の柵はそのまま残る。
鉄製のほかの駅にもあるようなタイプだ。
駅舎の古さからして開業時からあるわけではなさそうだ。
合理化のことも考えれば柵として活躍した期間は意外と短いかもしれない。
可動部があって封鎖できるようになっているが、片側しか封鎖できない。
根元にはセメントが盛ってある。
ぶつけて壊してしまうのを防ぐためであろうか。
かつては何色かに塗られていたらしいがすっかり錆色になっている。

撮影日 2019年01月04日
  1. 2019/01/19(土) 01:13:09|
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明治踏切の渡し板

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富山地方鉄道の第4種踏切である明治踏切。
田んぼの中にある特に何もない踏切だ。
この踏切は今封鎖されている。
自動車がやってこないよう、柵が置かれている。
他の鉄道ではせいぜいこの程度の封鎖だが、地鉄の場合は渡し板も撤去する。
本来はレール間にある渡し板がなくなっている。
地鉄らしい風景というところである。
模型などで再現するときにちょっと地鉄っぽさが出るかもしれない。

撮影日 2019年01月04日
  1. 2019/01/10(木) 20:42:33|
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越中三郷駅ホームの窓

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開業時からといわれる駅舎を残す富山地方鉄道越中三郷駅。
木造の駅舎をもつ交換駅である。
魚津方面の列車が発着する1番ホームには窓がついている。
窓はついているのだがこの反対側は駅舎ではない。
外から見るとホームに取り付いた小さな小屋のようなものだ。
どうやら倉庫になっているようだが、それにしては窓がついているのは妙である。
窓もホームの上屋とは微妙にずれた形でついている。
ホームには小屋に入っていく窓のない扉がついている。
かつては売店でもあったのだろうか。
それにしても窓の位置が微妙な存在である。

撮影日 2019年01月04日
  1. 2019/01/04(金) 23:27:45|
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